私の同居人は引っ込み思案で人見知りだった。
いくら私が話しかけてもまともに取り合わない。
いや、ちゃんと話は聞いているし、頼み事をすれば請け負ってくれる。でも、いつも嫌そうにしているか、どうでもいいという感じにしているか、曖昧な笑みを浮かべてたりしてるか…
とにかく『自分は関わりたくない』という雰囲気をプンプンさせていた。成り行きで同居することになったとはいえ、少しは打ち解けてもいいと思ったけどあいつは何か壁みたいなモノを常に作って、何もかも曖昧にしていた。私は最初…仲良くなりたくてフランクな感じで話しかけたりしたのだけど、ただ鬱陶しがられているような感じで…。
……まるで私のコトなんてどうでもいいみたい。
シンジは毎朝ミサトや私の分の食事を作ってくれる。
別に頼んだわけじゃない。
アイツが自主的に作ってるだけ。
私は本当はお味噌汁とか、何か醤油とかを使ったモノとか、とにかく日本食は慣れなくて…本当はあまり料理とか得意でもないけど自分でパンとハムエッグとか作って食べても良かった。
でもシンジは律儀に日本食の朝食を作っていた。
…日本食なのは多分、ミサトが一緒にいるからミサトの方に合わせてるんだ。
でも私の分も作ってあって…私の分があるのに私は自分で勝手に作るような真似はしなかった。
今日はミサトが早朝出勤でいない日…。
いつも通りのお味噌汁やご飯や添え物やらの…日本食の朝食が出た。
…馴染めないな…この味…
私は思わずしかめっ面をしそうになった。
シンジが怪訝そうに私の方を見た。
「私さ~日本食って慣れないのよね~。たまには私に合わせてくれないの~??」
思わず本音まじりに言ってしまった。
「…だったら、自分で作ればいいじゃないか…」
ほんの少し機嫌の悪いような感じでシンジは言った。
…そんなコトが出来たら誰も苦労しないわよ…。
自分の分が作って置いてあるのにそれを無視して自分の分を作って食べるほど私はバカじゃない。
「…めんどくさいじゃない…。
こーゆーのはシンジ、アンタがやった方がいいのよ!」
私は思わずケンカ腰っぽいような言い方をしてしまった。
「もう…、ヒトにばっかりやらせて…。
アスカはいいよね、そうやって食べるだけ食べてワガママ言うからさ…」
シンジの言う事は私にとっては本当に心外だった。
…私のコト、分かってない…。
分かってくれない。
そのまま私は沈黙した。
そしてその日の朝食は少し気まずい雰囲気で終った。
結局シンジとは別に学校へ行った。
昇降口の私の下駄箱の中にはラブレターが沢山入っていた。
またか…。
前に一度だけラブレターの中身を見た事があるけど…
私への賞讃、私の学歴の良さを褒めたたえた文、そして仲良くなってもらって欲しい、
という内容のモノばかりだった。『高嶺の花には到底自分程度では手が出せないけどラブレターという形のファンレターは送りたい、あわよくば仲良くなれたらいい』という感じ。
誰も『付き合って欲しい』と、面と向かって書かれたモノは無かった。
コイツらはエヴァのパイロットで14歳で大学卒業、容姿はクォーターでほとんど欧米系の顔…つまり、私はこの学校では観賞用の偶像みたいなモノでとても物珍しいから好意を持っているだけ。付き合うつもりはさらさらない、という感じ。
本当言うと、どの賞讃の言葉も別に褒められたものでもない。
ただクォーターで肌と髪と目の色が彼らが憧れるモノなだけ、学歴に関しては単純に私の無理な努力の賜物なんだ。
でも、そんなラブレターの中にもごく稀に『付き合って欲しい』と、まともに書いてくるヤツはいた。そういう『付き合って欲しい』というヤツは学校で自分の容姿と成績に自信のあるヤツがほとんどで…
そしてそのうぬぼれにふさわしい"高嶺の花のアスカ"が欲しいだけ。
そんなのと付き合ってもいいとは思えない。
…それに自分にうぬぼれることが出来るなんて…私にそのうぬぼれの5%でも分けて欲しい。
常に努力で色々なモノを得ようとしてきて、そして結局得られたのかどうか分からない。私は本当の意味でうぬぼれの気持ちは持てなかった。
いつも"何か"が足らない…
その足りない"何か"が欲しくて必死になって努力してきたんだ。
コイツらに分かるはずがない…。
私は下駄箱の中に入っていたラブレターを床に叩き付けて踏みにじった。
授業はすでに大学卒業までに分かり切った内容のモノと、ほとんどよく分からない国語の授業とで結局一日中ぼーっとしていた。
ヒカリが一度、
「アスカ、今日もラブレター沢山貰ったわね~
凄いわ、やっぱりアスカって凄く奇麗だし、頭もいいし、
みんなにモテて当然よね。うらやましいわ。」
なんて言って来た。
…親友って言ってもやっぱり分かってないんだな…。
私は、そんなん偶像崇拝に似たようなモンよ、飽きりゃあすぐに来なくなるわよ、あんなモン。
と、興味無いように答えてその会話を強制終了させた。
そして放課後、ヒカリに一緒に帰ろうと言われたけど今日はそんな気分になれず、誘いを断り、そのまま一人で家に帰った。
マンションに戻ると、玄関にシンジの靴があった。
先に帰って来てたのね…。
………
何だか今朝のせいでシンジと顔を合わせるのってちょっと嫌だな…。
そんな事を考えながらダイニングでぼぉっとして突っ立っていたらシンジがリビングの方からやって来た。
「たっだいまっ!!!」
私は我ながらわざとらしい元気さの声だな…とか思いながら言った。
「…おかえり…」
シンジはまるで気のない返事で返して来た。
そして私の真横を通り過ぎると冷蔵庫の方へ行った。
「あら~、今から夕飯の準備なの?」
「…違うよ、麦茶飲みに来ただけ…」
シンジはまるで面倒だ、という感じで答えて来た。
…なんだか嫌な感じ…。
「なによ、ソレ。
今日の夕飯は???
まさかアンタ、作らないつもりなの?」
私はシンジの気のない返事に少しムッとして不快あらわな口調で言ってしまった。
「今日は作る気しないんだ。
それに僕の作るのイヤなんだろ?
ネルフのカードがあるんだからさ…何か宅配か外食かすれば?」
「何よソレ?!」
私はいい加減腹が立って来た。
今まで『ある程度』我慢してきたのに…!!!!
「私はイヤだなんて言ってないわよ!!!
ただ"たまには私に合わせて欲しい"って言っただけじゃない!!
何よ!!今までアンタに合わせて来てやったのに!!」
「僕に合わせてるって?!
僕の事なんか無視して言いたい事をいい放題!!ワガママを好きなだけ言ってるクセに!!
よく言うよ!!」
売り言葉に買い言葉、会話はケンカ口調にエスカレートしていった。
そして私もだんだん歯止めが聞かなくなって来た。
「何よ!!
私はわがままなんか言ってないわ!!」
「言ってるじゃないか!!いつも!!
人の事を子供とか言うクセして自分はなんなんだよ!!
いつも子供じみたわがまま言って!!
そのクセ、大人のつもりで自信過剰な事ばかり言う!!」
私は完全に頭に来ていた。
「違う!!そんなんじゃない!!
それに私は自信過剰なんかじゃないわ!!
わがままだってずっと言ったことなんかなかった!!」
「何言ってるんだよ…
わがままで自信過剰じゃなきゃなんなんだよ?
人をバカ呼ばわりして、小馬鹿にしたようにいつもラブレターなんか踏みにじったりしてさ!!
うぬぼれもいいところだよ!!!」
…この言葉を聞いて私はついに"ホントウに"切れた。
「違う!!違う!!違う!!!!!
私は小さい頃からわがままなんか言わなかったし言えなかった!!
ずっとエヴァのパイロットの為の実験…皆に認めてもらう為の努力…
ただそれだけしかして来なかった!!!
…たしかにみんな褒めてくれたわ…
でも分かってるわよ!!そんなの私が無理矢理作った私を見て言ってるだけってのは!!
みんな私が努力で作ったモノとただ珍しい外観だけしか見てない!!!
私は本当に凄いわけでも自信があるわけでもない!!!
でもずっとそうして頑張って…努力して…そうやって"自信のある私"を作って…
なのにアンタは…アンタは、私なんかどうでもいい、無関心、そんな態度ばかり!!!
認めてくれてない!!見てくれてるわけでもない!!
本当は少しは親しくなろうと思って…、仲良くなろうって、そう思って…!!!!
また、わざとらしい"自分"をバカみたいに演じて…!!!!!!」
私は半ば叫びながら言った。
そしてシンジを押しのけて自分の部屋へ飛び込んで制服のままベッドにうつぶした。
………………………
…こんなつもりじゃなかったのに……。
日が暮れて、周りが暗くなってきた。
私はあのままずっとベッドで枕に顔を埋めたまま何を考えてるともなくじっとしていた。
足音が聞こえて来た。
…そして私の部屋の戸の前で足音が止まった。
…………
そしてまた足音がして…その音は遠ざかって行く。
そしてしばらくしてまた足音が聞こえて来た。
そして私の部屋の前の戸の前でまた止まった。
「アスカ…。」
戸の前からシンジの声がした。
「…その…、さっきは…ごめん。」
「ご飯…作ったんだ…。」
「…あんまりおいしくないかもしれないけど…
その…よかったら…一緒に食べない…?」
そこでシンジの言葉は途切れた。
そしてほんの少しの間、私とシンジのあいだで沈黙が続いた。
…そして私は突然立ち上がり、戸を開けた。
戸の前にはシンジがびっくりしたような表情で突っ立っていた。
「…食べるわ。」
シンジの後についてダイニングに行くとテーブルの上には海老やアサリの入った黄の色のしたご飯が皿に盛ってあった。
「あり合わせの材料で即席なんだけどね、一応…パエリア…なんだけど…
…作ったんだ…。」
シンジがはにかみながら言った。
朝のコトで日本食じゃなくて洋食にしたんだ…
スペイン料理だけど…でも、即席とはいえ、ちゃんとしたモノを作っていた。
私はほんのりとしたうれしさとほんの少しの後悔を感じた。
そして私とシンジはテーブルに向い合せになりながら座って、いつかのユニゾンよろしく、二人で手を合わせてから、あり合わせのパエリアを食べ始めた。
…………
…味は…悪くない。
ただ、なんかちょっと変わった味で材料がちょっとヘン…。
「なんかこのパエリア…。カレーっぽいわね…」
「ああ、サフランが無かったからカレーピラフに使おうと思って買ってたターメリックを使ったんだ。」
「ふーん、ターメリック味のパエリアね。」
私はターメリック味のパエリアの中に細長いモノ…どうやらイカみたい。
それを見つけた。
「……シンジ、このイカ…なんでこんな細切りなの?」
「ああ、それね、ミサトさんのお酒のおつまみのイカそうめん。」
中に入っていたエビを一つ、つまみあげて皮を向いた。
…パエリアに使うにしては心なしか小さめのエビね…。
「…ねぇ、このエビ、なんだか少し小さめね。」
「ああ、甘エビ使ったんだ。ミサトさんが刺身用に買ってたんだ。」
「…………
じゃあこのアサリは?」
「ミサトさんの酒蒸し用。」
……………。
「ねぇ、もしかしてこのパエリアってさ…ミサトのつまみで出来てんの?」
「そうだよ。」
シンジはあっさりと答えた。
「ねぇ、ミサトのつまみってあんの?」
なんとなく気になったのでシンジに聞いてみた。
「塩があるから大丈夫だよ。」
シンジはにっこりと微笑みながら明快に、さわやかに答えた。
そんなシンジの様子を見て、私は思わず吹き出した。
「ぷっ!!!何それ~!!!
アンタってば結構ワルよね~。」
シンジにこんな悪戯心があるなんて知らなかった。
さっきまでの険悪な雰囲気が嘘みたい…
そしてこのパエリア、ちょっぴり悪戯心が効いててドキドキする味!!!
「ねぇ、シンジ。
このパエリアってさ、ドキドキする味だよね!!」
「うん。
ミサトさんが帰って来たらどんな顔するかって思ったら僕もドキドキする。」
シンジのちょっと悪戯っぽい笑みに思わず私の顔もほころんだ。
…その時、今までシンジと私の間にあった壁が一つ、消えた気がした。
そして私の心の中の足らない"何か"が一つ満たされたような気がした。
「…シンジ…。」
「…な…なに?アスカ?」
「ご飯おいしかった。
……ありがとう。」
END