「自衛官としての達成感は何ですか」「戦争に行く覚悟はありますか」--陸上自衛隊北富士駐屯地(忍野村忍草)に体験入隊中、訓練の合間に率直な疑問を隊員たちにぶつけてみた。
ある女性隊員は「私たちが達成感を味わうということは、誰かに不幸が発生しているということ」と言葉を濁した。
しかし、若手の多くは災害復旧活動など、市民とかかわる仕事に達成感を覚えている。高校卒業後に入隊した20歳代の男性隊員もそうだ。07年7月の新潟県中越沖地震に派遣されたことが転機になったという。「引き揚げる時に、市民から『ありがとう』と感謝され、本当にやりがいを感じたんです。自衛隊は海外も含め、もっとこうした活動に出るのがいいと思う」と話す。
一方で、30歳代のベテラン隊員は意見を異にする。「自衛隊の一番の義務は国防」と言い切る。「国民を守るのがおれたちの仕事だ。たとえ自衛隊の存在に反対する人であれ、国民であれば守るのは当たり前のこと」
災害支援にやりがいを感じると話した冒頭の20歳代の隊員も戦争についてはこう語った。「戦う覚悟はある。好奇心と言ってはおかしいけど、自分も教官も戦争を知らない。夜間訓練で音や光を出したり、体を動かしたりすると教官に『殺されるぞ』と言われる。本当に実戦でもそうなのか、訓練の成果を出せるのか、知りたいという気持ちが強いです」
体験入隊も3日目になると、隊員と参加者は打ち解け、休憩時間に軽口を言い合うようになる。そんな時、別の20歳代前半の男性隊員に「訓練を積めば実戦への恐怖はなくなるか」と尋ねてみた。隊員は一瞬真剣な表情になり「いくら訓練を積んでも、恐怖はなくならないよ」と明かした。
隊員たちの日々の訓練は明らかに戦地を想定している。駐屯地のグラウンド周辺では、鍛え抜かれた体格の隊員たちが、射撃の基本動作を反復したり、射程30キロという主要装備の155ミリりゅう弾砲の手入れに汗を流していた。
「休憩でトイレに行くのにも隊列を作らされるのにはびっくりした」と体験入隊に参加した「いちやまマート」の浅野歩美さん(23)は話す。体験入隊であっても隊員同様、トイレに行く際は一列に並び、教官のかけ声に合わせて行進する。
足並みをそろえ、号令で動くことは隊員の基本。しかし、記者(29)を含め、個性や自由という概念を当たり前のように受け止めてきた世代には強い違和感がある。だが、迷彩服の下に隠された隊員たちの素顔には親しみもわく。
記者と同年代の男性隊員は「(駐屯地内の)自販機の値段見たか。70円だぜ。シャバで買う気がしねぇよ」と笑いながら教えてくれた。彼は駐屯地外のことを冗談めかして「娑婆(しゃば)」と表現したのだ。「むろい」の新入社員、風間啓郁さん(24)は「親しんだ隊員たちが実際に戦争に行くかと思うと心配になる」と話す。
3日間の体験入隊を締めくくる離隊式。山中湖行進で赤く日焼けした参加者たちの顔は一様に晴れやかだった。道路脇に整列した隊員たちが拍手で見送る。疲労と安堵(あんど)感に浸る記者に、班を担当した3等陸曹(27)が声をかけてきた。「頑張ってください。また会いましょう」。訓練中の命令口調と打って変わった礼儀正しい言葉に驚いた。【中西啓介】
毎日新聞 2009年5月1日 地方版