「バーカシンジ!!」

朝、けたたましい声と強い衝撃で目が覚める。
幼なじみのアスカが起こしに来るんだ。
でも、その起こし方が過激だ。
寝ている僕の上にダイブして来るんだ!
ルパンダイブなんてオイシイ起こし方じゃない。全体重をかけてどしーん!と、来るんだ!
そんな起こし方されたんでは僕もただではすまない。
いつも満身創痍寸前の状態での登校だった。

なんでこんなに乱暴なんだろう?
可愛げもなにもあったもんじゃない。
僕はどうもアスカの事は好きになれなかった。

少年期の終わり

まったく、毎朝々あんな起こし方されて僕もよく持つものだ。
クラスのみんなはアスカが僕の家にしょっちゅう来てて、毎朝僕がアスカに起こされているのを知っている。何せ、アスカが話のネタにしてる事とかがあるから。
大体が甘ったるい起こし方をされるんだろう?と。からかうけど…
そんな可愛いものじゃない。みんなにもあの起こし方されれば僕の気持ちの100分の1でも理解できるハズだ。
それにみんなはよく「アスカと出来てる」とか、「碇夫妻」なんて言うけど…、アスカはただの幼なじみ。腐れ縁でダラダラと一緒に行動しているだけなんだ。
大体アスカだっていつまでも僕と一緒に行動するのはやめて欲しい。僕らは男子と女子なんだからさ、男子が女子と一緒に居ると『出来てる』とかなんとかめちゃくちゃ言われるからイヤなんだ。
一緒に居るだけで出来てるじゃあたまったもんじゃない。
大体僕はアスカの事がそんなに好きじゃないんだ。
そう、僕には好きな人がいる。
この前転校してきた"綾波レイ"。
すごく奇麗な顔だち、白い肌、寡黙で凛とした態度と表情、とにかく美人なんだ。
ただ、あまりに超然とした態度を取っているからみんな憧れてはいるけど誰も手が出せないんだ。
かくゆう僕も手が出せない者の一人。
ラブレターなんて出せるワケでもないし、告白なんてとんでもない!
でも、前の席にいる彼女を後ろの席から僕はいつも眺めていた。
そして学校のオリエンテーリングの時に、回りの山の風景を取るフリをしてケンスケに綾波の写真を一枚取って来てもらった。
やっぱり写真に写っても綾波は超然として凛とした表情だった。そしてケンスケの写真を取る腕もそんなに悪くはなく、美しさは損なわれない。
僕はケンスケからその写真を現像してもらってそっと枕の下に忍ばせた。
そして、「今日も綾波とのいい夢が見れますように」と、お願いした。

でも、何故か綾波の夢は見た事無いんだ。
どうしてかなぁ?
夢はよく朝方に見るものらしいけど…僕はその夢を見ているはずの朝の時間にはアスカダイブで起こされて…。

…って!!原因はアスカか!!
今度アスカに言わなきゃ!!
もう、僕を起こさないでくれって!!
大体一緒にいるともうはずかしい歳なんだよ。いつまでも『幼なじみ』なんかやってたって仕方ない。

…でも今日はもう遅いから明日にでも言おう。

朝、いつも通りアスカが僕の家に上がり込んで大声を張り上げた。

「バーカシンジ!朝よ!起きなさいよ!!」

この時既に目が覚めていた僕はダイブされる前にムクっと起き上がってすまして言った。

「おはよう。」

「あ…おはよう。」

アスカは面食らったらしく、珍しくしおらしい声で挨拶を返してきた。
そんないつも通りには行かないよ…。
そう、僕は昨夜決意した事を伝えるべく、アスカの方を向いて言った。

「あのさ…アスカ、 もう起こしに来るの、やめてくれる?」

「はぁ?なんで?アンタ、私が起こさないと起きないじゃないの!」

案の定、眉間に皺を寄せてそういう返答をしてきた。

「もうさ、いい加減僕たち中学生だし、いつまでも幼なじみのつもりで一緒にいるの、やめようよ。
 それに朝の起こし方はめちゃくちゃだし。もう、うんざりなんだよ」

僕はきっぱりとした口調でアスカに言った。
それを聞いたアスカはやっぱり怒った調子で僕につっかかってきた。

「ナニよそれ!?私の親切心を無下にしようってぇの?!」

「僕の態度とかで僕が嫌がってるのがわかんないの?!」

「嫌がるも何も、私がいなけりゃあアンタ全然ダメじゃん!」

「何が駄目だっていうんだよ! メイワクしてるんだよ!!」

いい加減僕は腹が立って来て枕をドンと叩いた。
そしたら叩いた枕が跳ね上がり、枕の下に入れてあった綾波の写真がフワリと外に出てきてアスカの足もとに落ちた。それを僕が拾おうとするより先に、アスカが写真を手に取って見た。

「…? 何よ…これ…?」

「あっ!!返せよ!!!」

僕は素早くベッドから立ち上がり、アスカから写真を奪い返した。
アスカは黙ったままその場に突っ立っていた。

その場に嫌な沈黙が流れる。

…気まずい空気だ…。

そしてその沈黙を破ったのはアスカだった。

「…そう。分かった。
 今度から起こしに来ないようにする…。」

アスカはなんだか寂しそうな様子でそう言うと静かに僕の部屋から出て行った。
部屋から出る時のアスカの後ろ姿がやたらと小さくて僕はほんの少しいたたまれない気持ちになった。
でも、仕方ないんだ。
僕には好きな人が居て、アスカはいつも僕を困らせるだけで、それで…。

それからというもの、本人が言ったとおりに、アスカは僕を起こしに来なくなった。

今日の授業ももうすぐ終わり。
クラスのみんなは帰る準備をしている。
僕はいつもよりもスローペースで教科書やノートパソコンを鞄に詰め込んでいた。
…はぁ。
僕は鞄に物を詰め込むのを止めて椅子に座って机に頬をつき、ため息をついた。
なんだかここの所気まずい雰囲気で疲れる…。
アスカが起こしに来なくなってしばらくギリギリ登校とかしたけどなんとか学校は遅刻しないでこれた。
ただ、なにか張り合いがない。
あれ以来、アスカと僕はあまり口をきかなくなった。
と、いうよりも用事がある時しか話さないという感じにすらなっている。
…なんで僕がこんな思いをしなくちゃいけないんだよ…。
大体アスカがあの朝にらしくない態度を取るから…。

って…、なんでアスカの事を考えなくちゃいけないんだよ?

そういえば今日の授業の時のアスカ、ずっと窓の外を眺めてたっけ…。

…あの朝に顔合わせたっきり、アスカの顔をまともに見てない…。

僕はアスカの席の方を見た。
アスカは、無表情に鞄に教科書を詰めている。
でも、何だか前の元気良さとは打って変わってとても小さくて儚げだ。
そんな姿を見ていたらあの日の寂しげなアスカの後ろ姿を思い出して、少し胸が痛くなった。

「碇君!」

僕は突然甲高い女の子の声に呼ばれた。
振り向くとそこにはクラスの委員長…洞木さんがいた。

「ちょっと用事があるのよ。 一緒に来てくれない?」

いつもクラスを束ねる時の顔よりも険しい顔つきで委員長は言った。
委員長はアスカの親友だけど僕とは直接に友達として付き合っているわけでなかった。
その委員長が声を掛けるって、つまり、もしかし…?

「用事って…何?」

一応委員長に尋ねてみた。
でも、委員長は問答無用とばかりに僕の手を強引に引っ張って行く。

委員長は僕を校舎の裏まで連れて来た。
…こんな所、リンチか告白にしか使わない場所だよ…。
委員長は僕の前で腕を組んでキッと僕を睨みながら言った。

「碇君。あなた…アスカに何したの?」

やっぱり…。
予想はついていたけど、その予想が的中し過ぎる単刀直入でストレートな物言いだった。

「何って…。 別に…何も。」

「そうじゃないでしょ!
碇君!あなたが何か言ったからあんなにアスカが落ち込んじゃってるんでしょ?」

委員長の物言いはまるで僕がアスカの保護者か責任者みたいな言い方だ。
でも、第三者からあんまり干渉されたくない。
僕とアスカの問題なんだから。
こういうのってお節介っていうんじゃないのかな…。
僕は少しイライラしてきたけど、勤めて冷静に応える。

「だから…なに? 委員長が口を出すような事じゃないじゃないか…。」

「ちょっと! 碇君! そんな言い方はないんじゃないの?!
とにかく!碇君がアスカを傷つけるような事を言ったから落ち込んじゃってるんでしょ!
責任感じてないの?!」

責任も何もないと思うけど…。
しかし、一方的な抗議と口調…どことなくアスカと通じるモノを感じた。
案外この二人はこういった所が似ているから親友なのかもしれない…。
それはともかく、僕ばかり責められても困るんだ。
でも、委員長はそんな迷惑している僕の意思などお構いなしにくどくどと何かを言おうとする。

「大体碇君、あなたってどうしてそう、鈍くて気がつかないの?!
 アスカは碇君の事が好きなのよ? なのにあなたは…」

……え? 今なんて…??

「ヒカリっ!!」

突然後ろからアスカの声がした。
振り向くと彼女がワナワナと腕を震わせて立っていた。
…何でこんな所にアスカが…?

「あ…アスカ…。」

委員長はギクリとした感じでアスカを見た。
アスカは唇を噛みしめて委員長の方に近づいて行った。
そして極めて冷静に、そして静かに委員長に尋ねた。

「ヒカリ。今、シンジに何言ったの?」

「あ…アスカ…。わたしは…」

「今、何を言ったのかって聞いてるの?」

アスカの目が細まっていく。そして委員長をただひたすらじっと見つめている。

「あ…アスカが…碇君に…」

明かに委員長の顔に焦りの色が見えた。
アスカは僕を見ないてじっと委員長の方を見ていた。
僕はどうする事も出来ずにこの二人をただ黙って見ていた。
三人の間に沈黙が流れる。

そしてほんの少しの沈黙の後にアスカが口を開いた。

「変な様子でシンジを連れ出してたからついて来てみたけど、
ヒカリ。私、こんなコトして欲しいなんて言ってないわよ…
これは私の問題。シンジは関係ないし、第三者のアンタはなお関係ない。」

そしてアスカは一呼吸置いてから言った。

「だから余計な口出ししないで頂戴。」

アスカはそう言い終えると早足でつかつかと行ってしまった。
委員長はただ呆然と立ち尽くしていた。
そして僕は…
ただアスカの後ろ姿を見ていただけだった。

その夜、僕は綾波の写真を枕元から取り出した。
…たしかに奇麗だな…。
でも、この前まで感じていたはずの輝きを僕は感じなくなってしまった。
どうしてかな…?
僕が今日の事で少し混乱しているからかな?
それよりも…アスカ。
すごく小さくなったアスカ。
僕に勢いよく突っかかってきて、大きな口を叩いて、そんな日常が突然無くなって…。
…どうしてあんなに元気なくなっちゃったんだよ。
それに、委員長の言ってた事は本当?
いつも僕に対してあまりいい対応をしているとは思えなかったアスカだから僕には委員長の言っていた事が完全には信じられない。
ただ分かるのは、アスカの元気が無くなってから僕の中もぽっかり穴が開いたみたいになっているってことくらいだ。
僕はしばらく綾波の写真を眺めていたけどそれを机の引き出しに閉まってベッドに体を横たえた。

僕は眠れなかった。

窓から月明かりが差している。
僕は横たわったまま、ただひたすらじっと月明かりを見つめていた。
ふと、月明かりから視線を隣のアスカの家のベランダの方に映した。
そしてそこをじっと見つめていたら誰かの影がベランダに頬杖をついているのが分かった。あれって…アスカ?

僕はベッドから起き上がり、ベランダに出た。

「アスカ…」

僕の声に少し驚いたのか、アスカがピクっと震えて僕の方を振り向いた。

「シンジ…?」

「何…してるの?」

「月を見てたのよ…」

アスカはそう言うと僕の方に向けていた顔をそらして空を見上げた。
そして空を見上げたまま僕に話しかけて来た。

「そういうアンタこそ何してるのよ?」

「眠れなかったんだ。
 ずっと月明かりを見てたらアスカがベランダに出ててさ、つい気になって…」

僕にしては意外なくらい素直に答えた。
それを聞いたアスカはまた僕の方に向き直って言った。

「私も眠れなかったのよ。
 そしたら窓から月明かりが差して来てさ、それで見てた。」

そう言うとアスカは穏やかな、そしてどこか寂しげな笑顔をした。

「ねぇ、シンジ…。この前のコトさ…」

「え?何?」

僕は一瞬ビクっとした。この前のコトって…朝の事?それとも委員長が言ってた…?

「ヒカリの言ってた事は、気にしないで。それにアンタの事は分かってるから。
 アンタはアンタの思った通りにすればいいよ…」

「僕が思った通りって…何を?」

僕がそう聞き返したらアスカはさっきよりも穏やかで、そして寂しげな笑みを浮かべて言った。

「綾波レイが好きなんでしょ? なら、アンタの思った通りにすればいいじゃない。
 ヒカリったらさ、あんまり私とシンジが一緒に居たもんだから勘違いしてるのよ。
 だからさ、真に受けなくてもいいわよ。」

確かに好きだった。
でも、今その名前を出されるまで僕は綾波の事は綺麗に忘れていた。
むしろ、何処かにふらふらと消えてなくなりそうなくらい影の薄くなったアスカの方が気になって仕方が無かった。

「…そんな寂しそうにして言われても…」

僕は思わず本音を口に出してしまった。

「綾波の写真。もう何も感じないんだ。
 アスカが何も話さなくなって、僕と顔を合わせなくなって…」

僕はここで一旦言葉を止めて、そして言った。

「委員長が言った事を聞いたら、綾波の写真に何も感じなくなったんだ…
 だから、僕は今、僕の思った通りの事って言われても、何をすればいいのかわからない…」

…これは僕のまぎれもない本音だった。
どうしてこんなに思った事を口に出来るんだろう?
月明かりのせい?
それに、あんなに綾波が好きだったのに、今の言葉を言ったらさっきよりもずっとアスカの事が気になる。
…こういうのってなんて言うんだろう?
…上手く言葉に出来ないし、上手く心にカタチにする事が出来ない…。

今、アスカが何を考えているのかよくは分からないけど僕はある事を思い付いた。
これで上手く形に出来ないモノが形になると思ったから。

「ねぇ、アスカ。 この前の朝言った事は謝るからさ、
 …もし、委員長が言った事が本当なら… 朝、起こしに来てくれない?」

アスカは一瞬驚いたような顔をした。
僕はそのまま踵を返してベランダから自分の部屋の中に入って窓からアスカに向かって一言、言った。

「あ、アスカ。今度は痛くないように起こしてよ!」

「はぁ?! 何言ってんのよ?!」

「おやすみ…アスカ。」

僕はそのまま部屋の中に入って窓とカーテンを閉めてベッドに横になった。

一条の朝の光りがカーテンの間から僕の顔を照らす。
僕は目が醒めてたけど目を閉じたままでベッドに横になっていた。

誰かがそっと僕の部屋の戸を開ける。
そして寝ている僕のベットの側まで来て立ち止まった。
そして…

「バカシンジ、朝よ、起きなさいよ…」

いつもと変らない口調だったけど、アスカはずっと優しげに僕の耳元に囁くようにそう言うと、横になっている僕の上にのしかかってタオルケットの上から僕を抱きしめた。

「おはよう、アスカ…」

僕はそう言ってアスカを抱きしめ返した。

この時僕はアスカの事が好きだとようやく気がついた。

おわり

かなり修正を加えました。
おかげさまでかなり直球のLASに…
タイトルのモトネタはアーサー・C・クラークの"幼年期の終わり"
改稿: 2005/09/22
初出: 2005/04/12
Author: AzusaYumi