「なんですってぇ?! バカのクセにいちいち口答えするんじゃないわよ!!」
「何とでも言いなよ!!」
ああ、また始まった…
ミサトは頭を抱えた。
今日はシンジとアスカがミサトのマンションに年に一度、夕食を共にする日だった。
でも、いくらミサトのマンションとはいえ、食事を作るのが今だ苦手なミサトが二人の為に料理を作るはずもなく、そして、二人がそんなミサトに作らせるはずもなかった。大概、一年に一度この日にシンジが早めにミサトのマンションにやって来て、食事を作っていた。
そして、アスカの方はシンジより遅れてやってくる。彼女も、あまり食事などを作るのが得意な方でもなかったのでシンジに任せているのだ。
そして、ミサトは二人がやって来るのをただ待っているだけ。
ミサトも何かを手伝えばいいのだが、彼女の作る食事の不味さと家事の不得意さを考えれば手伝わせない方が平和なのだが、それをはっきり知っているのは彼女の友人の赤木リツコと恋人の加持リョウジくらいなものだった。
そして、夕食時。
ようやく、年に一度の食事会が始まった。
「ミサトさん、ワインおかわりどうですか?」
「あ、シンちゃん優しいわねぇ~。 じゃあ、一杯…晩酌してもらおうかしらね?」
ワインを水のように飲み干したミサトのグラスにシンジがワインを注ぐ。
それをイヤそうな顔をして見ていたアスカが嫌味と皮肉を込めて言った。
「ハン!すっかり支給係ね!アンタ、ミサトの従僕にでもなったワケ?」
「なんだよ、ソレ?ミサトさんにおかわり注いじゃあいけないの?」
シンジがムッとしてアスカに言い返した。
「大体さぁ、アンタって女なら見境ナシに優しくするのよねぇ…。見ていてムカつくわ!」
「何だよ!そっちこそ、僕が他のコと話をしていると見境ナシに怒るじゃないか!」
「それはアンタがデレデレ~ってしてるからよ!!」
「してないよ!!」「してるわよ!!」
言い争う二人の様子をミサトはほろ酔い加減で微笑ましく眺めていた。
あの戦いの最中、三人が同居していた時に、こういった場面はほんの少しの間しかなかった。
すぐに戦いは苛烈を極め、二人の会話はギスギスとした雰囲気を纏うようになり、最終的には憎しみ合うほどに至ったからだ。
それを思うと、なんと幸せな事だろう、と、ミサトは思った。
「まぁ、まぁ。二人とも仲がいいのは分かったから、痴話ケンカはおやめなさい。
一年に一度の食事会なんだからねぇ。楽しくやらなきゃねぇ~。」
ミサトがワイングラス片手におちゃらけて言った。
シンジとアスカはその言葉に言い争いを止めた。
「そういえば…ヒカリってどうしてる?」
アスカが表情を改めてからミサトに尋ねた。
「ん~?元気そうよ? もうすぐ二人目の子供が出来るんだって。」
「へぇ~。ヒカリに二人目の子供がねぇ? 潔癖を誇ってたのにねぇ」
アスカが意味深な笑みを浮かべて言った。
「じゃあ、トウジは元気なんですね?」
話を聞いていたシンジが横から口を挟んだ。
ミサトは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「ええ、元気よ?
エヴァに乗って受けた傷があの日を境に全て無くなってしまったから、問題なんてないわ。
ヒカリちゃんともヨロシクやってるわよ。シンちゃんも会いに行けば?」
「それは…、ちょっとムリです。」
シンジが寂しそうに言った。
ミサトはこの様子を見て少し複雑な表情をしたが、今日という日にしみったれた顔は良くないと、すぐに表情を改めてから言った。
「ううん、ゴメン、ゴメン。 私も…チョーッチ、軽率だったわね。」
「いえ、いいんです。
あ、もし会う機会があったら、トウジによろしくって伝えておいて貰えませんか?」
「分かったわ」
ミサトは穏やかに答えた。
「ちょっとぉ!アンタたち、私のこと無視して盛り上がらないでくれる?!」
人一倍自己顕示が強く、無視されるのが嫌いなアスカが不機嫌そうに言った。
「無視なんてしてないよ。
もう、アスカは仲間はずれにされるとすぐに不機嫌になるんだから。」
「なんですってぇ?!」
アスカが突然、椅子から立ち上がった。
「私は一人でも平気よ!! 何よ、偉そうに言っちゃってさ!!ムカツク!!」
アスカが腹立だしそうな様子で、片方の手を腰に当てて、片方の手はシンジを指差しながら言った。
シンジもアスカの言いがかりに黙っていなかった。シンジは椅子から立ち上がってアスカと対峙するようにして言った。
「なんだよ!!本当のことじゃないか!!一人じゃ何にも出来ないクセにさ!!
そのクセ、一人で何でも出来るみたいに偉そうに言うし!!」
この言葉を聞いてアスカはついに堪忍袋の緒が切れた。
「なんですってぇ?! バカのクセにいちいち口答えするんじゃないわよ!!」
「何とでも言いなよ!!」
あっちゃあ~!!
ミサトはアスカの嫉妬と不機嫌から突如始まったケンカに頭を抱えた。
…こういう辺り、この二人は十年経ってもまったく変らない。
毎年この二人に会う度に必ず一度はこういうケンカを始めては、ミサトの頭を悩ませる。
「あのねぇ~。年に一度しかない日なんだから…
チョーッチ、そういうケンカは止めてくれないかしらね?」
とりあえず、ミサトは仲裁を試みた。
これを聞いたシンジとアスカは互いの顔にそっぽを向きながら椅子に座りなおした。
そのまま二人はミサトにそれぞれボソボソっと、最近の、他の人の様子などを尋ねたりしたが食事の間中、互いにそっぽを向き合ったままだった。
そして時間は瞬く間に過ぎ去り、シンジとアスカの二人が帰る時刻になった。
「あ…もうこんな時間…。」
それまでご機嫌斜めのにしていたアスカが急に拍子抜けしたような様子で言った。
「あ、本当だ。もう帰らなきゃね…」
シンジもそれに釣られるようにして拍子抜けした様子で言った。
ミサトは二人のそんな様子を見て、急にしんみりとした感情に捕らわれた。
「…そっか、もう帰っちゃうのね?」
「すいません、ミサトさん。そんなに長い間、この"カタチ"でいられないんです…」
「ミサト。そんなにシケた顔しないでよ。来年会いに来るからさ。」
二人もミサトの寂しそうな様子を見て、しんみりとして言った。
そして二人はミサトの部屋の玄関までゆっくりとした動作で向かった。
ミサトはそんな二人を暗い表情で見送っていたが、突然、玄関から出て行こうとした二人を呼び止めるように言った。
「シンジ君…、アスカ!! どうして、どうして、"あなた達だけ"還らなかったの?!」
悲痛な叫びにも似たミサトのこの言葉にシンジがゆっくりとした動作で後ろを振り返って言った。
「…僕達、もう、"ヒト"じゃないんです…。
みんなと一緒に"ココ"に居るわけにはいかないんですよ…」
ひどく寂しそうな笑みを浮かべてシンジが言った。
そう、あの日、サードインパクトの起こった日。シンジとアスカ以外の人間は全てココに還ってきた。
あの直前に死んでいたはずのミサトやリツコや、戦自の隊員ですら、還ってきた。
でも、この二人だけは還ってこなかった。
「…アンタたちが"ココ"に還るようにする為よ。
別に私らが死んだわけじゃないんだからさ…そんな顔しないでよ。」
アスカがシンジの言葉を継ぐように言った。
この二人は還らなかった。
ただ、人を赤い海からココに還す為に、ヒトがヒトの形を取り戻す為に、自分達は赤い海に…、"ヒトの形を捨てた大きな意思"になるのを望んだ。
結果、ヒトは赤い海から還ってきて、ヒトの形を取り戻したが、彼らは代わりに還ってこなかった。
ミサトが今見ているのは、彼らの幻影か、何か…。
その日限りのヒトの形をした"何か"だったかもしれない。
「また、来年来ますね。」
「じゃあね、ミサト。」
ミサトに笑顔を見せつつ、先ほどまでの険悪さなどは何処かへ行ったかのように、二人とも互いの手と手を取り合ってミサトの部屋の玄関から出て行った。
「来年…か。」
ミサトは玄関からふと、外に出て、既に居なくなった二人の姿を追うように夜空を見上げた。
END