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2009年5月11日(月)付

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社会起業家―新しい働き方を育てよう

 もうけ第一、成長優先でやってきたひずみが社会のあちこちに出ている。しかし、それを是正すべき行政はお役所仕事で非効率だし、しゃくし定規でかゆいところに手が届かない。

 そんな問題を解決しようと試みているのが、社会起業家とか社会的企業と呼ばれる存在である。

 欧米では80年代から始まっていた。世界を股にかけ、貧困や戦争被害などに取り組んでいる。バングラデシュで貧しい女性に少額のお金を融資して自立を促すグラミン銀行がノーベル平和賞を受け、社会起業家の存在が広く知られるようになった。日本でも、そんな取り組みが広がってきた。

 全国の保育所2万9千カ所のうち、子どもが病気になったときでも預かってくれるのは600ほどしかない。親は仕事を休まざるを得なくなる。そうした悩みに的をしぼっているのが、駒崎弘樹さん(29)が始めた東京のNPO「フローレンス」だ。

 病気になった子の家へスタッフが行って面倒をみる会員制のサービスを、東京23区内で展開している。補助金を一切受けなくても成り立つようにしている。近く大阪のグループにもノウハウを伝え、サービスが始まる。

■福祉を採算にのせる

 福祉のような仕事を、企業らしい創意工夫や効率のよさで採算ベースにのせるのが、社会起業家の新しい点だ。採算にのるから事業を広げやすく、サービスを受けられる人も増える。

 会社組織のものは、社会貢献と事業の両立をさらに積極的に狙っている。例えば佐藤崇弘さん(29)が経営する仙台市の株式会社「ウイングル」。

 企業には障害者を一定比率で雇う法的義務があるが、達成に苦しむ大企業が多い。そこで、大企業の本社と通信回線で結んだ事務所を地方に用意して、地元の障害者を大企業の社員として雇い、回線を通じて大企業の仕事をしてもらう。そんな事業だ。

 地方の拠点を増やす一方、障害が重い人の雇用にも挑戦する。大都市圏と地方、健常者と障害者。それぞれの距離を縮めることが収益源だ。

 日本資本主義の父、渋沢栄一は「論語と算盤(そろばん)」を人に説いた。事業採算と社会貢献を両立させる考え方は、日本に古くからあった。

 一般の企業が社会的事業を手がける例もある。ブルドーザーの販売・修理をする山梨日立建機は、地雷除去機を自力で開発し、10年ほど前から世界へ供給している。社長の雨宮清さん(62)が営業先のカンボジアで、おばあさんから「私たちの国を地雷から救って」と訴えられたのがきっかけだ。開発に5年かかり、昨年度には除去機の事業が初めて黒字になった。

 いきなり社会起業家になるのは難しい。夢や善意や忍耐だけでは務まらない。NPOは全国に3万6千以上あるが、採算がとれているものは少ない。

 でも、ふつうに働きながら、少しは世の中のお役に立つ。そんな生き方ができないものだろうか。

 

■サラリーマンも変わる

 「スーツを着ながらでも世の中は変えられる」を合言葉に、外資系証券会社のサラリーマン、慎泰俊(しん・てじゅん)さん(27)が始めた「リビング・イン・ピース」はそんな試みのひとつだ。

 金融機関などに勤める男女100人余りの若者が、仕事の経験を生かして、カンボジアにあるグラミン銀行のような組織へ資金を貸し出す日本初のファンドをつくろうとしている。この春にNPOにしたが、固定した組織や事務所はない。週末に集まって運営するパートタイムの社会起業家だ。

 会社の外ではなく、本業の中にも社会貢献の側面は多かれ少なかれある。そこに働きがいを感じる人々も多くなっていくのではないだろうか。

 会社の周辺に社会貢献できる問題を見つけ、事業に取り込む。そこで大事なのは、問題を発見し、解決する能力だ。こうした力は、あらゆる職場で求められている。働きながらスキルを磨き、人脈を増やしてから、いずれ起業するのもいいだろう。

 若者の間には、競争に明け暮れる社会から逃れたいという意識もあろう。それでも、社会起業家の出現は社会の「復元力」の表れだと考えたい。彼らは日本が築き上げた豊かさの申し子なのだ。

 戦後の成長を支えたのは、企業社会にどっぷりつかった「会社人間」だった。それが崩れて久しい。新しい生き方・働き方が育つよう応援したい。

■本当の豊かさへつなぐ

 社会起業家が必ずといっていいほど苦労するのが、行政の無理解だ。貧しい人を食いものにするような「貧困ビジネス」が増え、まともな社会的企業との区別が難しい事情もあるだろう。

 しかし、彼らを行政の縄張りを荒らす侵入者とみる傾向が根強いからでもある。そうではなく、行政の手の届かない問題を効率よく解決するパートナーとして受け入れ、いまある制度や規制の問題点を洗い出し、改革する力を生かさなければいけない。

 既成の枠組みに守られた人々は、この新参者を排除せず、むしろ自分たちも変わっていく契機にしてほしい。

 物質的には世界有数の豊かさを獲得した日本で、さまざまなシステムが制度疲労を起こしている。それを解決し次の経済社会の姿を見つけることが、本当の豊かさにつながるはずだ。

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