赤い海の中で。
泳ぐ魚を見上げる。
尾鰭が手に触れたような気がして掴もうと手を伸ばす。
掴んだと思ったらそれはするり、と掌を潜り抜け瞬く間に視界から消えた。
ごぽっ、ごぽっと昇っていく気泡。
光射す遙か水面を見上げると、時折光を遮る黒い影の群れ。
赤く染まる視界の中、静かに流れて行くその群れへ目を凝らす。
人だ。いや、かつて人だったモノ達だ。
海の底に立つ僕と、彼方の光射す水面の間に漂うかつて人だったモノの群れ。
ゆらゆらと漂うその間を縫って魚たちが音も無く行き交う。
僕はそれを、ただ眺めている。
「…ンジ………シン…」
呼ぶ声がする。とても懐かしい声。
ああ、そうだ。この声はあの娘だ。
「シンジッ!!」
さっきまでその首に手を掛けていた、あの娘の…
「起きろぉぉぉぉぉぉーーーーッ!!」
ごすぅっ。
「………痛ぇ」
「さっさと起きろ!このトーヘンボク!」
「あー…」
「あー、じゃないわよ!ったく毎朝毎朝懲りないわねッ!」
「……アスカ」
「あによ?」
「今日は青?」
ごすっ!ごすっ!ごすっ!ごすっ!
いやあのですね。そんなに激しく蹴られるともうこのまま意識がですね。
いやだって、おぱんちゅが、いえごめんなさい痛いです、いやマジで痛いんですよ手加減無しですね。
もうかなり目が覚めていやすいません、とても痛いんですもう勘弁して痛ッ!痛ッ!
「エッチ!スケベ!ヘンタイ!バカ!アホ!信じらんないッ!!」
幼馴染のアスカの蹴りで、僕はまた今日という彼岸に辿り着けた。
もし君がこうやって起こしてくれなかったら、一体何処へ行ってしまうんだろう?
「眠ぅ〜い〜…」
春は苦手だ。気持ち良過ぎていつまでもどこまでも眠りの果てが見えない。
そしてまた同じ夢を見る。いつも赤い海の結末で終わる、あの狂った物語を。
世界はゆっくり滅んでいる、と誰かが言う。 そうゆっくりと。悲しさを感じさせない程ゆっくりと。 例えばお葬式の後。 とてもとても悲しくて、さんざん泣きまくって。 その後に来るぽかん、とした瞬間。 ふと何故か微笑んでみたくなる。 誰かに優しくしてあげたいという気持ち。 本当の哀しみって奴を理解したあの日から ヒトは少しだけ優しくなったのかもしれない。 |
|||
†
『続いてのニュースです。明日行われる大災厄記念追悼式典に出席する国連代表団が本日来日致します。
それに伴い市内各所で臨時の交通規制が行われますのでお出かけの際は……』
テレビから流れる朝のニュースを耳で聞き、程好く焦げ目の付いたトーストを頬張る。
サラダにベーコンエッグに牛乳。幼馴染の居候、アスカが毎朝作ってくれる定番メニューだ。
「アスカ君、キミ最近また料理が上手くなったなぁ…」
「えーーっ!?ありがとうございますぅ!嬉しいですわおじさまっ」
父さん……あんた昨日、たまには白い飯が喰いたいってこぼしてたろうが、コラァ。
リップサービスを送る髭親父を見やり、サラダをついばむ。
「……なんか言った?」
「いえいえ。とても美味しゅうございます」
ジト目で睨む青い瞳がちと怖い。
この赤毛碧眼、自称“クォーター美少女”がこっちに帰って来て約半年。
リツ姉ェが家を出てからこの方、男所帯が続いたせいかアスカが来てからというもの結構毎日がスリリングだ。
まぁコイツとは昔っからの馴染みだし、まんま家族付き合い長いんで今更どうという事は無いけど。
ただ…ね、なーんか最近妙に綺麗になって来て……いやいやいやいや。ここで気を抜いちゃダメだ、きっとえらい事に。
「あー、シンジ」
我関せずって感じでヒゲ親父が、茶を啜りながら問いかける。
「なんすかお父様?」
「今日アスカちゃんと一緒に職場、顔出せるか?」
「なんで?」
「なんで…ってあんたねぇ!今日御爺様来られるってこの前さんざん言ったじゃない!」
「あ…じっちゃん。今日だったっけ?」
「いくら春休みだからってボケてんじゃないわよ!このボケシンジ!」
「失敬だな。低血圧は美少年の特権だよ、キミィ」
「誰が美少年だ誰が」
目の前に座っている髭親父に似なかっただけでもいいじゃない。
「先月、ホットラインで来日前の打ち合わせをした時なんだが。そう、お前の変な“夢”の話が話題になってな。
何か議長、えらく心配していてなぁ…まぁ久々にお前達の元気な顔、見せてやってくれや」
じっちゃん。正確に言えばアスカのお祖父さん。
僕がまだ小さい頃、アスカと一緒にドイツに帰る前よく遊んでくれたじっちゃん。
母さんの居ない僕が寂しがらないように可愛がってくれたっけ。
なんか国連の“大災厄復興委員会”とやらの議長なんかやってるVIPらしいけど、僕にとっては気の良いじっちゃんだ。
「先にリツ姉ェんとこで問診済ませてからでいい?」
「予定では今日一杯こっち居るみたいだが、あんまり待たせんようにな」
「はいはい〜」
「ねぇ…シンジ」
アスカのトーンが落ちる。
鮮やかなブルーの虹彩が、少しだけ黒ずむ。
不安を色にしたら、きっとこんな色。
「ん?」
「今日は…何話だったの?」
夢。
「あ、最終話。赤い海んトコ」
全26話の物語。
襲い来る怪獣迎え撃つ巨大ロボ。トラウマだらけの登場人物に
うんざりするくらい謎だらけいつのまにやら味方が敵であれよあれよと赤い海
そんな夢。
ひと夢一話。それをルーチンで順繰りに半年間繰り返し。もうネタにもなりゃしません。
「一体…何なのかしら…ねぇ」
「まったくだねぇ」
「アンタの事でしょ!…ったく他人事なんだから」
「だって他人事だもの」
「はぁっ!?」
夢の中で僕は僕でありながら、僕で無く。
別の役を演じている僕と、それを冷ややかに見つめる傍観者な僕が居て。
「なんか“みんなで、おゆうぎ、しているよ〜♪”…って感じでさ」
登場人物はおなじみさん。
この幼馴染や髭親父やリツ姉ェや葛城先生やトウジ、ケンスケ、委員長に渚先輩。
んで加持先生や青葉先生、日向先生、病院の伊吹さん。あ、研究所の冬月先生も。
そういや何故かじっちゃんも出てたなぁ、悪の黒幕で。
ほぼ回りに居るヒトばかりのオールスターキャスト。
ほぼ?
そう唯一の例外が一人。アイツだけは夢の中でしか知らない。
「まったく、これだからオコチャマは…」
「同い年でしょうが」
「なーんか心配すんのが馬鹿らしくなってくるわぁ〜」
「おねぇーちゃーん。ぼっくんたまにはあさごはん、しろいまんまがたべたいなぁ」
「やかましいッ!!」
アイツ。
青い髪のアイツ。
お前だよ、お前。
ほら、アスカの後ろ。
キッチン奥の薄暗がりから、赤い眼でじっとこっちを見つめているお前だ。
アヤナミ・レイ。
夢の中だけじゃ、喰い足りないのかい?
††
半年前。僕はよく眠るようになった。
格段夜更かししている訳でもないのに、居眠りが多くなった。
寝る、というよりも意識がことん、と落ちる感じ。
過眠症(ナルコレプシー)。
リツ姉ェはそう言った。
それも少し特殊ね、と付け加えて。
そして繰り返しあの夢を見る。赤い海に至る狂った夢。
「という事は、今回で6クール目?シンちゃん」
「そそ。もういい加減飽きるねぇ…お薬合ってないんじゃないの?リツコせんせぇー」
昼下がりの診察室。泣きボクロな女医さんと二人っきり。
「あのねぇ。シンちゃんのは特別なの!それにあんまりモダフィニール(精神賦活剤)の類は出したくないのよ。
軽いって言っても副作用全く無い訳じゃないし。でも貴方の過眠症、最近軽くなってきてるんでしょ?」
このシチュエーション。
…ああ惜しい。リツ姉ェじゃなければこんな絶好な…惜しい。
いや確か血は繋がってないから……ダメだ。このヒトには僕の全てを見られてる…オムツ替えてもらったらしいし。
「何頭抱えているのよ?」
「いやいやこっちの事です」
「で、症状は?」
「まぁおかげさんで。最近はガッコでもしゃんとしてるけど…朝起き難い以外は」
しかもアスカの蹴りだし。どんどん高度で過激な技に進化してるし。
そろそろ別の意味で命の危機だし。そんな危険な目覚まし時計がないと起きられ無いし。
つか、前よりデティールくっきりな夢見まくりだし。んでアイツが日中でも出て来る様になったし。
悪化?
「失礼ね!可愛い弟の為、一生懸命にしかも婚期逃してまで取り組んでやってるのに!」
「一生懸命や姉弟愛はとても感謝でございますが婚期ってのは」
「だまれ」
ボクを言い訳に。ああオトナって汚れてる。
ちなみに爆弾目覚まし娘は“しょーがないからついてってあげるわよぉ。ねぇ〜、おこちゃまシ・ン・ちゃん?”
なーんて小憎たらしい事この上無しで今待合室で絵本なぞ見ている。結構真剣に。どっちがオコチャマだよ。
「ところでシンちゃん…今も見える?ここに居るの?」
「ああ、不思議少女?」
「そうそう、青い髪の妖精さん」
「ほら、姉ェの後ろに…」
ガタン!と椅子から落ちそうになるお姉様。
「やややや止めなさい!か、怪談ってロ、ロジックじゃななないのよッ!」
「いや姉ェ。全然意味わかんないし。しかも怪談じゃないし」
そう、アイツが居る。
リツ姉ェの向こう。
部屋の窓辺に寄りかかり
水色の髪と白い肌を日に透けさせてアイツが外を眺めている。
最近僕の目の前に現れたアイツ。
夢の中からぞるり、と出てきたアイツ。
僕にしか見えないアイツ。
「ウチには心理睡眠療科なんて無いしねぇ…」
「まぁいいじゃない。精神を病んだ薄幸の美少年。それを弄ぶ淫乱な女医…なんて素晴らしい」
「誰が美少年で誰が淫乱よ」
「アイ・アーンド・ユー?」
「…全然余裕ね。本来はもっと深刻な筈なんだけど……まぁ焦りは禁物。ゆっくりやりましょ」
「うんそうだね。でも婚期は焦らないと」
「だぁーらっしゃいッ!!」
ゴン!
分厚いバインダーでボクを殴る鬼姉。
「姉さん痛いよ!痛いよ姉さん!……って、コレ」
「そうよ。貴方からの頼まれ物」
ボフッっと僕の膝に置かれるバインダー。
「本当は、見せたくなかったんだけれど……これが何かの糸口になるの?」
15年前のカルテ。
「ありがとうリツ姉ェ。でも、意外だったな」
素早くページをめくり、意識を研ぎ澄ます。
「何が?」
「父さんだったら、絶対見せてくれなかったと思う」
ドイツ語で書かれたカルテを、必要な箇所だけ頭に写す。
「私は父さんとは考えが違う。あなたはもう大人よ…少し寂しいけど。だから見せるの。
でも本心は憎たらしいくらい頭が、いえ頭“だけ”は良い弟が、これによってどう自分の病と向き合うのか?
それに対する興味が強いっていうのもあるのよ」
「流石マッド」
「最高の誉め言葉ね」
僕は頭が良いらしい。
らしい、と言うのは困った事にその自覚ってものが無いからだ。
例えばテキストとかをさらり、と見ただけでいつの間にか理解出来るという特技。
理解、というよりまるでいつか何処かで学んだものをもう一度思い出しているという感覚。
或る意味卑怯だと思う。この感覚はそう、カンニングだ。
そういうのを本当の天才っていうのよ、と前にリツ姉ェが言ってたけど
エジソンが言ってたじゃない?99%の努力と1%の直感が天才の条件だって。
だからこれは多分根本的に違うと思う。
「ふふん。このトドメ色の脳細胞を持つ天才美少年探偵エロキュール・シンジの推理、乞うご期待!ですよ。ミス六文儀」
「はいはい、変態少年エロ探偵さま」
「微妙に違うし変に略してるし……」
カルテから目を外す。
はい、オッケーです。
「もう読んだの?流石は天才ねぇ」
「変態少年ですから〜」
パタン、とバインダーを閉じ、窓辺に佇むアイツに目を向ける。
窓の外を見ていた筈の紅い眼差しが、いつのまにか僕を見つめている。
「何か解かったら必ず教える事。自分で抱え込んじゃダメよ、いいわね?」
「ありがとう、姉さん」
アイツが僕を見ている。
紅い瞳で僕を睨んでいる。
どうした?今日は少し余裕ないんじゃない?
カルテに記されたクランケの名前。
――碇ユイ
僕を産んで、直ぐに死んだ女の名。
†††
ごとごととバスが雑木林を上って行く。
病院から研究所へと向かう道を。
乗客は僕等だけ。
一本道を進んでいく。
「ネルフ〜♪ネルフ〜♪我らが砦ぇ〜♪トラウマ戦隊ネルフゥゥゥ〜♪」
「何よそれ?」
「非道組織ネルフのテーマ」
「あんたねぇ…おじさまの職場になんてコトを」
「夢の中ではそんな感じ?」
「はいはい」
15年くらい前。
そう、僕とアスカが生まれた頃。
世界は一度滅びかけたらしい。
とにかく、色々あったらしい。
神様が世界を、二つに分けたあの頃。
生ける者と死に逝く者に分けた、あの頃。
誰がラッパを吹いたのか知らないけれど、世界は一度終わった。
多分父さん達は一生懸命生きたんだと思う。
ようやく最近は落ち着いたなぁ、と笑う父さんの黒目の奥には
僕等がまだ覚えていない、漆黒の世界が拡がっているのかも知れない。
誰が言ったのだろう?
まるで夕凪の様だと。
お祭り騒ぎのような日々は終わった。
後に残ったのは、ぽかん、とした淋しさ。
残された人達は、多分少し優しくなったんだと思う。
本当の淋しさって奴を理解したから。
夜が来る前に、昼間の熱を閉じ込めたあったかいコンクリートの上に座って
ほんの一時だけでも肩寄せ合って、寄り添って静かに暮れ行く日を眺めている。
そんな夕凪の時代、と。
雑木林を抜けると眼下に広がる湖。
バスが向かう先は、その湖畔にあるNERVと呼ばれる研究施設。
「あ、そうそう」
「ん?」
「ありがと、アスカ」
「な…何よいきなり」
「いや、早くじっちゃんに会いたかったんだろうに、付き合ってもらっちゃってさ」
「ど、どどどどうしたのシンジィ!い、いきなりそんな素直に…」
「失敬な。素直が服着て歩いているって皆様から愛されているのこの僕に」
「誰が素直だ誰が」
ごとごとごと。バスが揺れる。
最後部で僕とアスカがただ揺れている。
ごとごとごとごと。
芽吹き始めた雑木林の中を、バスがゆっくり進んで行く。
心地よい揺れがゆりかごの様に、僕等から言葉を奪っていく。
ことん、とまるで鳥が止まるようにアスカがその赤い髪を僕の肩に乗せた。
ふわりとシャンプーの香りが鼻先をくすぐる。
ごとごとごとごと。
単調な心地良いリズム。
その赤い髪の上に、頬を埋める。
「あのさぁ、アスカ」
「ん〜?」
「いろいろ、ありがと…」
「んー…」
7年前、アスカの両親が亡くなった。
そして唯一の身内である“じっちゃん”の急遽な帰国。職務の都合でドイツへ。
今でもあの頃のアスカを思い出すと胸がつまる。
空港で精一杯笑うアスカ。
僕は、泣いていたと思う。
半年前。
なんか向うで級飛びまくって大学なんぞ卒業したらしいアスカが突如戻って来た。
彼女曰く“アンタに負けないように鍛えて来た!”らしい。
んで何故か今、この幼馴染は僕ん家で暮らし僕と同じガッコに通っている。向うの大学卒業したのに。
『あとは漢字でパーフェクト!アンタを越える日も近いわよッ!!覚悟しときなさい、ボケシンジ!』
そんな彼女に僕は『“薔薇の憂鬱な懺悔”って書ける?』なーんて返すのが精一杯だ。
半年前。
それは僕がこの病気に発症した頃。
そう、アスカって昔っからそうだ。
素直に嬉しいと思う。
そして愛しいと思う。
だからこそ僕は、夢の中で彼女の首に手を掛けた自分を許せない。
「眠くなってきちゃったわねぇ…」
「そうだね…」
「寝ても大丈…夫?」
「んー?これくらいなら大丈夫かなぁ…」
「絶対起こしてあげるか…ら…」
「ありがとー…」
単調なリズムの振動。窓から流れ込む草の匂い。
湖から水気の気配。アスカのシャンプーの香り。
徐々にまどろんで行く視界の中で誰も居ない筈のバスの中
一番前の座席、そこから見えていた青い髪がゆっくりと振り向き
くすっ、と笑った。
††††
赤い海の中で。
泳ぐ魚を見上げる。
尾鰭が手に触れたような気がして掴もうと手を伸ばす。
掴んだと思ったらそれはするり、と掌を潜り抜け瞬く間に視界から消えた。
ごぽっ、ごぽっと昇っていく気泡。
光射す遙か水面を見上げると、時折光を遮る黒い影の群れ。
赤く染まる視界の中、静かに流れて行くその群れへ目を凝らす。
人だ。いや、かつて人だったモノ達だ。
海の底に立つ僕と、彼方の光射す水面の間に漂うかつて人だったモノの群れ。
ゆらゆらと漂うその間を縫って魚たちが音も無く行き交う。
僕はそれを、ただ眺めている。
魚が。
魚達が。
魚の群れが。
青い魚の群れが僕に寄る。
赤い海の中、鱗を輝かせて。
そして目の前で魚群が一つに固まりヒトの形を作る。
青い髪のアイツに。
「何故私を」
声を放つ薄い唇。
「受け入れてくれないの?」
いや、不思議ちゃん興味無いし。
「何故認めないの?」
またそれですか。
「此処こそが真」
はいはい。
「向こうが夢」
そうですか。
「あなたは何を望むの?」
目の前からお前が消える事だよ。
「私とひとつになりましょう」
聞けよ。
「そうすれば貴方は世界を手に入れる」
相変わらず話が噛みあわないなぁ。
「此処はかつての世界」
はいはい。
「あなたの望んだ世界」
なぁ、アヤナミさん。
「何?」
違うだろ?
「どこが?」
この世界はさ。
「ええ」
お前の望んだ世界、そのもの、だろ?
不意にアイツの顔が歪んだように見えた。
ヒトの形を取っていたそれはまた青い魚の群れに戻り
僕の周りをぐるぐると回る。
そして僕の体をまた、ついばみ始め……
ガクン、と振動。
あ、バス止まった。
「ふぁッ!」
とアスカの寝ぼけた声。
ゴスッ!っとアゴに鈍い衝撃。
「へぶぁっ!!」
鈍痛。多分舌噛んだ。
下方からのヘッドパッドなアッパー。
アスカは相変わらず良い仕事してくれる。
プシュー、とバスの扉が開く音。
運転手さんが声を掛ける。
「坊ちゃん嬢ちゃん、終点だよ」
†††††
詰所でチェックを済ませ、研究所へ入る。
通された3階の応接室には父さんとじっちゃんが待っていた。
「おじいさまっ!」
「おおぅアスカ、元気だったかね?」
「じっちゃ〜ん!ビーム!ビームは!?」
「おおぅシンジ…残念ながらビームは出んぞ」
黒いクールなバイザーをかけたじっちゃんが笑う。
最近目を取り替えたってこの前チャットで言ってたっけ?
「えぇ〜…出ないのぉ?んじゃドリルは?男の夢、ドリル!」
「あんたおじい様を何だと思ってるの?!」
「いや、サイボーグじいちゃんK(キール)と」
「残念ながらドリルは医者から却下されたよ…無念じゃ」
着けようとしたのか…流石じっちゃんだ。
世界統合の立役者とか言われているキール・ローレンツ議長さんとやらも
僕とアスカの前じゃ、ただの気のいいじっちゃんだ。
「7年振りか?大きくなったなぁ、シンジ」
「チャットでいつも見てるじゃん」
「いや、実際こうやって直に見るとまた感慨深くてなぁ…」
「シンジ…いつもってお前、議長とよく…」
横から割り込む髭親父。
「うい」
「お前なぁ…そうならそうとちゃんと言えよ」
「実はメル友だったりもしたりして」
「ああ?…議長ッ!」
「いや、すまんすまん六分儀」
「シンジ…あんたアタシに内緒でそんな事してたの!?」
「ふふん、じっちゃんとはマブダチ同士、男の秘密回線があるのだよ」
「またおじいさま巻き込んでいかがわしい話でもしてたんでしょ!」
「むぅ失敬な!僕は世界情勢の話を真剣にだね」
「あ、そうそうシンジ。頼まれていた例のモノホンのブツだが…」
「じっちゃんストーップ!それ今ヤヴァイって!」
「…エロシンジ。おじいさまも、最・低・ねッ!!」
「あああー…ち、違うんだ、アスカ!」
「アスカちゃん。こんなエロ息子とエロ爺様の事なんぞほっといて向こうでコーヒーでも飲もうか」
髭が愛らしい息子と上司に向かって、しれっと言い放つ。
「おじさま駄目!これからこの馬鹿を殲滅…」
「シュヴァーベンのトルテもあるぞ」
「行きましょ、おじさま」
容易い。容易過ぎるよアスカ。
アスカの背を押してドアを出る時、父さんが一瞬、寂しげに笑ったような気がした。
「誤解されちゃったかなぁ…」
「ワシを巻き込んだな、お前」
「一蓮托生。乗りかかったタイタニックだよ、じっちゃん」
「六分儀には、多分バレたな」
「そうだね…」
多分僕がこれからやろうとしている事、解かっちゃったんだね。
ありがとう、父さん。
「あの人のカルテ、見てきたよ」
「そうか。…で?」
「狂ってたんだね」
「ああ。世界最高の頭脳、そのままに…な」
「誰も教えてくれない訳だ」
「此処に居る誰もが忘れたい過去だからな」
「そしてその遺物が、僕って訳だ」
「そんな事を言うな」
「ごめん、解かってるよ。しかしまったく…“あの人”は」
「“母さん”とは言わないのか?」
「僕の母さんは一人だけだよ」
血の繋がって無い僕を、精一杯愛してくれた母さん。
最期に病室でしてくれたキスは、とてもあたたかかった。
「ナオコは幸せ者だったな」
「それ以上に僕は幸せだよ」
「そうか」
「うん」
「こんな時、眼を取り替えるべきではなかったとつくづく思うよ」
「どうして?」
「涙を流せないからだ」
ごとん、とテーブルに置かれたアタッシュケース。
「この眼を変えたのはな、私の贖罪なのだよ、シンジ」
「贖罪?」
「そうだよ。あの日を止められなかった自分への戒めだ。
この先何があろうとも全てを見続けようと…な」
ぱちん、とロックを解かれ開かれる。
「シンジ」
「ん?」
「今の世界は、好きか?」
「もちろんさ」
僕は頷く。
父さん、母さん、姉さん、じっちゃん、そしてアスカ。
全てを知りつつある今だから言える。
生まれるべきではなかった僕を愛してくれて、ありがとう、と。
「それを聞いて、私は…いや、我々は救われたような気がするよ」
アタッシュケースの中から取り出されたいくつかの書類。
じっちゃんが僕の目の前にそれらを並べる。
“あの人”の研究論文。その中の一つが目に留まる。
否 決 案 件
Rejection itemと印字された赤いシールの封印。
A plan of a supplement the humans
“人類補完計画概案”
僕はその封印を、切った。
††††††
あはははははははは、と笑う声がする。
耳の奥深くから、童女の声。
――わたし、おかーさんになるのぉ…
あはははははははは、と笑う声がする。
耳の奥深くから、狂った女の声。
――おかーさんに、なるのぉ…
焚き火の煙が夕暮れの空に一本の白い筋を作る。
パチパチと音を立てて、枯れ木が炎の中でまたひとつ崩れていく。
「イモでも持ってくれば良かったかなぁ…」
「こんなもので焼いたら胸焼けするぞ、シンジ」
「そうだね……んで、これが全てのブツ?」
僕が抱えているいくつかのテキスト。
かつての人々の見た夢の跡。それはどんな夢だったんだろう?
「そう、これが全てだ。データは当の昔に全て破棄した…残すには危険過ぎたのでな」
夕暮れの湖畔。
パチパチと静かな音を立てる火を、僕とじっちゃんが見つめる。
微かな宵闇の中で。
「ヒトのオメガポイントは既に過ぎていた」
じっちゃんが語り始める。
「進化の袋小路、滅びへのカウント。
それを打開する為に二極化した世界で一つのプロジェクトが極秘裏に展開された。
表面上は敵対しつつも、我々は水面下で手を結んだのだ。種の存亡を賭けてな」
「それが、これなんだ」
E 計 画
“Project-E”と題されたテキスト。
「インモータル・セル。ヘイフリック限界を持たない不死なる細胞。
枷から解き放たれ人々に福音をもたらす者、“エヴァンゲリオン”の創生」
「でも…」
「ああ。失敗だったよ」
ぱさっ、と火の中に投げる。
かつて人々が見た夢、その残滓が静かに燃えていく。
「しかしその中から生まれたものがある」
じっちゃんの顔から表情が消える。
「それが“チルドレン”だ」
皺と皺の間に沈む、深い闇。
じっちゃんがかつて見てきた物は、今僕の手の中にある。
“Mardock Lab's Children”と題されたテキスト。
そして火の中に。
かつて或る男が見た未来。
その始まりにして絶望の帰結が炎に消える。
「ユイはな、天真爛漫な子だったよ」
「へぇー…」
「皆から愛されていた。聡明な頭脳とその純真な笑顔でな」
「そうなんだ」
「だから誰もが気付かなかった。その瞳の奥に秘めた狂気に」
――おかーさんに、なるのぉ…
耳の奥で声が聞こえる。
童女の声。
「チルドレン唯一の成体、それが…ユイだ」
僕は見ている、焚き火の炎を。
僕は見ている、その炎の中にあの女を。
女が。
女が白衣を脱ぎ捨てる。
白い裸体そのままで円の中心に進む。
周りをぐるりと取り囲む半透明の円筒。
赤い液に満たされた円筒の中に、異形のモノ達。
Sachiel,Shamsiel,Ramiel,Gagiel,Israfel,Sandalphon,Matriel
Sahaquiel,Yroul,Leliel,Bardiel,Zeruel,Arel,Armisael…
円の中心に置かれた台座。
それを取り囲み見つめる異形達。
台座に刻まれた文字六つ。
Lilith
女がその台座に就き、呪詛を吐く。
人 よ 、原 初 に 戻 れ
“Humans,Come back for the L.C.L”
そして、笑う。
――おかーさんに、なるのぉ…
――わたし、あなたのおかーさんに、なるのぉ…
――あなたの…
だ ま れ。
炎の中に映るその姿に、最後の冊子を叩きつける。
焚き火から舞う火の粉を払いもせず、ただ見つめる。
A plan of a supplement the humans
“人類補完計画概案”
オレンジの火に飲まれるテキスト。
あの女が最期に見た夢。
そのフラグメンツ。
炎の中で、黒く崩れた。
†††††††
消えそうな火に枯れ木をくべる。
少しだけ勢いを増した炎が
僕とじっちゃんの顔を赤く照らす。
「完全な“エヴァ”の創生は失敗に終わった。だがな、シンジ。
その過程で我々は“生命の樹”へと辿り着く為の、別の方法を手にしてしまったんだ」
ヒトのジャンクDNA解析の最中発見された、多数のスイッチングDNA。
そこから偶発的に起こったヒトのレヴェンスホルン(LCL化)現象。
それを元に構築された、宿主の記憶と意識を残す“LCL”生成プロセス。
その生命のスープへ“別系統への進化スイッチ”を押されたDNAを流し、生まれたモノ達。
オメガポイントを越えたヒトの進化の可能性、全18体。
変質したもの16。ヒトの形を宿したもの2、その中でヒトの意識を宿したもの…1。
最初に作られ、ヒトの形と意識を宿した“チルドレン”唯一の成体。
E因子混合型ヒトゲノム構成体、染色体構造XXX(Xトリソミー)、秘匿名“Lilith(リリス)”
桁違いのIQを擁し、齢10周期にしてヒトの持つ知識ほぼ全てを吸収し
凄まじい勢いでヒトに架せられた枷を次々と解いて行く創られた天才。ハイブリッドヒューマン。
しかし決して奢らず、謙虚に、素直に、いつも愛らしく、美しく、慈しみ、愛された存在。
それが…あの人。
「だがユイは、自身の限界点を知ってしまった」
30周期で終わる寿命。脆弱なヒトゲノムをベースにしたが故の臨界点。
「それでも気丈に振舞っていたよ。自らの運命を受け入れる、と微笑んでな」
その微笑の底で何を想ってたんだろう。
「そしてあの日…」
“大災厄”の日。
「ユイは“スイッチ”を押した」
レヴェンスホルン現象……ヒトのLCL化。
かつて封印された禁断の技術。
あの人は自分にしか出来ないやり方でそれを行った。
かつての自身の分体、地下に生体保管されていた16体の“兄弟姉妹”を増幅器(アンプ)にして
自分の“声”を発した。“エヴァンジェリック・ヴォイス”に意志を乗せて。
群体の形を取りながら、実は根っこの部分で繋がっていたヒト達に向けて。
無意識下で“心”というネットワークで繋がっていたヒトの世界に向けて。
ヒト自身に眠るジャンクDNAのたった一箇所、絶対触れてはいけないブラックボックス。
“全構成解除のスイッチングDNA”
届いてしまったんだ。
あの人の言葉は、最上位命令系統からの回避不可能な意志として
世界の半分に届いてしまったんだ。
「もし私達が…ユイの立案した“補完計画”を実現不可能な夢物語と一笑に付さなければ」
終わりつつあるヒトという種を、LCL化してひとつの“器”に統合し、それを母体に新たなヒトを。
「いや、その前に彼女の心の奥底に芽生えた闇を…それによって苦しんだであろう彼女を」
寂しいから、一人で逝くには寂しすぎるから。
「我々がしっかりとケアしておれば…ユイは狂わずに、あの日を迎える事無く…」
じっちゃんの杖が深く地面に刺さって行く。
その杖を掴む手に、力む掌に、僕の手を添える。
触れたじっちゃんの手は、凍てついていた。
「…違うよ」
「違う?」
「そう。違うよ、じっちゃん」
僕の頭の中で欠片が埋まる。全てのピースが収まり完成するパズル。
多分僕でしか、いや、僕だから完成させる事が出来たモザイク。
「あの人、そんなタマじゃない」
あの人は、ヒトを原初に返そうとした。
その理由は…狂った故の暴走?
不完全なまま世に送り出した親(ヒト)への復讐?
――おかーさんに、なるのぉ…
違う。
「病院のカルテの所見は既に発狂していたね。入院時には体組織の崩壊も始まっていた。
でもあれはもう、あの人じゃなく…抜け殻でしょ?」
「シンジ…」
「あの人は冷静だった、冷静に狂ってたんだよ…もちろん最初からね」
「解かる…のか?」
「うん、だってさ」
あの人のやった事は、まだ終わっていない。
「僕は…あの人の“チルドレン”な訳だし」
じっちゃんが僕を見つめる。
僕もじっちゃんを見つめる。
焚き火の炎が、消える。
「そうか…全てを」
「うん、多分間に合った」
“夢”に喰われる前にね。
「大丈夫だよ、じっちゃん」
「そうか…そうか…」
僕が笑う。
じっちゃんも笑う。
「まったく男同士なにやってんだか」
アスカも笑う。
…アスカ?
『うわぁぁぁぁぁあああああッ!!』
「…何二人してユニゾンで驚いてるのよ」
「うぇおっほん!ゲフンゴホン!…ア、アス、アスカ、いつから此処に」
「エロ男共が無修正本の焼き跡で、神妙に見詰め合っている時からですわ、おじい様」
流石だな、この出歯亀赤毛猿め。
「聞こえてるわよ!」
「嘘ッ!?」
アスカが必殺のネリチャギを繰り出そうと間合いを詰める。
僕はジリジリと横に縦に移動して間合いを広げる。
まさに一進一退、カバティカバティな攻防。
うん、さっきとは比べ物にならないくらい緊迫してるね。
じっちゃんは暢気に焚き火跡に砂なんぞ被せている。
…ってじっちゃん、それはいいからフォロー!フォローしてよ助けてよじっちゃん!
「おーいシンジィ、最終バスでるぞぉ…」
あ、お父様グッドタイミング!
まったくいいところに本当にもうっ…って、ああッ!!
ごすッ。
ああ…日が暮れるねぇ…。
目の前が真っ暗だよ。
あ、星だ。
††††††††
青が赤を明日に退けていく。もう夜の領分だ。
微かなオレンジの上に群青、もっと上に星が瞬く。
その下をバスが進む。ごとごとと。
「人は夢と同じ物で出来ている、って言ったのはシェークスピアだったっけ?」
「はぁっ!?」
「…アスカ」
「…あによ」
「キミね、もうちょっとロマンティックな受け答えという物をだね」
「ハイハイ」
「ハイはひとつで充分です」
「うっさい!」
ごとごとと二人を乗せてバスが進む。
帰りのバスも乗客は二人きり。
なんか父さんを始め職員の皆さんは、これから議長さんを囲んで懇親会らしい。
懇親会って言えばまぁ宴会だよな。しかも夜通し徹夜ですか。
――くれぐれも間違いなぞ起こさんようにな、エロ息子。
帰り際、この愛くるしい息子に向かって髭親父が言い放った。
いえお父様。僕よりも確実に強いアスカに一体どうすれば間違いなど?
「んじゃ父さん、サヨナラ」
「シンジ」
「ん?」
父さんが眼鏡を外す。
「また明日、だろ?」
久しぶりに見る父さんのあの瞳。吸い込まれそうな漆黒。
「そうだね」
「ああ」
そんな顔しないでよ…大丈夫だから。
「んじゃ、また明日!あんまり無理しないでね、いいトシなんだからぁ〜」
「失礼な。俺はまだまだ現役だ」
「一体何の現役なんだか」
「阿呆」
眼鏡をかけながら笑う父さん。
この笑顔は、嫌いじゃない。
ごとごととバスが日の暮れた一本道を進む。
暗闇に沈む雑木林の中を、ライトで道を切り裂きながら。
ごとごとごとごと。
僕とアスカを乗せて、バスは進む。
その昔、この道はかなり賑わっていたらしい。
色々なお店が立ち並び、行き交う車も多く渋滞道路などと呼ばれていたとか。
つわものどもが、ゆめのあと。
ヒトが半分に減って。
涙も流しつくして。
皆が寄り添うようになってから
街も皆と一緒に寄り添うように作り直された。
今、僕等は住む場所を街の中心に移し、それ以外の場所はおおむねこんな感じだ。
ところどころに残るコンクリートの土台は、賑やかに過ぎたお祭りの跡。
地に草の海、空に星の海。
その中をバスがごとごとと進んで行く。
その姿は、まるで島を目指す船みたいだ。
なんか世界は今、僕達しか居ないような錯覚さえ覚える。
そういえば…アイツ。
行きのバス以来姿が見え無い。
でも感じる。アイツはじっと息を潜めて居る。
確実に僕を喰おうと、その機を狙って居る。
「ねぇ…シンジ」
「ん?」
アスカの少し湿った声。
「おじい様と本当は…何を話していたの?」
「いや、どうせならドリルは止めて左腕はワイヤーアームの方がって話を」
「…茶化さないで」
青い瞳が沈んでいる。
まるで夜の海のような、届かない深いブルー。
「夢に喰われるな…って話さ」
手に、暖かいものが触れる。
「行かせないから」
僕の手を握るその手から
「絶対行かせないんだから」
アスカの熱が、伝わる。
「たかが夢…さ」
握り返すと
「アタシは…」
更に強い力が返って来る。
「アンタの居ない世界なんか、要らない」
深いブルーの底に、強い意志の輝き。
アイツ…
アヤナミは知っているのだろうか?
握り合ったこの手の温もりを。
力強く握られたこの手に込められた想いを。
僕は知っている。いままで沢山の事を知って来た。
あの日空港で精一杯笑っていたアスカ。
僕はあの時、傍らに座る人が消える淋しさを、知った。
あの日病院で母さんが最後にしてくれたキス。
僕はあの日、大切なものを失う悲しさを、知った。
そして今、本当に大切なものが隣に居る嬉しさ。
僕は知った、色々な事を知った。
だから繰り返さない。
そして絶対許さない。
僕を“あちら側”へ、引きずり込もうとする、あの人を。
僕を“あちら側”で、この愛しい人の首に手を掛けさせた、あの人を。
僕は既に知って居る。
無垢で或る事の罪を。
だから、許さない。
「大丈夫…大丈夫さ」
「人は夢と同じものなんかじゃない」
「そうだね」
「人なんて肉よ」
「肉?」
「そうよ…気持ち一杯詰まった肉の塊、以上!」
アスカの瞳に再び戻る鮮やかなブルー。
「なんでぃすか?その中途半端なロマンチック言語は」
「うっさいわよ、バーカ……あ!」
「ん?」
「街の灯り!」
「あ、もうすぐだねぇ…」
いつのまにかバスは草の海を抜けていた。
ごとごとと高台から、僕等の住む街の灯りが見える。
暗闇に飲み込まれないように
ひっそりと寄り添う街の灯。
さぁ、帰ろう。
あの街へ。