時に、七月七日。
この日は年に一度の織姫と彦星の逢瀬の日である。
織姫は彦星に逢うべく、準備をする。
去年はとんだ邪魔が入ったために二人の逢瀬はかなりメチャクチャだった。
今年こそは邪魔者を排除し、ロマンチックな気分を味わおうと、織姫はいつもの衣装の代わりに真っ赤なプラグスーツを着用する。
体も鍛えた。武術もパーペキ。武器も幾つか装備した。
今年の彼女は下準備に余念がなかった。
「…行くわよ、織姫。」
いつもの気合の掛け声をして、織姫は彦星に逢うべく、自分の住んでいる一等星のベガから彦星の住まう星、アルタイルまでの道のりを行く。
逢瀬の待ち合わせ場所は天の川の辺。
「今年こそ、負けてらんないのよぉぉぉぉぉぉ!!」
織姫は気合を入れた。
「ネェちゃん、茶ぁしばきに行かへんかぁ?」
織姫の前にいかにもバカそうな関西弁の男が現れた。
織姫をナンパするこの男は、ベガからかなり離れている時期も外れた、おうし座付近にあるプレアデス星団の辺りからやってきたのだ。
牛の如く、鼻息も荒く、織姫に迫ってくる。
「発音がなっとらーん!!二度と来るな!!このバカ男がぁぁぁぁぁ!!!!」
エセ関西弁の発音の悪さを指摘しつつ、織姫は天高く飛び上がり、この男を何万光年も遠く離れた、おおいぬ座のシリウスまで蹴り飛ばした。
織姫は天の川の辺付近まで来た。
…織姫の眉間がピクリと動く。
何かの気配がする…。
「…そこだぁ!!!」
星星の間に隠れていた男に向かって、手に持っていたランチャーを、電光石火の速さで打ち続けた。
望遠鏡座から遥々来たデバガメ専門のメガネなこの男は、避ける間もなく全ての弾丸をその身に受けた。
しかし、彼のプライドなのか、カメラは決して放さない。
織姫はこのメガネ男のカメラを光速の速さで奪い取り、その場で踏み潰した。
滝のような涙を流すメガネ男。
しかし、織姫はまったく気にもかけていない。いや、逆に怒りに燃えている。
この男はそのまま織姫のノヴァのような怒りの炎に焼かれ、朽ち果てて銀河系から追放された。
「はぁ、なんとか二人撃退。これでコトもなくアイツに逢えれば…」
と、織姫がようやくたどり着いた天の川の辺で呟いていると、北極星の辺りからしずしずと歩いてくる青い髪に赤い瞳の女の影を見た。
「…げっ!来たっっ!冷血女!!」
この青い髪と赤い目の北極星の女は織姫のライバルである。
この女は彦星狙いでいつも織姫と彦星の逢瀬の邪魔をしにきていた。
そしてその度に彦星を巡って織姫は何度も攻防を繰り広げてきた。
織姫は持参したN2ミサイルをこの女めがけて発射した。
ミサイルは見事命中。
…の、ハズが、彼女の周りに張り巡らされている八角形の…いや、北斗七星の形をした防壁に阻まれた。
「ちぃ!!相変わらず殺しても死なない女~!!」
ここに、北極星から来た氷の女と、一等星に輝き続けるベガの織姫との対決が始まった。
戦いは熾烈を極めた。
そもそも北極星の女は一子相伝の暗殺拳法の使い手でもある。
いかに一等星に輝き続けるベガの織姫でも、彼女との勝負だとなかなか決着が着かない。
「や…やめてよ…!!織姫に見つかっちゃうよ!!」
彦星の声が聞こえる。極限の戦いを繰り広げていた織姫と北極星の女の動きが止まる。
「ふふふ…。かわいいね、彦星くん。大丈夫さ。あちらはあちらでヨロシクやっているから。」
妙に鼻にかかったような、気取った声が聞こえてくる。
北極星の女と織姫の顔が痙攣した。
どうやら遠く遥々南十字からやってきた男が、彦星に絡んでいるようだ。
「また来たかぁぁぁぁぁぁぁぁホモ男がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ホモは嫌い…。変態は用済み…。」
キザな耽美男へ、北極星の女の絶対零度の光線が放たれ、織姫の強烈な、メテオストライクな拳が炸裂する。
南十字から来た男をブラックホールの彼方まで飛ばした織姫(と、冷血女)は彦星を改めてみた。
「浮気したわね…!!しかも変態ホモ男に…!!」
織姫の怒りの炎が燃え上がる。
「ち、ち、違うんだよ!!向こうが勝手に…」
「殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!! 殺してやる!!」
織姫が呪わしい言葉を繰り返す。
「…もういいの?」
冷血女の声がした。
もういい?どういう意味よ??
織姫は一瞬あっけに捕らわれたものの、ふと我に返って、腕にはめた時計を見る。
既に時刻は七月八日の午前一時を回っていた。七月七日はもうとっくの昔に過ぎ去ってしまっていたのだ。
逢瀬の時間はとっくの昔に終了。
北極星の女はこの逢瀬の失敗を確信したのか、自分の家の方角に向かってしずしずと歩き始めた。
織姫のこめかみに血管が浮き出る。
彦星の額に大量の汗が浮かぶ。
「こ、こ、こ、こ、こんちくしょおおおおおおお!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
織姫の叫びが響き渡る。
彦星の断末魔と共に。
その後、彦星は織姫の強烈な蹴りに遭い、天の川の川底に沈められた。
泳げない彦星は、水面に浮かぶことも出来ずに、沈んでいる間に、三途の川を渡った夢を見たらしい。
ともあれ、今年の七夕も大失敗。
結局、織姫と彦星の逢瀬は、前の年と同じく痴話ケンカで幕を閉じた。
END