今日の授業は午前中だけだった。
自宅に帰って来た僕とアスカはお昼を食べてからエアコンの前でダラダラしていた。
午後1時半。
突然アスカが立ち上がり、台所の方に向かった。
そして昨日…どうやらスーパーとかから何かを大量に買い込んでいたみたいだけど…
を引っ張り出して…
ん?
あ…、アスカがお菓子を作り始めた。
…どうやらクッキーらしい。
…もしかして僕の為??
き…期待…期待することはイケナイことなの…?
僕の心はそのまま体育館の真ん中でパイプイスに座って頭を抱えこんで悩んで………。
……ああ!!
何考えてんだよ!!僕はっ!!
どうしてアスカがクッキー作るくらいで"心の迷宮"に入らなきゃいけないんだよ!?
…それはともかく、めずらしくやる気満々で取り組んでいるアスカの様子を僕はしばらく見る事にした。
「んーなんかイイカンジ!」
…どうやらアスカのクッキー作りは順調のようだった。
アスカは独り言で悦に入っている。
僕は台所のふすまからアスカを見ていた。
それにしても台所に立っているアスカの姿はなかなか刺激的だ。
いや、ただ普段着に真っ赤なエプロンを付けているんだけど…
それが今、アスカの上着が…なんて言うんだっけ?前にアスカに聞いたんだけど…。
…そう、ベアトップ!!
胸から上が剥き出しの肩ひもとかのない上着!!
それと…ショートパンツ。
その上からエプロンを付けているからどう見ても裸エプ…
………。
うわっ!!いけないっっ!!
ケンスケがこの前見せてくれたわけの分からない写真集の影響が…。
こんなコト考えてるのがアスカにバレたらアスカに……
「…アンタ、今、私が裸エプロンしてるように見えるって思ったでしょ?」
「!!!!」
僕は思わずのけぞった。
そ…そんな…、僕の考えている事が分かるなんて……。
もう、僕のA.T.フィールドは中和されてしまったの!?!??!
「……。 からかっただけなのにアンタ、バカ正直過ぎ。」
……ハメられた…。
ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!
「…あのさー、いちいちウツ入んのやめてくれない?
つーか、アンタ邪魔。
集中出来ないからあっち行ってよ」
そう言うとアスカは天の岩戸の如く台所とリビングに続くふすまをぴしゃり! と閉めた。僕はまるでラミエル並のA.T.フィールドの如く閉められたふすまを見つめながらがっくり来た。
…今の僕にこのA.T.フィールドを貫く為のライフルなんてないよ…。
はぁ、気になる…。
だってわざわざ僕を追い出したわけでしょ?
理由があるはずだよね?
…いや、その前に"追い出された"という事実が僕の心に痛い傷を…。
…大体僕がいつも家事やってるじゃないか…。アスカなんかご飯とかあまり作らないし…。
たまに今日みたいな気まぐれで作る事もあるけど…。
…いや、アスカの作るものって作った内に入るのかな?
ミサトさん同様チルド食品だからな…。
太るとかなんとか言うわりにそういう物を作って食べるんだから。
…ああ、それに台所って最近僕の聖域じゃないか…。ほとんど僕が作って、僕が片付けて、僕が準備して…。
………。
荒らされるかな…。台所…。
後で片付けるのって…僕だったりしてさ…、むちゃくちゃ大変な状態にされちゃったりして…。
…あ…ありえる…アスカなら!!
…よし!!
ここは僕が"手伝ってあげよう"という名目の元にあの天の岩戸を!
あのアスカの強固なA.T.フィールドを中和するんだ!!!
よし、シンジ、行くよ!!
「あ…あのさ…、アスカ? 僕も…その…、手伝おうか?」
…さっそく僕はへっぴり腰。
…ああ、やっぱり僕は、卑怯で、弱虫で、臆病で、ずるくって…
「………別にいいわ。 ってゆーか、今のアンタ、妄想入ってそうだから。」
…僕の居場所はここには無いんだ…。
今までだってそうだし、これからだってそうなんだ…。
僕の心はそのまま暗い体育館の中のパイプイスの上、スポットライトを浴びながら頭を抱えた。
チン!
オープンレンジの調理終了の音が聞こえた。
でも僕はリビングの真ん中で膝を抱えて丸くなっていた。
突然、台所へ続くフスマが開いた。
「…出来たわ。」
「あ…アスカぁ~!!!」
嗚呼!!アスカが僕に声をかけてくれた!!
それだけで僕の心は満たされる…まるで心が補完されるようだよ…。
僕はアスカに飛びついて抱きついた。
「ああん!!もう!!
シンジってばぁ…。
………って、
んなこというと思ったかぁ~!!」
僕はアスカからこめかみにパンチをもらった。
くっ!!今のは効いた!!
「はぁ、やっぱりアンタってバカね。
…それはいいけど、クッキー焼けたから食べてよ。」
やった!!
やっぱり僕の為に焼いてくれてたんだ!!
「さぁ、食べて!!」
そうアスカが言って台所のテーブルの上に焼き立てのクッキーの入った皿に手を広げてみせた。
くっ…!!
彼女にお菓子焼いてもらえるなんて…こういうのを幸せって言うのかな?
そうだ!!
これが幸せっていうんだ。
僕はココに居てもいいんだ!!!!
「……。 …妄想しなくてもいいから食べてよ。」
はっ!!
そうだ、食べよう。
僕は席についてそしてクッキーに手を延ばした。
…うわ…、クッキーの形が全部ハート型だ…。
…僕はハート型のクッキーを一つ持ってアスカの方を見た。アスカはニヤニヤ笑っている。
…そんなに改心の出来だったの?
そして僕は一口クッキーをかじった。
…………。
うっ…。
こ…これは…。
「どぉ?私の刺激たっぷりのクッキーのお味は?」
「ア…アスカ…、これ…何入れたの?」
「シナモン、ナツメグ、オールスパイス…
ああそれからレッドペッパーをたぁ~っぷり!!!」
アスカはニタニタ笑いながら言った。
くっ…、通りで辛くって舌が痺れるような味なんだ…。
シナモン…、ナツメグ…、この辺りはいい。オールスパイス…これもまだいい。
でもレッドペッパーって…、ようするに『唐辛子』と同じじゃないか!!!
「な…なんでこんなクッキー作ったりしたの?」
「…シンジに刺激がないからよ。
根暗で、ヒッキーで、いつも妄想にふけっててさ!!
私が愛を込めた手作りの刺激たっぷりのクッキーでも食わせてやりゃ、
ちったぁ~冴えてくると思ったからよ!!」
アスカは両手を腰に当ててきっぱり言い切った。
て…手の込んだイヤガラセだ…。
愛…いや、イヤミのたっぷり込められた刺激的なクッキーだよ…。
「ま、これ、全部食べてね。
そして明日から冴えた碇シンジになってちょーだい!!」
全部??これ全部??????
大きい皿に山盛り一杯の辛い辛~いクッキー。
刺激的過ぎ…アスカ…。
僕は泣きながらそのクッキーを食べ続けた。
そして日が暮れる頃には完食。その頃には口の中と胃の中がヒリヒリして気持ち悪くなって、もう…もう、ダメだ…。
「……途中でやめりゃいいのにマジで全部食べたわ…コイツ。本当にバカなのね…。」
僕はその後、アスカに膝枕されながら唸っていたような気がする…。
END