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新聞の没落と資本主義の運命

経済危機の打撃をもっとも受けたのは、意外なことに新聞だった、とEconomistは論評している。サンフランシスコからは地方紙が消えるかもしれない。イギリスでは昨年、70の地方紙が消えた。NYタイムズさえ、グーグルに買収されるとかNPOになるとかいう噂が流れている。日本でも、朝日新聞社のボーナスは48%減額されたそうだ。

新聞社には気の毒だが、この流れはもう変わらないだろう。価格は限界費用に等しくなるという市場原理はきわめて強力なもので、長期的にこの法則からまぬがれた産業はない。デジタル情報の限界費用(複製費用)はゼロなので、その価格がゼロになることは避けられない。ましてウェブのように完全競争に近い世界では、新古典派経済学の教科書に近い結果が短期間で成立し、レントはゼロになってしまう。

これは実は新しいことではない。クラークも指摘するように、産業革命の恩恵をもっとも受けたのは単純労働者であり、資本家の利潤はほとんど消費者に移転された。競争的な市場では、稀少なボトルネックに付加価値が集中する。資本蓄積は急増したが、労働者は農村から都市に移動しただけで、ずっと労働力が生産のボトルネックだったから、労働者が付加価値の大部分を得たのである。資本家がもうかったようにみえるのは、もうかった資本家だけが記録に残ることによる生存バイアスである。破産した資本家をあわせると投資の収益率はマイナスになっている、とフランク・ナイトもケインズも指摘した。

限界費用の法則からまぬがれる方法は一つしかない。なんらかの形で独占によるレントを作り出すことだ。それは古典的な独占だけではなく、イノベーションも他人のもっていない技術やビジネスモデルによって一時的な独占を作り出す手段である。したがって競争的な市場ではイノベーションは生まれない、とシュンペーターは予告したが、現実には競争的な市場ほど多くのイノベーションが生まれている。それは参入が容易だからだ。資本主義というのは、平均的には損するビジネスに「自分だけはもうかる」と信じて参入する資本家の錯覚によって成り立っているのだ。超競争的なインターネットは、この資本主義の矛盾を暴露したにすぎない。

ウェブですべてのデジタル情報が無償でコピーされ、狭義の「コンテンツ産業」が縮小することは、遅かれ早かれ避けられない。その代わり、ウェブで表現するクリエイターの数は何百倍にも増え、提供される情報の量は在来メディアをはるかにしのいでいる。それは質においてはまだ在来メディアに劣るが、多様性においてははるかにまさる。人々がもっとも知りたいのは自分のことだから、こうしたパーソナルなメディアの付加価値はマスメディアより大きい。

つまり今までは「どうでもいい情報を何百万人に向けて出すマスコミ」か「身内だけの個人的な会話」しかなかったメディアのポートフォリオが連続になり、両者の線形結合の上に多くの新しいメディアが生まれているのだ。これは前者が消滅することを意味するのではなく、そのうち新しいバランスが成立するだろう。しかし、そのとき残っている新聞社(あるいはメディア複合体)は全国で3社ぐらいになるかもしれない。ここでも資本家は負け、消費者が勝つのである。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
資本主義 (bobby)
2009-05-15 14:05:00
>資本主義というのは、平均的には損するビジネスに「自分だけはもうかる」と信じて参入する資本家の錯覚によって成り立っているのだ。

流行らないレストランや飲み屋なのに、何度もオーナーが変わる(買収される)のは、まさに「俺ならうまくやれる」という自信があるからですね。
 
 
 
全くその通りなんだが・・・ (アロン)
2009-05-15 14:22:34
信者を抱える新聞社は生き残るだろう。右か左か極端な新聞社は何とか生き残るだろう。

生き残って欲しいのは、右でも左でもなく多くの事実から真実を追究する新聞社であるが、そんな新聞社は存在するのであろうか?
 
 
 
投資の収益率について (アロン)
2009-05-15 14:25:33
少数の資本家が大儲けし、多数の資本化が少し損をしているのが実際なのでは?

破産した資本家の損害よりも多数の小額資本家の損害の方が大きいと思われる。

なんだか賭博産業と似てますね。
 
 
 
朝日ニュースター観ました (Y-BAT)
2009-05-15 15:04:02
池田氏(先生と呼んではイケナイので)がゲスト出演してる朝日ニュースターを昨日偶然見ました。セーフティネットではなく雇用の促進を、政府は特定業種を補助してはいけない、選挙では中長期政策は議題にならない…。このblogのエントリーでお馴染みのテーマが簡明に語られ、誰にでも一瞬でわかるコメントばかりでよかったです。
 
 
 
Unknown (pk-uzawanian)
2009-05-15 15:34:45
今どき、ピカピカの豪華な新築のビル社屋を建てられる地方の名士は、新聞配達屋さんだけ。
 
 
 
学生運動の残党の受け皿 (スポンタ中村)
2009-05-15 18:33:56
すべて仰るとおりなんですが、日本の場合は、学生運動で就職がでなかった人たちの受け皿に新聞社がなったこと。さらに、人権擁護系の人たちの批判にさらされ、それらを内包してしまったことが、さらに新聞が孤立化する傾向を強めています。
ま、先生が何度も指摘されていらっしゃるので、私が指摘するまでもありませんが…。
 
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