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戦後最悪という不況の直撃を受けた09年3月期の企業決算は、予想通りの惨憺(さんたん)たる内容だ。全体の経常利益は大幅減少。10年3月期も減益を見込む。2期連続のマイナスはバブル崩壊後の金融危機以来、11年ぶりだ。
米国発の信用収縮で自動車や家電製品などがバッタリ売れなくなった。世界的な「需要の蒸発」だ。経営者の多くは業績悪化の原因を「不可抗力」と考えているかも知れない。
だが、松下電器産業(現パナソニック)創業者の故松下幸之助さんは「不況、難局こそ、何が正しいかを考える好機である」と語った。過去の経営のどこが問題なのか。それを考えるうえで、いささか乱暴だが示唆に富む対比がある。59年ぶりの赤字に沈んだトヨタ自動車と最高益を出した任天堂だ。
トヨタは世界中が好況だった昨年までの5年間に毎年6〜10%という驚異的な幅で世界市場での販売を伸ばし、ついに米ゼネラル・モーターズ(GM)を抜いて世界一になった。だが、その原動力は、米国で大手3社が得意とする大型車の市場を奪い取ることだった。この市場は燃費の悪い車種ばかりの「遅れた市場」だ。本来、燃費のいい小型車が取りえなのに、GMを抜くため、知らず知らずのうちに「退歩」の道に入り込んだ感がある。
確かにトヨタは97年にハイブリッド車(HV)「プリウス」を出し、先進イメージを確立した。ところが、この「進んだ市場」を本気で広げ、経営の屋台骨に育てようという気迫は感じられない。世界販売に占めるHVの比率は5%足らず。この12年間、HVの市場拡大に賭けていれば、10年3月期に8500億円の営業赤字を見込むほどの深手に至らなかったのではないか。
一方の任天堂は、ゲームの概念を変えたと言われる「Wii(ウィー)」などが世界的に大ヒット。自ら作り出した市場に支えられ、業績は「景気の影響より、斬新な商品を出せるかにかかる」と岩田聡社長はいう。
任天堂には、本拠地の京都で育まれた経営理念が息づく。狭い盆地に業者がひしめくので、他人と同じことをやると隣近所の仕事を奪うことになる。企業も勢い独創性をテコにした成長を志向するようになる。斬新なゲームづくりは、京都企業の本領発揮なのだ。
今回の世界不況が終わっても、バブル型の高成長の再来は期待できないだろう。低成長の世界では市場創出がカギになる。これは、京都企業の置かれてきた状況に似ている。
松下幸之助さんは「好況よし」としたうえで、「かつてない困難、かつてない不況からはかつてない革新が生まれる」という信念から「不況さらによし」と喝破した。2期連続の減益という試練に立つ日本企業は、この苦しみを将来の飛躍につなげてほしい。
ミャンマー(ビルマ)の民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんが訴追され、刑務所に勾留(こうりゅう)された。週明けからの公判で有罪判決が出れば最高5年の禁固刑が科せられる。
軍事政権は昨年採択した憲法に従って来年、総選挙を行う予定だ。スー・チーさんの自由が奪われることによって選挙後、軍の支配がさらに強まり、民主化と安定への道が遠ざかることにもなりかねない。
米国人観光客が湖を泳いで渡り、スー・チーさんの自宅に侵入した。その男の滞在を許し、当局に報告しなかったことが罪になるという。
これには首をかしげざるをえない。責任が問われるとすれば厳重な警戒網を破られた当局の方であって、過去6年にわたって自宅軟禁されているスー・チーさんではない。
健康状態の悪化が伝えられる人を獄につなぐのは人道上からも問題だ。
指導者の拘束によって民主化運動を封じ込め、選挙を有利に運べるとの思惑が軍事政権にあるとすれば、愚かなことである。スー・チーさんが書記長をつとめる国民民主連盟(NLD)が参加しない総選挙は、国際社会から茶番劇だとみなされよう。
ミャンマーには最近、国際社会から手を差し伸べる動きが相次いでいた。昨年のサイクロン襲来後、大規模な人道救援が行われ、オバマ米政権は制裁中心の外交の再検討を表明していた。
スー・チーさんの訴追は、こうした動きにも冷や水を浴びせるものだ。
軍事政権はスー・チーさんを即時に解放し、内外が認める新政権樹立に向けた政治対話を行わねばならない。
ミャンマーと関係が深い日本外交の実力が試されることにもなる。
政府は、タイに逃れたミャンマー難民の一部の国内定住を来年から認めるほか、在日ミャンマー人に在留特別許可も与え始めている。帰国すれば弾圧を受けるとの懸念からだ。許可数が少ないとはいえ、民主化を側面から支えるという点で評価ができる。
だが今回の事態に、外務省は駐日大使を呼んで「深い懸念」を示しただけだ。「根拠のない罪だ」などと非難する欧米諸国に比べて腰が引けている。
これからは対話と圧力を絡めて軍事政権を動かす戦略が問われる。政権の姿勢を見ながら、政府の途上国援助(ODA)を見直す。この国に大きな影響力を持つ中国やインドへの働きかけを強める。困難だが、そうした持続的な努力を重ねるしかあるまい。
麻生首相はかねて、ユーラシア大陸に「自由と繁栄の弧」をつくるべきだという外交理念を唱えている。その自由と繁栄がないのがミャンマーだ。
情勢の悪化は、隣国タイをはじめとする東南アジアにも影響する。麻生政権はもっと危機感を持つ必要がある。