この記事は、今は無き『メンズプライスマガジン』(ワールドフォトプレス刊)の創刊号に寄稿したものである。雑誌という性質上、書き切りタイムリーなネタであり、さらには発表したのが1999年ということも手伝って、データとしてはかなり老朽化している。その点を考慮し、2003年時点での製作費事情について些細ながら追補をした。ビギナー向けの感はあるが、併せてお読みいただければ幸いである。
■はじめに
よく映画を観に行く人の口から、
「洋画はお金のかけ方が違うから、画面の密度と迫力がだんぜん違う」
という言葉を耳にすることがあります。
特に大がかりな爆発シーンでビルを丸ごと破壊したり、何十台も車をクラッシュさせたり、何千何万という人間が地平線の彼方を埋め尽すモブ(群衆)シーンがスクリーンに展開されるハリウッド産アメリカ映画。それらに製作費が湯水の如く使われているのは言を俟ちません。実際、そのような映画にどれくらいのお金が製作費として用いられているのでしょうか?
■アメリカ映画の製作費
例えば、今年のお正月映画として全国で大ヒットした『アルマゲドン』(98年、監督:マイケル・ベイ)。地球を急襲する小惑星を破壊するため、宇宙へと向かう石油採掘のプロフェッショナルたちを描いたこのSF超大作にかかった製作費は1億4000万ドル。現在の邦貨レート(1ドル=120円)に換算すると、なんと168億円という途方もない金額です。
しかし、これはあくまでも映画そのものにかかる直接製作費であり、さらに宣伝費などの諸費用が加算された総製作費は、約2億ドルにも膨れ上がるといわれています。昨年話題となった『GODZILLA−ゴジラ−』(97年、監督:ローランド・エメリッヒ)は、直接製作費が1億2500万ドル。しかし過去に例を見ない大規模な広告展開を行なったうえ、全米で3310館(スクリーン数7365)での最大規模の上映を試みたために、宣伝費とプリント諸経費だけで1億ドルは下らなかったそうです。
■アメリカ映画史上、最も製作費がかかったのは?
「ならば、いままででいちばん製作費のかかった映画は?」
といえば、やはり『タイタニック』(97年、監督:ジェームズ・キャメロン)に尽きるのではないでしょうか。
一昨年公開され、翌年の映画界を席捲して空前のブームを巻き起こしたこの作品、製作費はじつに2億ドルが投じられ、ハリウッド映画史上最高の製作費を打ち出しました。とはいえ、この『タイタニック』、当初そんな多額の費用がかかる映画として企画されたワケではなく、製作開始時は1億1千万ドルという予算でプロジェクトがスタートしました。しかし巨大な撮影セットの建造や撮影期日超過、視覚効果、録音・編集などのポスト・プロダクション作業の進行遅れで費用はみるみるかさみ、最終的に倍近くの製作費を要してしまったのです。
このように、当初の予定を遥かに上回る予算超過によって製作費が莫大になることは珍しくありません。
過去に製作費が大きくクローズアップされた作品の多くは、そんな予算超過ケースが殆んどです。例えば『ターミネーター2』がレコードを破る前まで「史上最高の製作費」としてギネス・ブックに認定されていた『スター・トレック』(79年、監督:ロバート・ワイズ)は、視覚効果担当スタジオの途中変更などから1200万ドルが4000万ドルへと膨らみ、フランシス・フォード・コッポラ監督の借金人生のフラッシュ・ポイントとなった『地獄の黙示録』(79年)は、天候の影響によるロケの遅れで1300万ドルが最終的には3000万ドルに。経営破綻で製作会社ユナイトを潰してしまった『天国の門』(81年、監督:マイケル・チミノ)は、1180万ドルが3500万ドルという、およそ3倍近くに製作費が膨張しました。
最近でも、前述した『GODZILLA−ゴジラ−』は、当初の予算である8000万ドルから大きく膨らんで、最終的には1億2500万ドルに至ったという次第。プロジェクトが始動してしまうと歯止めが利かなくなる映画の「魔物」ぶりを端的に示しています。
皮肉なことに、このような作品の多くは公開後の収益が奮わず、大赤字または収支トントンになる“弱り目にたたり目”な場合が殆んどで、『タイタニック』が幸いだったのは、アメリカ国内興収だけでも6億5000万ドル、全世界興収で約18億ドルという「映画史上最も儲けた作品」となったことでしょう。
■『タイタニック』を凌ぐ最高額作品がある!?
映画史上最高の製作費をかけ、映画史上最高の収益をもたらした映画『タイタニック』。しかし、そんな本作の「史上最高製作費」を否定する見解もあります。『タイタニック』の製作費を映画史上最高額としない説はふたつ屹立し、そのひとつは「実は『バットマン&ロビン』の製作費が史上最高額」というものです。
『バットマン&ロビン』(監督:ジョエル・シュマッチャー)の製作費は公式には1億1千万ドルとされていますが、実はその倍の2億1000万ドルはかかったというのが業界では公然の秘密となっており、さらにはアーノルド・シュワルツェネッガーの出演料がこれまた公式発表2000万ドルを遥かに凌駕したものである…と、もっぱらの噂なのです。
(「上映時間に製作費を配分すると、1分あたりのコストは『バットマン&ロビン』に軍配があがる」とはジェームズ・キャメロン監督の弁ですが)そしてもうひとつは、インフレを考慮し、過去の超大作映画を現在のレートに換算する見方です。
そうすると一気に浮上してくるのが、史劇大作映画『クレオパトラ』(監督:ジョセフ・L・マンキーウィッツ)です。この作品は1962年当時の製作費で3100万ドルが費やされましたが、現在の貨幣価値に換算すると、その金額は約3億ドルに相当するとも囁かれています。
しかし、これに言及しだすと『風と共に去りぬ』(39年、監督:ビクター・フレミング)は「4億ドルに換算される」とか、『イントレランス』(16年、監督:D・W・グリフィス)なら「5億ドルはくだらないだろう」とか諸説があれこれ飛び交うので、あくまで参考記録に留められているようです。
■製作費高騰の原因
アメリカ映画では、1億ドル級の製作費を要した映画を「ビッグ・バジェット」あるいは「イベント・ムービー」と呼び、6000〜4000万ドル規模の作品を「ブルー・チップ」、2000〜1000万ドル規模の低予算映画を「ロウ・バジェット」または「ポートフォリオ」と呼んでいます。
しかし、イベント・ムービーがこれくらいの予算規模になると、アメリカ国内で3億ドル以上の劇場収益をあげないとペイできず、アメリカ圏外の世界諸国での上映によって初めて純利益が生じるという状況です。映画1本の製作費が1億ドルの大台に乗った背景には、様々な要因が挙げられます。もちろん物価自体の上昇もそのひとつに違いありませんが、コストが高いビジュアル・エフェクトを多用した作品の台頭、ポスト・プロダクションの細分化、俳優の出演料の高騰化、さらにはヴィデオソフトや衛星放送などといった2次収益市場の拡大化によって、製作費の枠もそれに比例して大きくなったといえるでしょう。
■意外に倹約!のスピルバーグ作品ビジュアル・エフェクト(視覚効果)をふんだんに使用した映画はコストが高くつくことを記しましたが、それなら「視覚効果をふんだんに使う」代名詞とも言えるスティーブン・スピルバーグ監督の諸作は、さぞかし製作費も莫大と思われることでしょう。
いいえ、実際はそうでもなかったりします。彼のフィルモグラフィ中、製作費が1億ドルに達した作品は1本もないのです。
例えば、昨年の話題作にして今年のアカデミー賞最有力候補である『プライベート・ライアン』(98年)は、製作費が6000万ドル。戦争映画としては高額の部類に入るものの、専門家の見立てでは、
「これくらいの規模の戦争映画を製作すると、少なくとも倍の1億2000万ドルはかかる」
と言われてきただけに、その低コストでの製作には驚かされるばかりです。スピルバーグがブルー・チップを維持できる背景には、
(1)有名人俳優を起用しない。
(2)撮影期間が短い。
(3)宣伝費の節約。という要素があります。
(1)は過去のスピルバーグ作品に共通する特徴で、トップスターを作品に起用しないことで、俳優のギャラにかかる費用を軽減しています。まさに作品内容重視のスピルバーグならではのアプローチです。
(2)に関しては、スピルバーグの早撮りは有名で、例えば『ジュラシック・パーク』(93年、製作費6300万ドル)は撮影日数が55日間、『シンドラーのリスト』(93年、製作費2500万ドル)で75日間、『ロスト・ワールド』(97年、製作費7300万ドル)で66日間、『プライベート・ライアン』で60日間という驚異的な早撮りで作品を完成させているのです。撮影に日数がかかればそれだけ費用もかさむので、もっとも節約効率の高い方法ともいえます。
そして(3)は言うまでもないでしょう。スティーブン・スピルバーグというネームバリューだけで観客は劇場に足を運ぶので、宣伝費用を大きく抑えることができ、低コストにつながるのです。このように、スピルバーグという作家が本当に優れている点は、監督としての卓越した演出力やその戦略性だけではなく、むしろ作品の表面上には現れないコストパフォーマンスの良さにあるといっても過言ではありません。
しかし、これもスピルバーグのような神童だからこそ可能であり、ハリウッドにおいては一握の好例でしかないのです。
■今後の傾向
映画は芸術である前に娯楽商品です。その経済効率を無視できないハリウッドの映画人たちは、上限を知らぬ製作費の高騰化に歯止めをかけようと考えています。しかし、安く上げようとする過当競争のなかで、良質の仕事をする視覚効果スタジオが倒産したり、大幅な経費削減に伴うリストラなどの問題も表面化してきているようです。そんな中、今年の5月21日にアメリカで公開される『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(監督:ジョージ・ルーカス)は、その製作費面において熱い視線が注がれました。ディジタル・テクノロジーの安定した制作環境により、シリーズ1本が5000万〜6000万ドルのブルーチップクラスで製作できるというのが、業界でも注目の的だったのです。
しかし、フタを開けてみれば予算は1億2500万ドルというイベントムービークラスに達してしまいました。
なにより『スター・ウォーズ』の製作費はルーカスフィルムによる総負担であり、また映画だけでなくキャラクターグッズや関連商品による副次収益が見込めるプロジェクト。ルーカスにとって製作費は大きな問題でないのかも知れませんし、観客にとっては「製作費がいくらかかろうと、面白い映画さえ観れればいい」のでしょうが・・・。製作費の高騰によるアメリカ映画の今後。抱えた課題は金額に比肩して、その重みを増してきているようです。
★アメリカ映画ビッグ・バジェットBEST10(1999年当時)【1】タイタニック ・・・2億ドル
【2】ウォーターワールド ・・・1億7500万ドル
【3】アルマゲドン ・・・1億4000万ドル
【4】GODZILLA−ゴジラ− ・・・1億2500万ドル
【4】スピード2 ・・・1億2500万ドル
【4】スター・ウォーズ エピソード1 ・・・1億2500万ドル
【7】バットマン&ロビン ・・・1億1000万ドル
【8】スターシップ・トゥルーパーズ ・・・ 9500万ドル
【8】トゥルー・ライズ ・・・ 9500万ドル
【10】ターミネーター2 ・・・ 9000万ドル
この記事を上梓してから4年。ハリウッドでは製作費の高騰化が病膏肓となり、頭打ちとなった状態だ。ただインフレもあって、イベントムービーの相場は1億ドルから1億3000万ドルへと上昇している。費用のエスカレートにはシビアに歯止めがかけられ、さすがに2億ドルの大台に乗る酔狂な作品は出現していない。例えば『パールハーバー』(01年)は2億ドルプロジェクトとして宣伝が打たれたが、実際にかかった費用は1億3700万ドルだ。ちなみに最近の作品で最も製作費がかかったものは『ターミネーター3』(03年)で1億7000万ドル、そして『メン・イン・ブラック2』(02年)が1億4000万ドルで、『スパイダーマン』(02年)が1億3900万ドル。続いて『ハリー・ポッターと賢者の石』(01年)が1億3000万ドルだが、続編である『秘密の部屋』(02年)は1億ドルと縮小されている。
なお『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』(02年)は1億2000万ドル。『ファントム・メナス』と大きくは変わらない。また『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズは1作あたりの製作費が1億ドルだが、これは3作同時に撮影することでロケーションやセット費、俳優のギャランティを節約し、傘下のWETAデジタルを視覚効果の主軸に据えることでポスト・プロダクションのローコスト化が図られている。それでもプロジェクトの総費用は4億ドルに及び、ニューラインのリスクはかなり大きいが、これらもタックス・シェルター(優遇税制措置)による外貨運用などで軽減策がとられている。もしあの規模で一作ごとに製作すれば、『旅の仲間』(01年)も『二つの塔』(02年)もそれぞれ2億ドル以上は軽く突破するだろうと言われている。
スピルバーグの記述に関しても、少し状況が変わってきた。
自作に1億ドル以上の製作費をかけないスピルバーグだったが、とうとう『マイノリティ・リポート』(02年)で1億ドル・バジェットに到達してしまったし、トム・クルーズやレオナルド・ディカプリオなど、ビッグネーム俳優との仕事も珍しくなくなった。それでも最新作『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(03)は製作費は5000万ドル。たぶん主演俳優も監督も総合収益を何割かを配当する契約を結んだだろうが、あの顔ぶれでこのバジェットなら、いちおうブルーチップクラスは維持している…といっていいのだろう。
(初出誌 ワールドフォトプレス『メンズプライスマガジン』1999年5月創刊号に加筆訂正)
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