第3新東京市、ネルフ女子寮、セカンド・チルドレン専用室…。
時刻、午前三時。丑三つ時…。
シャコ、シャコ、シャコ…
何かを研ぐ音がする…
シャコ、シャコ、シャコ…
「うっふふ…ふふふ…」
少女の笑い声が聞こえる…。
「この刃の煌めき…、研磨さてくわ…」
シャコ、シャコ、シャコ…。
したたる血…そこら中に散らばる"何か"の残骸…。
"目標"を前に少女の目は怪しく光った。
「アスカ、行くわよ。」
ザクザクザクザク
何かを切る音が響く。
アスカはネルフから与えられた自室…ネルフ女子寮のセカンド・チルドレン用の部屋の台所にいた。そこでアスカはキャベツの千切りにトライしていた。
そして先程から千切りが上手く出来ずに何度も自分の指を切ってはチャレンジしていた。
しかしアスカは努力する少女で聡明な娘だったのでばんそうこうは二箱も三箱も買い込んでいてもちろんキャベツも千切りの実験台や練習用に何個も買い込んでいた。
そして先程からそのキャベツの残骸があちらこちらに散らばっていた。
何分生まれてこのかた料理なんてロクにしてなかった身である。
包丁は刃こぼれを起こすわ、キャベツはめちゃめちゃな切り方になるわで悪戦苦闘していた。
彼女はネルフで優秀なパイロットであった。
しかし、勉強とパイロットとしての訓練以外にまったく興味を見いださない少女でもあった。
その彼女が何故このようなコトをしているかというと…。
ずばり、恋をしたのだ。
しかもその相手はサード・チルドレン、碇シンジ。同じエヴァパイロットでさらにあの国連の特務機関のネルフ総司令の一人息子だった。
…しかし彼女は別に彼についているラベルに惚れたわけではなかった。
はっきり言えばシンジはパッと見は自分と背丈が同じ(ヘタをするとアスカより低い)でかなり凡庸、更に男らしくはないわ、腕力の無い完全文系体育の授業はニガテなカナヅチだわ、成績はアスカ以下だわ、カレーを食べる時にらっきょうを求めながら食後に茶をすするオジン臭さを漂わせてるわで…まぁ、かなり"冴えない"少年だった。
そんな少年の何処に惚れたかというと…。
ずばり、"新鮮なカンジぃ~カワイイ~きゃあんvvvv"だ。
まぁ、女性からしてみればシンジは話し方や人との接し方や仕草などが母性本能をくすぐられる放っておけないタイプの少年だったのだ。
そしてアスカがドイツから日本に来日した際に初めてシンジと顔を合わせた時に彼のあまりのダメっぽさ…いや、可愛さに、
アンタが全部私のモノにならないなら他に何もいらない!!
と、勝手にシンジを"運命の相手"にしてしまった。
そしてそのシンジが一か月ほど前に学校で、
「僕、自分でご飯作るんだ…。ミサトさんの料理は食べられないものだし。
でもたまには誰かにコロッケとか作ってもらって食べたいよ」
と、言ったのだ。
これを聞き付けたアスカ(他の人間の会話は雑音だがシンジの会話だけは凄まじい集中力で聞いている)は、
「そんなに食いたきゃ食わせてやるわよ!!」
と、料理もした事がないのにシンジに宣言したのだ。
それからというもの、凄まじいアスカのコロッケへの執念とシンジへの愛は暴走…いや、疾走してこのように真夜中まで努力に努力を重ねる日々となった。
そしてタマネギを刻む時に散々涙を流しながら切った指を痛めて(指を切ってタマネギを切ると傷口が痛い!!)コロッケを二週間でマスター、あとは付け合わせのキャベツの千切りのみであった。
アスカは指を切りながらキャベツの千切りをマスターすべく包丁をまな板に叩き付ける。
そして…、
ざくっ。
「きゃあ!痛い!!」
また指を切った。
そして今日学校から帰って来て散々キャベツの千切りの練習をした挙句、気が付くともう夜中の三時。
明日の夕方…正確には今日だが、シンジにコロッケをアスカの寮の部屋で食べさせる日なのだ。
アスカのたゆまぬ努力の賜物か、何時間もかけてなんとか千切りがサマになってきた。
「ふっ…。さすがはドイツのゾーリンゲン製の包丁! 刃こぼれ一つ起こさないわ!!」
さっきからまな板に叩き付けるような包丁さばきで刃こぼれを起こすほどめちゃめちゃな切り方をしていてこのセリフ。
彼女は"加減"というものを知らなかった。
「負けてらんないのよぉぉぉぉ!!」
アスカは意気揚々と叫んだ、そして…
ざくっ!!
「ぎゃあ!痛い!!」
指を、また、切った。
ほとんど居眠りだけで過ごした学校を終えてアスカはシンジを引っ張って自分の寮の部屋まで案内した。アスカの部屋まで来る途中で二人は夜勤の為に出勤しようとしていたネルフ女性職員と出くわした。ネルフの女性職員は、
「あら、アスカちゃんお帰り? 隣にいるのは彼氏? って…あら!!あなた、サード・チルドレンの碇シンジ君じゃないの!!まぁ、二人とも仲がいいのねぇ~初初しくっていいわぁ~。」
などというのでシンジがはずかしそうにしてアスカの方は真っ赤になって、
「違います!!」
と、大否定した。
まぁ、付き合っているワケでなく、告白したワケでもないのでこの否定はたしかに当たっていた。しかし、シンジはともかくアスカの方はあまりにオーバーリアクションで大慌てだったのでネルフの女性職員は"図星か…"などとかえってアスカがシンジを好きな事を確信されてしまった。
「惣流の家ってここ?」
シンジがアスカの部屋の前まで来て言った。
「"惣流"じゃないわよ、アスカいいって言ったでしょ。
はぁ、なんで日本人はファミリーネームでばっかり呼び合うのかしら?」
口では悪態を言ってるが実際は、"ファーストネームで呼んでくれなきゃイヤ!!"だった。
「えっと…、そっかな…?」
「私のコトは特別に"アスカ"と呼ばせてあげるって言ったじゃない!
もう忘れるなんてやっぱりアンタってバカよ!」
アスカは表面上虚勢を張りまくった。そして"しまったぁ!!勢いに乗り過ぎたぁ!!"と、慌てて、
「…まぁ、人間そう簡単に変わんないでしょーけどねっ!!」
…と、"フォロー"(これで彼女なりの精一杯のなのだ。察して頂きたい。)をした。
するとシンジは苦笑いを浮かべながら。
「ごめん、そうだね。」
と言った。これを聞いたアスカはものすごっっっっく後悔していたが彼女の口調は普段からこうなのだ。そう簡単に変わったら彼女もこんなに苦労はしてない。(キャベツの千切りの為に指を何度も切ったりとかもしない。)
アスカは自分の部屋の台所にシンジを案内した。
そして先日買い込んだキャベツ(練習用に切り刻んだキャベツは処理済み。)とタマネギを取り出して、
「さあ!いくわよ!!」
と、意気込んだ。
そしてアスカがタマネギの皮を剥いて切ろうとした瞬間…
「…あ、惣流…じゃない、アスカ、ちょっとまって!!」
と、シンジから声がかかった。
アスカはこのシンジの声に怪訝そうな顔を向けて言った。
「な…何よ…」
「…やっぱりいいよ。悪いから。」
「…なんでよ?」
そう問いかけたアスカの手をシンジはそっと握って手のひらを開かせた。
アスカは一瞬ドキっとしたがシンジの意図が分からずに眉をひそめた。
「…ほら、アスカの手ってばんそうこだらけ…。 タマネギ切ったら痛いよ?」
アスカはシンジのこの言葉に胸がドキドキしたがとりあえずいつもの調子を崩さないように(これは彼女の照れ隠しなのだ。察して頂きたい。)言った。
「ふん、こんなの気合いと根性で痛くないわよっ!アンタ、キッチンに立つ女の面子潰す気?」
と、思わず言った。
するとシンジは困ったような笑顔を見せながら、
「痛そうなの分かってるのにやってもらう方が悪いよ…。今日くらいは僕の面子を立ててよ?」
シンジは笑顔で言った。
…シ…シンジって可愛いとか、母性本能をくすぐるとかじゃなくて…や…優しい…??
そして最後に「ね? 」と笑顔で念を押されてアスカは悶え…いや、呻きながら、
「…う…、し…しゃーないわね! 今日はアンタの面子を立ててあげるから感謝しなさいよ!」
と、言った。
するとシンジはにっこり笑って「ありがとう」とか言ったのでアスカは胸が高まり過ぎて心臓が止まりそうになったがなんとか一命を取り留めた。
そしてシンジはタマネギを取るといきなり冷蔵庫に入れた。
「??なんで冷蔵庫入れんのよ?」
「あ、タマネギって冷やすと目にしみないんだ。」
へぇ、そうなんだ…。シンジがごく自然に手慣れた感じでやったのでアスカは煽るのも忘れてすっかり感心してしまった。
そして「傷って濡らさない方がいいから手が濡れるのは僕がやるよ」というシンジの言葉にすっかり浮かれた…いや、説得されたアスカはタマネギを冷やしている間にシンジがジャガイモの皮を剥いて(アスカは男爵とメークインを買っていたがシンジが男爵を指定。)その間にアスカがお鍋にお湯の用意をしてシンジの剥いたジャガイモを茹でたり、アスカが湯で上がったジャガイモを潰している間にシンジが冷えたタマネギを切ったり、アスカが卵を割っている間にシンジが材料をまぜたり、シンジが形を整えてる間に出来上がったコロッケをアスカが揚げたりして、結局かなりの割合でシンジにコロッケ作りの作業をやってもらってしまった。
そう、結果的に二人の共同作業で作ってしまった。
ちなみに問題のキャベツの千切りはシンジが切ってしまった。アスカの連日徹夜の千切りの修行はあっけない結果で終った。
「…せっかく頑張ったのに…」
アスカはシンジがキャベツの千切りをしているのを見てボソっと言った。
さすがについ今日の明け方までキャベツの為に指を散々切りまくったばかりのせいか浮かれモード…違う、説得モードのアスカも顔をしかめずにいられなかった。
しかし、シンジはそんなアスカを見て笑顔で、
「そう? アスカはすごく頑張ってるじゃないか。
僕、アスカのそういう所って好きだな。
でも今日は怪我しているから無理しないでね。」
などと言った
アスカはシンジのこの言葉に"心配してくれてるんだぁ~"と、一瞬うっとりしたが…、
…って…今、すごいコト言ってなかった???
と、アスカが必死になって考えていた所でシンジが「出来たね。食べようよ。」なんて言ったので作ったコロッケを食べることにした。
「うん。ホクホクして美味しいよ」
そう笑顔で答えるシンジに一瞬トキメキそうになったが切られたキャベツを見て、
半分シンジが作ったのよね…
というコトを思い出した。
そしてアスカは出来上がったコロッケとその横のキャベツをまじまじと見た。
…自分で作るより形がいい…
…アスカはここで少しため息を付きたくなった。
「…どうしたの? 食べないの??」
「…コレってさ…半分アンタが作ったのよね…」
ぼそりと言ったアスカに対してシンジは笑いながら答えた。
「あはは。
だって…無理させちゃいけないじゃないか。
それにアスカってすごく上手に作ってるよ?
アスカの揚げたの、奇麗なきつね色だよ?
ほら、食べて、美味しいよ?」
そう言ってシンジは自分の皿の上で三つに割ったコロッケの一欠片をフォークに刺してアスカに差し出した。
シンジに差し出されるコロッケ。
アスカはその欠片をまじまじと見た。
…コレを…食べろって??
「…どうしたの? 食べないの?」
…うっ…、
ええい!!食べちゃえ!!
そのままアスカは口を開けてシンジに差し出したコロッケをパクっと食べた。
…もぐもぐ…。
アスカはそのまま無言で食べた。
シンジはその様子をすこぶる嬉しそうな顔をして言った。
「ね? おいしいよね。」
笑顔だ…シンジの満面の笑顔だ…。
…結局その後、シンジが三つに割ったコロッケを全てシンジの手によってアスカは食べさせてもらった。
し…幸せって…こーゆーのを言うのかしら????
そうなのかしら??やっぱりそうなの?
そのままアスカがずっとのぼせてしまったのは言うまでもない。
「今日はありがとう、アスカ。 すごく美味しかった。今度お礼しなきゃダメだね。」
シンジは玄関で帰路につこうとしていた。
アスカは玄関の所に突っ立ってのぼせたまま、いつもの強い調子がまったく出ずにボケボケ~っとしていた。
「じゃあ、そろそろ遅いから僕は帰るね。
…あ、そうだ!!」
シンジが何かを思い付いたように言った。
「あのさ、今日のお礼に明日の学校のお弁当、アスカの作って来るよ。」
「えっ!?」
そしてシンジはそのまま玄関のドアを開けた。
「アスカ、僕も頑張るから! おやすみ。」
そのままドアを開けてシンジはアスカの部屋から出て行った。
しばらく惚けるアスカ…。
……
……明日のおべんとうはシンジが私の分を作ってくるんだ…。
そしてハッとした。
「バカシンジが私の分のお弁当作るってぇえええ!?!?!」
「バカシンジが私の分のお弁当を作ってくるぅ~?!
シンジのクセに生意気よぉぉ! いい気にならないでよぉ! 何様のつもりなのよぉぉぉ!」
バタバタバタバタバタバタ~~!!
この後アスカはしばらく自分の部屋のベッドに手足をバタバタさせて暴れた…
いや、悶えた。
その頃シンジは、
「明日のお弁当は食べてくれるかなぁ?」
と、楽しげに言った。
END