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 『天道家の人々』 シーン13


 夏の、まだ日射しも強い昼過ぎ。カーテンを閉め切った猫飯店の厨房の中は、薄暗かった。そして蒸し暑かった。
 単に窓を閉めているだけでも暑いというのに、厨房のコンロの蒸し器からは、蒸気が立ち上っている。その蒸気で厨房が満たされつつある。
 そんなやけっぱちのようなコンロの傍らで、シャンプーは拳を膝に置いて座っていた。額に浮かんでいる玉の汗を時折拭いながら、やや前屈みに壁の時計をのぞき込む。視線は蒸し器と時計とを往復していた。
 蒸し器の中で蒸されたいるのは肉まんである。
 隣のまな板の上に肉まんの材料が整然と並んでいる。が、その中にひとつ、目を引く物体がある。
 それはまな板の端から転げ落ちそうになっている、真っ二つに割けた男性器、に似た茸。
 目の前に差し出されたなら、赤面せずにはいられないその形状は、恥ずかしいまでに勃起状態のものである。もはや、似ている、という範疇を超えてしまった生々しさ故、誰かが作為的にこしらえたものだとしか思われないが、これはまぎれもなく天然の茸なのである。
 もっとも非常に珍しい品種であるから、生涯目の当たりすることなどないのが普通だ。
 この茸は、中国の冗談みたいに高い山のかなり尖った山頂近くの年中濃霧警報みたいな窪地の沼のほとりあたりで、気まぐれに発見される以外には人目に触れることがない。
 それもあって、この茸に潜む特殊な成分の本質を知る者は皆無である。
 価値を知らない者は、単純に見たままの滑稽品としての価値しか見出さない。その価値とて、使い道の少なさ故、たいしたものではない。宴会の小道具としても脇役中の脇役。時に穴馬。
 ところが、価値を知る者にとっては、金塊に匹敵する価値に化ける。
 となると、価値を知っているものが独占してしまいそうなものだが。茸は、知らない人の前にはたまに姿を見せるが、知っている人の前には滅多に姿を見せない。それまでちょくちょく見つけてた人も、価値を知ってしまうとたちまち出会わなくなる。
 形状も群生場所も謎に満ちている茸なのである。
 そんな茸をシャンプーは旅の行商人から買い取った。行商人は茸の価値を知らない人間であったのと、このところの強烈な円高の恩恵で、思いの外安く手に入れることが出来た。
 無論、茸の隠された効用を知っての購入である……。
 時計を見たシャンプーは立ち上がり、蒸し器の蓋を開けた。
 むあっ、と湯気に隠された肉まんは、ぷりぷりと張りつめた表面を艶やかに光らせている。
「フフ」
 湯気の切れ目からシャンプーの笑みが見えた。
 肉まんは蒸し上がった。


 かすみは、洗濯かごを抱えたまま立ち止まった。
 門前に、誰かが立っている気配を感じて。
 ……気配は動きだした。門をくぐって敷地の中に入ってきたらしく、土を踏む音が聞こえる。
 天道道場には時折、妙な客がやってくる。なぜかその多くが変態で、訳が分からない輩が目立つ。
 いま、天道道場内にいるのはかすみ一人だ。
 面倒な客でないこと期待するような不安げな表情で、かすみは物干し場から顔を出した。
 八宝斎がどこかへ出掛けたのを好都合に、三姉妹の下着を洗濯していたのだが、こうなると八宝斎でもいるほうがありがたい。と、かすみは心の端っこで思った。
 入ってきた客を見たかすみの表情は、まず安堵に包まれ、少し遅れて戸惑いの色を帯びた。
「え、乱馬くん」
 かすみの視線の先には、服をびしょびしょにし、髪からズボンまで濡らしたらんまが立っていた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと濡れちゃって。ヘヘ……」
「……ぃぇ、どうして、ここに?」
 かすみはにっこり笑顔の疑問形で問いかけた。
 らんまが水に濡れていることなどは疑問の対象ではないということだ。
「えっ、あ、ああ。退院したから」
「…………。
 そう……。じゃあ、あかねとすれ違いねえ」
 かすみは頬に手を当てた。
「ん? あかねがなんか?」
「ええ、乱馬くんのお見舞いに、行ったの。ついさっきなんだけど」
 あっちゃあ……。と、らんまは肩を落とした。
「でも、こんな時間なのに、なんで? あかね学校休んだ?」
「ほら、今日は創立記念日よ」(※)
「あ、そうだっけ」
 意味もなく校長の笑顔がらんまの頭には浮かび上がった。Hahahaha!の声付きで。
「それで、もう体の方は大丈夫なの? 乱馬くん」
 洗濯かごの中で丸見えになってる下着をちょっと奥に押さえつけながら、かすみはらんまの体を見下ろした。
「え、ええ、まあ。まだなんか腹の奥が、体捻ったりすると痛いんスけど。普通にしてる分にはなんとも」
 そう言い、男らしさゼロパーセントの手つきで腹部をさするらんまの背後で、ガッと木が音を発した。
 らんまは振り向き、かすみは顔をあげた。
 チリンチリンチリーン
「乱馬ぁ〜」
 らんまの肩越しに手が現れた、すぐに自転車に乗ったシャンプーの笑顔も見えた。
 キキキッ
 勢いよく自転車を止めたシャンプーは、らんまに飛び付いた。
「捜したあるよ乱馬ぁ〜」
 らんまは腰に力を入れつつ半歩後退した。
「乱馬、これ食べるね」
「い、いきなりなんだよっ」
 シャンプーはおかもちを手に取り蒸篭を取り出した。それをらんまの鼻先に近づけてから蓋を取った。肉まんが美味そうな匂いの湯気を立てる。
 ほわほわほわ。
 ……ごくっ。らんまの喉は反応した。病院の薄味食事で仕事のやる気を失っていた舌も反応した。
「ささ、早く」
 らんまは手を伸ばした。だがすぐに引っ込めた。
「急に、いきなり、肉まんなんて。なんか、へんなものとか入れてないよな? まさか」
 痛い経験がらんまの体内で警戒警報を発する。
「だいじょぶね。うそ思うなら、わたしいっしょ食べるあるよ」
 大きく頷いて言ったシャンプーは、二つある肉まんの片方を取った。
「ちょっと待て、念のため俺はそっちを食う」
 らんまはシャンプーの手から肉まんを奪い取ると、すぐに口に含んだ。もぐもぐ、んがんがっ。
「疑うよくない」
 と上目使いで言いつつ、シャンプーの口元はじわあっと緩んだ。
「ぷっはあ、美味えなやっぱ。実は今日まだ何も食ってなかったんだ。助かったぜぃ」
「よれはよかたある。フフフ」
 らんまは不自然に顔を近づけきたシャンプーの笑みを見て笑顔を消した。
「ささ、場所を変えるある」
 シャンプーはらんまの手を掴んだ。
「おい、やっぱなんか企んでるな」
「企む? とんでもないね。乱馬が正直になるだけのこと」
 シャンプーは再びらんまに顔を近づけた。
「だっ、なんだよ」
 シャンプーの暖かい息を頬に受けて、らんまは体を固くした。
「早く男的乱馬に戻るね」と言ってシャンプーはらんまの手を一層力強く引いた。
「だぁ!(ちらっ。……かすみさんじっと見てるしっ)離れろ!」
 らんまは足を突っ張って手をぶんぶん振った。
 シャンプーは手を離した。反動でらんまはよたよたと後退した。
 シャンプーの表情が次第に変化した。それは引きつった真顔である。
「乱馬、わたし見てなんともないあるか? ほらっ、わたしっ」と、らんまの顔を覗き込んだ。
「ないよ! って、その口ぶりっ! やっぱしなんか仕込んでやがったのか! ……ったく! いいかげんにしろよな!」
「もう一度、ちゃんと見るね!」
「んあ?」
 らんまは渋々といった顔でシャンプーを見た。
「どうある?」
「どうもこうもねえって言ってんだろ?」
「うそある!」
「俺は早く風呂入りてえんだ。もういいだろ」
 らんまは身をひるがえし、母屋の方に向かって歩き始めた。
 シャンプーはらんまの後ろ姿を見つめながら、口元をヒクヒクさせていた。
「ユイチンロン、騙されたっ!」
 憎々しげに歯を噛みしめ、隣に視線を移した。かすみが立っている。
 シャンプーはまだひとつ肉まんが残っている蒸篭をかすみに差し出した。
「新製品ある、ご賞味あれ」
 そう言うが早いか踵を返し自転車に跨った。跨ると同時に土埃を舞い上げるほどの加速で発進し、一気に小さくなって道場の門の向こうに消えた。
「ありがと……」と、言いかけていたかすみは、取り残された。
「あら」
 かすみはふと、足下に、シャンプーが落としていった紙の切れ端を見つけて拾った。
 変色している紙は手漉きの古いもので、墨で書かれた字は極度に崩した書体であった。雰囲気からして漢字であることは分かるが、専門家でもなければとても読むことは難しい。
「欲? ……情……?」
 かろうじて読める気配の最初の行の字を目で追ったかすみも、間もなく読むことを諦めた。
 紙切れを折り、エプロンのポケットにしまい込んだあと、両手の洗濯かごとシャンプーの蒸篭を交互に見つめた。
 洗濯の途中で手にした肉まん。独りの昼食なら、自分で食べよう。となんとなく思う。
 かすみの家事はまだまだ続く。
「わたしもねー」
 いきなりかすみはつぶやいた。
 高校生だったのが、つい最近のことのように思い出される。
 過去を思い出している間に流れていく現実の時間に気付いたとき、いたたまれなくなって適当につぶやく言葉がある。なぜかそれが「わたしも」で、だからといってそれに続く言葉は頭の中にも浮かんでこない。そこで終わり。
 かすみは深呼吸して空を見た。
 八宝斎が帰ってくるまでに洗濯を終え、あかねが帰ってきたら買い物に行こう。


 らんまは濡れた足でペタペタと廊下を歩き、風呂場へ向かっていた。
「あー、風呂ぉ〜」
 濡れた服をつまむ。濡れた服はびったりと皮膚に張り付いて不快だ。特に胸に吸い付いた布の居心地の悪さが堪らない。
 フヒヒンッ
「ん?」
 らんまは僅かな音に耳を傾けた。すぐに音の正体が、黒子豚Pの鳴き声だと理解した。足を止めた。
 Pの声がしたのは居間の方である。
 らんまはそうっと足を進めて近付き、首を伸ばしながら居間をのぞき込んだ。
 座卓の陰にPらしき黒い物体があった。
 Pはモゾモゾ動いている。
《なにしてんだ? 良牙のヤツ》
 らんまは息を潜め、Pの動きに注目した。
 少し腰を屈め、視線を低くする。
 座卓の足が邪魔でしっかりとは見えないが、どうやらPは白い布の上で寝そべっているみたいだ。
《ん?》 
 動きからしてそれは単に寝そべっているだけではなく、頬ずりしたり、手足で押したりもしている。
《もしかして、あの白いの、パンツじゃねえか?》とらんまは思った。途端、胸に煮えたぎる熱い感情が芽生えた。すぐに熱は頭に昇り始めた。
《パンツ……》
 パッと、閃光のような映像が、らんまの頭を駆けめぐった。それは、あかねがパンツを脱いで、少し持ち上げた足から抜き取った映像だ。
「良牙! おめえ!」
 一気に居間に駆け込んだ。ドタタッ
 ピヒーッ
 Pは振り向いて鳴き、同時に走りだした。が、白い布に足を取られてつまずいて、畳に鼻を打ちつけた。
「ビフッ」
 横に転がったPの腹がちょうど天井を向いたところで、らんまの手がPの胴体を捕らえた。
「お、おめえ!」
 Pの隣に落ちている、Pと同じくらいの白い布を見た。改めて間違いなく、その白い布はパンツだった。それは洗濯した後のものではなく、これから洗濯するべき薄い汚れを含んでいた。
「くそっ」
 手に力を加える。
「ビヒーッ」
 Pの胴に食い込んだ指が、さらに深く、肉に埋まる。
「ブビビィ!」
 怒りの形相でPを睨み付けていたらんまは、少し手の力を緩めた。
「まあ、ブタ相手に本気になっても大人げねえ」
 らんまは顔の高さに持って来たPを睨み付けた。
「今後、またこんな真似してみろ。絶対に許さねえぞ。いいな!」
 らんまはPを持ったまま腰を屈めてパンツを拾い上げ、Pに示した。
「変態みたいなことしやがって。……いいな、もう一度言うぞ。今度、あかねのパンツを盗んでこんなことしてみろ。タダじゃおかねえぞ。パンツだけに限らず! 一切、無暗にあかねに近づくんじゃねえ」
「ピフピフ!」
 Pは頭を振った。
「あんだ? 文句あるってのか?」
「ブヒヒブヒブヒ!」
 Pが身をよじり、らんまの手から抜け出た。そしてそのまま駆け出し、廊下に出た。
「おい、わかったな! 良牙!」
 らんまはPの後ろ姿に言葉を浴びせた。逃げたPを追いかける意志は無かった。
 Pが消えたのを見て、らんまは風呂場に向かった。
「ったく、良牙の野郎……」
 そう呟き、手の中のものを見た。
 先程拾い上げたパンツが、手の中で丸まっている。
 わっと悲鳴を上げんばかりに、咄嗟に放り投げた。
 ポフッと、丸まった白い物体が座卓の上に転がった。座卓の上でパンツはゆっくり形を崩し、広がった。
 机の上に、不似合いなものが置かれた状態になった。机の上にあるパンツは、妙なところに紛れ込んでしまった……と言いたげな雰囲気だ。
 らんまはすぐにパンツを拾い上げた。
「……」
 らんまの体に小さな性欲の火が点った。
《なに考えてんだっ、俺は》
 自分の欲望を揉み消すように力を入れて握ると、手の中にほとんどすっぽりと収まってしまうかと思えるほどに、それは小さく感じられた。
《それによ……よく考えてみれば、これがあかねのだっていう根拠はねえわけだしな……ってあかねのならいいってわけじゃっねえねえねえ!》
 思い浮かぶのはかすみとなびきの顔。
 拳の中で、三人の姉妹の顔が明滅した。
 ドタドタドタッ
 廊下で物音がした。らんまは慌てて、パンツを上着の下に隠した。
 半裸の良牙が姿を見せた。
 良牙は腰にタオルを巻いただけの格好だ。
「誤解すんじゃねえぞ乱馬!」
 いきなり怒鳴ったその内容に、らんまは意味を理解しなかった。
「あん?」
 らんまは別に自分が盗んだ訳でもないパンツを、腹に隠している違和感の方が重大だった。
「だ、だから……。俺が、あかねさんのパ、……を盗んだとかなんとか! 俺はんなことしてねえ!」
 やっと、良牙の言いたいことが分かった。
《いいわけしやがるってのか、良牙》
「へっ、じゃあなんでよ、こんなところにパンツがあんだ? ええ? おい!」
「そんなこと俺が知るか! とにかくっ、俺は盗んだりしてねえんだ!」
 良牙の息は荒い。
《え! ホントか?》
 もし本当に良牙が盗んでいないとすると、らんまはばつが悪い。
《いや、盗んでない……としてもだ》
「け、けどおまえ、頬摺りなんかしてたじゃねえか!」
 まだ良牙の方が分が悪いはずだった。
「うっ、そ……それは……」
「そ、それみろ! 同じことだろ!」
 盗んだことと頬摺りしたことは同じではないが、良牙は反論しなかった。
 らんまは止めの言葉を発しようと、思考を巡らせた。が、適当な言葉は見つからなかった。それは良牙も同じらしく――無論良牙としては反論の――、お互いタイミングを見計らいながら言い出せず、結局沈黙する格好になった。
 らんまは横目で良牙を見た。
《え、良牙……》
 目の前の良牙がいつになく弱々しく見えた。
 小さいというか、なにか泣き出しそうな雰囲気があった。
 良牙は唇を噛んで床に視線を落としていた。
《……》
 なんだか良牙が可哀想に思え始めた。
《もとはと言えば……俺の方がこっそり良牙を見たんだよな。誰だって、やっぱし一人の時なら。そんくらい、なあ》
 感情はまとまらないが、自分が人の行動を盗み見たのだ、という結論ははっきりした。
「なあ良牙、おまえ、もっと自分に正直になったほうがよくないか?」
 良牙は顔を上げた。
「どういうことだ」
「……ちょっと、話しようぜ」
 らんまはそう言って、良牙に歩み寄った。
「そんなカッコじゃ、かすみさんが洗濯から帰ってきたらバカみたいだからな。風呂行こ」
 そして、らんまは良牙の手を握った。
《え?》
「な、なんだよ! らんま」
 良牙はらんまの手を振り解いた。
「……」
「びっくりするじゃねえか」
「あ、ああ……すまん」
 らんまは謝るとすぐまた良牙の手を取った。
《な、なにやってんだ俺は! なんで良牙の手なんか握ってんだ! しかもなにドキドキしてんだよ! バカ!》
「……」
 今度は良牙が黙った。黙って手を振り解かなかったので、二人は手をつなぐことになった。
《離せよ良牙! おい!》
 二人は顔を合わせた。非常に雰囲気としては最低だ。
「ま、まあ、たまにはいいじゃねえか。ヘヘ」
 自分で言ったことだが、らんまは《なにがいいんだ?》と自問した。自分がわからない。
 らんまがノブに手をかけ、ドアを開け、良牙も続いた。良牙が入ると、らんまはドアを閉めた。
 カチャ
 ドアが閉まる音がやたら大きく感じられた。
 静かな、異様に静かな空気が、二人を包んだ。二人は手をつないだままだった。
《う〜、なんだっ、この静けさはっ。しかもなにっ、この胸の高鳴りはっ。アホか俺! ……だいたい良牙のヤツはなんで俺が手をつないでるのに抵抗しないんだ? もしかして、これが普通だったか? ええ? いつもそうだったのか? おい!》
 らんまは横目でチラッと良牙を見た。
 良牙も横目でらんまを見ていた。
《良牙のヤツ、変だよ!》
 らんまは目を強く閉じ、奥歯を噛んだ。
《おちつけ、おちつけ。相手は良牙じゃねえか》
 らんまの悶絶は無言のまま一分に及んだ。
「は、はなしって、なんだ、乱馬」
 手をつないだままで続く沈黙を破ったのは良牙だった。言ってから半歩らんまから離れた。
「あ、ああ。ご……めんな、良牙」
「え?」
 らんまは良牙の顔を思い切り見つめた。
「さっき、変態扱いしちまってさ」
「なんだよ……」
 話を始めたらんま。良牙はもぞもぞと動き、手も離そうとしたが、らんまは離さなかった。
「おい乱馬、なんで俺の手を持つんだ? いい加減離せよ、気色悪いっ」
 良牙は強く手を引いた。
「い、いいじゃねえか別に」
「いい!? ……って。お前、変だぞ」
「どこが?」
 らんまは良牙を見上げる。
「いや、な、なんか。なんとなくだけどな、女っぽい……というか」
 良牙の表情は照れと警戒を含んだ。
「そっか。だって、いま俺女だしな。ハハハ」
「お前っ……自分を女だと認めるのか?」
「だって、女じゃねーか。ほら」
 らんまは握っている良牙の手を、自分の胸に押し当てた。
「やめろって!」
 すぐに良牙は手を引き戻した。
「だから、そういうのが、正直じゃねえって言ってるんだよ、俺は」
「お前、ホント、おかしいぞ。ぜったい!」
「パンツなんか盗んでないでよ、好きな人とかいるんだろ? 恋愛しろよ」
「盗んでない!」
 良牙はパンツ泥棒疑惑はあくまで否定する。
「じゃあ、お前、これが、誰のパンツか知りもしないで、こんなことしたのか?」
 らんまは上着の下から、パンツを取りだした。そしてそれに頬摺りして見せた。
「ちが……」
「違う?」
 頬摺りの件を持ち出されると、良牙は途端に大人しくなる。
「じゃあ良牙。これが、俺のパンツだったって言ったら、お前どうする?」
 らんまはパンツを良牙の目の前に差し出した。
「そんなわけねえだろうが」
 良牙の声は小さかった。
「もしも、だよ」
「もしもでもない」
「……そうかな?」
 らんまは良牙から手を離すと、ズボンに手をかけた。腰の紐を解くと、スルスルっとズボンは一気に足下に落ちた。
「な、なにを」
 らんまの黄色のトランクスを見て、良牙が身を固くした。
 らんまはトランクスにも手をかけた。そして一気に脱いだ。
「わっ」
「ヘヘヘ」
 露わになった部分を隠そうともせず、らんまは良牙に笑顔を向けると、パンツに足を通して持ち上げた。
「ほら、これで俺んのだ」
 らんまは仁王立ちになって良牙に見せたが、良牙は顔を背けていた。
「俺のパンツにも、頬摺りしてくれるのか? 良牙」
「なな、なに言ってンだ乱馬。ふざけるのもいいかげんにしろっ!」
「俺のはイヤか?」
 らんまはいたずらっぽく笑みを浮かべた。
「……い……いや、だ。絶対にいやだ」
「ぜったいイヤ? ぜぇ〜ったいに?」
「乱馬、おまえまたそうやって、俺のことからかって、楽しんでんだろ!」
 良牙はらんまの肩を押して無理矢理手を引き離した。
 どすんっ
 飛ばされたらんまは尻餅をついた。
「ちぇ。ホント俺のはイヤなんだな」
 良牙は赤くなった顔で壁を見ていた。
「あ、じゃあ良牙、これ穿いてくれ」
 らんまは尻餅をついた体勢のまま、ちょうど手に触れていた自分が脱いだトランクスを拾い上げた。
「ああ?」
「これもイヤ?」
「あったりめえだ!」
 らんまは微笑んだ。
「だけどよぉ、おめえ、パンツ穿かなくって大丈夫なのか?」
「なにが!」
「う〜ん? 別にぃ」
 らんまはのっそり起き上がった。
 ……
 ダッ
 良牙に飛び付いた。
「乱馬!」
 良牙は絶叫に近い声で叫び、股間を左手で押さえた。
 タオル一枚のその下で起きている現象は、あまりに明白であった。
 らんまは良牙の腕に抱きついた。
「なあ良牙。お前まだ、したことねえんだろ?」
 良牙の耳元で囁いた。
「なにが……」
「俺がしてやるよ」
 らんまは良牙の体を滑り降りるように下に移動した。股間を押さえている良牙の手の前に顔を近づけてから、見上げた。
「隠したって、ばれてるぞ」
「……」
「ほら、手を離せよ。タオル取ってくれ」
「じょ、冗談じゃねえ」
 タオルはすでに外れかかっており、ほとんど良牙の手だけで陰部を隠している状態だった。
 らんまは良牙の手に舌を伸ばしてチロチロした。
「手が邪魔だよ、良牙」
「いやだ」
「もー、恥ずかしがるなって!」
 らんまは良牙の二本の腕をそれぞれ掴み、観音開きのように少しだけ開帳した。
 タオルを握り締めた良牙の手の横で、張り詰めた肉の塊が弾んだ。
 らんまは良牙のものを見た。
 良牙のものは、大きさは大人だったが、まだ頭の部分が完全に露出してはいなかった。
《ああ、良牙の》
 良牙の勃起した、まだ幼さの残るペニスの前に、らんまの顔が近づいた。
「おい乱馬! あ、ああああ……」
 らんまは控え目に口を開き、キスをするようにペニスの先端部分にまず唇を触れさせた。そして舌で先端を受け止め、徐々に口を大きく開いた。
 顔を進める。
 ヌヌヌッ
 らんまは全てを口に含んだ。
「うわぁ!」
 良牙の声は、半分奇声だった。
 らんまの顔が自分の股間にくっついているのを目撃した良牙の目は異様に開かれていた。そして声にならない声で二度三度喘いだ。
「なななな、なにやって!」
 良牙は腰を引いた。だがすでにらんまの両手が尻まで回って動きを押さえつけている。動くには動けても、らんまとの距離は少しも離れない。
「やめっ!」
 良牙はらんまの顔に手を伸ばした。らんまの頭を掴み、押した。
 しかしらんまが口の吸い付きを強めると、その力は静かに弱まった。
 ジュルッ、ジュル
 口に含んだ一瞬、味はしないと思われたが、すぐに仄かな生理的な味が喉を通った。
《あふぁ……。良牙の汗臭い、すごいいい》
 鼻から抜け出る息は男のニオイで、思わず咽せた。
《これがフェラチオ……》
 初めての行為――。脳は無意識に事実を確認した。
 らんまは口からペニスを吐き出した。
 艶やかに光るペニスに鼻を近づけ、ニオイを嗅いでみると、唾液と良牙の汗が混じったニオイがした。
 また口に含んだ。
 唇を細めてチューッと吸い付く。
 勝手に頭部が動くような錯覚。
 グニグニと舌を押しつける肉の塊。
 溢れ出る唾液を飲み干すその度に密着する良牙のペニス、そして味。
 噛み付いてしまいたいという衝動が起きると同時に、口の中、歯に当たった肉は、見た目より柔らかいものだと知る。
 良牙のがキュッと凝縮する。
 らんまは口に広がる味に快感を覚えた。
 ペニスの裏側を巻き取るように舌を動かした。舌全体で絡み付けると良牙の抵抗する力はさらに鈍った。
 パサッ
 良牙の手から、握り締めていたタオルが落ちた。
 良牙は足と腰をよろめかせた。震えながら後退して、ドンッと壁にもたれかかって静止した。
 壁で良牙の動きが止まったのを確認すると、らんまは動きを激しくした。


 良牙はらんまを見た。
 らんまの口の中に自分のものが入っている。それは信じられない光景であった。だが、股間にじわりじわりとこみ上げてくる感覚は疑いようのないものだった。
 らんまの強く絞めた柔らかい唇が敏感な肌の上を何度も往復している。視覚の刺激も加わり、いよいよ高まる興奮が現実になった。
「うう……ふー」
 良牙の喉の奥から声が漏れた。良牙は天井を仰いだ。
 いつの間にからんまの頭の上にのせていた手に力が入る。曲げた指先がらんまの髪をなでた。
《うううっはあっ、らんま》
 らんまの口の中の感触は、初め生暖かくて単にくすぐったいだけであった。それが一旦その刺激になれると、みるみる快感に変わっていった。
 目を閉じて局部だけに意識を集中すると、微妙な舌の動きが感じられた。
 ズッチュチュ
 らんまの吸引で、口の中にずるずると下半身が吸い込まれていく。睾丸の裏に快感の電流が走る。
 吸い付きが限界に達したとき、ブッ! と大きな音がした。らんまの唇とペニスとのわずかな隙間を、空気が素早く流れた音だ。
 静かな空間にその音は非常に恥ずかしく聞こえた。
 らんまは何度も、遠慮なく繰り返し音をたてた。その度にそれは振動になって良牙を刺激した。
 先端がらんまの喉の奥まで到達すると一旦吐き出される。だがその時もらんまは吸引を続けていた。
 吸い付かれると尿道がピリピリと震え、すぐにでも射精してしまいそうになる。
「んなはっ」
 堪らず良牙は自ら腰を突き出して刺激から逃れた。
 ググッとした感覚で、らんまが口の中に溜まった唾液を呑み込んだのが分かる。
 次の刺激は舌だった。
 らんまの舌がペニスの先に触れて亀頭を這った。しばらく突っつくように動かしていたかと思うと、徐々に皮と亀頭の隙間に舌を差し込んできた。
「んっ」
 らんまの舌で亀頭を覆っていた皮が捲り取られた。
《んんっ、そんなっ》
 汚れを懸念する声が思わず漏れそうになる。
 抵抗することを迷っている暇もなく、段差になっている部分を、らんまの濡れた舌が執拗にゆっくり密着を保ちつつ一周した。
 尿道から射精にも似た勢いで透明の液が溢れたのがわかる。
《あああああっ、らんま!》
 ツ……チュッチュッ
 柔肌の亀頭が完全に露出された。敏感な肌が受ける快感は、一気に数倍にはね上がった。
 らんまが咀嚼するようにもごもごと口を動かしている。歯が触れたかと思えば、舌に包まれ、また唇で擦られる。
《らんまっ》
 熱い血流が、アヌスとペニスを直線で結んだ中間の辺りで激しく渦巻いた。
「うっ……」
 射精が意識され、良牙は自分をごまかすように小さく声を出した。
 はちきれそうな亀頭に粘り気のある舌が巻きついた。
 ここで目からの刺激を加えると、もう精液の噴射を堰き止めることが出来なるのではないかという恐れを感じながら、それでも良牙は、視線を下に向ける……らんまを見たいという誘惑は押さえられなかった。
 そっとらんまを見た。らんまは小鼻を膨らませて顔を揺らしていた。
 両手で良牙の腰をつかみ、獲物を捕らえた格好で陰部に顔を埋めて、顎を右に左に動かしている。顎の左右への揺れは回転する動きとなって、良牙を高いところへ導く。
 良牙は目を見開き、らんまの顔を凝視した。
 正直に言ってこれまで何度か、らんまの何気ない仕草や笑みにハッとしたことがあった。だが実体が男でしかも乱馬であることを知っている以上は、すぐにその感情はかき消さなければならなかった。
 ところが今、らんまの方からこうして、こんなことをしてくれている。
 なぜかは分からない。だが、現実に……
 らんまは近い距離のものを見つめるぼやけた目で良牙の下腹部だけを見つめている。そのらんまの口の中に、自分のものが出たり入ったりしている。
 良牙の中で、らんまへの感情が変わりつつあった。らんまを見つめた。
 らんまが視線を上げた。目が合った。らんまの目は笑っていた。少し苦しそうではあったが、らんまも行為に興奮しているように見えた。
《らんま……。俺、お前のことマジで好きになっちまったかもしれねえ……》
 良牙の心の中を読んでそれに応えるかのように、らんまの舌が何度も強く亀頭を擦った。
《っ!》
「ぬ……はぁ」
 良牙はらんまの視線から逃れるように、上を見た。
 敏感極まる亀頭がらんまの上顎の柔らかい部分に押しつけられると、入れ替わって舌が根本に向かって伸びて来た。尿意にも似たズキズキとする痙攣が起き、睾丸が気泡を噴いたような気がした。
《どうしよ》
 チュッチュゥッ
《出そう》
 良牙は唾を呑み込み、腹部に力を入れた。


《あ、良牙ピクピクしてる。イキそうなのかなあ》
 チュプ
 らんまは口を離して顔を上げた。
「どうだ? オレうまいか?」
 良牙は目をつぶって黙っている。
 ペニスに目を戻すと唾液に濡れて光っているスジが、ヒクヒク揺れていた。
「出そうになったら出してもいいからな」
 らんまはそう言ってまた口に含んだ。
《良牙、どんなふうにイクんだろ》
 射精自体はもう何度も自分で経験しているし、目新しいことではない。だが良牙の射精が、この自分の顔の中で起きるということは、震えるほどの興奮を呼んだ。
 口に広がる良牙の恥ずかしいニオイが、もっともっと欲しい。全て飲み込みたい!
 らんまはふと、口だけの刺激では足りないのではないかと思い、ペニスに唾を乗せるようにゆっくり口から出して右手で握った。
 チュプチュプチュプ
 唾液で濡れたペニスは手の中でよく滑った。
 親指で裏側の敏感な部分を擦る。他の四本の指はむしろおまけとして亀頭の首を叩く。
 鍛えた腕が繰り出す速度と適度に加減した握力による刺激は、自分でする時のこと思い出して調節する。
 圧力を決め、一気に動かした。
 シュボシュボシュボシュボシュボッ
 唾液の透明のきらめきがたちまち白い泡に変わった。
「んおっ」
 良牙が震え、声を出した。
「良牙いく?」
 手の動きは緩めず、らんまは良牙を見上げた。
 プチュップチュチュ
 良牙は真っ赤な顔で、悲鳴を上げそうになっていた。
「いく?」
 良牙の返事はない。
 ただもう良牙がいきそうな気がしたので、再び口に含んだ。良牙は熱かった。濡れた手は上着で拭った。
《うりゃぁぁ!》
 らんまは力一杯首を振り、良牙の先端を上顎に擦り付けた。
「んっ!」
 良牙のくぐもった声が聞こえたと思った途端、口の中に熱いものが割り込んできた。
 その正体が分かるのに、一瞬の時間がかかった。
 良牙が出した。と理解した後、熱いものが精液であると分かった。
《甘い!?》
 良牙の精液は甘かった。
 口の中に精液が溜まる。良牙は小刻みではありながら激しく、腰を動かした。その度に頬や喉に、まだ精液が噴き出ているペニスが衝突する。特に喉を突かれると窒息しそうに息苦しかったが、その窒息感もまた、らんまにとっては快感の一部分であった。
 粘り気のある精液が喉の奥に流れ込んだ。
 良牙に気付かれないように飲んだ。
《あああ……》
 らんまは強烈な目眩に襲われた。
 グラグラグラと世界が揺れた。いきなりらんまの体は統御不能に陥った。
 ただ無意識に、唇だけには力を込めて密着を保ち続けた。
 鼻から吸い込む息が卑しい風の音を発しているのを、他人の事のように遠くに聞く。
 らんまの意識が薄らいだ。
 良牙の最後の極度に強い腰の一撃で、力の抜けたらんまの体は良牙の下腹部から跳ぶように離れた。
「っ――」
 良牙が差し出した手をつかもうと、精一杯手を伸ばした、つもりだが手は少しも動かなかった。
 そのまま後ろに倒れ込んだらんまは床で後頭部を打ちつけた。
「あがっ」
 ぐらりッと顎が崩れ、半開きの口から精液が垂れた。
「げほっ」
 息を吸い込んだはずみで咽せると、唾液だか精液だか分からない濁った汁が床に散った。
 らんまはピントの合わない瞳で懸命に目の前を見た。輪郭のはっきりしない良牙の顔が見えた。
《良牙? ……?》
 ゆっくりと、らんまの世界が暗闇になった。


〜つづく〜  


【※】創立記念日の設定は知らんがや。クェックク。

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