コンフォートマンション17の一室。
そこから弦楽器を調律する重低音の音が聞こえる。

「ちょっと、アンタ本気でやるつもり?」

アスカがシンジに問う。
しかし、その言葉にシンジは答えるずに黙ってチェロの調律をし続ける。

「私はぜっっっっったい!やめるべきだと思うわ。」

アスカは説得を試みる。
それでも彼は黙って調律し続ける。
そんな彼の表情は既に諦めを通り越し、達観して悟りの境地まで行ってしまっているようだ。
付き合うことないのに…。
アスカはそう思いながらバカな友情劇の顛末を想像し、天を仰ぐ。

「…はぁ。もう知らないわよ!」

4th.C Respect

シンジやアスカがこの街に来たのは中学生の頃。
その頃は使徒と呼ばれる正体不明の敵が現れて、人類は存続をかけてそれらと戦い、彼ら自身もその戦いに関与し、混乱を極めた時期であったのだが、それはまた別のお話。
彼らとその頃出合った友人達は何とか無事に生き残り、中学を卒業、高校を経て大学へ。そして社会人となった今、それぞれの道を歩もうとしていた。

そんな最中、彼らの友人の一人である鈴原トウジが人生の一つの終着であり、そして始まりでもある、重大な決意を表明した。
すなわち"結婚"である。
彼には付き合っていた彼女がいた。
そう、中学の頃からずっと彼に想いを抱いていた少女、洞木ヒカリ。
中学の頃、彼女の片思いで始まったのが、やがて相思相愛となり、気が付けば二人は付き合い始め、そして社会人となったトウジはついに、結婚を決意するに至った。

ここまではいいとしよう。問題はこの後だ。
硬派と漢気を強く主張するトウジは男の方からプロポーズするものだと思っていた。
そして彼はプロポーズを見事に成功させる為にあれこれと思案した。
その結果が、

"―君に届け!思いを歌に― 鈴原トウジ・リサイタル for ヒカリ"

というものだった。
彼はラジオでたまたま聞いた曲をリサイタルで歌おうと考えたのだ。
それは2001年頃に流行っていた歌で、愛した女性に結婚を決意し、その熱烈な思いを関西弁で歌にしたものだったのだが、如何せん彼はこれを"替え歌"にして歌おうというのだ。
本人の言い分は「まんまの歌詞はアカン!己の言葉にせなアカンのや!」らしい。
いくらトウジがボケとツッコミとお笑いの関西人であっても、相手はヒカリである。
彼女は中学時代はクラスの委員長をしていたという真面目を絵に描いたような少女だった。
ふざけた事や不正などがあるとヒステリーなほど過剰反応しては周りを振り回すことが度々あった彼女に果たしてそれが通じるのかどうか、かなり怪しい所だ。
彼の友人のほとんどが絶対通じない、それどころか既に発想そのものから"終っている"と思っていたのだが、よりにもよってトウジはリサイタルの演奏にその友人達の協力を願い、引きずり込もうとしたのだ。
当然ながら全員が全員断った。
いや、正確には約一名「歌はいいねぇ。」と面白がって積極的参加を願った者も居たが、やはり殆どの者が参加に難色を示した。
しかし、トウジは「ワイらの友情はそんなモンやったんかー!!」と彼の想い人であるヒカリ並のヒステリーを起こし、散々喚き散してはしつこくしつこく説得を繰り返し、結局彼の友人達は参加を余儀なくされた。

こうして悪夢の"鈴原トウジ・リサイタル"は開催される運びとなった。

"鈴原トウジ・リサイタル"前日。
トウジは元ネルフに居たシンジのコネを強引に使って第3新東京市の片隅にある古びたライブハウスの一つを借り、最終調整を行う。

「何や!ケンスケ、音ずれとるで!」

ケンスケに怒号が飛ぶ。
キーボードを弾いていたケンスケが嫌そうにトウジの"あの歌詞"の歌声にあわせるように鍵盤を叩く。

「碇!お前、腕がなまったとちゃうんか?!」

シンジにモノイイが付く。
シンジはチェロの弦を少しずつ調整しながら嫌々弓を持ち直して弾く。

「渚!己の調子で弾いたらあかんで!」

マイペースにギターを弾いていたカヲルに文句をつける。
カヲルはそんな言葉などまったく気にもかけずにそこそこ合わせるように弾く。

そして当のトウジはドラムのステックを握り締め、「この思い、イインチョに届け!」と言わんばかりにドラムに力強いリズムを刻み、魂を込めて歌う。

そうしてトウジ以下、参加メンバーは明日の本番までに何度も何度も練習を重ねた。

そしてリサイタル当日。
トウジはやはりシンジの元ネルフのコネを利用して第3新東京市でもっともメジャーなライブハウスを借りた。
そのライブハウスは音楽の事は並程度しか知らないヒカリでも知っているような場所だった。
アスカと共にトウジからの「ワシの魂をイインチョに聞いて欲しい」招待状を手にやって来たヒカリは、書かれていたライブハウスの名を見て首を傾げ、実際にその場所の前まで来た時には一体何をしでかすのかと不安にすら駆られた。
そんなヒカリを見てアスカはハラハラしながら、行かないように忠告してあげたくなったのだが、もうここまで来てしまったからには後には引けない、行き着く所まで行くしかないなどと思い、口をつぐんだ。

そしてライブハウスのロビーを通って防音扉を開き、中に入る。
ライブハウスの中は真っ暗で何も見えない。
この日の為にわざわざ呼び出されたレイが淡々とライトのスイッチを入れる。
スポットライトと照明がライブハウスの舞台を明るく照らし出し、四人の姿と天井から吊るされた、

"―君に届け!思いを歌に― 鈴原トウジ・リサイタル for ヒカリ"

の大きな見出し看板を映し出す。

ドラム兼ボーカルにしてこの企画の主催者であるトウジは、真剣そのものの顔つきでドラムステックを握り締めている。
ストリングス担当のシンジは既に諦めの表情でチェロを肩にもたれかけさせて椅子に座っている。
キーボード担当のケンスケは鍵盤を前に疲れきった表情で立っている。
ギター担当のカヲルは一人だけなにやら楽しそうにしている。

その何とも言いがたい光景に、ヒカリは訝しげな顔をして見ていたが、トウジが突如としてマイクに向かって彼女に呼びかけた。

「イインチョ!よーきてくれたわ!
 ワシからイインチョに送る熱い想い、受け止めてくれや!!」

そう叫んで、トウジはドラムステックを叩いて「1.2.3.4!」と演奏開始の出だしのリズムを取り、他のメンバーがそれぞれの楽器を奏で始める。
そしてついにトウジ入魂の叫び、魂の歌をうたい出した。

4th.C Respect [歌詞 鈴原トウジ]

ええかげんそうなワシでも しょーもない裏切りとか嫌いやねん
尊敬しとるイインチョと 共に結婚したいねん

"結婚"の二文字にヒカリがピクっと反応する。

一生面倒見てくれや
飯食わしてくれんのも 全部含めて
愛を持ってワイを見てくれや
今のワイにとっちゃイインチョが全て
一生面倒見てくれや
小金せびればちゃんとくれるんなら
ちゃんとワイを愛してくれや
ワシを信じてーな

いつのまにか本気になったワイは
イインチョの優しさ強さに惚れた
イインチョだけは手放しちゃいけないと思うた
今は湧いてくる愛おしさに溺れたい
歌うで、大切なイインチョへ
楽させて欲しいなら任しとけ
ワイの結婚生活はバラ色で
溢れるのは一生安泰で

赤裸々な告白ではあるが、とりあえずこの辺りまではなんとかヒカリは聞いている。
しかし、一緒にいるアスカはこの次に来る歌詞を思い出し、視線を斜め下に向ける。

デート遅刻したと怒っとる
怒りながら一人で叫んどる
ワイの頭どついとる イインチョの顔見て ワイ怯えとる

デートに遅刻…!!!
平素の彼の行いを思い出し、ヒカリの眉間が吊り上がる。

付き合いなんて ホンマに分からん
けど欲しい イインチョとの赤ちゃん Baby
こんな欲求が運命って気がすんねん
優しくすんで そやから

赤ちゃん…!!!!!!!!!!
ヒカリの顔に不快感があらわになる。
トウジと何も知らないヒカリ(と、カヲル)以外の全員が次に来る歌詞に、既に"終ったな"という顔をする。

イインチョがもしも ボケた時も
ワイがなんとか介護するで心配ないで
限りある収入でなんとか
楽しい時間をイインチョと生きたい
一緒に料理したり 映画見たり
キモチエエSEXに精ェだしたり
何があるかこの先わからへん
けどイインチョを絶対 離さへん マジで

キモチエエせっくすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!
ヒカリお得意のヒステリーが爆発しそうになる。
アスカが慌ててヒカリの口を手で塞ぎ、両腕を掴んで暴れだそうとしているのを抑える。
それにまったく気が付かないトウジは熱烈に歌い続ける。

ワイはきっとずっとイインチョを待っとった
誰も信じられなくなっとった
ワイの嫁さんになってくれや
きっと一丁前の男になったる Wow!
商売も遊びも 不景気もまた楽な時も
一緒にどついて笑いたい
Respect for Hikari Horaki!!

ええかげんそうなワシでも しょーもない裏切りとかは嫌いやねん
尊敬しとるイインチョと 共に結婚したいねん

…そうして、トウジは歌い終わった。
静まり返るライブハウス。
レイは淡々とした動作で指示通り、この狂宴のヒロインにスポットライトを当てる。
ヒカリの突っ立っている場所に明るいライトが照らされ、彼女の姿が浮かび上がる。

「どや!イインチョ!ワイの魂の叫び、届いたかー?」

マイクでヒカリに呼びかけるトウジ。
一方、ヒカリは暴れるのを止めて下を向いたまま、肩をフルフルと震わせている。
そして、トウジ以外の全員が次に来る言葉を予測し、耳を塞いだ。

「ふ、ふ、不潔よぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!」

ヒカリの口から音響機器を通じた声以上の大音量の悲鳴が上がった。
そして、ヒカリはイヤイヤしながらその場を駆け出す。
傍らにいたアスカは耳を塞いだまま、ヒカリを特に止めようともせずに後ろ姿を見送る。

「ま、まてや!イインチョ…!!」

トウジがマイクを通じてヒカリを止めようとするが、ヒカリはライブハウスの防音扉を勢いよく開け、そのまま泣きながら外へ飛び出して行った。

「やっぱり…。」

シンジが呆れ顔で言う。

「失敗したねぇ…」

カヲルが爽やかな笑顔で言う。

「ま、当然だろうな。」

ケンスケが淡々とした口調で言う。

「ダメなのね…もう。」

レイがトドメの言葉を言う。

トウジが泣きながら全員の顔を見た。
…失恋の痛みを慰めて欲しい、彼はそんな顔をして見つめていた。
しかし、全員そんな事など気にもかけずにそれぞれ帰り支度をする。

「シンジィ。ここんトコずっとコレの練習ばっかりだったわよね~。
 どっか遊びに行こ♪」

アスカが甘い声を出してシンジに駆け寄り、腕を引っ張る。

「あーそういえばGAOで予約したゲーム、取りに行かないとなー。」

ケンケスがスケジュールを書いたPADを見ながら言う。

トウジが縋るような目でレイを見る。

「じゃ、私、帰るわ。」

レイはそんな彼の存在など最初からなかったかのように颯爽とこの場を去っていく。

誰も相手してくれへん…。
トウジが失恋の涙と同時に失望の涙も流す。
そんな彼にカヲルが優しく声をかける。

「やぁ、トウジ君。僕でよければこの後付き合うけど…?」

トウジはずささささささーと後退る。
そして両手をフルフルと振るいながら震えた声を上げて言う。

「ええ。ええ。おのれとはええわ。今日は疲れたさかい、もー帰るわ。」

そうしてトウジは一人寂しく家路についた。

この後、トウジがヒカリに普通にプロポーズしたかどうかは定かではない。
ただ、一年以上経ってから二人が入籍したとい話だけはシンジやアスカ、その他の者の耳に入ってきたという。

終ってる

LHTのつもり。
くだらない替え歌付き。
ちなみに替え歌は全文作っていたり。→4th.C Respect 全歌詞
初出: 2005/10/12
Author: AzusaYumi