お風呂場からシャワーの音が響く。
そう。今、アスカがお風呂に入ってる。
僕はなんとなくソワソワして落ち着かなくなってきた。

若き碇シンジの悩み

アスカはいつもお風呂上りに僕の目の前でタオル一枚を体に巻きつけて歩く。
その…僕くらいの歳の男子にはかなり刺激的な格好なんだ。
僕はこう見えても硬派というか、なんというか。いや、硬派じゃないな。
まぁ、奥手って言ったほうがいいかな?
"そういったコト"とは無縁というか、気にしてないというか、気にしてないフリをしていたというかなんというか…。
とにかく!覗きとか、Hな話とか、そういうトウジかケンスケあたりが喜んでやっていそうな事とは一切無縁だった。
僕の見た目が細いというか、女臭い顔というか、まぁ、あんまり嬉しくない事だけど、外観が男らしくないせいか、そういう事をするとは思われてない。まぁそのまんま、僕はそういう事はしないし、出来ない。
出来る度胸が無かったといえばそれまでなんだけど、とにかくそうなんだ!

だけど、アスカと同居するようになってからというもの、それまで拝んだことも無いような女の子のあられもない姿っていうのかなぁ?まぁそういうのを度々…いや、しょっちゅう?毎日?見る事となって、僕は煩悩と戦うハメになってしまった。
他にもミサトさんが居て、風呂上りにタオル一枚とか、タンクトップに短パン一丁とか、アスカと変わらないくらいの露出度の高い格好とかする事があるけど、あちらは年上過ぎて、あんまりそそられないというか…。
(これを知られたら僕、殺されるかな…?この前、ミサトさんの30歳の誕生日をお祝いしようとしたら、「私を三十路と呼ぶなぁぁぁぁぁ」と、すごい剣幕で怒られたし。)
最初にこのマンションに来た時のだらしない格好と、ごみ屋敷のような部屋の惨状とか見て、かなり幻滅していたのあったせいか、何も感じない。

ただ、アスカの方が何かと落ち着かない。
元々、クォーターのせいか、スタイルが同級生の女の子達よりもいいというのもあるし、プラグスーツ着ている時のスタイルの良さとか、金髪とか、蒼い目とか、パッと見だけで引かれるものがあったけど、彼女の見た目の良さよりも、その…。
前に彼女と同居し始めたばかりの頃、寝ぼけて僕の布団に転がり込んできたアスカの、その、眠っている時の無防備な格好というか、Tシャツから浮かんで見えた乳首…って、違う!違う!
そ、そう!「ママ」って言って涙を浮かべたアスカが忘れられないというか…。
まぁ、意識しちゃったんだ。
ただなぁ…。やっぱりあの、Tシャツから見えた、その…。

…じゃない。しっかりしろ!僕!!
とにかく、困るんだよ、あんな格好をされちゃあ!
でも、きっと今日もお風呂から上がったらあの格好を…。
いや、期待なんかしてない。決してしてない!天国の母さんに誓ってもしてない!
…と、思う。
とにかく、いつか理性のタカが外れて何も出来なさそうな僕だって暴走しかねない。
もしもだよ?アスカがすっぽんぽんで胸なんかをそのまんま生で晒してて、ベッドの上に寝転がってたりしたら…?
うっ。想像しただけで…って、しっかりしろ!僕っ!妄想してる場合じゃないっ!

と、とにかく!話を元に戻すと…
今、そのアスカがお風呂に入っているわけで、僕はきわどい格好のアスカを拝まされるわけだ。
僕にとってそれはもう嫌なんだ。!!!
なんというか、神経を無駄にすり減らされるというか、ただ、ただ、「みーてーるーだーけー」な状態なんだよね。
そんなの、もうヤダ…もうヤダ…もうヤダ…!
タオルなんか要らない!その下の生、そう、生で見たいっ!
今更暴走とか、猿状態とか、もうなんて言われたってかまうもんか!
みんな、みんな、アスカが悪いんだ!僕の前であんな格好してうろつくのがいけないんだ。
そうだ、みんなアスカが悪い。僕は悪くなんか無い。
大体、この前なんか台所で僕が夕飯の片付けをしてる時に、お風呂上りにタオル一枚で挑発的に胸を張り出して、これみよがしにアスカは言ったんだ。

「ふーん。あんた、正直に言いなさいよ。 …見たいんでしょ?」

そう言ってアスカはニヤリと、父さんみたいな笑顔を見せて言ったんだ。
何だよそれ、僕の事を馬鹿にしてるの?!
何もしない無害な小動物でも見るような、そんな僕を見下ろす視線。
あれ、ぜっっったいに僕を馬鹿にしてる!!!
そういう風に人を馬鹿にしたような事ばかり言っていると、いつかは自分が痛い目に合うんだよ?

そりゃあ僕だってアスカに注意したさ。
「ちゃんとパジャマ着てよ」とか、「もっとちゃんとした格好をすれば?お客さんが来た時に困るでしょ?」とか。
すごく普通の、当たり前の注意をちゃんとね。
でも、アスカ聞いてないし。
ぜんぜん懲りないんだ。タオル一枚でほっつき歩いてさ…。
本当、実は見せびらかしたいんじゃないの?とか思えるくらいだよ…。まったく。

とにかく!僕はもう我慢の限界をとっくに超えたんだ。
リツコさんやマヤさんがよく言ってる、臨界点突破という奴だね。
僕だって必死なんだよ、我慢するの!
何だか「何かしたければすれば~~?」みたいに無防備でさ。本当、何かして欲しいんじゃないの?
って、さすがにこれは考え過ぎかな?
でも、期待したくなるよね…。
いや、もしかして実は僕の事、男扱いしてないとか…?

…それは嫌だ。僕だって男だっ!
とにかく限界、もう限界!!!
もういい!僕が見るもの見て、アスカにフクロにされようが、ミサトさんに叱られようが、かまうもんか!!
みんなアスカが悪いんだ。
あんな姿してるのがいけないんだっ!僕を煽って、馬鹿にしてっ!
それに、これは男の沽券がかかってるんだ!

あーでも、バレて噂にされるのは嫌だな…。

やっぱり、こっそり覗こう。
常習犯のトウジやケンスケなら笑い話になるかもしれないけど、普段は何もしない僕がやると、将来、「淡白そうな顔して、実は中学校の時に同居の女の子のお風呂覗いた」とか言われたりするだろうから。それってかなり格好悪いよね。僕としても人生に汚点は残したくない。
やっぱり悪い事はこっそりやるべきだ。うん。

そうして僕の思考は自己完結した。

向かう先はただ一つ、今アスカが入浴中であろう、洗面所。
これはさだめなんだ。仕方の無い事なんだ。
僕は自分自身に精一杯の自己弁護を行いつつ、こっそり、そう、こっそりと洗面所へと向かった。

水を流す音で中のアスカには聞こえないのにも関わらず、僕は抜き足差し足忍び足で脱衣所まで無事に進入。
そして目的のものを見るべく、曇りガラスのシルエットをじっと覗き込む。

お湯を流す音が聞こえる。
アスカは体を洗ってるのかな?
それにしても曇りガラスがすごく邪魔だ。こんなに曇りガラスが憎く感じたのは生まれて初めてだ。
よく、ケンスケとかが見せてくれた僕らの歳では見ちゃいけないビデオとかで肝心な所を隠してあるのってあるよね?
あれってすごく邪魔だけど、それと同じだ。
なんでこんなものを風呂場につけておくんだろう?
…て、いけない。それが普通、常識だった。
僕はいけない事をしてるんだ。すっかり忘れてた。

アスカのシルエットが動く。
何してるんだろう?
まさか、お風呂場であんな事やこんな事を…?
って、それは考えすぎかな?
いけない、いけない。目に見えて判る事が少なすぎて、変な事を考えてしまう。
妄想癖があるなんて思われたらまずい。
いや、僕の頭の中で考えている事なんて、人にわかるはず無い。
そう、僕らには心の壁、A.T.フィールドがあるから心の中で考えてる事なんかそう簡単に判るはず無いんだ。
そう考えるとサード・インパクトって怖い事だったね。
人の心の壁が取り払われて、全部他人に自分の考えてる事が丸わかりになっちゃうんだから。
って、こんな事してる間に僕は何を考えているんだ?!
そう、今しなければいけない事はアスカのお風呂を…

…って、何だか、僕ってすごく間抜けな事をしているような気がしてきた。
気のせい?
じゃない、とにかく…ああ、見えない…!何処かに隙間は無いのか!?
何でこんなに厳重にお風呂は出来てるんだ?!
ああ、こんなんなら、ケンスケあたりに耐水性の隠しカメラでも借りてくればよかった~!!!

ガラガラバタン!

そうして僕が色々考えている間に、ドアの開く音が聞こえた。
え…?
何が起こったのか、一瞬判らなかった。
顔にホコホコと湯気と一緒に暖かい熱気が伝わってくる。
そしてよぉぉぉぉく見てみたら…。

そこには、バスタオルを巻いたアスカが立っていた。

そんなアスカを半ば見上げるようにして間抜けな顔をして中腰状態でいる僕。

げっ!やばいっ!! バレたっ?!?!
僕は大いに焦った。
まさか、アスカが上がってくるなんて計算外…でも無い。
僕がそこまで考えてなかっただけだ。

やばい…アスカに殺される…!

いや、殺されるだけじゃない。アスカに末永く話のネタにされてからかわれる!
もう駄目だ。僕の人生の最大の汚点が今、ここに出来てしまった。
僕は観念してアスカの顔色を伺うようにして見た。

きっとアスカは怒って………
…無い?

「…はぁ。」

アスカが深いため息をついた。

「落ちない…ちっとも落ちないわ」

…何が?

「下着の汚れよ」

ああ、それなら。洗濯機の横に置いてあるポイント洗いの洗剤を付けて、しばらく置いておけば…。

「そ、ありがとう」

って、ええっ?!
アスカ、僕の考えてる事が読めるのっ?!

「だってあんた。ポイント洗いの洗剤の方に視線向けたじゃない?
 それに今、いかにも"考えてる事が読まれた~!"って驚いた顔をしてたわよ?」

うっ…! そんなに僕の考えてる事って判り易い…?

「何でも表情や仕草に表れてるわよ。ほんっとう、判り易いやつ。
今度覗く時はもっと上手くやりなさいよねっ!」

アスカは動揺もせず、怒った様子も無く、颯爽と脱衣所を去っていった。

えっと、何だかよく判らないけど、もしかして僕、軽くあしらわれた?
ぜんぜんアスカは平気だって事?
僕の今までの悩みって何?
すごくくだらない事で真剣に悩んでた?
というか…ええっとぉ…。

僕は混乱し、暫く呆然と脱衣所に立ち尽くした。

「あーもぉっ!覗くなら正々堂々と覗きなさいよねっ!!
見たけりゃいっくらでも見せてやるのに!ほんっっっとう、つまんない男ねっ!!!」

アスカが自分の部屋でそう叫んでいる事に、僕は気が付かなかった。

おわりっ!

私が書き始めた頃の作品を加筆修正…どころでなく、最初から最後まで書き直し。
容量は2倍増し、内容もオチも変わって、実質初稿が「モトネタ」程度の話になってしまった…。
ちなみに書き直しに際し、内容をちょっぴりNew Year Princessとリンクさせてたりします。
原型: 2005/03/27
初出: 2006/01/09
Author: AzusaYumi