3年前、福岡市で幼児3人が死亡した飲酒運転事故で、福岡高裁が危険運転致死傷罪の成立を認め、被告の元同市職員に懲役20年を言い渡した。判決は「飲酒の影響で前方注視が困難な状況にあり、被告もその認識があった」と故意性を認め、同罪を適用しなかった1審判決を破棄した。厳罰を求める被害者の遺族の感情が投影された判断と言える。
この事故をめぐっては、福岡地検が同罪で起訴したのに対し、1審の福岡地裁は「現実に正常な運転が困難な状態だったことの立証が必要」と厳格な成立要件を提示し、検察側に業務上過失致死傷罪と道路交通法違反に訴因を変更するように求め、被告を同7年6月に処していた。
危険運転致死傷罪は、99年に東京・世田谷で幼児2人が死亡した事故などをきっかけに、01年の刑法改正で新設された。厳罰化を求める世論に押されて性急に制定されたせいか、「故意に危険な運転をしたこと」の立証が難しい上に、適用基準が明確でないところが難点とされてきた。故意犯と言っても、偶然に左右される交通事故の一形態であり、結果の重大性の判断などで科刑に差異が生じることを疑問視する声も根強かった。殺人罪より重罰になったり、安全対策を怠ったために死傷者が出た事故で業務上過失致死傷罪に問われた被告が執行猶予付きの有罪判決を受けていることに比べ、量刑が不均衡とも指摘されていた。
危険運転致死罪は、間もなく始まる裁判員裁判の対象だ。大きな関心を集めた今回の裁判の1、2審で、対照的な判断が示されたことが、市民の裁判員に与える影響は大きい。これまでも捜査当局が被害者感情を酌んで積極的に適用する一方、故意の立証が不十分とされて不成立に終わったり、司法判断が分かれたケースが目立ち、難解な印象を与えてきた。飲酒運転は社会を挙げて撲滅しなければならないが、だからといって、裁判が見せしめや報復に主眼を置くかのような厳刑になびくこともあってはならない。裁判員の判断の参考とするためにも、適用の基準や量刑の均衡問題などについて、最高裁の判断も仰ぎたい。
危険運転致死傷罪の施行後、交通罰則が強化され、死傷事故には法定刑が懲役5年以下の業務上過失致死傷罪に代わって、同7年以下の自動車運転過失致死傷罪が適用されるようになった。飲酒運転による死亡ひき逃げ事故の科刑の上限は、懲役7年6月から同15年に引き上げられた。法律家には刑罰体系を明確にするため、刑法に飲酒運転罪を新設して対処すべきだとの意見もある。量刑のバランスも踏まえ、危険運転致死傷罪のあり方は再検討されてしかるべきだ。
毎日新聞 2009年5月16日 東京朝刊