ここから本文エリア 企画特集
ルポ救命センター24時(上)2009年05月14日
◎最後の砦◎ 午後5時半。処置室に担架が運び込まれると、待ち構えていた医師と看護師が一斉に患者を取り囲んだ。 患者は近くの病院で手術中に容体が急変したという70代の心不全の男性。「わかりますかー」。耳元で呼びかけたが、反応はない。口を大きくこじ開けて異物を吸引し、挿管。点滴、採血、カテーテルの挿入も同時に進めていく。研修医のPHSが鳴った。別の病院からだ。「背中の痛みを訴えている60代の男性を診てほしい」。医師が声を張り上げた。「どのくらいで来るか聞いて――」 ◇「断らぬ」自覚と重圧◇ ある週末、県立医大付属病院の高度救命救急センター(橿原市四条町)。救急専門医の福島英賢医師(38)は、整形外科が専門の前川尚宜医師(34)、若手医・研修医4人とともに、朝9時からの当直勤務に入っていた。週末の当直は翌朝9時までの24時間。「夕方からあわただしくなる」。福島医師の悪い予感があたった。処置中にも何度も電話が鳴り、数珠つなぎに患者がやって来た。 ◆ 救命救急センターは「最後の砦(とりで)」とされる。生死の境にいる患者をギリギリのところで救うからだ。県内に3カ所あるが、医大病院は中心的な存在だ。だが現実には、必ずしも重篤な患者ばかりが来るとは限らない。 午前中、たばこ2本と抗精神病薬を飲み込んだ男性が運ばれてきた。午後には自転車で転んで頭をぶつけたという男児が母親と一緒にやって来た。どちらも近くの病院で断られたという。断られる時は当直医が1人しかいない、設備がない、というのが主な理由だが、それだけではない。 医師の責任を問う刑事、民事の訴訟が、県内外で相次いでいる。助けようと思って手を出せば、医師や病院は訴訟のリスクを負う。専門医を希望する患者が多いのにあわせ、医師の専門の細分化も進んでいる。診たことがない疾患は断るようになると、「最後の砦」に行き着く患者が増えていく。 センターは「断らない」を原則にしている。ほかの医師や病院が避けたリスクは、センターの医師に重くのしかかってくる。救急搬送問題がクローズアップされるなか、プレッシャーは大きい。 ◆ 背部痛の男性が電話の30分後、搬送されてきた。処置室は2人で満員だ。血圧は200超。すぐにCT室へ。コンピューター断層画像が映し出される。急性大動脈乖離。血管が破れた部分の血はかたまっていて、当面は手術をしなくても血圧を下げる薬で対応できると判断した。食い入るように画面を見つめながら「よっしゃよっしゃ」。 隣の部屋では、心不全の男性のX線フィルムが現像されていた。両肺が真っ白。搬送の1時間前に撮影されたフィルムとは、明らかに違っていた。腹部にたまった水を抜くなどし、一命をとりとめた。 「2人の命を救いました」。福島医師がホッとした表情を見せた。その瞬間、研修医が飛び込んできた。「ホットラインが鳴ってます!」。表情が一気に引き締まり、再び処置室へ走った。 × × × 救命救急センターの受け入れ率が全国で最低水準だった奈良県。その実態はどうなっているのか。県立医大付属病院高度救命救急センターに24時間密着取材し、医師たちの姿を見た。(この連載は3回の予定です。下司佳代子が担当します)
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