かんぽの宿のオリックス一括売却は「問題」か?
日本郵政が保有する「かんぽの宿」70施設のオリックス不動産への一括売却が白紙に戻されることになりそうだ。この件については、日本郵政やアドバイザーとなったメリルリンチの判断は正しく、鳩山邦夫総務相と多くのマスメディアの主張が間違っている。どこのメディアも書かせてくれないので、ここに記しておく。
「かんぽの宿」は、旧郵政の簡易保険加入者の福利厚生施設である。しかし、その大部分が赤字経営であるばかりか、旧郵政官僚の天下り先となっていた。こうした無駄を見直すため、郵政民営化関連法に2012年9月末までの売却が明文化されていた。この法律が策定された2005年当時は、都市部を中心に不動産のミニバブルが発生しており、政府は高額での売却を見込んだと思われる。しかし、2007年からの不動産市況の悪化とリーマン・ブラザーズ破綻後の金融機関の融資締め付けによって、世界中のマーケットから投資マネーが逃げ出してしまう。結果として日本郵政は、〝最悪の時期〟に不採算事業の売却を余儀なくされたことになる。売却のタイムリミットは3年足らずである。このままかんぽの宿を保有し続け、市況が好転することを神に祈りながら、年間4~50億円の赤字を垂れ流し続けるか、それとも一気に売却してしまうか。難しい経営判断だが、法律によって売却期限が定められている以上、今より経済環境が悪化する可能性も高いので、速やかに手放すのも一つの決断である。少なくとも日本郵政には、かんぽの宿の経営を立て直す能力はない。
複数の証券会社幹部に聞いたところ、日本郵政のアドバイザー選定は滑稽なほど公正だったという。日系、外資を問わずに15~6社が集められ、「セルサイド(日本郵政)につく以上、バイサイド(買収側)には他のディールでもアドバイザーになるな」「単なる物件の売却ではなく人員(雇用)を守るディールだ。安易な転売が目的の業者には売るな」などの条件がついた。郵政側は、不動産ソリューション部門だけではなく、当然、福利厚生部門も関与していた。こうして、物件処分が専門の業者が外され、あえてインベストメントバンクのメリルリンチが選定された。ここで重要なのは、郵政は、かんぽの宿で働く非正規労働者を含めた「3200人の雇用」を一定期間は守るという選択をしたことである。これは郵政民営化関連法の付帯決議に基づき、民営化後も職員の雇用の安定化に万全を期さなければならないからだ。つまり、かんぽの宿の売却とは、「年間4~50億円の赤字事業」を「2012年9月末の最終期限」までに「3200人の雇用を守る」という厳しい条件がついたディールなのだ。鳩山は、「なぜ入札にアドバイザーが必要なのか」と言っているが、雇用を守るという条件をつけて、可能な限り高額で売るためにはアドバイザーが必要なのは言うまでもない。アドバイザーも付けず、入札業者の選定もしなければ、オリックスより高値がついただろうが、転売目的の不動産業者が競り落とすだけだ。それとも鳩山は、「3200人の人間をすべて解雇して、不動産の価値だけで売り払えばいい」という主張だろうか。
では、オリックスの落札価格の109億円は高いのか安いのか。
結論を先に言えば、資産査定の内容が明らかではないので高いか安いかは明言できない。しかし、多くのメディアの「建築費用」や「路線価格」などに基づいて「安すぎる」とする主張は明らかにトンチンカンである。そもそも巨額の建築費は、郵政官僚の天下り先として採算度外視で開発されたのが原因である。この馬鹿げた建設価格より高く売れる道理がない。また「雇用を守る」という条件がついている以上、路線価と比較しても何の意味も無い。仮に3200人の従業員の賃金が一人300万円として単純計算すると年間96億円になる。つまり、「年間4~50億円の赤字」とは「人件費」なのだ。鳩山と多くのマスメディアは、かんぽの宿が不採算だという事実「事業価値」を無視し、単なる「処分価値」に基づいて「安すぎる」と言っているに過ぎない。
オリックスは、かんぽの宿を買収した後に追加投資をしなければならない。温泉や浴場が売り物だが、こうした施設は老朽化が激しく設備の保守に莫大な費用がかかる。これまで、ゴールドマン・サックスなどの外資系投資銀行、投資ファンドや国内のリゾート業者などが、地方銀行の不良債権となった温泉施設などを「タダ同然」の価格で買収して経営再建してきた。しかし巨額の追加投資を余儀なくされるばかりで、一向に経営状態は改善していない。こうしたリゾート施設、ホテル事業については詳しくないが、過去の実情を見る限り、「マクロ経済が改善しない限り黒字化は不可能」ではないかと思っている。また、仄聞した限りでは、かんぽの宿は一部はバラ売りされているが、「一施設について約10億円の追加投資が必要で、8割はどうやっても再建不能」というのが実態らしい。もしオリックスが本気で事業再生するなら、今後500億円規模の追加投資をしなければならず、それでも黒字にできるか分からない。
不動産バンカーからは、「オリックスは無理矢理買わされたのではないか」「100億円もの投資をして採算が取れるわけがない」「バリュー(価格)がついただけでも良しとすべきだ」という声すら挙がっている。オリックスの買収価格は安すぎるのではなく、逆に〝109億円〟という入札価格は、「潰して転売しても構わない」という裏契約でもあるのかと疑わしいほどのプライスだという。連結純利益が91%も減少したオリックスとしては、このような買収はとても適正な投資判断とは思えない。「買収が白紙に戻ってオリックスは喜んでるだろう」というのが、マーケットの一致した見方である。
筆者は、日本郵政社長の西川善文や外資系投資銀行について繰り返し記事を書いてきたが、今回のかんぽの宿売却問題で、〝現時点で明らかになっている情報〟からは彼らを批判することはできない。批判されるべきは、巨額の無駄金を投じて、採算の合わない施設を全国に作り、平然と赤字を垂れ流すことを許してきた連中である。旧郵政官僚こそ、簡易保険加入者の財産を食い潰した「真犯人」である。西川やオリックスを「悪者」に仕立てて国民の歓心を得ようとするのは、ポピュリズム(衆愚政治)の常套手段だ。麻生政権への風当たりを弱めるための〝政治ショー〟なら分かるが、ここでかんぽの宿の売却を白紙に戻せば、莫大な時間と労力と金(赤字分、弁護士、会計士、投資銀行へのフィーなど)を無駄に浪費したことになる。あと2年半で、これらの出費と年間4~50億円の赤字の穴埋めをして、さらに109億円以上の価格で売れる保証などどこにもない。この馬鹿げた騒動の結末は、一度ケチのついた物件をどこも買わなくなり、かんぽの宿を保有し続けて延々と赤字を垂れ流すという最悪の事態になるだろう。あるいは、地方交付税を〝担保〟にして見かけ上の売却金額を上乗せして地方自治体が買収することになるのか。いずれにしても、国民の財産を毀損し、負担を増加させるだけである。最後に残された手段は、従業員をクビにして、単なる不動産として無条件で売り払うぐらいだ。
行き過ぎた金融資本主義は是正され、一定のコントロール下に置かれるべきだ。しかし、感情に流されて、資本主義そのものを否定すればマーケットをさらなる混乱に陥れる。簡易保険加入者の金を浪費し、財政投融資で特殊法人の特権階級を太らせるだけの伏魔殿のような郵政に戻すことが、国民の利益になるはずがない。不況に陥ると、誰もが正しい判断を下せなくなる。アメリカでは、無尽蔵に札を刷ってドルの価値を下落させながら、「時価会計を見直す」などと国家をあげて粉飾決算をしようとしている。アメリカが機能不全になっている今は、日本にとって千載一遇のビジネスチャンスであるにも関わらず、政府がこのありさまでは不況を悪化させるだけだろう。