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きょうの社説 2009年5月13日
◎台湾に「八田公園」 地域間交流の大きな果実
台湾の馬英九総統が金沢出身の土木技師、八田與一夫妻の墓前祭で、烏山頭(うさんと
う)ダム建設に尽くした功績をたたえる記念公園の整備計画を明らかにした。金沢から毎年墓前祭への参加を続けるなど、八田技師を通した両地域の地道な交流がはぐくんだ果実といえ、次世代の交流に新たな道を開くうえでも大きな意義がある。計画の詳細はこれからだが、台湾における八田技師の足跡を後世に伝えるとともに、日 本と台湾双方で交流の担い手を育てる場としてぜひ実現させてほしい。 台湾では戦後、日本人の顕彰は「植民地時代の正当化」とみなされ、日本人の銅像など が廃棄される時代があった。そのなかで唯一残ったのが八田技師の銅像である。烏山頭ダムの恩恵に感謝する地元住民らが墓前祭を続け、そこに八田技師の地元である金沢の人たちも加わった。記念公園の具体化はそうした付き合いの延長線上にあり、正式な国交のない日台間で民間レベルの交流が果たす役割の大きさを示している。大きな顕彰事業が台湾総統の肝いりで動き出すことは、過去の経緯を振り返れば感慨ひとしおである。 烏山頭ダム近くには建設当時の宿舎や八田家が暮らした家屋が朽ちた状態で残っている 。計画では四棟を復元整備して関係資料などを展示し、二年後に一帯を記念公園としてオープンさせる。 台湾は今年を台日特別パートナーシップ促進年に位置づけている。公園計画には、日本 に批判的とみなされてきた馬総統が対日重視の姿勢をアピールし、日本からの観光客誘致につなげたいという狙いもあろう。日本との関係強化は歓迎するとしても、せっかく整備するからには、台湾の日本語世代を中心に語られてきた八田技師の志や功績を現地の若い世代に引き継ぐ場としての活用も期待したい。 今年の墓前祭には八田技師の母校、花園小の児童も参列し、技師の賛歌を披露した。児 童にとっては日本で思っていた以上の技師の存在感の大きさに触れ、生涯忘れ得ぬ貴重な体験になったに違いない。八田技師を縁に新たに動き出した取り組みやそれを担う次世代の交流を大きく育てていきたい。
◎日ロ首脳会談 平和条約への道筋見えず
麻生太郎首相とプーチン首相との日ロ首脳会談で、経済やエネルギー分野での協力拡大
で一致したのは一つの成果ながら、北方領土問題解決の具体的な糸口をつかめたとはいえず、平和条約締結の道筋が依然見えてこないのは残念である。麻生首相は二月に行ったメドべージェフ大統領との会談で、「型にとらわれない独創的 なアプローチ」により交渉を進めることで合意している。日本政府としては、大統領の後ろ盾であるプーチン首相の影響力にも期待しながら、経済協力で平和条約交渉の地ならしを進めたいところであろうが、今後の交渉の進め方に関する麻生首相自身の考えや戦略が定かでないのが気掛かりである。 プーチン首相は訪日直前に、領土問題に関し「日本政府はまだ自らの立場をはっきり固 めていない」と、けん制した。谷内正太郎政府代表が述べたとされる「三・五島返還案」を念頭に置いたものとみられるが、麻生首相との会談では、四島の帰属の問題の最終的解決を図る必要があることを確認し、平和条約が存在しないことが日ロ関係進展の支障になっているという認識で一致した。 この認識に基づき、四島返還とともに平和条約の締結を速やかに実現する重要性を再確 認しておきたい。領土交渉は平和条約交渉の一環であり、場合により四島返還が条約締結の後先になることもあり得るのではないか。 プーチン首相は「あらゆる方法で日ロ関係を進展させる用意があり、どんな難しい問題 でも解決できる」と述べ、日本側に期待を抱かせたが、あらためてロシア側に求めておきたいのは、「法と正義の原則」を基礎に問題を解決するとした東京宣言の尊重である。今後の経済協力を円滑に行う上でもそれが不可欠だからである。 ロシア政府は以前、日本企業も参加するサハリンの石油・天然ガス開発事業に国家権力 で待ったをかけるなど、自由主義経済国とはなお言い切れない一面が残っている。「法の支配」の原則が曲げられることがないよう留意していく必要があろう。
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