旧名:申榮逸日誌 日々感想、情報、太気拳、追想など ご意見はocean35910@mail.goo.ne.jp
申栄一日誌
9.11陰謀を表明する勇気
きくちゆみさん主宰する大阪での集会に顔を出してみた。小さな集まりでビデオ上映をはさみながら、9.11事件について様々な情報が話された。ネットでかなり情報を得ていた私には重複することが多く、その点では新鮮味に欠けたが、1点感じる所があった。きくちさんは自分の目と耳、そして頭でこの事件を吟味し、自分で感じたままに意見を表明しているということだ。そして、それがこの日本では、いやアメリカでも、ひょっとしたら世界の各地においても非常に難しいことなのかもしれない、ということだ。
話を聞いていて分かったことだが、いや、それは漠然と想像もできていたことだが、日本の多くの政治屋、及びメディア関係者など、多数の所謂知識人などとおこがましい標榜をしている人たちは、とうにこの9.11事件がアメリカの陰謀であり、自作自演であるということを熟知している。もしくは、さまざまな証拠を積み重ねて判断すれば、限りなくクロだとの心証を得ている。にも関わらず、その表明はしない、いやできないのである。なぜか。
たちまちにして自分の職を追われ、食を奪われ、社会から放逐されることになるからである。アメリカという現在世界の中であまりにも強大にして(ごく表面的にすぎず、既に凋落の傾向が甚だしいのであるが)覇権を獲得している国の犯した神をも恐れぬ犯罪、これを指弾するということは、アメリカという特殊利権と連関する道を社会的に個人的に絶たれるということを意味する。たとえば日本はアメリカの経済と密接な関係があり、アメリカが風邪を引けば日本は肺炎になると言われるほどに影響を受ける存在である。原爆を落とされて敗戦という体験をしてからこのかた、その状況は微塵も変わることがない。いわば宗主国であるアメリカの巨大犯罪を日本の政治屋が指摘するということは、まったく想定外のあり方なのである。
この雰囲気が充満している日本社会で、やはり、9.11が陰謀でありアメリカの自作自演であるということを個人的に表明することもまた、社会的孤立を意味することとなる。ほとんど発狂したのではないか、と思われることも多い。たまに日本のテレビ番組でも、9.11陰謀説を解説するアメリカのテレビ番組を放送することもあるが、一瞬の線香花火に過ぎず、人々の話題にのぼるのはほんのひとときにしかすぎない。第一、ふだん9.11の話題など皆無で、日々食うための闘いにほとんど大部分の時間を奪われているのである。関心を持続できる人々のほうがごく少数だろう。
真剣にこの問題と対峙し、さまざまな情報、資料を吟味して判断している人がいったい何人いるだろう? ほとんどの人たちはマスメディア、政府の提供する情報をうのみにしているだけである。だが、ほんの少し情報を整理して分析すれば、これほど容易に事件の犯罪性、詐欺性を関知できるものも珍しい。穴だらけなのだ。むしろ別のメッセージすら感じる。
きくちさんの集会でも発言したが、これほどバレバレの状況でも平気で実行するぞ、ということをメッセージとしているのではないか、強大な権力でもってすべてをごり押しになし崩し的に進めてしまうぞ、そういう感覚を社会に世界に示したかったのではないか、そのような疑いをも抱かせる所がある。ウソでも100万回唱えれば真実になる、これはナチスが使った手法だが、かつてナチスに痛めつけられたユダヤ人勢力が全く同じ手法を使っているのは皮肉なものだ。
私がこの事件を知ったのはテレビだった。初めて貿易センタービルが崩壊していく様を見たとき、これはかなり周到な準備を経たテロによる爆破解体だと直感した。そうか、アメリカと敵対する勢力もかなり大きなテロ実行能力を持っているのだな、何年も前から準備していたのだな、そういう感覚を持った。だが、やがて発表されるアメリカ当局の事件原因を聞くにつれ違和感を感じるようになった。どう考えても爆破以外に考えられない崩落なのにあくまでもそれを認めない。爆破音を聞いたという証言もすべて無視され、真空の中を落下するスピードで貿易センタービルが崩壊したというあまりにも常識はずれの発表がなされ、周辺の第7ビルまでもが爆破解体に超近似の状況で崩落している。その上、スロービデオで見ると、巨大な鉄骨群が丸で何十本ものワリバシがバラバラに吹き飛ばされるがごとく、ぶっ飛んでいるのである。単なる崩落ではありえない。公式調査委員会の発表には、専門家が明確な異論を唱えているにも関わらずメディアではほとんど報道されない。そういう流れを見るにつけて、ようやくこれはアメリカ本体がおおがかりに関与している可能性が濃厚だと考えるに至った。
この事件が陰謀であり、アメリカの自作自演であることの証拠は、既に現在かなり積み重ねられている。その様相は、簡単にネットで手に入れることができる。現代という時代が昔ほど簡単に市民すべてをだましきれることができなくなった、その要因の大きなもののひとつがネットだ。良心的団体が個人が、自由に意見を調査結果を分析記録を表明することができる。ほんの少し常識的分析能力を発揮すれば、真実に至る道を比較的容易に発見することができるのだ。
それでも、ほとんど多くの人はそこまでの努力を残念ながらとらない。生活に追われ、食を維持する労働に人生の多くの時間を割かれてしまうのだ。権力、支配層はそこが付け目なのだろう。メディアは権力を監視し誘導することのできる力を持っているだろうか、否それはありえない。ノーム・チョムスキーがいみじくも指摘しているように、権力はメディアを所有している。所有者である権力に対してメディアはあまりにも無力だ。9.11に対して陰謀説を唱えた多くのジャーナリストがその職を干された。良心的ジャーナリストが制作した番組、真摯に書き上げた記事の多くがボツにされた。真実が市民に伝わる道はあまりにも険しいのだ。
その中で自分が感じること考えることを自由に表明することは、かなりの勇気を必要とするのかもしれない。なにかしら仕事を下ろされる可能性、人からトンデモ人間のように思われる可能性、はては、発狂したかと思われる可能性、そういうものを覚悟しないといけない。私やきくちさんのような自由業とも言える立場の者は比較的気楽だが、会社に所属し、あるいは公的機関に所属する立場では容易ではないのだろう。だが、その難しい所をほんの少し乗り越える気持ちが大事だろう。少なくとも議論の場を持つということだけでも意識するように、一人でも多くの人が考えれば世は変わっていく。
いずれ、9.11事件については真実が明らかにされる。ケネディ暗殺事件の真相がなかなか明らかにされず、その捜査記録が何十年も封印されたように、9.11事件についても関係者が死に絶えるまで、公式調査の分野では精査を拒絶する流れが主流となるだろう。だが、少なくとも見えている人たちは声を上げ続けるべきだ。小さな声であれ、私もそれは続けるつもりである。
話を聞いていて分かったことだが、いや、それは漠然と想像もできていたことだが、日本の多くの政治屋、及びメディア関係者など、多数の所謂知識人などとおこがましい標榜をしている人たちは、とうにこの9.11事件がアメリカの陰謀であり、自作自演であるということを熟知している。もしくは、さまざまな証拠を積み重ねて判断すれば、限りなくクロだとの心証を得ている。にも関わらず、その表明はしない、いやできないのである。なぜか。
たちまちにして自分の職を追われ、食を奪われ、社会から放逐されることになるからである。アメリカという現在世界の中であまりにも強大にして(ごく表面的にすぎず、既に凋落の傾向が甚だしいのであるが)覇権を獲得している国の犯した神をも恐れぬ犯罪、これを指弾するということは、アメリカという特殊利権と連関する道を社会的に個人的に絶たれるということを意味する。たとえば日本はアメリカの経済と密接な関係があり、アメリカが風邪を引けば日本は肺炎になると言われるほどに影響を受ける存在である。原爆を落とされて敗戦という体験をしてからこのかた、その状況は微塵も変わることがない。いわば宗主国であるアメリカの巨大犯罪を日本の政治屋が指摘するということは、まったく想定外のあり方なのである。
この雰囲気が充満している日本社会で、やはり、9.11が陰謀でありアメリカの自作自演であるということを個人的に表明することもまた、社会的孤立を意味することとなる。ほとんど発狂したのではないか、と思われることも多い。たまに日本のテレビ番組でも、9.11陰謀説を解説するアメリカのテレビ番組を放送することもあるが、一瞬の線香花火に過ぎず、人々の話題にのぼるのはほんのひとときにしかすぎない。第一、ふだん9.11の話題など皆無で、日々食うための闘いにほとんど大部分の時間を奪われているのである。関心を持続できる人々のほうがごく少数だろう。
真剣にこの問題と対峙し、さまざまな情報、資料を吟味して判断している人がいったい何人いるだろう? ほとんどの人たちはマスメディア、政府の提供する情報をうのみにしているだけである。だが、ほんの少し情報を整理して分析すれば、これほど容易に事件の犯罪性、詐欺性を関知できるものも珍しい。穴だらけなのだ。むしろ別のメッセージすら感じる。
きくちさんの集会でも発言したが、これほどバレバレの状況でも平気で実行するぞ、ということをメッセージとしているのではないか、強大な権力でもってすべてをごり押しになし崩し的に進めてしまうぞ、そういう感覚を社会に世界に示したかったのではないか、そのような疑いをも抱かせる所がある。ウソでも100万回唱えれば真実になる、これはナチスが使った手法だが、かつてナチスに痛めつけられたユダヤ人勢力が全く同じ手法を使っているのは皮肉なものだ。
私がこの事件を知ったのはテレビだった。初めて貿易センタービルが崩壊していく様を見たとき、これはかなり周到な準備を経たテロによる爆破解体だと直感した。そうか、アメリカと敵対する勢力もかなり大きなテロ実行能力を持っているのだな、何年も前から準備していたのだな、そういう感覚を持った。だが、やがて発表されるアメリカ当局の事件原因を聞くにつれ違和感を感じるようになった。どう考えても爆破以外に考えられない崩落なのにあくまでもそれを認めない。爆破音を聞いたという証言もすべて無視され、真空の中を落下するスピードで貿易センタービルが崩壊したというあまりにも常識はずれの発表がなされ、周辺の第7ビルまでもが爆破解体に超近似の状況で崩落している。その上、スロービデオで見ると、巨大な鉄骨群が丸で何十本ものワリバシがバラバラに吹き飛ばされるがごとく、ぶっ飛んでいるのである。単なる崩落ではありえない。公式調査委員会の発表には、専門家が明確な異論を唱えているにも関わらずメディアではほとんど報道されない。そういう流れを見るにつけて、ようやくこれはアメリカ本体がおおがかりに関与している可能性が濃厚だと考えるに至った。
この事件が陰謀であり、アメリカの自作自演であることの証拠は、既に現在かなり積み重ねられている。その様相は、簡単にネットで手に入れることができる。現代という時代が昔ほど簡単に市民すべてをだましきれることができなくなった、その要因の大きなもののひとつがネットだ。良心的団体が個人が、自由に意見を調査結果を分析記録を表明することができる。ほんの少し常識的分析能力を発揮すれば、真実に至る道を比較的容易に発見することができるのだ。
それでも、ほとんど多くの人はそこまでの努力を残念ながらとらない。生活に追われ、食を維持する労働に人生の多くの時間を割かれてしまうのだ。権力、支配層はそこが付け目なのだろう。メディアは権力を監視し誘導することのできる力を持っているだろうか、否それはありえない。ノーム・チョムスキーがいみじくも指摘しているように、権力はメディアを所有している。所有者である権力に対してメディアはあまりにも無力だ。9.11に対して陰謀説を唱えた多くのジャーナリストがその職を干された。良心的ジャーナリストが制作した番組、真摯に書き上げた記事の多くがボツにされた。真実が市民に伝わる道はあまりにも険しいのだ。
その中で自分が感じること考えることを自由に表明することは、かなりの勇気を必要とするのかもしれない。なにかしら仕事を下ろされる可能性、人からトンデモ人間のように思われる可能性、はては、発狂したかと思われる可能性、そういうものを覚悟しないといけない。私やきくちさんのような自由業とも言える立場の者は比較的気楽だが、会社に所属し、あるいは公的機関に所属する立場では容易ではないのだろう。だが、その難しい所をほんの少し乗り越える気持ちが大事だろう。少なくとも議論の場を持つということだけでも意識するように、一人でも多くの人が考えれば世は変わっていく。
いずれ、9.11事件については真実が明らかにされる。ケネディ暗殺事件の真相がなかなか明らかにされず、その捜査記録が何十年も封印されたように、9.11事件についても関係者が死に絶えるまで、公式調査の分野では精査を拒絶する流れが主流となるだろう。だが、少なくとも見えている人たちは声を上げ続けるべきだ。小さな声であれ、私もそれは続けるつもりである。
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