『メンズプライスマガジン』(ワールドフォトプレス刊)創刊号に寄稿した「映画について私が知っている二、三の事柄(アメリカ映画篇)」が好評だったので、次はもちろん邦画だろという流れで書いた原稿。この場合に困ったのは、国内資本によるハリウッド映画を「日本映画」とするか否かということ。そう定義したおかげで、新データで超大物のレコード更新ができたけど。「アメリカ編」同様、データの老朽化を考慮し、2003年時点での製作費事情について追補をした。


■邦画の製作費


「だって、あんまり金かけてないじゃん」

 日本映画を積極的に観賞しない人の「観ない理由」を訊ねてみると、概ねこの言葉が返ってきます。
 確かにアメリカ映画に比べたら安普請な印象は拭えないかもしれないものの、一般的には漠然と「邦画=低予算 洋画=高予算」という具合にインプリンティングされているだけで、具体的な数字に関しては、あまり知り及んでいないのではないでしょうか。

 各製作プロダクションや大手3社(東宝、東映、松竹)によって製作・配給される商業映画の予算は、もちろん作品によって高低あるものの、だいた1本あたり2億円〜7億円というのが平均的な製作費です。豪華キャストのオールスター作品や、時代劇や歴史劇などのコスチューム劇、またゴジラやガメラなどの特撮・ビジュアル・エフェクト映画になると10億円から15億円が計上され、大仰にも「超大作」と呼ばれるのです。

 皆さんの記憶に新しいところで作品例を挙げてみると、フジテレビのドラマ番組からスピン・オフして劇場版が製作され、昨年の興行成績で邦画第1位を記録した『踊る大捜査線 THE MOVIE』(監督/本広克行)は、TV特番「踊る大捜査線/秋の犯罪撲滅スペシャル」との総製作費で約10億円。同じく昨年大ヒットしたホラー2本立て『リング』(監督/中田秀夫)と『らせん』(監督/飯田譲二)が両方あわせて約4億円。またアニメーションでも昨日公開された『クレヨンしんちゃん/爆発!温泉わくわく大決戦』や『ドラえもん/のび太の宇宙漂流記』は、およそ3億〜5億円という製作費で製作されました。
 これらの数字はあくまで宣伝費やプリント費などを包含した「総製作費」で、フィルム・メーキングに直接用いられる「直接製作費」は、そのうちの約60%〜70%くらいが充当されます。昔の角川映画など、逆に宣伝費のほうが映画本編を凌駕するくらいかけてメディミックス戦略を展開していたのですが、メディアが多様化した現在においても、プロモーションにかかる費用は大きくその割合を占めているといえましょう。
 
 とはいえ、確かにハリウッド映画とその製作費を比較した場合、かなり心細くなるような(おおよそ一桁ゼロが違う)数字であることは否めません。
 これは仕方のないことで、世界市場をターゲットにしているハリウッドと違い、基本的に日本映画は自国内での興行を中心に収支をまかなっており、莫大な予算をかけられないのが現状なのです。

 

■日本映画の製作費最高額は?


 でも、そんな邦画界もバブル経済華やかりし頃には、ハリウッドに負けないビッグ・バジェットで映画が作られていたこともあるのです。
 そこで、過去に日本映画で最高製作費が投じられた作品を列記してみると、まず、
「純粋に国内資本で予算が捻出され、日本人の主要スタッフ・キャストによって製作、日本語でダイアローグ(台詞)が交わされる作品」
 として、1990年の角川映画『天と地と』(製作・監督/角川春樹)が、製作費50億円の邦画史上最高額に挙げられます。
『天と地と』は、武田信玄と上杉謙信の川中島合戦を描いた海音寺潮五郎原作の映画化で、同じ戦国時代劇で邦画の製作費最高額とされていた黒澤明の『乱』(85年当時で24億円。但し日仏合作)の2倍以上の製作費をかけ、さらにその『乱』をも凌ぐ物量の兵馬隊合戦シーンがカナダロケで撮影されたりと、ビッグバジェットもむべなるかなの超大作でした。
「そんなに予算使って、採算が取れるのかいな?」という疑問は製作当時から囁かれていましたが、国内での興行成績は50億5000万円。堂々その年の興行ベスト1になり、数字上では邦画として大ヒットの部類に入るものの、50億の製作費では収支もトントン状態。そしてこれが配収(興行で得た金額から劇場の取り分50パーセントを引いた製作・配給会社の利益)に至るや、差し引きゼロどころか大幅な赤字という結果に終わったのです。
 さらにはこの興行成績自体も、協賛企業や関係会社に前売り券があてがわれた「水増し」であり、数字だけが突出するワリには実際に映画館で観た観客が少ないという珍現象が取り沙汰されました。チケットがダブついて「一枚300円」とかの安価で金券ショップを賑わしていたのを覚えている人も多いのではないでしょうか。


 いっぽう、日本の製作会社や企業による資本でプロデュースされながらも、スタッフ・キャストがハリウッドの映画人という“外注ケース”を含めた場合、『クライシス2050』(監督/リチャード・C・サラフィアン)の70億円が実質上の邦画最高額になるでしょう。
 チャールトン・ヘストンやピーター・ボイル、チャック・パランスといった演技陣に、リチャード・エドランドが製作総指揮と視覚効果スーパーバイザーとして参加し、ハリウッドで撮影されたこのSF大作。外観はほとんど「アメリカ映画」といっても過言ではないのですが、学研とNHKエンタープライズ他、数社の日本企業が共同出資して製作した、れっきとした日本映画なのです。
 しかしこの作品、国内興行成績が14億円と製作費に全然及ばず、アメリカでも“SOLAR CRISIS”というタイトルで全米公開されたものの、ボックスオフィス(週ごとの興行収入ベスト10)に一度か二度顔を出した程度で、トータルグロス(総収入)は1000万ドルにも満たなかったのです。

 このように、何十億という出資はリスクこそあれ、金額に見合った利益を得ることなどできず、これら大作群もバブル経済期の徒花として、映画史の片隅にひっそりと付記されている次第なのです。

■『七人の侍』が邦画史上最高額?


 そんなビッグバジェットの作品群を並べた手前でナンですが、前回のハリウッド映画同様、その時代当時の貨幣価値や物価レートの差異を考慮すると、一概には「これが最高額だ!」と言いきれない部分もあります。
 たとえば、昨年亡くなった黒澤明監督の不朽の名作『七人の侍』(監督/黒澤明)。この作品は昭和29年の製作当時でおよそ2億4000万円の費用が投じられましたが、これは現在の物価レートで換算すると約50〜60億円に相当するとも言われますし、大映が製作した日本初の70ミリ映画『釈迦』(61年・監督/三隅研次)は当時で5億円という巨費が投じられ、これも現在のレートで換算するとおよそ70億円はかかるだろうという見積もりが試算されています。
 またシリーズを通して平均的に製作費が高い東宝のゴジラシリーズも、これに準じて見直した場合、近年の『ゴジラVSキングギドラ』(監督/大森一樹)や『ゴジラVSデストロイア』(監督/大河原孝夫)よりも、昭和29年の第1作『ゴジラ』や昭和39年の『キングコング対ゴジラ』(共に監督/本多猪四郎)のほうが遥かに高製作費であるという目算です。

 しかし、これらの例もあくまで日本映画産業が華やかだった頃のこと。現在は年々物価が上昇しているにも関わらず、1980年代あたりから現在まで邦画の製作費は横這い状態で、前項目で述べた製作費が平均値となっているのです。このあたり、邦画低迷の現状を如実に表しているものと言えるでしょう。



■ビッグ・バジェットの背景 〜大映の怪気炎〜


 別記してある「邦画ビッグバジェット・ベスト10」を参照してもらえばわかると思いますが、ここに挙げられた10本の作品のうち『敦煌』『おろしや国酔夢譚』『もののけ姫』『となりの山田くん』の4本は、大映製作の作品です。
 昭和46年に豪放経営がたたって一度は倒産したものの、昭和49年に徳間書店グループの系列会社として経営復帰した大映は、徐々に膨らむグループ資本力に比例するかの如く、製作される映画も「大型化」し、80年代後半から90年代初頭には『敦煌』や『おろしや国酔夢譚』など、およそ日本では実現不可能と言われた破格のビッグバジェット・ムービーを世に送り出しました。
 また不況の近年にあっても『となりの山田君』(監督/高畑勲)にアニメ史上最高額の23億円という製作費を出資したり、『ガメラ3・邪神(イリス)覚醒』は前作、前々作が興行的に奮わなかったにも関わらず、シリーズ最高額の15億円が投入されたりと、縮小されつつある映画製作予算のなかで、独自に高製作費を維持しているのです。

 これはなにより徳間書店グループの代表取締役社長であり、大映映画の製作総指揮を担う徳間康快氏の「大作指向」という性格も色濃く反映しています。あの『大魔神』を日米合作で製作するという話や、故ダイアナ妃をフィーチャーして『ビクトリア女王』の企画をぶち上げたりと、大風呂敷な発言で映画ファンをヤキモキさせる氏ならではの方向性には、是否こそあれ瞠目せずにはおれません。
 今年も『もののけ姫』に続いて23億円のビッグバジェット・アニメ『となりの山田くん』(監督/高畑勲)を公開するなど、大映の高製作費傾向、今だ衰えを知らないようです。

■製作費に絡む前途多難な映画たち


 しかし、そんな大映の怪気炎とは裏腹に、バブル崩壊後に押し寄せた不況の波は映画界全体に大きな影を落としています。大手3社のうち、松竹は松竹系劇場のブロックブッキング(自社配給と劇場興行が一体となって上映プログラムを組む)の解体に併せ、事実上「自社映画製作の縮小化」という経営方針を発動させましたし、東映も映画製作配給部門においてはおよそ17億円の赤字を抱え、大幅な黒字経営は東宝のみという厳しい局面を迎えています。

 そんな不況のなか、ビッグ・バジェットが足かせとなって製作が暗礁に乗り上げ、今だ産声をあげることが出来ない映画が幾つか存在するのです。

『日本沈没1999』(監督/大森一樹)は、過去に東宝で映画化された小松左京のSFベストセラー『日本沈没』を、時代設定を70年代から現代に変えリメイクするVFX大作で、製作費は12億円を計上。来年の正月公開を目指して製作が動いていたのですが、前述したように製作・配給元である松竹の製作縮小のあおりを食らい、製作見直し(事実上の製作中止)となってしまいました。
 ただ、この企画は政府の助成金を受けているので、製作は今だ継続しているという情報もあるのですが、松竹にとっては今や12億円という金額を捻出するのも容易ではないことではありません。

 そんな松竹は、以前にも司馬遼太郎原作の『関ケ原』を製作費30億円で製作するという企画もあったのですが(ちなみに監督は『バウンスkoGALS』の原田眞人)、企画立案当時のプロデューサーであった奥山和由の松竹解任により、実現には至りませんでした。それでも奥山氏は自らの製作会社を設立し、そこで『関ケ原』を引き続き検討しているという話ではありますが、やはり大きなネックは製作費になるだろうと思われます。

 同じく、24億円という製作費が計上されていた『G・R・M ガルム戦記』(監督/押井守)も、現在製作が頓挫しています。
 一昨年、バンダイビジュアル(株)が「デジタルエンジン・プロジェクト」と題し、映大友克洋監督によるアニメーション作品『スチーム・ボーイ』と同時に製作発表をした大作映画で、アニメーション・特撮・CGのミックスメディアで新しい視覚体験を標榜した本作は、海外市場における押井守監督のネームバリューを念頭に置いての予算計上で、海外資本の参入あればこそのビッグバジェットに他なりませんでした。
 しかし、アメリカ公開の配給先(一説にはパラマウント)が脚本のリライトを幾度も要求し、出資を渋っているという話もあり、そこから派生する資金難で製作が難航しているということです。
 同じく『スチームボーイ』も製作費が16億円と『G・R・M』に引けをとらないアニメ大作ながら、絵コンテの遅れなど様々な製作難が噂されながらも、やはり実際は資金調達難からくる製作一時中止という事態に陥っているようです。
 いまのところ「製作中止」の公式声明は両作品とも出ていませんし、テストフィルムを観る限りではヴィジュアルの感触も大変素晴らしいので、なんとか完成にこぎつけてもらいたい作品であります。




■「映画は妥協の産物」


 ハリウッドの女プロデューサー、ゲイル・アン・ハードは、かってこのような至言を口にしました。
 B級映画の王ともいえるロジャー・コーマンのもとでロウ・バジェット(低予算)の極意を学び、当代随一のビッグ・バジェット監督ジェームズ・キャメロンの財布を預かる彼女ならではの言葉には、
 
「映画にはお金を無尽蔵に費やすことができる。だからどこかで折り合いをつけなきゃキリがない」
という字義以上の意味を受け取ることが出来ます。これはまさに映画を製作するものなら、誰もが共通の訓戒として心にしなければならないのでしょう。

 今後も映画は数限りなく我々に供給され、そのなかにはまた驚くようなビッグ・バジェットで作られる映画も出てくることでしょう。
 金はあるにこしたことはない。しかし、フィルムメーキングに直接関係ない部分で金が浪費されても、観客にとっては面白くもへったくれもありません。スクリーンを彩る重要なファクターとして製作費が有効利用されてくれれば、その高低でアレコレ面白おかしく語られることもなくなるのではないでしょうか。

 文章の行きがかり上、なにやら教条的な“締め”になりましたが、映画の製作費についてのあれこれ。少しは理解をいただけたのではないでしょうか。

(取材協力:東宝(株)宣伝部/大映(株)宣伝部)




日本映画ビッグバジェット・ベスト10(1999年当時)

【1】クライシス2050('90)   70億円
【2】天と地と('90)        50億円
【2】落陽('92)          50億円
【4】敦煌('88)          45億円
【5】おろしや国酔夢譚('92)    25億円
【6】乱('85)           24億円
【6】復活の日('80)        24億円
【8】となりの山田くん('99)    23億円
【9】もののけ姫('97)       20億円
【9】北京原人WHO ARE YOU?('97)20億円





 記事を上梓してから4年、日本映画は本文中にも書いた低落状況が現在も尾を引いている。そのような現状下で大作乱造は当然あるワケもないのだが、ひとつレコードが大きく更新された。
 まず国内資本、ならびに国内・海外スタッフ/キャストでのビッグ・バジェット作品は、『ファイナル・ファンタジー』が1億3700万ドル(約163億円)として圧倒的首位に躍り出た。本作はスクウェアの単独出資なので、その後の大火事はみなさんよくご存じだろう。
 一方、国内資本、国内スタッフ/キャスト中心による日本映画だと、最大のものでも篠田正浩監督の引退作『スパイ・ゾルゲ』(20億円)くらいに留まる。ちなみに『ゴジラ』シリーズは1999年の『ゴジラ2000ミレニアム』から2002年の『ゴジラXメカゴジラ』まで、10億円バジェットで定着している。

 いっぽう【大映の怪気炎】で触れた大映は現在、角川書店に全営業権を買収されて角川大映となり、黒井和男社長の口からも幾つかのビッグバジェット案は出ているが、永田・徳間の頃のような大作主義には至りそうもない。

「前途多難な大作映画」のその後だが、『スチームボーイ』はようやく2003年秋の公開が決まったが、製作費が20億円に膨らんだという話。世界市場に出せる強みを考えれば、この数字はそう大きくないだろう。
『ガルム戦記』は残念ながら企画が棚上げになったものの、押井守監督はその後『アヴァロン』(製作費6億)、そして『攻殻機動隊』の続編にあたるアニメ作品『イノセンス GHOST IN THE SHELL』(製作費10億)の2004年公開と、フィルモグラフィを積み重ねてきている。
 ちなみに『日本沈没1999』は、沈没しちゃいました。大森一樹監督とはこの幻の作品の全貌を聞くためにコンタクトを取っていたのだが、『T.R.Y』の撮影に入ってしまい頓挫。死んだ子の歳を数えるようだが、やたら気になるプロジェクトだったのでぜひ全貌を明かし、どこかに発表したい。



(初出誌 ワールドフォトプレス『メンズプライスマガジン』1999年6月号 に加筆訂正)








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