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【今回のコラムニスト】
藤岡 誠 氏 Makoto
Fujioka |
大学在学中からオーディオ専門誌への執筆をはじめ、40年を越える執筆歴を持つ大ベテラン。低周波から高周波まで、管球アンプからデジタルまで、まさに博覧強記。海外のオーディオショーに毎年足を運び、最新情報をいち早く集めるオーディオ界の「百科事典」的存在である。歯に衣を着せず、見識あふれる評論に多くの支持者を得ている。各種の蘭の他、山野草の栽培も長年にわたる。 |
現在の電器・電機業界、ここではオーディオ業界と言うことになるが、これらを取り囲む経営環境は非常に厳しいものがある。周知の通りアメリカ発の世界的金融不安・危機がその震源である。機器製造企業、各種部品メーカーを含めて株価は信じ難いほどの下落を見せ先行き不安は止まらない。総合オーディオメーカーとしてのパイオニアも例外ではない。TV・ディスプレイ関連機器は優れた高画質で技術的にはリーディングカンパニーであったが、熾烈な低価格競争に巻き込まれ、残念ながら撤退を余儀なくされた。また、これまで紆余曲折はあったにせよ世の中の景況感に極端に左右されなかったオーディオ業界も、現況に於いては暗雲下での復活を視野にいれて対応せざるを得ない状況にある。
しかし、技術の進歩は止められないもの。オーディオもまた然りである。パイオニアも、スピーカーメーカーとして創業した同社の歴史と伝統の下で、これからもピュアオーディオ分野を継続してゆくだろう。
さて私は「AVの分野には近寄らない」というスタンスをこれまで採ってきている。日本映画「おくりびと」が米アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したが、「おくられびと」になるまで私のこのスタンスは今後とも不変である。今回は「ピュアオーディオ」の愛好者としての視点から、パイオニアとの縁についてお話ししたい。
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PAX-12A(1952年発売)
低音用に12インチと高音用に2.5インチのコーンタイプのスピーカーを組み合わせた同軸型スピーカー。 |
振り返れば、オーディオ誌などに原稿を書き始めて40数年が経過した。こうなった切っ掛けとパイオニアとの直接的な出会いは高校生時代。「PAX-12A」と言う30cm同軸2ウェイユニットの購入である。これを自作のキャビネットに取り付ける時、手元が狂ってネジ山からドライバーが外れ振動板に穴を開けてしまった。当時のパイオニアは、東京・文京区の音羽町に本社・工場があって早速修理を依頼した。後日、受け取りに出向き「お幾らでしょうか?」と尋ねると「無料です」と言う。当時の私にとってこれはとてもうれしかった。
既にリタイアしているが元社員で音羽町に勤務していた某氏にかつてその話をしたことがある。「ひょっとするとそれは私が担当したかも知れない。薄っすらと記憶に残っている」と言う。100パーセントの確証はないが私も多分そうだと思っている。その某氏とは現在でも1年に一度位はお会いし懇意にさせて頂いている。PAX-12Aの音もさることながら、その瞬間の出会いのうれしさが記憶に深く刻まれている。こうした自作時代はとても懐かしい思い出である。幾度となく感電も経験した。同時並行的にアマチュア無線にものめり込んでいて、同じ感電でも高圧の交流・直流と高周波(電波)の感電とでは火傷の出来方が違うこともこの時代で知った。
その後、幾つものユニット、様々なアンプなどを使った。20年ほど前に創刊されたパイオニア創立50周年記念の社史の、あるページで座談会の司会をさせて頂いたことがある。同席した故・山中敬三さんは「パイオニアは私にとってかっこいい会社なんですよ!」と発言したことを記憶している。他の同席者も、そして私も大いに同調したものであった。それは現在でも何ら変りはない。
時は流れ、オーディオの技術もアナログからデジタルへドラスティックな変化を迎えた。そして2003年、洗練されたユニット設計や類い稀なキャビネット構成から繰り出される音に惚れ、TADブランド(現(株)テクニカル
オーディオ デバイセズ ラボラトリーズ)の「TAD-M1」を自室のレファレンス・スピーカーシステムとした。オーディオ誌に原稿を書き始めてからレファレンスは常に海外製品を使用していた私にとって、パイオニアのM1は初めての日本ブランドのレファレンスであり、これは私のオーディオ史上画期的なことであった。TAD-M1は
、素晴らしい開発で沈滞気配の日本のスピーカーシステム業界に“喝”を入れる製品となった。
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自宅試聴室にて、TAD-M1と藤岡氏。こちらのM1は現在後継機であるR1に置き換えられ、藤岡氏のリファレンススピーカーとして働いている |
現在は2007年に発売された後継型「TAD-R1」になっているが、相変わらず組み合わされる変換系、増幅系、伝送系の各製品の素性・本質をあからさまにジャッジする天下一品の能力ゆえに、こちらも私のレファレンスとして働いてくれている。
そしてTAD-M1〜TAD-R1で培われた多様な技術ノウハウはパイオニア・ブランドの「EXシリーズ」に伝承されていることは周知の通りだが、その一方ではTADラボラトリーズからは「TAD-CR1」というTAD-R1のコンパクト/ダウンサイズ・タイプの発売が年内に予定されている。この詳細は現時点で未公表だから避けるが、ぜひ注目されたい。また、大出力モノブロック・パワーアンプも開発中。それらの進捗状況は“急がず慌てず”であると言う。私のオーディオのスタンスから言えば、TADラボの方向性にこそ昔からの「かっこいいパイオニア」の姿かたちを見る。
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自宅で使用している立場を活かし、各所にてTAD-R1の魅力をレクチャーしている |
今年2月のA&Vフェスタに登場した「TAD-CR1」(写真中央)。「TAD-M1」から引き継いだ20cmミッドバスユニットと、「TAD-R1と同じネットワークを採用している。 |
70年を超える歴史を持つパイオニアと言えども、今日的世界同時不況を乗り越えるには並大抵でない困難があるだろう。しかし、最近の様々な状況を千載一遇のチャンスと捉えることもできるのではないか。パイオニアの復活と再生、TADラボの発展は日本のピュアオーディオ界にとって重要である。「かっこいいパイオニア」の再構築に期待したい。
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