「汚された…。私のバージンが…
シンジ…どうしよう? 汚されちゃったよぉ…。」
「アスカ…大丈夫、大丈夫だから。 …ね?」
そう言いつつもシンジはアスカをしっかりと抱きしめながらトウジを睨んでいる。
トウジはすでに開き直ってすました顔をしている。
ヒカリはそんなトウジにガンを飛ばしている。
コトの起こりは結婚式。それも式を上げる直前の事。
トウジはシンジとアスカの挙式に呼ばれ、硬派らしく紋付袴でやってきた。
それを見たヒカリやケンスケは半ばあきれ顔になった。
シンジとアスカは洋式…教会で、チャペルでの結婚式だったのだ。
それなのに若い身空で紋付袴でやって来たトウジは場の空気からかなり浮いていた。
アスカは控え室でウェディングドレスのベールをヒカリに着けてもらっていた。
シンジはすでに純白のタキシードに着替えて控え室の前の廊下でそわそわしていた。
そんなシンジの事を知ってか知らずか、アスカとヒカリは彼についての下世話話に花を咲かせていた。
「実はね、私…シンジと"まだ"なんだ…。」
「えっ??もうしちゃってるかと思ったのに!?」
「えーっ?シンジって結構堅いのよ?結婚するまでお預けよ。
私の方がストレス溜まるかと思うくらい何もしてこなかったわ。
一時期、どこかのホモ男と出来てるとか、アイツは使い物にならないとか思ったくらいよ。
…でも、それも今日で終わりよ!!」
「じゃあ、アスカは本当の意味でバージンロードを歩くのね。」
…などというかなり危うい会話をしていた。
一方シンジの方はそんな会話の事など知らずに相変わらず控え室の前でタキシード姿のまま廊下を行ったり来たりしている。
そんな所に少し遅刻気味に紋付袴のトウジが現れ、それを見たケンスケは顔を顰めつつもトウジに決死の説得を行う。
「今なら間に合う!! ここなら貸衣装で礼服の一着や二着くらい…」
「アホなこと抜かすな!!男は紋付袴と決まってるんや!!!」
そうトウジは断言した。
…いや、そういう問題じゃない。
空気読め。お前みたいな恰好したヤツは誰もいないぜ?
と、ケンスケは心の中で思うものの、鼻息も荒く、それが当然と言わんばかりの様子で立っているトウジを見ていると、もうコイツに何言っても無駄なのだと彼の行動を改めさせるのを諦めてしまった。
そうして式直前。
挙式に呼ばれた親類縁者、友人知人達が教会の席に次々と着いて行く。
挙式が上げられる寸前、慣れない紋付を着たトウジはトイレに悪戦苦闘をしていた。
そしてトウジはやっとの思いで用を足して慌てて教会の中に飛び込んだ。
「ひゅー。間におうたか。」
そうして、トウジが一息ついて教会の絨毯の上をドスドスと歩いているのを見たヒカリが悲鳴のような声を出して叫んだ。
「ちょっと鈴原!! アナタ何処歩いてるのよ?!?!!?!?!?!?!」
「…なんや?委員長? 結婚式は静かにせなあかんで。」
「バカ!!そうじゃない!!!!」
ヒカリは叫んだ。
神父も回りの人々も何かとんでもないヤツでも見るような目でトウジを見ている。
なんやねん? こいつら何睨みきかせとるんじゃ??
…トウジはこの後に及んでまだ気が付いてなかった。
ヒカリは式の時間がもう差しせまっていたのに気が付いてトウジに手招きで必死になって呼ぶものの、トウジは自分の置かれた状況が分からずに席に着かず、絨毯の上で「わからない」という顔をしていた。
そしてついに業を煮やした神父がトウジに厳格な表情で話しかける。
「新郎新婦、付き添い人でない方はバージンロードに立ち入らないで下さい。」
そう、トウジが今踏み込んでいる絨毯…真っ赤なのだが…バージンロードだった。
一般常識では新郎新婦付き添い以外は式前式中は立ち入ってはいけないのだ。
しかし、そんなやり取りをしている最中でもトウジはバージンロードに突っ立ったまま、いまいち自分の置かれた状況を分かっていない。
そうしている間に、何も知らないシンジは付添人と一緒に予定時刻通りにドアから入って来た。
そしてトウジを一瞥するやいな、唖然とした表情でトウジを見た。
そしてしばらくしてアスカ入場…。
待ちに待った瞬間を夢見ていた少女は固まっている二人の男…
今日、ついに自分の夫になる男と、今日という日に一人だけ浮いた紋付袴でやって来てバージンロードを踏み荒らしている男を見て、悲鳴のような叫び声で言った。
「なんでアンタがバージンロードにいるのよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!」
その後、なんとか仕切り直して式は終らせられたものの、挙止後にバージンロードに無分別に立ち入った紋付袴の男をアスカはシンジにすがりつき、泣きながらなじりまくっていた。
「このバカ!!クズ!!不潔!!非常識!!能無し!!最低男!!!!」
「なんやねん!! 洋物の式なんぞ、ワイは知らんわい!!」
開き直るトウジに対し、もう何も言えないケンスケと、アスカをなだめるのに必死になりながら自分の"元"友人の非常識さに腹を立ててるシンジと、もうコイツの事は忘れようと思っているヒカリが、
冠婚葬祭にコイツを呼ぶのは絶対やめよう。
と、決意を固めたのを本人はうかがい知ることはなかった。
END