台所からジュージュー焼く音や、フライパンを菜箸でかき混ぜる音がする。そしてその音と共に、いい匂いがしてくる。
アスカはリビングのテーブルに、年相応の可愛いスカートに体にぴったりなTシャツを着てちょこんと座っていた。
彼女は台所から漂ってくる香ばしい香りとシンジがフライパンと菜箸でまぜる音を楽しんでいた。
そう、アスカはシンジの作るお昼ご飯を待っているのだ。
「アスカ、お待たせ。出来たよ。」
シンジがイタリアン・スパゲティの盛ってある皿を二つ持って、リビングにやって来た。
アスカはシンジと、その手に持っている皿を見て目を輝かせた。
「美味しそう!!」
そんなアスカの様子を見てシンジは顔をほころばせながら言った。
「ちょっと待っててね。
今、フォークとオレンジジュース持ってくるからさ。」
そう言って台所に再び戻るシンジの背中を大きな蒼い瞳は嬉しそうに見ていた。
しばらくして、フォークとオレンジジュースをお盆に乗せてシンジは戻って来た。
「じゃ、食べようか。」
シンジはジュースとフォークを自分とアスカの席…二人隣合わせなのだけど…の、前に置くと、申し合わせたように二人揃って手を合わせる。
「じゃ、いただきます!」
アスカはさっそくスパゲティーをフォークに絡めると音を立てずに口の中に入れた。シンジの方はというと、フォークに絡めたらズルズル音を立てて啜っていた。
シンジはもぐもぐと口を動かしながら言った。
スパゲティはやや柔らかめに出来ていた。
「ごめん。
アルデンテって加減が分からないんだ…。」
「ん、ぜーんぜん美味しい!!
シンジの作るものならなんだって好き!!」
笑顔でそう、アスカは答えた。シンジはこのアスカの様子に、はにかんだ笑みを浮かべた。
これはある日の日常の一コマ。端から見るとちょっと当てられる仲の良さそうな二人である。特にアスカはこれでもかというほど嬉しそうな顔をしている。
しかし、これはシンジと一緒にいる時しか見せないアスカの姿であった。
ぴんぽーん。
「鈴原でぇ~す。誰か、いてますかぁ~?」
朝、いつもの日常生活が始まる。
シンジと一緒に学校に行こうとトウジがシンジを迎えに来た。
…しかし、不運にもシンジはその時、トイレに入っていた。そしてよりにもよって玄関に客の応対に来たのはアスカであった。
アスカは実は、『綾波レイ以外は絶対家の中に入れない』主義なのだ。
何故、綾波レイだけが除外なのかは、単純に彼女の友達が綾波レイしかいなかった(というか、認める人間がレイのみだった)のだが。
…ん?本編ではヒカリが親友だって?
…残念ながらこのアスカの友達はヒカリではなかった。
(…やだ、今来て欲しくないわ。
居留守使っちゃお!!)
アスカはさっそく居留守を決め込んだ。
「鈴原です。おらんのですかぁ~?」
(げっ。しつこい…。
早く帰ってよ。)
…そうやってアスカは来客を排除した。
来客の応来がシンジだったら多分、排除されたりしないのだが、アスカはこんな調子で次から次へと来る客を排除していった。
結局、散々アスカは居留守を決め込んだのだが、たまたまシンジが来客の応来に出て、見事、葛城邸への侵入に成功したケンスケに、シンジは持っていかれた。
…ちがう、一緒に登校していってしまった…。
…相田…。今度、弐号機で踏みつぶす!!
…アスカは恐ろしい決意を込めて仲良く登校して行く二人を見送っていた。
そしてしばらくすると、加持がやってきた。
たまたま居合わせたミサトの許可によって葛城邸内への侵入に成功する。
この時、アスカのご機嫌は最悪なほど悪かった。
そして加持を見るなり、一言。
「あ~ぁ、またこんなところにいる。
アンタいると、気分悪いわ!!!」
…悪口を言っていた。
そんなアスカに加持はガンを飛ばしながら一言、
「これ以上イラつかせるなよ。
手が出る前に、さっさと消えな。」
なんとも言えない会話である。
どうやらアスカは加持とかなり不仲らしい。
その後、加持に向かって五回、六回アスカは悪口を言って葛城邸から加持を追い出した。
アスカはシンジが学校から帰ってくるまでの間、ペンペンをいじめて遊んでいた。
(自分は学校に行かないらしい…)
「ただいま…」
待ちに待ったシンジが帰って来た。
アスカは喜び勇んで玄関までダッシュして近寄る。
「シンジ!!お帰…」
「おじゃまします。」
そこには、ヒカリが、いた。
げっ!!来たっ!!
どうやらシンジはヒカリを連れて来てしまったらしい。
実は、ヒカリはアスカにとって"天敵"だった。
何故なら、このようにシンジが何故か彼女を家に連れて帰って来たりするのだ。
シンジからしてみれば「アスカも綾波以外の子と付き合えばいいのに」のつもりで連れて来ていたのだが、アスカからしてみれば…気に入らない。不愉快なのだ。
だからといって、アスカはそのコトでシンジにケンカを売れない。
アスカはシンジに、とにかく弱いのだ。
…しかし、シンジに対して弱いだけで他の人に対してはそうではなかった。
シンジは帰って来てすぐに、鞄を置きに自分の部屋に戻って行った。
アスカはシンジの後ろ姿を見送りつつ、ヒカリにガンを飛ばして言った。
「アンタ、シンジのコト、どう思ってるの?」
「ちょっとまって、今電話が鳴らなかった?」
即答でヒカリは話をはぐらかした。
アスカの目がキラリと光る。
「…ちゃんと答えなさいよ。」
凄みをつけてアスカはヒカリに詰め寄った。
暴露しておくが、実は一か月ほど前、シンジとヒカリが学校ですごぉぉぉぉぉく仲良くしている現場をアスカがとらえていたのだ。
シンジとヒカリは手と手を握りあって、それは、もう、すごぉぉぉぉぉぉく、仲良く、だ。
…ぶっちゃけ、浮気現場を目撃してしまったのだ。
いや、そのころアスカはシンジと特に仲良くしてなかったのだが、ヒカリに先にお手つきされたのがよほど腹が立っていたらしい。
「…まるでハエよ、ハエ!!ブンブンブンブン五月蝿いわ!!」
そうアスカはヒカリに言うと"出て行け!!"と、言わんばかりにガンを飛ばした。
しばらくして、鞄を置いてきたシンジがリビングにやってきた。
「あれ?委員長は?」
「帰ったわ。用事があるんだってさ。」
アスカはすかさず言った。
…正確には"追い出した"のだが、アスカはそんな様子をまったく見せないで言った。
「そっか。 委員長もしばらくゆっくりして行けばよかったのにね。」
と、言ったシンジに対してアスカは笑顔をしていたが、内心は、
今度弐号機でヒカリの家ペシャンコにしてやる…!!
などと考えていたことをシンジはまったく気が付かなかった。
鈍感な男は幸せだな…。
END