実録・私はこんな文芸だった!・4'01/1〜2月

ちょっと寄り道・テロップと予告編

 お気に入りの番組が始まる時間だ。
 お馴染みの主題歌が流れ、スタッフの名前が出てくる。当り前なこと言ってんじゃねえよ。歌が終わればCMだ。関連商品の広告が流れて、目が離せない。そしていよいよ本編が始まる。ちょっと行ったところで、今回の「サブタイトル」だ。クセェ。誰がこんなもの考えてるんだ。とか言ってる間に、エンディング。きょうの絵はひどかったな。作監は誰なんだ。おお、またこいつか。俺の方がまだマシなもん描くぜ・・・。なんて思いながらまた来週。なんだったんた、あの予告。喋ってることと、絵が全然合ってなかったじゃねえか。スタッフの皆さん、しっかりしてくれよな。
 ・・・なんて思いをしながら毎回見ている方も多いことでしょう。

 番組終了後、LD、DVDとかで発売されると「特典」と称して、ノンクレジットのオープニングやらエンディングが収録されていたりします。
 私は、これをひどく淋しく感じます。何故なら、私は、設定進行として、各種テロップ作りも担当していたからです。
 テロップ作りなんて、あんなもの誰がやっても同じかもしれませんが、、、、、、まあ、確かに誰がやっても同じでしょうが、それでもやはり自分でやったとなれば、それなりの愛着と云うものがあります。たとえビデオ録画されて、早送りされる運命にあろうと。

 以下の手順は、大昔のことなので、現代とは詳細が異なるでしょうが、基本的な流れは同じでしょう。
 最初に誰もが目にするオープニングのテロップは、監督、シリーズ構成、制作テレビ局などの主要メンバーがほぼ固定されているので、大抵の場合、一度作ったら、それでおしまいです。
 毎回違うのは、「サブタイトル」と「エンディング」ですね。
 サブタイトルは、新聞のテレビ欄に載ることもあるので、それに収まることを考えて、最初に最大文字数を決めておきます。あとは、ライターさんが脚本に付けてきた仮タイトルを尊重しつつ、あるいは全く無視して、私が改めて命名し、それを皆が集まる打ち合わせの席などで、局P、代理店Pの承認を得て決定していました。
 中には、我ながらスカタンなもののありましたが、それでも一応複数の候補を用意していました。複数の候補を用意するなんて、自信のないやり方と思われるでしょう。実際その通りの時もありますが、そうでない時もありました。相手に「心の自信作」を引かせるために、敢えて箸にも棒にも引っかからないようなものを添えて出すのも、テクニックの内であります。(マジックでも使う手ですな)
 決定したサブタイトルは、専門のデザイナーに連絡し、文字を起こしてもらいます。それをセルにトレースして絵の具で着色します。背景の上に置くので、白く塗るのが常識でした。これでサブタイトルの完成です。忘れない内に撮影に回します。
 エンディングで変わるのは、演出、絵コンテ、脚本、進行の各担当者、役者さん、作画スタッフ、その他の外注スタッフ諸々です。
 この頃のテロップは、「ハイコン」撮影していました。ハイコントラストですね。黒地の光沢紙に白抜きの文字が写植されたものを使うのです。
 これを撮影して、周囲の黒を飛ばし、残った文字だけを素のエンディングに被せて、完成。

 なんだか、簡単そうに見える仕事ですが、実は、今となっては考えられない厄介な問題を孕んでいたのです。
 それは、スタッフ名の確認です。
 社内の人間ならば、氏名が正確に把握できるのですが、一度も会ったことのない外注スタッフの場合は、電話で、一文字ずつ確認を取る必要がありました。
 例えばヤマダタロウ氏の場合・・・。
「ヤマダは、普通のヤマダです。山は、山川の山。ダは、田んぼの田です。タロウは桃太郎の太郎。太いに一郎二郎の郎です。ええ、朗らかじゃない方。それで、山田太郎」
 なんてやり取りになります。
 苦労して聞き取った内容を今度はハイコンテロップを作る写植屋さんに発注します。実に危険な伝言ゲームですね、これって。
「馬鹿馬鹿しい、なんて手間のかかることしてるんだ。メールとかファックス使えよ!!」
 普通は、そう思うでしょうね。でも当時は、メールなんてありません。こんぴゅーたーなんか持ってる人殆どいません。こんぴゅーたーで文書をリアルタイムで送るなんて、そんな夢みたいなこと言われても困ります。
 それどころか、ファックスを備えた環境すら望めなかったのです。確かに、会社の片隅に、ファックスはありました。でも、相手側にもなければ、それで終わりじゃないですか。たとえ相手側にもファックスの用意があっても、現在の業務用カラーコピー機より大きくて、通信速度は死ぬほど遅く、ロールペーパーはすぐに丸まり、文字はかすれて薄くなり、縦縞横縞の汚れも多く、読み取るだけでも大変な、およそ実用的な代物ではありませんでした。
 多めの枚数を送るときなど、途中でやめて直接届けに行った人もいるくらいだったんですよ。その方が実際に早いんだから!
 もっともファックスの送受信速度は、相手の処理速度に合わせるのが礼儀ですが、お互いどっこいどっこいで、枚数が10枚を越える場合、ためらわず電車に乗るなり、進行に宅配してもらった方が早くて確実。どうせ、届いたファックスを見ながら、改めて電話で読めない所を確認するんだから。
 それどころか、ファックス送る前にコピー取る必要があるのではないかと疑問を持った人もいました。
 紙そのものが相手に届く。そう信じていたのです! 明治時代の電話線に荷物を括り付けたエピソードを思い起こさせる、実にハートウォーミングなお話です。
 こんぴゅーたーもファックスも一般家庭に浸透した今となっては、とても信じられない状態が、80年代初頭には、まだまかり通っていたのです。

 あ。「でかい」で思い出したけど、携帯電話ってのを初めて見たのは、この少し前。うる星が終わるかどうかって頃だった気がする。これも、今の常識は通用しません。片手で扱いポケットになんて、とんでもない。今見ると笑っちゃうくらいでかくて、持ち運びは、ベルトで肩に下げるんですよ。
 本体は、横から見るとB4サイズ弱。幅は、拳で二つ半ってとこでしょうか。プッシュホンではなく、回転式のダイアルだったような気がしますが、これは定かではありません。でも、普通サイズの黒い受話器がそのまま載ってましたから、B4サイズもあながち誇張ではありません。携帯と言うより移動電話。これを使う姿は、軍用トランシーバーそのもの。その意味ではカッコ良かった。モノモノしくて。
 出来れば物陰で、片膝ついて使って欲しかった。
 しかし、電話をかけるのに筋力が要求されるようでは、普及はしませんよね。当たり前でしょうけれど。

 で。そんなことだから、行き違いもありました。
 「ごうだ」氏のごうの字が、「号」なのか「合」なのか分らなかった。
「どう書きますか」
「ごうです」
「ごうって、一号、二号のごうですか」
「そうです」
 結局間違えました。合田氏が正解で。これは初号試写でミスが発見され、修正しました。会合のゴウだとか言えよ!! とか思いましたが、それを伝えたのが、本人ではないのでしかたありません。おそらく本人なら、別の表現をしたことでしょう。
 ・・・・・・ったくトホホな想い出だなあ。


 むかし、「パトレ*バ*」の劇場第一作を招待券で見に行ったとき、そのエンディングのスタッフを見ていた前に座った客が隣りの友人に言ってました。
「すげえ中国人が多いな」
 そうかな。私にはもっと近い国の人の名に見えるけどな・・・・・。

 私が文芸と設定を兼ねてやっていた作品は、とにかくスケジュールが悪くて、下手すれば最初から放送できないんじゃないかと予言されていた程。
 当時は、国内のアニメ市場も動きが活発で、外注の確保も大変な時代でした。
 そこに颯爽と現れたのが、韓国の制作会社でした。聞くところによると、日本との一番の違いは、韓国ではアニメーターと言えば、アーチストで通るとか。日本では・・・・・いや、別に他意はありません。
 そんな彼らの手に掛かれば、どんな枚数でも楽々こなせる。なにしろ動画を月に4000枚描ける人もいるらしい。これは、凄い!

4000枚÷30日=133枚/日!
133枚÷24時間=5.5枚/時間!

 もちろんこれは不眠不休の時間割だから、本当は、もっと速く手が動いているのだ!!
 人間動画マシーンと言うか、一人動画外注スタジオと言うか、ちょっと信じられないパワーであるが、こんな人がゴロゴロいるらしいから、恐ろしい。
 しかし、当時は、韓国自体が日本のアニメに慣れておらず、安易に使うのは非常に危険な時期でもありました。
 確かに、どっと上がってきた動画を見たときは、目眩がした。
 こりゃ使えない・・・・・。
 どうして、こんな線が引けるんだ。
 脱力しました。
 スケジュールを工面して、かき集めた枚数を改めて出し直さなければならない出来だったからです。それも、パイの取りあいになっている激戦の国内外注に。
 社内の動画、動画チェックに修正を入れてもらっても、結局は最初から描くことになってしまいました。スケジュールも予算も大打撃です。
 それでも、慣れてくると、多少はマシになってきました。そんなこんなで、丸々一本お願いしたこともあったと思います。

 さて、そうなるとエンディングに彼らの名を出すことになりますわな。(おお、やっと本題に復帰したぞ。そう、これは、先月の続編なのだ)
 で、いきなり「」さんと来た。
 これは、日本語にもある文字で、「テイ」と読む。それはいいんですが、それではこの文字を例によってファックスを使わず、電話の会話だけで相手に伝えてください。(10点)
 さあ、あなたならなんと説明しますか?  私は考えた末に、
「投擲の擲からテヘンを取った字」
 などと、それこそ「乾坤一擲」の伝え方をしたものです。
 流石にこういう時は、念のために、向こうから貰ったメモのコピーを写植屋さんに直接持っていき、答え合わせをしました。
「あ。こういう字だったんですか」
 なんて笑い合うこともしばしばありましたっけ。
 こんな滅多に使わない文字は当然ですが、基本的にはそれまでも写植は全部残しておきました。
 経費削減の意味と時間節約です。
 同じ人物なら、そこだけ切り取って、別の話数のスタッフ名に貼り付け、使い回していたのです。切り張りした名前の周囲には、絵の具で黒く塗って、目立たなくします。セルの切り張りは得意種目だったので、それが役に立ちました。(そんな大袈裟なもんではないけど)
 場合によっては、姓と名をバラして三人くらいのものから一人を作ったこともありました。なんだか、フランケンシュタイン博士の気分でした。
 見て気付いた人はいないでしょう。(そこまで見てないって)

 サブタイトルの件で思い出したことがあるので、それを書いておきます。
 この作品から私が、予告のコメントを書くことになりました。その最後のセリフは、当然ですが、
「次回、****は***だ!!」
 と、次回のサブタイトルで締めます。最初は、主人公が代表して、一人で喋っていたのですが、なんとなく物足りなくなり、また、内容によっては、別のキャラが喋った方が納得の行く場合も出てきました。
 そこで、いつからか、複数のキャラで予告コメントを読むようにしたのです。
 すると、意外なところからクレームが付きました。意外も意外、社内Pからでした。内容的にR指定だったとか、そんなことではありません。役者は、一人にしろと言うのです。
「お前、予告読むのタダじゃないんだぞ! 全体の**%のギャラが発生するんだ。それを何人も使いやがって!!」
 これは初耳。本編と予告では、別料金だったとは。これは、大変な損害を会社に与えてしまった。
 私は海よりも深く、そして山よりも高く反省しようとしたのですが、
なに言われても気にするな
 と、監督から言われたので、その言葉を優先することにしました。
 従いまして、いまだに反省しておりません。
 断じて無駄遣いしてるつもりはないからね。こっちの方が面白いって!! 自信があったから引かなかっただけだけど。
 その後の作品でも、掛け合い予告はやったけど、その時は学習の効果を見せるべく、周囲に対し事前に根回ししておいたので、どこからもクレームが出ることはありませんでした。
 こうやって、私はだんだんズルイ大人になっていったのでした。やだねえ。
 そっか、根回しじゃなくて、気配りを大切にするようになりましたとさ。めでたしめでたし。

後日談
 月産4000枚の猛者は、その後、2年間の兵役に取られ、復員したときには、すっかりただの人になってしまっていたそうです。
 折角のアーチストも、これじゃあねえ・・・・・。実に勿体ないはなしです。
 その点、日本は、徴兵ないから成人式も荒れると。・・・・・そんなことないか。

(未完)

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