最近、日本領海内に国籍不明潜水艦が侵入した事件がありましたが、これに関連してスウェーデン海軍への誤解が散見されます。「冷戦時代にスウェーデン海軍は領海侵犯したソ連潜水艦を爆雷で追い込んで座礁させた」というもの。
これは、2つの事件が混じってしまっています。1981年のS-363座礁事件と、翌1982年のムスケ島沖対潜作戦です。前者は単なる事故で、後者は戦果は確認されず空振りに終わったと言われるものです。
まず1981年の座礁事件は、10月27日に、スウェーデンの漁船が、海岸付近の岩礁に乗り上げたソ連海軍の通常動力型潜水艦S-363(事件時の呼称U-137)を発見したことで始まります。西側ではウィスキー級という識別コードが振られている潜水艦だったため、「ウィスキー・オン・ザ・ロック事件」などと呼ばれます。
スウェーデン海軍のカールスクローナKarlskrona基地からわずか10kmの地点にもかかわらず、座礁後18時間以上も発見されなかったようです。スウェーデン軍はあわてて警戒配備しつつ、離礁作業への協力をS-363に申し出ますが、拒絶されます。
そうこうするうち、航洋曳船と駆逐艦からなるソ連海軍救助艦隊が出現。ソ連艦隊は領海ぎりぎりまで接近し、スウェーデン艦隊及び沿岸砲台とにらみ合いとなりました。ソ連側から航洋曳船だけが分離して領海へ侵入しますが、スウェーデン魚雷艇に接近されると引き返しています。スウェーデンの沿岸砲台が、偶然通りかかったドイツ商船を誤認して発砲しそうになるなど、極度の緊張状態に達したようです。
結局、外交交渉の末、11月6日にS-363は公海上へ引き出されて開放されています。
一方の1982年の事件は、スウェーデン海軍基地ムスケMuskö島の近くで、国籍不明の潜水艦を発見したとして、10月4日から2週間にわたって爆雷攻撃などを行い、侵入者を浮上させようとしたものです。
9月末から沿岸で正体不明の潜望鏡らしきものが目撃されていたところ、10月4日夕刻に沿岸砲台が潜水艦の艦橋らしきものを発見したと報じます。通報を受けて出動した哨戒艇が、爆雷を投下して警告を実施しました。
さらに翌10月5日早朝には、ムスケ島から1km以内の海底に全長40m弱の小型潜水艇らしきものが着底しているのが、ソナーで発見されます。閣議の後、首相はついに実力行使に同意し、同日午後、潜水艦を損傷させてでも浮上させることを決めます。
こうして世界中から数百人の報道陣が詰め掛ける中で「Notvarp(引き網?)作戦」は開始され、2週間にわたって水上艦艇やヘリコプターなどを動員した「戦闘」が行われました。爆雷がいくつも投下され、磁気探知機の反応に対して管制機雷の起爆もしたようです。潜水艦の行動音と思われるものも録音されましたが、とうとう「戦果」は確認されなかったようです。したがって「潜水艦」の正体も明かされていません。
当時、スウェーデン周辺には外国潜水艦が頻繁に行動しており、スウェーデン海軍の潜水艦が至近距離に忍び寄られてしまうなど、問題化していたようです。こうした時期であり、特に前年に引き続いての事態であったこと、またも主要海軍基地の懐に入られた失態などが重なって、1982年の強硬な対応につながったのではないかと思います。そうそう安易に強攻策に出たものではないでしょう。
撃沈や拿捕といった目に見える戦果こそありませんでしたが、スウェーデンとすれば断固たる国防意思と一応の対潜能力を見せたことで、目的は果たせたといえるでしょうか。
なお、1982年の掃討作戦については、いまだに新事実・新研究が出ているようです。
ひとつは、当時録音された「潜水艦の行動音」の一部は、実は付近を航行中の別の水上船舶の推進音だったのではないかという分析結果です。スウェーデン軍が依頼調査したところ、そのような結果が2008年の5月に出てきました。スウェーデン軍とすればこのような結果が公表されることは利益とは思えないのですが、わざわざ調査するとはたいしたものです。
もうひとつは陰謀論というべきもので、国籍不明潜水艦の正体はアメリカの潜水艦だったのではないかという仮説です。興味がある方は、詳しくは参考資料のTunander教授の論文をご覧になってください。まあ、スウェーデン周辺海域で暗躍していたのが、ソ連潜水艦だけではないのは確かでしょうね。
参考資料
“
The Saga of Soviet Submarine W-137”
Ola Tunander“
Some Remarks on the US/UK Submarine Deception In Swedish Waters in the 1980s”
スウェーデン防衛研究所プレスリリース(2008年5月20日)
“
Recorded submarine sounds could have been a surface vessel”
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