福岡3児死亡事故で福岡高裁が15日、今林大被告(24)に言い渡した判決の要旨は次の通り。
◆「脇見」について
事故原因を脇見とした1審判決の認定は是認できない。
被告は前を走行中の被害車両に気付き、急ブレーキをかけ右にハンドルを切ったが間に合わず、右後部に左前部を衝突させた。被告車両は時速約100キロ、被害車両は時速約40キロと認められる。
控訴審での事実取り調べ結果によれば、事故現場となった海の中道大橋上の道路には、雁ノ巣方面から箱崎方面(いずれも福岡市)へ向かって、左側が低くなるように約2%のこう配がある。警察官の走行実験によれば、大橋上の直線約300メートルの間を時速約50キロでハンドルを操作せず走行すると2、3回左側へ行ってしまう。
大橋上の直線道路で車両を直進させていた被告は、ハンドルを操作して左に寄らないよう修正していたと認められる。右方向へ脇見をしながら直進することは不可能で、進路前方を視野に入れて進行していたと言える。
1審判決は事故原因を脇見、それも約11・4秒ないし12・7秒にわたる可能性があると認定した。被告が脇見について真横からでなく自然に見る感じで見ていたと述べており、前方が視界に入っていなかったことを説明しているとする。
被告は捜査段階では進路右側にクレーンを見た程度の記憶しかない。1審、控訴審で具体的な脇見の記憶があるかのような供述は捜査段階とそぐわず信用できない。
漫然と考え事をしながら脇見をしていたと想定しても、時速約100キロまで加速し、脇見を長く継続しながら漫然と進行すること自体、常識的に考えられない。こう配による進路への影響に対応できていたことからすると、そのような想定自体が誤っていると言うべきである。
◆被害車両の運転
弁護人らは被害車両は事故時に時速30キロ台の低速で居眠り運転をしていて、被告車両のライトの光に気付き、対向車と勘違いして急ブレーキをかけたなどと主張する。しかし、被害車両もこう配の影響にかかわらず進路を保って走行しており、居眠り運転をしていたとは考えられない。
運転者は常時後方を確認するわけではないから、被告車両の接近に直前まで気付かなかったことが不合理とは言えない。被害車両の事故時の時速約40キロが特別に低速と言えず、異常な運転をしていた根拠となり得ない。
◆飲酒の運転
被告は事故当日、自宅や2軒の飲食店で、350ミリリットルの缶ビール1本、アルコール度数25度の焼酎ロックを8、9杯、ブランデーの水割りを数杯と相当量の飲酒をしていた。スナックで椅子に座ろうとして身体のバランスを崩すなどし、自ら酔っている旨も発言。同乗者からも普段とは違う高速度の運転を指摘されている。
事故から約48分後に実施された飲酒検知で呼気1リットル中0・25ミリグラムのアルコールが検出された結果からすると、事故当時、被告は少なくとも血液1ミリリットル中0・5ミリグラムを上回るアルコールを身体に保有する状態だった。先行車を認識するために必要な目の機能にも影響が出る程度の危険な状態にあったといえる。
事故後も、警察官から原因を尋ねられても「分からん」「覚えとらん」などと返答。飲酒検知のために乗車した警察車両内の座席でも体を揺らすなど、飲酒時の兆候が出ていた。当時の状態を考察すれば、飲酒により脳の機能が抑制され目が正常に物体を追従することが困難となり、視覚探索能力が低下。前方注視が困難な状態であるため、直前に迫るまで被害車両を認識できなかったと認めるのが相当である。
1審判決は正常な運転が困難であったことを否定する事情を種々説示している。しかし、事故後に被告が友人に身代わりを依頼するなどの証拠隠滅に向けた行動は、自動車を正常に運転する能力とは質的に異なる。
被告が事故直前に回避措置をとり、事故直後に自車線方向に戻ったことなども、主として運動に関する能力が失われていないことを示すものである。飲酒の影響で先行車を視覚により探索する能力が低下したことと矛盾するものではない。
◆危険運転の判断
危険運転致死傷罪にいうアルコールの影響により正常な運転が困難な状態とは、アルコールの影響で道路状況などに応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態を意味すると解するのが相当。
被告は相応の運転操作は可能だったが、前方注視を行う上で必要な視覚による探索の能力が低下。道路や交通状況などに応じた運転操作を行えなかった。アルコールの影響により、正常な運転が困難な状態で事故を起こしたと認められる。事故当時、被告は当然、視覚に異常が生じていたことや酒に酔っていることも自覚できていた。危険運転致死傷罪の故意も認められる。
◆量刑理由
相当量の飲酒をしていながら身勝手な理由で自動車を運転。制限速度時速50キロの橋の上を時速約100キロもの高速度で進行した。態様は危険で、経緯・動機に酌むべき点もない。被害者ら親子5人のうち、3人の幼児の尊い生命を奪うこととなっており、結果は誠に重大である。
死を免れた大上夫妻は懸命な救助活動もかなわず、3人の子を一挙に失うという多大な苦痛を受けた。事故の影響は重大で、夫妻の極めて厳しい処罰感情ももっともである。
被告は自己中心的動機で現場から逃走して救護・報告義務を怠るにとどまらず、友人に身代わりを依頼し、悪質である。危険運転による交通事故の撲滅が強く求められてきた社会情勢にかんがみると、予防の見地からも厳しい非難を免れない。従って、被告の刑事責任は誠に重大と言わなければならない。
被告には法律上の自首が成立し、被害者らに謝罪する姿勢を示している。福岡市を懲戒免職となり社会的制裁を受けてもいるが、主文の刑が相当である。
毎日新聞 2009年5月16日 東京朝刊