はじまる裁判員・特集
【2009/03/29付特集】聴覚や視覚などの障害者は? 育児中の親は? 参加環境は整ったのか 模擬裁判で問題確認 一時保育が不可欠に
透明シートに記入した文字をスクリーンなどに映し出すオーバーヘッドプロジェクター。要約筆記の手段として法廷で使われる可能性もある
「模擬裁判を開いてもらえませんか」。福岡県聴覚障害者協会は1月、福岡地裁に要請した。
耳が不自由な人に法廷での尋問や評議での議論を伝えるには手話が必要。しかし、連日開廷が原則の裁判員裁判で、何人ぐらいの手話通訳者が必要なのかなど、不明な点は多い。同協会の瀬戸憲治事務局長(54)は「大事なのは障害者への情報の保障。差別があってはならない。4月の模擬裁判で具体的課題を確認したい」と話した。
日本手話研究所(京都市)は2008年5月、法廷用語の日常語化に取り組んだ日弁連の報告書に基づき、手話化の作業に着手している。これまでに約50語が確定し、ホームページなどで紹介している。
ただし「障害者側が理解していないと伝わらない。勉強会を開いて周知徹底に努めたい」と瀬戸事務局長は気をもむ。
◇◇◇
同じ耳が不自由な人でも、病気や事故などで中途で聴覚を失った人は事情が異なる。手話を使えない人が多いからだ。福岡県難聴者・中途失聴者協会の松井淳一会長(51)は「手話ではなく、要約筆記で通訳しないと伝わらない」と訴える。
要約筆記には、いくつかのやり方がある。複数のパソコンで同時に入力して1つの文章に仕上げる方法、オーバーヘッドプロジェクターで手書きの文章をスクリーンに映し出す方法などだ。
ただし、いずれも人が話す速さには劣る。話す場合は1分間に400字程度とされるが、パソコン入力は100字程度、手書きは60字程度が限界。
松井会長は「要約筆記で難解な専門用語にどこまで対応できるか、尋問や評議のスピードについていけるか不安。裁判官や裁判員の理解が重要になる」と語る。
◇◇◇
視覚障害者の場合は、自宅から裁判所に来ることから困難が始まる。さらに、法廷のモニターで示される証拠写真などは見ることができない。福岡市視覚障害者福祉協会の染井圭弘会長(65)は「われわれには法廷で示される資料が最大の弱点」とため息をつく。
昨年10月、意見交換した福岡地裁の担当者は「裁判官が説明する」と語ったが「口頭でどこまで内容が伝わるか分からない。参加が無理なケースも出てくるだろう」と懸念は尽きない。
聴覚、視覚の両方に障害があれば、さらに難しさは増す。福岡盲ろう者友の会の藤瀬博史事務局長(55)は、手を取って手話をする「触手話」などの手法を挙げた上で「情報が伝わらないから裁判員になれないではいけない。あらゆる手段を検討してほしい」と訴える。
最高裁は障害者の参加について「可能な限り環境は整える」としつつも「具体的対応策は個別の検討が必要。重要な証拠を把握できないと、裁判員になれないこともある」と説明している。
◇◇◇
乳幼児がいる親が安心して裁判員裁判に参加できるようにするには「一時保育」の対応が不可欠だ。裁判員裁判が行われる九州の地裁や地裁支部が所在する自治体では、既に一時保育の態勢を整えている。
その大半は、受け入れと保育時間の延長で、通常は午後5時までのところを規則の改正などで午後6時ごろまで預かり可能にした。また、宮崎市は裁判員候補として呼び出されながら選任されなかったケースも想定し、市立保育所に限って午後一時までの割安料金を新たに導入している。
ただし、料金の負担はあくまでも保護者で、裁判員候補者名簿に記載されている福岡市の会社員女性(32)は「経済的負担は重い。旅費と同じように一時保育も裁判所側が料金を支給するすべきだ」と話している。
=2009年3月29日付 西日本新聞朝刊=
バックナンバー
- 【2009/04/26付特集】犯罪減っても、進む厳罰化 「恐怖」「不安」…世論が背景 注目集めた被害者の声 制度開始は考える契機
- 【2009/04/26付特集】作家・佐木 隆三さんに聞く 「裁判官の死角」光を当てる役割
- 【2009/03/29付特集】聴覚や視覚などの障害者は? 育児中の親は? 参加環境は整ったのか 模擬裁判で問題確認 一時保育が不可欠に
- 【2009/03/29付特集】作家・夏樹静子さんに聞く 自然体で、肩の力抜いて
- 【2009/02/22付特集】法廷を分かりやすく モニター使い視覚化 理解促す話し方研修 難解用語は言い換え 弁護士、検察 多様な試み
- 【2009/02/22付特集】コラムニスト・トコさんに聞く「法律学ぶチャンスですね」
- 【2009/01/26付特集】「私が裁く」 裁判をシミュレーション
- 【2009/01/26付特集】仲家暢彦・福岡地裁所長に聞く 残る4カ月、準備に全力