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民主党の代表選挙に、鳩山由紀夫幹事長と岡田克也副代表が正式に立候補を表明した。
わずか2カ月ほど前まで、民主党は麻生政権に早期解散を迫り、次の政権に手をかけたかのような勢いがあった。それが小沢代表秘書の違法献金事件をきっかけに、党全体が穴のあいた風船のようになってしまった。
小沢氏辞任でやってきたこの代表選こそ、反転攻勢の願ってもないチャンスだ。両氏が、そして党の議員たちがそう思い定めるのは当然だろう。
ただ、きのうの両氏の記者会見を聞く限り、政策面での深い議論があまりなかったのは残念だった。
2人とも、農家への戸別補償制度、子ども手当の導入など、小沢代表の時代につくられたマニフェストを基本的に踏襲するのだという。総選挙が数カ月以内に迫る中で、政策のメニューをがらりと変える冒険はできないという配慮ゆえだろう。
違いが浮かび上がらなかったわけではない。政策の財源に対する姿勢だ。
岡田氏は「財源の明確化のため、党内に委員会をつくって全党的な議論をする」と公約に明記した。小沢マニフェストの政策には、与党などから「財源があいまいだ」との批判が浴びせられてきた。岡田氏としては、これにきちんと反論したいということだろう。
これに対し、鳩山氏の主張は、財源は霞が関による無駄遣いを洗い直せば生み出せるというものだった。小沢路線そのままだ。
消費税の引き上げについても、鳩山氏は「多くの方が格差で苦しんでいる時に、議論すらすべきでない」と語ったが、岡田氏は消費税アップを含む年金制度の抜本改正について「早期に議論にとりかかるべきだ」と述べた。
両氏が小沢代表とどんな間合いをとるか、党内外で大きな注目を集めている。だが、距離があると見られている岡田氏も「全員野球でないと政権交代はできない」と述べるなど、このことで党内の亀裂が広がるのは避けたいという思いは共通していた。
ほどなく来る総選挙を思えば、党内対立を先鋭化させているヒマなどないし、選挙では小沢氏の腕力がまだ必要だということだろう。党の体質についての論議は避けて通れないが、確かに代表選を「親小沢VS.非小沢」の戦いに終わらせてはいけない。
何より大事なのは、自民党に勝る政策の説得力を持つのはどちらか、次期首相候補として麻生首相を上回る魅力があるのはどちらか、をじっくりと見極めることだ。そのために、幅広い分野での論戦を見せてもらいたい。
今回の選挙で投票できるのは221人の民主党国会議員だけだが、その選択に目を凝らす全国の有権者の存在があることを忘れてはならない。
国費15兆円余りの「経済危機対策」を盛り込んだ09年度補正予算案が、実質1週間ほどの審議の後、衆議院で可決された。憲法の規定により、野党が優勢の参議院で議決されなくても、衆院通過から30日後の6月12日に自然成立することになった。
未曽有の世界不況の下で日本経済の現状はたしかに厳しい。輸出が激減し消費もしぼんでいる。数十兆円といわれる需要不足をある程度は補うためにも財政出動は必要だ。
だとしても、この補正予算案は不要不急の事業への大盤振る舞いが過ぎる。民主党など野党が「もっと徹底的な審議が必要」と求めたのは当然である。だが与党は「対策は急を要する」とそれを拒んだ。残念ながら補正予算のレールは敷かれ、前代未聞のバラマキが走り出してしまった。
いや、だからこそ、これから始まる参議院での審議が大切になる。政府・与党はこの対策を「世界経済の大調整」に向けた構造対策とも位置づけている。つまり、近くおこなわれる総選挙で自民党が示すであろう長期的な経済政策の方向性が、この対策にも反映されていると言ってもいい。
衆院審議でも、予算案で多くの問題点が野党議員らによって指摘された。無駄な公共事業の象徴とされてきたハコモノの復活もその一つだ。文部科学省はアニメや漫画、ゲームの「殿堂」の建設に117億円、47都道府県に産学官の共同研究拠点を設けるのに695億円を投じる。これほどの巨費投入なのに、どれほどの効果が見込めるのか深く検討した形跡はない。
複数年度にまたがって予算を使うための「基金」方式が46基金で4兆4千億円と多用されたのも問題含みである。この方式は長期的なテーマに機動的に財政資金を投じられるという長所もあるが、逆にその政策が必要なくなっても、中断しにくくなる。見直しの仕組みがないままでは各省庁の都合のよい「財布」になるだけだ。
なかでも、いま農政の大改革を検討中の農水省が、基金方式を使って1兆円もの補正予算を組んだのは解せない。改革の方向が定まっていないのに、年間予算を1・4倍に膨れあがらせて何をしようというのか。
規模を大きくすることがあまりに優先され、各省庁が悪のりした感は否めない。優先度の低い事業がかなりたくさん紛れ込んでいるようだ。
15兆円の対策は国民1人当たり12万円の負担で成り立つ。果たしてそれだけの価値がある中身なのか。野党が補正予算案の審議を通じて問題点を洗い出していく作業は、そのまま国民が政権選択をする際に貴重な判断材料になるに違いない。野党優位の参院では、とっくりと腰の据わった質疑を見せてもらいたい。