『あゆの葛藤』 作:加藤 わしは殺し屋として決して抱いてはならない感情を抱いてしまった。 そう、それは―――愛。 外面では何もないふりしてるけど、君がそばに来るとドキドキが止まらない。 どうしよう。 わしは自分に問う。 でも、決してわしたちは一緒にはなれない運命だ。 わしは殺し屋。君は一般人。 わしが殺し屋をやめたならわしたちがどうなるか分からない。 父はわしの姉さんも殺した。 自分の子供を平気で殺すような人がわしの父親だ。 わしにも、その血が流れている。 どうしてこんな家に生まれたんだろう。 わしはずっと普通の女の子でいたかった。 君は優しい人。 わしがこんなことをしてるなんて知られたら、絶対に止めさせるだろう。 健太―――河野健太君。 わしの初恋の人。 どうせ結ばれない運命なら、いっそ彼もわしの手で―――。 そんなことを考えてしまう自分が怖い。 昨日だってそう。 彼はわしの家を訪ねてきた。 なんとなく、彼はわしのしていることを知っていたような気がした。 だから、彼が不審な行動をとったら、すぐに撃ち殺すつもりだった。 決して結ばれることのない2人の運命。 そして、たぶん彼はわしのことを探ってる。 いっそわしの手で―――この言葉がわしの頭に浮かんでくるたび、わしは振り払うように首を振る。 そうしているうちにも、わしの手はどんどん悪に染まっていく。 今日もまた1人殺した。 何のため? お金のため? ううん、お金なら父が毎月十分に送ってくれる。 あみのため? わしが殺し屋をやめるなら、あみはわしの代わりに殺し屋にさせられる。 そんなのは絶対イヤだ。 でも、それだけが理由で殺し屋をやっているの? 本当は、人を殺すことに快楽を得ているんじゃないの? 妹だけが助かればいいの? 違う。違う。そんなことない。絶対ない。 でも―――わしはもう、家族を失いたくない。 お姉ちゃんも、従兄弟の宗男も、殺された。父に。 (正確には宗男は植物状態だけどね。殺されたのといっしょよ。) 「メールが来てる………2通………」 わしはマウスをクリックしてメールボックスを開いた。 この手が悪に染まっていくためだけの依頼のメール。 1通目のメールを開く。 「………わしのお手並みを拝見したい?なめたこと言ってくれるわね。伊達に数年殺し屋やっとらんのじゃ!!」 はっきり言って、この町の警察はあほだ。 だから荒っぽい手口で犯罪を犯しても事件はほとんど迷宮入り。 でも、殺人以外の治安は結構いいのよね………不思議。 「2通目は………普通の依頼ね。………小池……って担任じゃない。うちの生徒かしら………結構知られてたりしてね、ははは。 丁度いい、1通目のやつの待ち合わせ場所に小池の死体をおいとけばいいじゃない」 そう思いわしはメールの返事を返した。 そして、今日の晩その作戦を決行することにした。 翌朝。 わしは依頼人が来ているであろう工場跡に向かった。 そこには、自分が殺した小池の死体と………健太がいた。 わしは驚きを隠せなかったが、感情を押し殺して健太に言った。 「よく来たな。誰かと思えば河野じゃないか。誰を殺してほしいんだ?」 「……ふっ………俺は依頼に来たんじゃない!!」 やはりわしのことを探っていたか……… わしは健太を殺すほかないと思った。 「なんだと………?なら口封じのために死んでもらう!」 わしは健太を殺す決意をし、ポケットからベレッタ95Fを取り出し、引き金をひいた。 ガチッ 「……ちっ、弾切れだ」 わしとしたことが不覚だった。 昨日ベレッタの整備をした後弾丸を装填していなかったのだ。 その時点でわしの決意は少し揺らいだが、その感情も押し殺し、わしは健太に向かっていった。 「貴様はわしの手で殺してやる!」 わしは健太の首を両手で絞めた。 「ぐああああああ……」 「死ね………」 「くっ………」 健太は苦しそうにもがいている。 あなたが悪いのよ………こんなことに首を突っ込むから……。 「そ…な場合……ない……。…んな……じ……い……」 健太はうわ言のように何かつぶやいている。 今度ははっきりと聞こえる声で健太は言った。 「あ、あゆ………聞いてくれ………」 わしは何かの罠かと思ったが、聞いてみることにした。 まだかすかに期待していることがあったのだろう……。 「俺がお前のことを調べていたのには理由があるんだ………」 「理由?なんだそれは」 「俺は、俺は………お前が………」 「…………………」 わしは静かに健太の言葉を待った。 私は自分が言ってほしいことを言ってくれるかもしれない、と思ったが、そんなわけないとすぐにその可能性を振り払った。 しかし、健太は言ったのだ。 わしがずっと期待していた言葉を。 「ずっと前から好きだったんだ………」 「!?」 わしは一瞬ハッとしたが、すぐにこれは嘘だ、罠だと思って言った。 「ふん、情には流されんぞ」 「嘘じゃない………嘘ならこんなところで告白するわけないだろ………」 「………………………」 わしは心ではまだ迷っていたが、体は正直だった。 わしの手は健太の首から離れていた。 「げほっ、げほっ……」 健太は咳き込みながらひざまずいた。 そして、わしの顔を見つめた。 わしは、もう健太を殺そうとは思わなかった。 健太のその真っ直ぐな瞳が、嘘をついているとは思えなかった。 そして、わしは自分はなんて愚かなんだろうと思った。 自分をこんなにも愛してくれる人が身近にいたのだ。 今まで抱いてきたつまらない言い訳がどうでもよくなった。 今ならはっきりと言える。 『私も健太君のことが好きだった』 健太となら、たとえ殺し屋をやめても上手くいくような気がした。 ハゲあゆメモリアル あゆエンドより。あゆの視点から