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第3回 チベットの専門家バーネット教授のかっこよさ
WEAI(ウェザーヘッド東アジア研究所)には、いろいろな研究者や教授、スタッフがいるけれど、僕らフェローの相部屋に一番近い研究室にいるのが、ロバート・バーネット教授だ。現代チベット研究をコロンビア大学で創始した人物で、おそらくWEAIでは、研究室滞在時間が一番長い人物のひとりだと思う。学生の面倒を実に熱心にみているばかりか、チベット語を駆使して、亡命チベット人や現地に近いソースとも昼夜を問わず接触をとっている。すごい人物もいるものだと、いつも感心させられる。年齢が僕と同じなので何となく同世代としての親近感があるのと、元ジャーナリスト(BBCやガーディアンで働いていたことがある)、役者、人形劇団(ジム・ハンソン・マペット・シアター)の団員、という多彩な経歴からわかるように、通常の大学教授という枠をはるかにはみ出す豊かな知識・経験の持ち主だ。学生たちにも人気がある。人形劇団にいた1987年10月に、中国を旅行した際、たまたま立ち寄ったチベットで大規模なチベット人の蜂起に遭遇した。目の前で何人ものチベット人たちが銃で撃たれて殺されるのをみた。このことに大きな衝撃を受けたことが彼の人生を変えたのだという。ところが内外のメディアはその惨劇をきちんと伝えていない。彼はジャーナリストになるべくイギリスでジャーナリズムの勉強を始めたのだという。
ロバート・バーネット教授。コロンビア大学の彼の研究室で。筆者撮影
バーネット教授は大学での研究のほかに、NYタイムズやNPRなどの求めに応じて、チベット問題について積極的に発信している。最近では、世界的な経済危機の対処にあたって、中国の協力が不可欠と認識するあまり、西側諸国がこぞって、チベットをはじめとする人権問題を棚上げにするばかりか、不必要な譲歩をして、結果的にチベットへの弾圧を容認する傾向がますます露骨になってきたと嘆息する。チベットをめぐる最近の状況は、北京五輪の際の妨害行動報道にみられるように、一応メディアの関心を引いたことは事実だが、チベット域内ではますます中国政府当局による締め付けが強まったと、バーネット教授はみている。
ダライ・ラマ師とも何度も会っているが、バーネット教授によれば、ダライ・ラマは「empty cup」のような人物で、さまざまな意見を受け入れて包容する魅力があるのだという。僕はそれに異論を唱えて「偶像崇拝の傾向がないか」とさんざん質したのだが、西側の人々にその傾向が強いことは認めながらも、彼のシンボル的な存在価値については否定しない。
インタビュー中に、ダライ・ラマの事務所から電話が入った
実に人の話によく耳を傾け、文化的な素養も深い。こういう人材を抱えているところがコロンビア大学の強みなのだろう。彼の持論は、大学は社会の良心(conscience of society)であるべきで、この機能がうまく働かないと、社会全体の暴走を止めることはできないという。ただ彼はこう付け加えたのだが。「資本主義というのは、カネをもうけるためなら良心を駆逐しても平気だからね」。
ちなみに彼の人形劇団在籍当時の当たり役は「Dark Crystal」の霊術師役だったそうだ。その一部はここで見られる(http://www.imdb.com/video/screenplay/vi3840934169/)。
金平茂紀