「…というのが今回の作戦です。」
ミサトがそういった。
衛星軌道上から落下してくる使徒をエヴァで直接要撃…つまり受け止める。
落下予測地点にエヴァが間に合わない、もしくは使徒をエヴァが支えきれずに大破する可能性は非常に高く、そして勝率は万に一つもないものであった。
そして落下予測地点の根拠が「女の勘」なので恐ろしい。
ミサトのクジは当たった事がないという折り紙付きなのだ。
MAGIによる計算も行ってはいたが、最終的な決定がよりにもよってこのアテにならなさそうな女の感だったのがネルフ本部内の職員の間でもかなり不安を煽っていた。
このいい加減な感による作戦は、まさにミサトの個人的な考えが多分に入った物で、半ば「死にに行け」と言わんばかりのものだった。
ネルフ直上に来るということで当然ながら作戦失敗はそのままネルフ本部を根こそぎ抉り出される事となり、中にいる職員は無事では済まない。
当然ながら実際にエヴァに乗って使徒と対峙するチルドレン達などは作戦失敗=死という事になるわけで、彼らの不評も買っていたわけであり、彼らにとってはミサトの大博打になど付き合う気になどなれなかった。
「本当、作戦とは言えないわね。辞退する事も出来るわ。どうする?」
「辞退してもいいですか?」
シンジが言った。
「私も降りたいです。」
レイが言った。
「無駄死にはゴメンだわ。」
アスカが言った。
「…分かったわ。あなた達の意思を尊重して…
…って、おんどりゃあ!!やる気あるんかーい!!」
ミサトはキレた。
ネルフの規則では生死に関わるような作戦などの際は事前に遺書を書く事が規則で定められている。
チルドレン三人は作戦開始前に三人揃って遺書を書くことにした。
ミサトは彼らが遺書を書くことは予想もしてなかった。
物事を冷めた見方をする子供たちだからこういった物に興味すら見出すとは思っても居なかったからだ。
三人揃って死にたいのか?と、ミサトは思ったりもした。
しかし、そうでもない。まるで死ににいくなんてことは考えてないかのように至っていつも通りの様子だった。
ミサトは発令所のモニターに映し出された三人につとめて明るく声をかけた。
「これが終ったら、ステーキおごるからね。」
「今晩の夕飯はカレーです。」
シンジが言った。
「私、お肉嫌いだから…」
レイが言った。
「今時、ステーキにつられる子供がいるわけないでしょ」
アスカが言った。
ミサトは真っ赤になってそのまま口をつぐんだ。
ミサトのエヴァの配置位置の最終決定に、発令所の中では不安と不満で入り乱れていたのだが、チルドレン達のミサトに対する返事に、オペレーター達が笑いをかみ殺した。
からかわれている…。
そう思ったミサトだが、発令所内の雰囲気を覆すが如く、チルドレン達に向かって言う
「使徒が第3新東京市直上に現れたわ。準備して!」
「わかりました。」
「了解です。」
「オッケー、ミサト。」
「使徒、高度1500まで接近中!!」
使徒の動きをモニターしていた青葉が叫ぶ。
初号機、弐号機、零号機が一気に走り出す。
すさまじいスピードで走るエヴァの勢いに、初号機の走り去った後の第3新東京市のビルが倒壊し、弐号機が通った後の木々が吹っ飛び、零号機の通った後の電柱がへし折れる。
第3新東京市近郊の山の頂に先にたどり着いた初号機が落ちてくる使徒に向かって諸手を挙げて受け止める体制を取る。
「A.T.フィールド全開!!うぉりゃあああああ!!」
シンジがらしくない雄叫びを上げて落下してくる使徒を受け止める。
その時発生したA.T.フィールドは肉眼で確認出来るほどの八方型の光となって落下する使徒をすれすれで宙に浮かせる。そして何人たりとも寄せ付けない心の壁は山の表面を削り取り周りの土塊を宙に巻き上がらせる。
追いついた零号機が使徒を受け止めるのに加わる。そして使徒と初号機が放っているA.T.フィールドを破るようにこじ開ける。
そこへ追いついた弐号機がプログナイフを装備。
「こんの、目玉お化けぇぇぇぇ!!」
使徒の目のような部分にナイフを付きたてる。
付きたてた部分から火花が飛ぶ。
そして使徒は力尽きたかのようにエヴァ三機に覆いかぶさってから大爆発。
周りの木々どころか山そのものが吹っ飛び、その近くにあったネルフの設備や建物も根こそぎ倒壊。後すら残らなかった。
エヴァは見事に使徒に完勝。
しかし、エヴァが通って行った途中にあった損壊した建物、そして木々、電柱、電線、鉄塔、ネルフの設備の一部、及び近隣の山諸々かなりの損害が出た。
はっきりいえばミサトの作戦において、エヴァの配置が使徒の落下地点よりもかなり遠かったことが第3新東京市が受けた損害の原因の一つなのであるが、その辺り、いまいちミサトは気づいていなかった。
ミサトは自分の執務室の中で大量の始末書を前に、リツコに向かって大声を張り上げて勝利を喜ぶ。
「がっははははは。どうよ!私の勘は!使徒はきっちり倒したわよ。」
「子供たちがね。」
「何よ、リツコ。ちゃんと作戦は成功させたじゃないの!」
「作戦まではいいとして、落下予測地点がね…」
「エヴァはちゃんと追いつけたじゃない」
「子供たちが臨機応変にエヴァを目標地点まで無理やり走らせてね。」
「私の予測は当たっていたじゃない。」
「使徒の落下予測地点、もう一度MAGIに再計算させればもっと近い位置にエヴァを配置できたわ。」
そう言ってリツコがミサトに紙切れを差し出す。
ミサトがその紙を渋々受け取ると、そこに描かれていたのはミサトが配置したよりもずっと落下予測地点に近いエヴァの配置図だった。
「これ、あなたが作戦決行する前に出来上がっていたんだけどね…。
その時あなたはすでにエヴァを出撃させる指示を出していて、提示も出来なかったわ。」
「時は一刻を争う事態に、ゆっくりしている暇はないわ。」
「現状把握は大切だと思うけど。
…ところで、彼ら、遺書を書いてたんですって?」
そういわれてミサトは渋々自分の懐から彼らが書いた遺書を取り出した。
封筒には全て「葛城三佐宛」となっていた。
ミサトは自分宛てなのでそれをカッターナイフで封を開けて中身を取り出した。
そしてそれを読んだ途端に…ミサトのこめかみに血管が浮き出てきた。
碇シンジの遺書
ミサトさんへ。
いつも大胆な作戦だと思います。
でも、今回はミサトさんのクジも当たらない勘で最後に作戦を決めたと思うと、僕は死んでもしに切れません。
せめて最後に父さんとミサトさんに「バカヤロー」って言ってから死にたかった…。
碇シンジ
綾波レイの遺書
葛城三佐へ。
誰も予測し得ないような作戦を立てられると思います。
しかし、確立の低い葛城三佐本人による勘が最後の決め手となったこの作戦で敗戦したとしたら、公的機関を私的な考えの下で多大な損害を与えた物だと思います。
最後に葛城三佐に一言申しあげたいです。
「無能は用済み」と。
綾波レイ
惣流・アスカ・ラングレーの遺書
ミサトへ。
あーもう!
いっつもいい加減だと思ってたけどさ、仕事くらいはきっちりこなすかと思ってたわよ。
でも、よりによってこんな土壇場で「女の勘」は無いんじゃないの?
あーあ、加持さんとベッタベタするだけでは飽き足らずに、私らを殺す気だったわけ?
ネルフのみんなの命掛かってんだから最後の最後にいい加減なことしないでよねっ!
ってゆーかさ、頭使いなさいよね、ア・タ・マ!
惣流・アスカ・ラングレー
どうやらみんな同意見であったようだ。
今回の作戦はあまりにもミサトの私的な考え(大博打)が入りすぎて、他の人間にかなーりの迷惑をかけていたのだ。
しかも、子供たちにすらそれを見抜かれ、からかわれている始末。
作戦が成功したからいいものの、失敗したらこんな恨み言も言えなくなるのは必至。
結局、チルドレン三人とも、遺書という形でミサトに「嫌味」を言いたかったのだ。
ミサトはそれぞれの遺書をプルプルと震える手で見ていた。
「…ブザマね。」
リツコが冷たく言い放ち、ミサトの執務室を後にした。
その頃、葛城邸ではシンジがカレーを作っていた。
それを今か今かと待ち焦がれる美少女が二人。
「私、ニンニクカレー肉抜き。」
「ああ、私のはお肉タップリねー。」
レイとアスカがそれぞれの好みをシンジに注文する。
「ねぇ、ミサトさんの分どうしよっか?」
シンジがアスカに一応、尋ねる。
「いいんじゃないの?作らなくってもさ。
どーせ、今日は始末書の嵐で家には帰ってこられないだろーし。
あ、そうだ。残り物に納豆入れてウィスターソースでもかけて出しとけば?」
「えー?!それって不味そうだよ…。」
「いいわよ。どーせミサトの味覚、おかしいんだし。」
…ミサトの事をめちゃくちゃに言っていた。
おわり