「シンジ、お風呂入ったら勉強よ!」
アスカが言った。
シンジは成績はそこそこだったけど大学入試にはやや怪しい成績とアスカは断言した。そして"アスカが直々に講義"するらしい。
アスカが先にお風呂に入り、シンジが後からお風呂に入ってその後は寝る前に延々とアスカの講義が続く。特に最近は連日だった。
アスカに至っては「もう一つくらい大学出てもいいわね。っていうか、今度は大学院まで行こうかしら?」だ。かなり余裕があるようだ。
「ああ、災難だな…。」
シンジが洗面所で衣服を脱ぎながらぼやいた。
アスカは先にシンジの部屋に来ていた。
ふすまに手をかけながらぼそりと言った。
「相変わらず殺風景な部屋…。
ま、部屋追い出したのって私だけど…」
そしてシンジのベッドにぼふっと腰を降ろした。
…バカシンジ。私はO.K.の3連呼なのにさ…、まだ一人で寝るのかな…?
「……だからアンタはつまんない男なのよ…」
誰に言うともなくそう言ってアスカはシンジの布団に寝転がり、枕に顔を埋めた。
…シンジの匂いがする…
汗臭いとかそんなんでなく香水のような物でもないけど人肌から染み付いた匂い…。
アスカにはその匂いは甘く優しい匂いに感じた。
「…この匂いって、すごく落ち着く…」
…この匂いに包まれて抱きしめてもらったらどうなるのかな…?
………
…アイツがそんなことするわけないけど…。
アスカの目がうとうとと閉じがちになってきた。
「アスカ~上がったよ。」
シンジは自室のふすま手をかけた。
いつもシンジがお風呂に入っている間にアスカがシンジの部屋のベッドに腰掛けて待っているからだ。
しかし、アスカからの返事がない。
「アスカ?」
シンジは自室のふすまを開けた。
シンジは自分のベッドを見るとアスカがかすかな寝息をたてて眠っているのに気がついた。
「…寝ちゃった…のかな?」
シンジはベッドの側に近づいてベッドの横に座った。
そしてアスカの寝顔をじっと見た。
穏やかそうな寝顔…。
静かに寝息を漏らしながらアスカはとても気持ち良さそうに眠っている。
シンジがアスカの寝顔をじっと見ていたらアスカは少し「うぅん…」と言ってシンジの方に顔を向ける形で寝返りをうった。
そしてすーすーと寝息を立てた。
寝返った為にアスカの顔を見れるようになったシンジはその顔が「かわいい」と思った。ただ、これを本人に言ったらどんな返答をされるかは想像がつかなかったのだが。
…そんな事言ったら怒るかな…?
…でも…この顔見ていると起こすの可哀想だな…。
アスカの胸の前に細くて柔らかそうな手が無防備に投げ出されている。
…暖かそうな手…。
シンジはその手を見て急に触れたくなった。
そしてそっとアスカの手に自分の手を重ねて見る。
…暖かい…
そうしてシンジがアスカのぬくもりを感じている時にアスカがそっと指を絡めてきた。
「えっ…?」
「…シンジ…」
アスカは薄目をゆっくりと開けてシンジをぼんやりと見た。
「起きてたの?」
「手に触れられたら目が醒めたの…。」
シンジはアスカに絡められてる指に自分の手を絡めて言った。
「…勉強…しなくていいのかな?」
「…アンタの成績、もう十分よ…。
…それより、一緒に寝よう…?」
「…一緒に寝るのは…」
シンジは躊躇した。
しかし、アスカはシンジの手を自分の頬に寄せて頬擦りをして言った。
「ミサト…今晩は帰らないわ…」
「…いい…のかな?」
「…うん…。」
シンジはアスカの返事を聞くとベッドの中へ潜り込んだ。
すると、アスカがシンジの方へ体をすり寄らせた。
そして横向きで寝ているシンジの方に顔を向けた。
「…ねぇ?」
アスカが何かをねだるように言った。
シンジはアスカの首の下に腕を入れて半ば抱き寄せるようにアスカに近づいた。
二人の体が重なる。
「…暖かいわね。それに心地良くて落ち着く…。」
「…うん…」
シンジはその夜夢を見た。
その世界は一面が赤い海の底。
シンジの上に綾波レイが跨がっている…。
いや、跨がっているのでなく二人の下の半身は溶け合ってしまっていた。
どこから自分の体か、どこから他人の体かわからない。
これがあなたの望んだ世界…そのものよ。
レイが言った。
自分だけが夢見る世界。
自分だけの夢を見れる世界。
永遠に自分だけの…。
「アスカは…?」
すべてのヒトが溶け合って今は居て、居ないわ…
レイは答えた。
誰もいない世界。
自分だけが夢見る世界。
自分だけの夢を見れる世界。
永遠に自分だけ…、でも…、
…僕は…、
…僕は…会いたいと思ったんだ…
…もう一度。
シンジがそう思った…いや、そう願った途端にレイが嬉しそうな、哀しそうな顔をして言った。
…そう。
シンジははっとして目を醒ました。
シンジは目を醒ました拍子に少し体を動かしたらしく、シンジの傍らで寝ているアスカが少し身じろぎをした。しかしすぐに穏やかな吐息を立て始めた。
とても穏やかな寝顔…。
そんな安らかな眠りをしているアスカの顔を見ながら小さく独り言を言った。
「…僕は…、
あのまま永遠に自分だけの夢が見られたらいいと思ったんだ…。」
「でも、あそこには誰もいない。アスカもいない。」
「…これが正しかったかどうかわからないけど…」
「…君と一緒に同じ夢を見られるなら居てもよかったかもしれない…」
そうシンジは小さな独り言を言うとアスカの額にそっとキスをして言った。
「おやすみ…」
そしてシンジは目を閉じた。
しばらくしてシンジの寝息がしてきた。
傍らで寝ていたアスカの閉じた目から一筋、涙がこぼれた。
END