★No.40 マイノリティ・リポート★

 殺人や強盗を予知して未然に防ぐことで、犯罪率0パーセントを誇る安全社会。そこである日突然、あなたが身に覚えのない“未来殺人”の容疑をかけられたら……?、

 スティーブン・スピルバーグ19本目の劇場長編監督作『マイノリティ・リポート』は、あのフィリップ・K・ディックの短編小説『少数報告』の映画化だ。「キューブリックにもなれず、またスピルバーグですらなかった半端な作品」と『A.I.』では思わぬ酷評を喰らったスピちゃんの、執念のこもったSFリベンジといっていい。

 低予算でコストパフォーマンスに優れたスピルバーグ作品中、初めて1億ドルのバジェット(製作費)を要したこの映画。それだけ予算が動いた証しとして、とにかくディテールの描き込みが狂気じみている。
 網膜スキャンで個人データが瞬時に取り寄せられる管理社会。そのテクノロジーを応用した街頭広告から、犯罪容疑者を執拗に追うクモ型ロボットまで、それらガジェットは未来図像のリアリティを高めるだけでなく、逃げる主人公を執拗に追い詰めるファクターとしてグリグリと作品世界に食い込んでくる。『ブレードランナー』の確立したデッド・テク・フューチャーにさらなる科学性や社会性を加味し、ユートピアとデストピアが拮抗するダークな世界を構築しているのだ。
 それに併せて映像のトーンもとてつもなく暗い。これはスキップ・ブリーチ・プロセスというフィルム現像処方を用い、カラー彩度を落としたコントラストの強いルックを再現しているからだ。いわゆる『プライベート・ライアン』式“ビジュアル緊張法”の応用編といっていいだろう。
 また過剰なまでの情報量という点において、『マイノリティ・リポート』は多くの映画的リファレンスによって構築されている。ヒッチコックの名作『サイコ』の殺人シーンを模したオープニングのビジュアル・カッティングだし、網膜スキャンを逃れるために目玉を入れ替える手術シーンは、まるで『時計じかけのオレンジ』に出てきたルドヴィコ療法をイヤでも彷佛とさせる。また劇中、サミュエル・フラーの『東京暗黒街・竹の家』(1955)をさりげなく引用し、ドラマの指標を黙説する。
 アクション映画としても監督の原点に立ち戻っているが、ただしそれぞれのアクション・シークエンスは持続性に乏しく、スピルバーグの動的演出力に“老い”の陰りを感じてしまう人もいるだろう。なによりエポックメーカーとしての氏に大きな期待を寄せて作品を見ると、少し肩透かしを喰らうかも知れない。
 ただ、ディック・ワールドの映画化という点において、『マイノリティ・リポート』は以後『ブレードランナー』と比肩して語られる「フューチャー・ノワールの傑作」なのは間違いない。
 ……え、『トータル・リコール』を無視するなって? ブーッ! あれは皆さん御存じのとおり、ディック原作というよりポール・バーホーベンの映画だからして。


 東京国際映画祭での上映に併せ、記者会見来日したトム・クルーズとスティーブン・スピルバーグ。スティーブン、ずいぶん頭頂部が寂しくなってました。(撮影:テリー・天野)


(初出誌:ワールドフォトプレス「フィギュア王」2002年10月号)






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