[ Total:8 (2pages) ]
1
2
>
May 8th, 2009
「どうして恋愛しなきゃいけないんだ?」苛立ちのままに手元のリボンを強く引っ張る。「恋愛、恋愛、恋愛。世の中の恋愛至上主義には飽き飽きする」それに、おっとりとした声が返ってきた。「何かあったの、あすちゃん」目の前のベッドに座っているのは、光に当たると銀色に見える長い金髪と、碧色の大きな目をした、お人形みたいに綺麗な子。口を開けば音楽みたいに透明な声が飛び出す。「昨日、大学の友達とロッカールームで雑談してたら、皆恋愛のことばっかり話すんだ。あの子が付き合いだした、相手は年上の社会人で有名どころの企業で働いてる、わぁすごーいっていう、後はお決まりのきゃいきゃい」「ああ、あすちゃんはそういうの嫌いだもんね」「嫌いっていうか、わからないんだよ。それで素直にわからないって言うと、何か冷たい反応が返ってくる。恋愛もしてないなんて変なのって目で見られる」手元のリボンをねじりながら編みこむ。いい加減慣れてきて、手元を見なくても作業は進むけど、これを作る時はいつも真剣だ。なにせ大切なものなのだから。
「ミハルの方がずっと好きっていうと、そろそろ兄弟離れしろって」目を上げて探るように前方を見ると、ミハルはほわんとした笑顔を浮かべた。「そっかぁ。うれしい」ミハルが笑うと後ろに花畑が見える。銀髪が光を浴びてきらきら輝く効果つきだ。「僕もあすちゃんが一番好き」……これで男の子だなんて、神様はたぶん余所見をしていて入れる魂を間違えたのではないだろうか。「ミハル。私は変なのか? 大学生にもなって、恋愛の一つもしてないのはおかしいと思う?」そして双子の彼よりずっと男らしいと言われる私こそ女。ああ、そうか。神様は私とミハルの魂を入れ違えたんだな、と相当小さい頃に納得している。「あすちゃんはおかしくないよ」ミハルは膝の上に肘をついて、顎を両手で支えながら言ってくる。「あすちゃんの友達の中にあるのはね、恋愛イデオロギーっていうものなんだ」「恋愛イデオロギー?」「恋愛しなきゃいけないっていう、固まった価値観のこと。普通だと信じ込んでる、実際は普通でも何でもないもの」瞬きもせずにミハルの大きな碧の瞳とみつめあう。
「普通っていう概念自体、作られたものなんだよ」ミハルはベッドから立ち上がって椅子に座った私の後ろに来ると、私の頭に顎を置いてきゅっと抱きしめる。「なんて理屈をこねたって、あすちゃんは気にしちゃうよね」「気にしてないよ。ちょっと腹立っただけだ。人を珍獣みたいに」「ねぇ」凛とした声を響かせて、ミハルは私を頭の上から覗き込む。その顔からは笑みが消えていた。「あすちゃんは部活だって頑張ってるし、勉強だって夢を目指して一生懸命努力してるし、とってもかわいいし、何にも引け目に感じることないんだからね」ミハルは私の内心を読み取る天才だ。本当は、腹が立つというより不安に感じたのだ。私には決定的な何かが欠けているのではないかと。ありがとう、と口の中でもごもごと呟いて、ふっと笑う。「かわいいなんて言うの、ミハルだけだよ」ミハルの方が私の百倍はかわいいと思う。そう思って見上げたら、ミハルは真剣そのものの声で返す。「あすちゃんは僕を信じてるよね?」「……うん」「だったら、かわいいっていうのも信じて。自信を持って」そう言われると私は照れながら黙るしかない。「それとも、兄弟離れを気にしてる? 僕があすちゃんの邪魔になってるのかな」ふいに、ミハルが悲しそうに言う。
「あすちゃんが恥ずかしいなら、僕、いつも一緒にいるのやめるよ?」ミハルは私のことをあす、と呼ぶ。小さい頃、舌足らずで上手くあんじゅと言えなかったからだったと思う。私はすぐに顔をしかめて言った。「ミハルは恥ずかしくなんかない。私の自慢。それにミハルは私が守ってあげなきゃ、危なっかしくて見てられない」ミハルはみるみる内に柔らかな笑顔を浮かべた。「うんっ」それから私は完成した三色リボンでミハルのさらさらの髪を結った。私は物心ついた頃から短い髪を貫いてきたけど、ミハルの綺麗な髪は伸ばしてほしいとせがんできたから、今でもミハルの髪は肩をこすくらいに長い。それを結ぶアクセサリーを作るのは私の楽しみだった。「たまには切ってもいいんだよ、ミハル」「あすちゃんは長い髪が好きなんでしょ?」私がこくりと頷くと、ミハルは髪に軽く触れながら笑う。「僕はあすちゃんに結んでもらうのが好きだから、おあいこ」ミハルは壁掛け時計を見上げて、ふいに声を上げる。「いけない。そろそろ試合の時間だよ」「ああ、行かなきゃな」立ち上がるミハルの髪がさらりと揺れる。支度をする彼の洗練された動作の一つ一つに、私は目を細める。私の片割れは同じ血が流れてるとは思えないほど綺麗だ。それに怒ったことなどほとんど見たことがないくらい私に優しくて、いつも穏やかに微笑んでくれる。……これを見ていれば、男の子なんて、何が面白いものか。「あすちゃん。行こ、行こっ」小さな子どもの頃と同じように私の袖を引く彼は、いつだって私の天使で、守るべきすべてなのだ。
シュートを決めて降り立つと、観客席で立って声援を送ってくれているミハルと目が合った。私が手を振ると、ミハルはめいっぱい手を振り返す。はしゃいでジャンプしているのを微笑ましく思いながら試合に戻る。バスケットボールは一番好きなスポーツだ。スポーツはどれもほどほどにこなせるけど、全身の筋肉を脈動させて汗をかくのは本当に気持ちいい。「安樹(あんじゅ)、今日もよかったよ」「ありがとうございます、先輩」試合終了後に先輩に褒められて、私は笑顔を返した。「安樹に黄色い声上げてる女の子いっぱいいたね」「ああ、安樹って高校の時から女の子に人気あって……」廊下を歩きながら、同級生と先輩が話している。「下手な男より男前じゃないですか。見た目もほら、クールですし」「そんなことないよ」私はひらひらと手を振って笑っていた。ふいに廊下の向こうから歩いてきた男子の一団があった。競技場にて同時並行で行われていた試合が終わったのだろう。その中で一際目立つ長身に、先輩たちは目ざとく気づいて駆け寄る。「あ、浅井君っ」「男子の試合終わったんだ。どうだったっ?」周りに男子たちはいくらでもいるというのに、彼にだけ殺到するのはいささか失礼ではないだろうか。
「先行ってくれ」「ああ、わかった」しかしそれでも他の男子たちはあまり怒る様子はない。慣れているのだ。がっしりした体格に百九十近い長身。目鼻立ちはくっきりとしていて、そして見事な仏頂面。私には理解できないが、彼、浅井竜之介は異常に女子に人気がある。「安樹。話がある」彼が私を名指ししてきたので、私は露骨に顔をしかめた。先輩は話しかけようとしていたのを打ち切られたことに不満そうな顔をして、同級生は私と竜之介を見比べる。「あ、先輩。浅井君、安樹の従兄なんですよ」「そうなの。あ、ごめんごめん」先輩と同級生は何か含みのある笑みを浮かべてそそくさと去っていった。「何か用か? 竜之介」私は一緒に去りたい気持ちをぐっとおさえて、不機嫌に問いかける。「まだバスケなんてやってたのか」竜之介は波の無い淡々とした口調で言ってくる。「そろそろ女子らしいこともしたらどうだ。花なり、お茶なり」「私の趣味じゃない」「その格好。肩まで出したりして。髪もいい加減伸ばせ。そのままじゃ着物も着れんだろう」私はそろそろ怒りも忘れてため息をついた。竜之介は結構な家の長男で、彼自身古風な考えが根付いている。男子はこう、女子はかくあるべし、というのが骨の髄までしみこんでいるのだ。
蔵八宝(くらはちほう)
だから私に会うたびにあれこれと文句をつけてくる。やれ髪が短い、やれはしたない振る舞いはやめろ、それもしつこいくらいに同じことを何度も言う。しかもこの竜之介、私の幼稚園の頃からずっと一緒ときている。事あるごとに私に突っかかることを同級生たちは見て、仲がいいんだねと噂する。付き合っちゃいなよと言われたことも一度や二度じゃない。私は諦めて隣を通り過ぎる。その肩を竜之介の大きな手が掴む。「安樹。話が終わってない」「もういい。何話したって平行線だ」だけど、私の方は死んでも竜之介と付き合うのは御免だ。小言で耳が痛くて一緒にいるのが耐えられない。たぶん私が恋愛に嫌気がさしたのは、竜之介と噂されたことが原因だ。絶対そうに決まっている。「実家の方に顔を出せ」「断る」母が結婚してから一度も戻らなかった古い家なんて、私だって行きたくないに決まっている。「あすちゃん、お疲れ」ふいに私の後ろから馴染みの声が近づいてきた。ミハルだった。「あれ、リュウちゃん?」ミハルの姿をみとめるなり、竜之介は眉をひそめる。露骨に舌打ちをして踵を返す。「なんだったの? あすちゃん」去っていく竜之介にほっとして、私はミハルの手を握った。「いつもの小言」「リュウちゃんも懲りないねぇ」ミハルはあははと笑って私の手を握り返す。
「大丈夫?」私はちょっとだけ顔を歪める。竜之介の嫌なところは、昔から私より何でもできたところだ。それが女のお前じゃ敵わないといわれているようで腹が立ったから、つい私も対抗心を燃やして躍起になった。そりゃ、力じゃ敵わないかもしれないけど。勉強なら、無事同じ大学に入った時点で同等じゃないか。偉そうに見下ろすのはやめてほしい。「リュウちゃんに振り回されちゃ駄目だよ、あすちゃん」ふいにミハルが笑みを消して私を覗き込む。ミハルはかわいらしい顔立ちだけど私よりは背が高い。初めて彼に背を抜かれた時は本気で泣いたなと、ぼんやりと思う。「平気。子どもの頃みたいに、闇雲に殴りかかったりしないよ」いつだったか、竜之介のあんまりな言い様に腹を立てて殴りかかったことがあった。あまりに小さい頃なので、その後どうなったかは覚えてないけど。「……リュウちゃんにも困ったなぁ」何気なく言ったミハルは、いつもの優しい笑顔だった。
数日前、ミハルと私は一緒にクラシック演奏サークルに入った。父親がバイオリニストで、それの影響で二人とも小さい頃から楽器が好きだったのだ。「春日美晴君? え、その髪地毛?」そのサークルの新歓に二人揃って参加したら、すぐさまミハルを女の子たちが取り囲んだ。「うん。父親がロシア人なんだ」「すごく綺麗ね。目も碧」ミハルがモテるのは昔からなので、私は隣で黙って話を聞いている。「春日安樹さんとは双子なんだって? 見えない」声にやっかみが混じるのはすぐだった。何せ私はサークルに入っても常にミハルの隣に陣取っていて、今日も当たり前のように隣にいるのだから。それに私はミハルのように麗しい容姿をしていない。私の髪は淡い茶色で、瞳も同色だ。日本人にはとても見えない銀髪碧眼のミハルに比べるととても地味で、中途半端な色合いをしている。――あすちゃんの色は陽だまりの色。とっても優しくてきれい。ミハルは私の容姿を褒めてくれるけど、並ぶとやはり私の方が見劣りすることは自覚している。「ほら、美晴も飲め」今度は女子たちを独占しているのをやっかんだ先輩男子たちがミハルにジョッキを押し付ける。それを見て、ミハルは困ったように目を伏せた。
「あの、僕あんまり飲めなくて……」「きゃっ、かわいいっ」「ちょっと男子、ミハル君困ってるでしょ」すぐに女子たちが止めてくれたので、私は内心ほっとする。ミハルはお酒が弱いので、飲まされる時には私が代わりに飲むことに決めていた。――ミハルをいじめる奴は私が相手だっ。女の子よりずっとかわいいミハルは、男子にいじめられることが多かった。そのたび、私はミハルを背中に庇って喧嘩を買ってきたのだ。ほどほどに近くの先輩と話しながら、私はいつものように背中にミハルを感じていた。――みはるはあすがまもらないといけないんだ。ふと、そう心に決めた幼い頃の事件を思い出した。――わぁっ。まだ五歳くらいの頃、私とミハルが一緒に家の前で遊んでいたら、黒塗りの車に引っ張り込まれた。――全部あげるよ。好きなもので遊んでいいんだ。中には玩具がいっぱいあって、優しそうなお兄さんが遊ぶように言った。だけど私は事態の異常さをすぐに察知して、ミハルを背中に庇うようにして車の壁に張り付いていた。――みはるがあんまりかわいいから、ゆーかいされちゃうんだ。私はそう思って、ミハルと肩を寄せるようにして考えを巡らせていた。
――みはる、いくよっ。車が止まって扉が開いた瞬間、私は隙をついてミハルの手を握って逃げ出した。――あすがまもってあげるからね。それからどうなったかは、実は覚えていない。ただあの時から、ミハルは一人にしてはいけないと思っていつでも側についていた。「美晴君、聞いて」「あのね、私は二年の……」だけど、私が側にい続けることはミハルにとって良くないんじゃないかと、最近思うこともある。「……」「美晴君?」テーブルの下でミハルが私の手をそっと掴む。ミハルは困ったように長い扇状の睫毛を伏せて呟いた。「ごめん。大勢の人と話すのは苦手で。ちょっと抜けていいかな」くい、と私の手を引く。私は頷いて立ち上がった。「どうした? 気分が悪いのか?」廊下に出てから訊ねると、ミハルはこくん、と小さく頷く。「たくさん話しかけられると混乱して。お酒の匂いにも酔ってきちゃって」「早く言わなきゃ駄目じゃないか。帰るか?」「ううん。もうちょっと頑張ってみる。ちょっと顔洗ってくるね」ミハルは私と違って繊細に出来ている。もっと気をつかってやらなきゃいけなかったと思って私が顔をしかめると、ミハルは私の頬に触れて私の額にぺとりと自分の額を合わせた。
「あすちゃんも疲れた?」「……そうでもないよ」「やっぱり戻ってきたら帰ろ。いいよね?」ミハルが帰りたいならと、私は頷く。私の方も、この飲み会自体にそう執着はなかったのでちょうどいい。ミハルをトイレの前まで送って、私は戻ってくる。「店員さーんっ。こっち追加」すだれで仕切られている向かい側の部屋から顔を出して、別のサークルらしい男子が店員を呼ぶ。「あ」その隙間にちらりと竜之介の姿が見えて、私はおもいきり顔をしかめていた。どうしてか、竜之介とは昔から腐れ縁でいろんな場所で出くわしてしまう。実は、今日もサークルの集まりなら顔を合わせずに済むと安心していたというのに。「そっちも飲み会?」「ああ、バスケ部だっけ」こちらの幹事と知り合いがいたらしく、廊下で少し話をするなりすだれを上げて入ってくる。「こっち来いよ」「いいのか? 男ばっかで申し訳ないけどさ」私は内心、うげっと声を上げた。バスケ部の連中がぞろぞろとこっちの空いたテーブルに入ってきたからだ。「……安樹」その中にはやはり竜之介もいるわけで。私の姿をみとめるなり、竜之介はすぐ近くに座ってきた。ちょうど席が詰って、ミハルの席が外延に追いやられてしまう。
Xing霸.性霸2000
「夜遅くまで何をやってる。酒なんて飲んで」「そっちも飲んでるだろ」「その言葉遣いもどうにかしろ。男みたいだ」私は酒が入っているのもあって苛々しながら言い返す。「私はこの話し方が好きなんだ。竜之介に言われる筋合いはない」「なに、そこ? 痴話喧嘩?」興味本位で言われた言葉に、私は頭に血がかっと上るのを感じた。「こいつとだけは絶対にありません」どうして男と女であるというだけで結び付けたがるのか。昔から腹が立って仕方ないのだ。「リュウちゃん。今日はよく会うね」ふいにミハルの声が入ってくる。振り向くと、すぐ近くではないもののミハルは腰を下ろしてこちらを見ている。「美晴もいたのか。お前、いい加減べったりくっつくのはやめろ」「リュウちゃん? 何言ってるの?」ミハルはにこにこしながらさらりと返す。「おい。ミハルをいじめるな」私が竜之介の袖を掴んで剣呑な調子で言うと、彼は私の方を見ないままに言う。「女が入ってくるな」カチンと来た。昔から、竜之介はこのフレーズを使って私を門前払いするのだ。「何だと?」胸倉を掴むと、竜之介はしれっと言う。「俺に文句をつけたいなら、何か一つでも勝ってから言うんだな」「大学は同じだ」「模試は一つも勝てなかったがな、お前は」「お前呼ばわりするな。ああわかったよ、勝負だ」――勝負だ、りゅうのすけっ。またいつものパターンだと思いながら、私はジョッキを持つ。
「飲み比べだ。先につぶれた方が負け」「女をつぶす趣味はない」「はっ。女にも負ける程度しか飲めないんだな」挑発してやれば竜之介は必ず最後には乗ってくる。予想通り、私が嘲ると竜之介は眉を寄せた。「いいだろう。ただしお前が負けたら今日は実家に寄って行け」「わかった」どうして竜之介はそこまで実家にこだわるのかわからないが、私は胸を張って頷いた。「あすちゃん。無理しちゃ駄目だよ」ミハルが心配そうに言ってくるが、私は軽く手を振って笑った。酒は強い方だ。ロシア人の血を舐めるなよ。「やっちまえ、竜之介っ」「がんばって、春日さんもっ」周囲の声援を受けて、私は竜之介とにらみ合った。酒代がもったいないということで、強めの酒のウイスキーで勝負することにした。コップに一杯ずつ、交互に飲んでいく。「く……」十杯を超えた辺りで、頭がもうろうとしてきた。対して竜之介は頬が赤くはなっているものの、まだ余裕がありそうだ。「ちょっとトイレ」吐き気はないが、水分の取りすぎで胃が重い。しかしそれがかえってまずかったようだ。歩いている内に酔いが回ってきたらしく、足がふらついた。席につく頃には、既に足がついているのかよくわからない状態。「安樹。もうやめろ。俺は親父に付き合ってよく飲んでる」竜之介が酒に強いことは知っていた。ただ、後に引けなかっただけだ。「お前にだけは……負けない」私は呻くように呟いて、もう一杯飲み干す。しかし眠気が頭を押しつぶすようで、私はそのままテーブルに突っ伏す。「……安樹」私の頭をそっと誰かが撫でてくれた。それで、意識が途切れた。
「安樹?」安樹が突っ伏したまま動かなくなったので、側に屈みこんで軽く揺さぶってみた。「寝ちゃったみたいだね」普通の大学生よりは酒に強いが、ある一定の量を飲むと安樹はあっけなく眠ってしまう。頬を真っ赤にして眉を寄せている安樹はキスしたくなるくらいかわいい。頭をぎゅっと抱いて、よしよしと頭を撫でた。「少し寝かせてくるね。隣の部屋借りていい?」「あ、いいよ」「寝顔かわいいね、春日さん」バスケ部が使っていた個室に運ぼうとすると、竜之介が前に立ちふさがった。「運ぶ。貸せ、美晴」はぁ、と呆れたようにため息をついた。竜之介の耳元に口を近づけて、皆に聞こえないように囁く。「どけ、カス」肩を押しやって道を開くと、安樹を抱いて隣室の畳に寝かせる。おしぼりで顔を拭ってあげると、安樹は少しだけくすぐったそうに口元をむずむずさせた。「また無茶して。しょうがないな、安樹は」金よりも淡い薄茶の髪を手に絡ませる。しっとりとしていて手に甘えるそれは、俺だけが触れられると思うと優越感が胸に満ちる。「俺の家に来てもらう。勝負は俺の勝ちだからな」すだれがかきあげられて、竜之介が入ってくるなり言う。俺はそれに片眉を上げて薄く笑った。
「勝ち? 勝負はこれからだろ」ちょうど店員が入ってきた。その盆の上には、ジョッキが三つ。「ここでいいんですか?」「うん」俺は微笑んでジョッキを受け取ると、一気にそれを煽る。「げっ」店員が驚いたのは当然だ。これは普通一気飲みするものじゃない。アルコール度五十近いのだ。一番強いのを頼んでおいた。これ一つで安樹が飲んだ分を十分超える。「これで差はないだろ。俺が安樹に引き継いで勝負を受けるよ」「……お前と勝負するつもりはない」竜之介は難しい顔で呟く。「お前は底なしだ。三年も前からわかってる」「受けろよ。俺の気が収まらないんだ」俺は竜之介の胸倉を掴んで、にやりと笑いながら顔を寄せる。「よくも安樹に酒なんて飲ましてくれたな。いつからお前は俺に断りなく安樹を家に呼べるような身分になったんだ?」腸が煮えくり返るような思いを抑えながら、俺は竜之介の襟を締め上げる。「俺は言ったよな? 俺に何か一つでも勝てるまでは、安樹に近寄るなって。お前、勝てたんだっけか?」「……まだだ。だが」「だから寛大な俺はお前にチャンスを与えてやろうっていうんじゃないか。ジョッキを取れよ」竜之介は渋っていたが、ゆっくりと首を横に振る。
「最初から勝敗がわかっている勝負は受けない」「そっか。まあ、そのくらいの賢さはあるんだな。褒めてやるよ、リュウ」俺はジョッキを置いて安樹を背負いにかかる。「せめて家まで送らせてくれ」懲りずに言ってくる竜之介に、俺は冷ややかな眼差しを投げかける。「またその手、折られたいか?」答えを聞かずに俺は安樹を背負って立ち上がった。立てばわかるが、俺は竜之介とほとんど背が変わらない。俺の背は百八十七で、安樹より十センチ以上高い。……安樹にはまだ、小さくてかわいいように見えているのかもしれないが、俺の体格は立派に男のものだ。竜之介は後をついてきて、俺に言ってくる。「美晴。お前がどう邪魔をしても、安樹には一度実家に来てもらう必要があるんだ」俺はそれを無視しながら店を出て、繁華街を歩き出す。「親父も幹部も、安樹は家に引き取る方向でまとまってるんだから」禍々しいネオンが眩しい。その中で安樹の温もりだけが優しい。ふいに露骨にその筋と思われる男たちの団体が前から近づいてきた。道を占領するように中央を広がって歩いてくるので、俺はその顔ぶれを確認してわざとよけずに真っ直ぐ進む。「坊主。痛ぇじゃねぇか」どん、とぶつかったところで、真ん中のスキンヘッドの男が低い声を出した。俺はそれにうろんな目を向けて呟く。「オッサン。今安樹に触ったな?」俺は道路脇に安樹をそっと座らせて、向き直る。そしておもむろに目の前の男の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。「こいつっ」不意をつかれて男は吹き飛ばされる。次々と伸びる手から俺は身を沈めて避けると、まず近くにいる男を裏拳で飛ばして、ついでに後ろの奴の急所を蹴り上げた。
「やめろっ」竜之介から静止の声がかかる。男たちはそれに止まる様子はなかったが、最初のスキンヘッドの男が竜之介の顔を見て血相を変える。「……坊ちゃん?」近くの奴の頭を殴って黙らせると、手で頭を下げさせながら竜之介に四十五度の礼を取る。「すみませんっ。お見苦しいところを」「そうだな。家の者の躾くらいちゃんとしとけよ、リュウ」俺の言い様に男が目を怒らせたが、竜之介はすぐに言葉を重ねる。「春日の双子だ。従兄弟の。親父が言ってたろ」さっと男たちの顔から血の気が引く。「じゃあそっちで寝てるのは、坊ちゃんの許婚の安樹お嬢さんですか」その言葉に、俺の胸の奥に火が灯った。「がっ……うぐっ」男の腕を斜めに捻り上げながら、俺は顔を寄せる。「誰が許婚だ。安樹はどこにもいかない」ギリギリと締め上げながら、俺は低い声で告げる。「安樹には、一生汚いものに関わらせるつもりはないんだよ」俺は幼い頃の誓いを思い出していた。
五歳の頃、俺と安樹は誘拐された。家の前で遊んでいたところを、黒塗りの車に引っ張り込まれた。「みはる、いくよっ」車の扉が開いた途端、安樹は俺の手を握って走り出した。一生懸命、二人で大人たちから逃げた。所々で俺が安樹の方向を修正して、見つかりにくい茂みを伝って走り回った。言葉にしなくとも、俺が軽く手を引くだけで安樹は俺の意思を察してくれる。決して繋いだ手は離さずに、俺たちは植木の間に隠れた。「どこだろう、ここ」俺たちが連れてこられた家はずいぶん広い豪邸だった。庭園には東屋や池がある伝統的な日本家屋で、五歳までロシアで育った俺たちには馴染みのない作りだから余計に混乱した。「おうちのげんかん、いっぱいひといる」「うらぐち、いこ。おじいちゃんのいえもうらぐちあった」人の気配のない方向に少しずつ移動しながら、俺たちは小さな体をますます小さくしていた。足が疲れるくらいに歩いた。東京の都内にこんな広い家があることを不審に思うことは、当時の幼さでは無理だっただろう。日が暮れて所々の灯篭だけが頼りになっても、俺たちは出口をみつけることができずにいた。春先とはいえ、日が没すると日中の暖かさは消え去っていた。
WIN.ALWAYSカプセル
「みはる、さむい?」それでも安樹は泣かずに、俺に上着を着せ掛けようとしてくれた。安樹は俺を守ろうと一生懸命で、俺の前で弱い自分を見せようとはしない。「くっついてればさむくないよ」俺は安樹とぎゅっと肩を寄せ合うようにしてうずくまった。途方に暮れて二人とも言葉は少なかったけど、互いの温もりがあれば不思議と怖くはなかった。「みはるはあすがまもってあげる」安樹は自分の名前をうまくいえず、舌足らずにあす、という。その言い方を聞くとつい頬が緩んで、俺も同じ呼び方をしていた。「だいじょうぶだからね」安樹は俺の手を握り締めて繰り返し呟いた。俺はそれに頷いた。そうすると安樹は安心したように笑ってくれるから。「みはるがあんまりかわいいから、ゆーかいされちゃったんだよ。きっとすぐ、おうちにかえれる」きっとあんまり安樹がかわいいから誘拐されてしまったのだろう。何とかして家に帰ろうと、俺は思っていた。「まだ見つからないのかっ。子ども二人に何をやってるっ」怒声が聞こえて、俺と安樹はびくりと肩を竦ませる。茂みにすっぽり収まるように、二人で身を屈めながら目だけを覗かせる。
「申し訳ありませんっ。必ず連れてきますのでっ」和服姿の三十くらいの大柄な男が、それよりも十近く年上らしい男たちを怒鳴っていた。和服の男は肩幅が広くて服の上からもわかるくらい引き締まった体つきをしていて、そして目つきが震え上がるくらいに怖かった。あの怖い人はきっと俺たちを食べてしまうんだ。そんなことさえ考えて俺たちは無意識に後ずさって、ガサリと音を立ててしまった。「誰だ」和服の男はもう一人だったが、すぐにこちらに目を向けて庭に下りてきた。安樹は俺の手を引いて逃げ出そうとしたが、二人とも長く座っていたので足がもつれてしまう。「あっ」一緒に転んでしまって、その間に追いつかれた。男は迷いなく安樹の方を抱き上げた。それは存外に優しい動作だった。「はるか」男の口から漏れた名前が俺はわからなかった。眼光が鬼のように怖かったのに、安樹を見下ろす目は穏やかだった。「う……わぁぁんっ」だけど、安樹は耐え切れなくなって泣き始める。安樹は元来ひどい人見知りで、俺の手を握っていないと知らない人と話すことすらできないのだ。しかもこんな怖そうな人に抱っこされてしまって、こらえていたものが溢れ出したのだろう。「はるか、ああ、痛かったか、よしよし……いい子だから泣くな」転んですりむいた足を見て、男は安樹の頭を撫でながら宥める。「あすちゃんをかえせっ」俺は男の袖を掴んで引っ張った。こいつが誘拐の親玉だと思って、必死で食いついた。それに、男は安樹に対するのとはまるで違う、興味のなさそうな声で言った。
「お前が美晴の方か。はるかには全然似てないな」俺はこの時ようやく気づいた。「はるか……は、おかあさん」遥花は俺たち二人の母さんの名前だ。俺がぼそりと呟くと、男は目を細めて頷く。「俺は遥花の兄だ。お前たちのおじさんだよ」恐れを忘れたのは一瞬で、隣室から男たちがわらわらと入ってきた。「オヤジ、さっきの声はっ」「ああ、みつかった。もう問題ない」和服の男は面倒そうに俺を示す。「美晴は返してこい。傷はつけるなよ。遥花の子だ」まだ泣き止まない安樹の頭を撫でて、俺たちの伯父を名乗る男は安樹に小さく笑いかける。「遥花が確保できればいい」俺は直感で気づいた。この人は俺たちの母さんが好きなのだと。「はなせっ。あすちゃんといっしょにかえるんだっ」そして母さんにそっくりな安樹を自分のものにしようとしている。それは絶対に許してはいけない。「遥花はここで暮らす。ここは遥花の家だからな」「おかあさんはもういないっ」俺は声を張り上げてきっと男を睨みつけた。「お、おかあさんは……しんじゃったっ。もうあえないんだっ」本当はこのことを叫びたくなかった。「みはる?」安樹が驚いて俺を見る。ぽたぽたっと、その目から涙が落ちる。
「おかあさんは、りょこうだよ?」「ちがうんだっ。おかあさんはろしあにもにほんにもいなくて、いつまでまってもかえってこないんだよっ」安樹は母の死を認められずにいた。まだ小さいから仕方の無いことだった。――ごめんな。父の涙を見て、俺だけはわかっていただけだ。「連れて行け」 男の目に淀んだ光が宿る。俺は部下らしい男に抱えられて安樹から引き離される。「はなせようっ。おまえなんかおじさんじゃないっ。わるいひとだっ」俺は安樹をじっとみつめて言う。「あすちゃん、このひとわるいひとだよっ。にげようっ」安樹のまんまるで澄んだ瞳がぴくりと動いた。「みはるっ」弾けるように安樹は暴れ出して、一生懸命俺に向かって手を伸ばす。けど男の力には敵わなくて、簡単に腕の中に封じ込められてしまう。「やだ、やだやだっ。みはるとかえるっ」安樹はそれでもじたばた暴れる。俺の片割れは俺の言うことを何でも信じるのだ。だから一度俺が何か告げれば、安樹は絶対にそれに疑いを持ったりしない。「あんじゅっ」俺は抱えられたまま部屋の外に追い出されようとしていた。だから俺は声を張り上げて安樹に伝える。「わるいやつは、みはるがぜんぶたおしてやるからっ。ぜったいむかえにいくからっ」それに、安樹は何の迷いも疑いもなく答えた。「うんっ」今まで安樹に守られてばかりだった俺が、初めて安樹を守る決意をした瞬間だった。
安樹を背負ったまま、俺は夜の街を帰路についていた。まだ眠りについている安樹は時折俺に擦り寄るように頬を動かす。俺はそのたびにくすりと笑いながら、起こさないようにゆっくりと歩みを進める。結局その誘拐事件は、男の妻であり竜之介の母である姐さんが怒鳴り込んで俺と安樹を帰してくれたことで終わりを迎えた。彼女は俺たちの母とは仲が良かったらしく、未だに何かと目をかけて俺たちを伯父の手から守ってくれている。それにはもちろん感謝している。ただ、それに俺が満足しなかっただけだ。「よかったんですか」路地裏から聞こえた声に、俺は足を止めたが顔は向けなかった。「一度くらい痛い目を見せてもいいんですよ。オヤジからも許しが出てますし」この場合のオヤジとは、もちろん俺の実父のことではない。暴力団の長のことを示す。「まだ早い。竜之介に感づかれると厄介だ」裏の世界に生きる住人とつながりを持つようになって、もう何年になるだろうか。伯父に対立する組に俺の存在を認めさせるために、どんな汚いこともやってきた。「あの組がつぶれるのは俺の悲願だから。楽しみは取っておきたいんだ」そっと安樹を背負い直して、俺は言う。
「オヤジによろしく」安樹が天使のようだという微笑みを、俺は闇に送った。マンションに戻ると、俺は安樹をベッドに寝かせてその横に腰掛けた。喉元を緩めてやると、安樹の瞼がぴくりと動く。「……起きた?」すぐにでもまた眠ってしまいそうな目で、安樹はぽやんと俺を見上げる。金髪より太陽の色に近い、優しい髪の色と琥珀に近い大きな瞳。鼻は高すぎず低すぎず、唇は桜色。安樹は俺の万倍かわいい。――お前たちの名前は、両方とも天使を由来にしてるんだよ。いつだったか、父がそう教えてくれたことがあった。ミハイルとエンジェル、それが俺たちの名前の元なのだそうだ。「無理して飲んじゃ駄目だよ。あすちゃん、そこまでお酒に強くないんだから」「うん……」自分が天使だなんて笑ってしまうけど、安樹についてはその通りだと思う。容姿もだけど、安樹は本当に心がまっさらで綺麗なのだ。「リュウちゃん、今日は家に来なくていいって。僕がお願いしたら聞いてくれたよ」「そうなんだ」「もう。いくらリュウちゃんが喧嘩腰だからって、簡単に乗っちゃ駄目。リュウちゃんはあすちゃんが嫌いだから、ひどいことばっかり言う」「うん、うん」俺の言うことを何でも信じてしまう。俺が刷り込んだおかげで、竜之介は単純に自分に悪意がある存在だと認識している。実際は、男社会で育ったから考え方が少し古風なだけで、あいつ自体は悪い奴じゃないのだが。
「周りが何を言っても、リュウちゃんなんて気にしないんだよ」「わかってる」そして今でも、俺のことは守ってやらなければいけない小さな存在だと信じて疑わない。「なぁに?」くす、と安樹が笑ったので、俺は首を傾げる。「ミハル、今日はおにいちゃんみたいだ」俺はそれに一瞬だけ言葉を失って、すぐに微笑み返す。「うん。そうだよ。今だけ、僕がおにいちゃん」俺の方が何時間も先に生まれてきたから、父は俺を兄として戸籍に届けている。そして俺の方も、安樹は妹という認識で生きてきた。安樹は俺を守るために側にいなければいけないと思っているから、普段は弱くかわいい弟を演じているけど、実際はいつだって俺が安樹を守ってきたのだ。――あすちゃんは変じゃないよ。ねえ、安樹。君が知らないだけで、君の周りはとても複雑で奇妙な関係が広がってるよ。けど、何が普通かなんて誰にも決められやしないのだから。君が好きな普通の中で生きればいい。俺がそうできるように周りを作り上げてあげるから。「おにいちゃん。キスして」ふざけて安樹が手を伸ばす。酔いもあるのだろう。とろけるような笑みを浮かべている。「はいはい」だけど、安樹は俺が好きで、俺も安樹が好き。これ以上純粋な関係はないはずだろう?俺は屈みこんで、俺の天使とキスを交わした。
レビトラ levitra
Category:None | BlogTownTheme:指定なし
Posted by chinaseiryoku at 18:46
| Comment(0) | Trackback(0)
Page Top ▲
April 26th, 2009
「ん,ん〜〜〜〜!?」無理やり唇を合わせてきたレノアに,私は渾身の力で抵抗する.私を抱きしめるレノアの肩を押したり,背中をバンバン叩いたり.「んん,ん〜〜!」レノアの栗色の髪を引っ張った途端,「痛い!」やっとキスから解放される.「痛いじゃないわよ! 何をするのよ!」レノアの左頬に思い切りビンタを浴びせて,私は叫んだ!「勝負に勝ったんだから,いいだろ!?」絨毯の上に転がったレノアは,そばのテーブルの上のチェス盤を指す.「キスしていいなんて言って無いもん! キスしてあげるって言っただけだもん!」ほっぺに軽くチュ,程度のつもりだったのに.「同じだろ!? 何が違うんだよ!」「レノアのバカ! バカバカバカ!」私の大事な大事なファーストキスが,「バカって言った方がバカなんだよ,この暴力女!」レノアなんかに取られるなんて〜〜〜!
「その暴力女に求婚しているのは,どこのどいつなのよ!」椅子から武器のクッションを取り上げて,私はレノアをばふばふと攻撃する.「そんなの出世のために決まってんだろ!」む,むかつく〜〜〜!「部屋から出てって!」レノアなんか,大っ嫌い!「あぁ! 出て行ってやるさ!」私はレノアを部屋から追い出して,ばたんとドアを閉めた.私の名前はアリエール,一応,この国の王女様.そろそろ結婚について真面目に考えなくちゃいけない十五歳だったりする.でも私の場合,すでに長女のソフランお姉ちゃんが隣の大きなアタック王国に嫁いでいるし,次女のハミングお姉ちゃんが国内有力貴族に嫁いでいるし,三女のルミネスお姉ちゃんが,逆隣のブルーダイヤ王国に嫁いでいるので,比較的,結婚は自由.パパもママも好きにしなさいって言ってくれている.そして,むかつくアイツの名前はレノア.中流貴族の次男坊で,私より二つ年上で……,あぁ,もぉ! なんで私がレノアなんかの紹介をしないといけないのよ!
とにかくあいつは出世のために私に求婚していて,毎日のように部屋にやってくるけど,毎日のように喧嘩を吹っかけてくる,……ん,レノアは私を口説かなくていいのかしら? ――ち,違うわ! 別に口説いてほしいわけじゃないもん!ふいにレノアの唇の感触がよみがえってきて,「い,いや〜〜〜〜〜!」私は床をクッションで,ばしばしと叩いた.「何やってるのさ,お姉ちゃん.」すると,背後から呆れ声がかけられる.クッションの羽が舞う中,私は振り向いた.「何よ,エマール.」弟のエマールだ.末っ子で長男で,一応,この国の跡取り王子様.
「弟とはいえ,レディの部屋にノック無しで入ってこないでよ.」私が,姉の威厳を振りかざして怒ると,「ノックしたけど,お姉ちゃんは聞いてなかったじゃんか.」エマールは,はぁぁとため息を吐く.む,生意気な奴.「そろそろビーズ家のダンスパーティに行く時間だけど.」あっ,いけない.レノアのせいで,忘れるところだったわ.「……レノアからエスコートの申し込みはされた?」「は? 何で?」するとエマールは,はぁぁぁぁとわざとらしく長いため息を吐いた.「じゃ,また僕がお姉ちゃんのエスコートをするんだね…….」がっくりと肩を降ろす.「何よ,その言い方.弟なら喜んで姉をエスコートしなさい!」ぶうぶうと私は唇を尖らせる.「……何のために,レノアは来たんだろ.」「そんなの,私と喧嘩するためでしょ!」アイツの目的は私を怒らせること,その一つしか無いに決まっているじゃない!
精力剤
夕刻,私はエマールと一緒に王家の馬車に乗って,ビーズ家に向かった.馬車に酔いやすい私のために,エマールは馬車の中でずっとおしゃべりをしてくれる.こういうところは,いい弟だと本当に思う.エマールなら,この国の平和をずっと守ってくれる.私もお姉ちゃんたちもパパもママも,そう信じている.「次からは,ちゃんとレノアにエスコートしてもらってよ!」……私の平和は守ってくれそうにないけど.パーティ会場にたどり着くと,私とエマールはまず,邸の主人であるビーズ侯爵と夫人に挨拶をして,その後で,次女のハミングお姉ちゃんを人ごみの中から探し出した.ハミングお姉ちゃんは,旦那さんのボールドお義兄ちゃんと一緒に,会場の端の方に居る.優しくて美人で控えめなお姉ちゃんは,私の自慢だ.
「お姉ちゃん!」手を振って駆け寄ると,お姉ちゃんは笑って応えてくれる.ボールドお義兄ちゃんは,私にはきれいに,弟には逞しくなられましたね,と言って,私たちの頭を撫でてくれた.大好きなお義兄ちゃんの大きな,――正直に言うなら,とってもおデブさんな体に抱きついていると,「あ,しまったな.」と,お義兄ちゃんが舌打ちをする.「どうしたの? お義兄ちゃん.」お義兄ちゃんの視線の先を追いかけると,そこにはレノアが居た.人ごみの向こうで,ものすごく怖い顔をして私を睨んでいる.「……レノア?」やだ,本気で怖い…….レノアは目が合うと,さっと背中を向けてパーティ会場から出て行った.何? なんで怒っているの?さっきまで,仲良く,――仲良くってのは変だけど,喧嘩していたのに.どうしようと,おろおろとレノアの居なくなった方向とお姉ちゃんたちの顔を見比べていると,「行きなさい.」お姉ちゃんが,そっと微笑む.「……彼のことが好きならば.」私は,ドレス姿で駆け出した!
「レノア,レノアってば!」邸の玄関口で,やっとレノアの背中を捕まえる.息をぜいぜいと切らして,レディにあるまじき姿だわ.「……何だよ.」振り返ったレノアの顔は,ものすごく不機嫌なものだった.俺に話しかけるな! ってオーラが出ている.「……何でもないわよ.」追いかけたのはいいんだけど,よく考えれば,私にはレノアを呼び止めることのできる用事なんか無いわけで.呼び止める資格も,……あるのかな? レノアは私の友達,だよね,……多分.「じゃ,呼ぶなよ.」レノアの言葉に,ずきり,と胸が痛んだ.「何よ! そんな言い方って無いじゃない!」とか言い返せばいいのに,なぜか,すぅっと体が寒くなって,なのにどくどくと心臓が鳴って.何も言い返せない.何だか分からなくて悲しくて,レノアを見つめていると,視界が少しずつにじんでくる.すると,いきなりレノアが抱きしめてきた.壊れ物を扱うように,そっと.
ぱちぱちと瞬きすると,涙が一つ二つ落ちたのが自分でも分かった.そのとき,唐突に,本当に唐突なんだけど,「まぁ,微笑ましい.」「王家のアリエール姫が……,」「近頃の若者は恥を知らん!」周囲の人たちの声が聞こえてきて,私はどんっとレノアの体を押し返した!こんな,こんな人がいっぱい居るところで,レノアと抱き合っていたなんて!恥ずかしくて,顔が燃え上がるように熱くなる.レノアはびっくりした後で,怒ったように目を逸らした.「俺よりも,あんなデブなおっさんがいいのかよ.」何の脈絡も無く家族をけなされて,私は怒る.「お義兄ちゃんに,失礼なことを言わないで!」いきなり,何の話をするのよ!?「不倫は大罪だぞ!」意味,分からない!「だから,何よ!」だから,いったい何の話をしているのよ!周囲に人がどんどんと集まってくるのに気づかずに,私とレノアは言い争いを続ける.そのうちに,レノアは逃げるように馬車に乗って居なくなって,私は一人残された…….
「はぁぁぁぁ……,」あのパーティの日から四日間,私はひたすら部屋の窓から外を眺めるだけの日々を送っていた.レノアは来ない.私とレノアの大喧嘩は,社交界中の噂になっていた.ぼんやりと紅茶を飲みながら,ぼんやりとため息を吐く.「はぁぁ……,」「十六回目.」ティーポッドを持ったメイドのアクロンの声も,何だか遠い.レノアの顔を忘れそう.毎日,見ていたのに.
男根増長素
「十七回目.」今じゃ,最後に会ったときの,怒っているような泣いているような顔だけが,妙に頭の中に残って,「姫様,十七回もため息をつかないで下さい!」いきなりのアクロンのどアップに,私は唐突に我に返った.「ご,ごめ……,」「辛気臭いですよ!」まったく,もぉと怒りながら,アクロンが暖かい紅茶のお代わりをカップに注いでくれる.私は机の上に突っ伏して,部屋のドアを眺めた.ドアは開かない.レノアは来てくれない.あんなに,毎日来てくれたのに…….「姫様の方から,逢いに行ってはいかがですか?」アクロンの言葉に,どきんと心臓が跳ねた.「え,でも……,」顔を上げて,けれど私は言いよどむ.
求婚されている立場の女性である私が,レノアの家に行ったら,それは正式にプロポーズを受けたことになる.それは,まだ……,……まだちょっとだけ待ってほしいような気がするし,……それにレノアが迷惑がるかもしれないし,「姫様,」私が迷っていると,アクロンは楽しそうにウインクした.「ばれなければ,いいんですよ!」……なるほど.早速,私はお忍びでレノアの家に行くことにした.弟のエマールが心配して,一緒に行くと言ってくれた.城で一番古くて小さな馬車を用意して,レノアの家を目指す.馬車ががたがたと揺れるたびに,心臓が,どっきんこ,どっきんことあちこちに跳ぶ.な,なんでレノアに逢うっていうだけで,私,こんなに緊張しているの……?「お忍びでも,もう少しマシな馬車にすれば良かったね.」いつもどおりにエマールが話しかけてくれるのだけど,何も耳に入らない.「うん,そだね…….」いきなりやってきて,レノアは怒らないだろうか.迷惑に思わないだろうか.
「お姉ちゃん,見なよ.ブライトの花が咲いている.」すぐにまた喧嘩にならないだろうか.「うん……,」ううん,それよりも私はレノアに逢って,何をしたいのだろう.「もうそんな季節なんだね,……お姉ちゃん,聞いてる?」私はレノアに,何を求めている?レノアのことを,どう思っている?「大丈夫? お姉ちゃん!」レノアの家にたどり着いたときには,私は車酔いで立つのもやっとの状態だった.出迎えてくれたレノアのお母さんは,すぐに私を客室のベッドへと案内してくれた.「ごめんなさい…….」としか言えない私に代わって,エマールがしっかりとした挨拶と謝罪と感謝の言葉を述べる.ただでさえ,お忍びでいきなりやって来て迷惑をかけているのに,ベッドまで借りることになるなんて.情けなくて,恥ずかしくて,私はひたすらに謝った.
ベッドに横になると,頭がぐらぐらとする.まだ,地面がゆらゆらと揺れているみたい.きゅっと目を閉じて,なんとか眠ってしまおうとする.おなかの中がもやもやとする,吐いてしまいたい.でも,……レノアの家で吐くなんて,絶対に嫌だ,恥ずかしい.苦しくて何度も寝返りを打つうちに,自分の頭を撫でている手の存在に気づいた.「……レノア?」すぐそばに,レノアの顔がある.「俺に逢いに来てくれたんだよな?」頬に触れてくるレノアの手にどきどきしながら,私は頷いた.「兄のトップじゃないよな? 俺の方だよな?」レノアのお兄さんのことはまったく知らないので,再び頷く.何だか夢見心地でぼうっとしていて,頭ぐらぐら,地面ゆらゆらで.「レノアに逢いたかったの.」するとレノアは覆いかぶさるようにして近づいてきて,私の唇をふさいだ!
「んんん〜〜〜!?」目が回る,どころの騒ぎじゃない.抵抗しようとしても,すでに両手はレノアの手に掴まれていて.私の頭の中は,一回目のキスのとき以上にパニックになった!気持ち悪い! 吐きそう!足をばたばたとさせても,むしろそのせいで,おなかの中がさらに,ぐにょぐにょしてきて.もう駄目! 吐く!――の限界一歩手前で,レノアから解放される.すぐに私はベッドから,レノアから逃げ出す.なのに,「おいっ,どうしたんだ!?」肩を掴まれて,強引にレノアの方に向かされて,……私は吐いた.レノアのおなかに向かって,今日食べたものすべてを…….
「アリエール……?」レノアが呆然と立ちつくす.もう,やだ.死にたい…….本気で,そう思った.「ごめんなさい…….」レノアの顔を直視することなんてできない.声が震えて,体までかたかたと震えだした.レノアは自分の汚れた服を見て,私の体を上から下まで眺めてから聞いた.「お前は汚れてないよな?」涙が滝のように溢れてくる.「ごめん……!」私の声は,完全に泣き声だった.「俺の服は洗濯すればいいから,お前はベッドに戻れ.」「やだ!」涙が止まらない.嫌われた,呆れられた.人前で吐いちゃうなんて,レディのやることじゃないよ.強引にベッドに連れて行こうとするレノアに,いやいやと首を振って,私はその場にしゃがみこむ.動きたくない,何もしたくない.そしてそのまま,わぁわぁと大声を上げて泣く.吐いたおかげで,だいぶ体は楽になっている.でも,もうそんなことはどうでもいい.
天天素
レノアの前で,好きな人の前で吐くなんて…….ただひたすら泣き続け,いつの間にかレノアが居なくなったことに気づいて,私は眠りに落ちてしまった…….「…….」「…….」人のしゃべり声で目覚めたとき,私はちゃんとベッドの中で寝ていた.「うぅん……,」暗い部屋の中で起き上がる,――今は何時なのだろう,どれだけ寝ていたのだろう.話し声は,部屋の外,廊下の方から聞こえてくる.ベッドから降りて,そろそろとドアの方へ歩いていく.話し声は,弟のエマールとレノアの声だった.……何を話しているのだろう?ドアノブを回そうとして,躊躇する.レノアの前で吐いちゃって,あんな邸中に聞こえるような大声で泣き喚いて.恥ずかしくて,みっともなくて,もう人前になんて出られない.……けれど.一生,この部屋に篭っているわけにはいかない,……よね.
私はきゅうっと目をつむってから,ぱっと開いた.ほぉっと息を吐き,すぅぅっと深く息を吸って.そして,思い切りドアを開く!途端に,真っ赤な顔をしたレノアと目が合った.「い,居たのか!?」意味の分からないことを言って,レノアは一歩二歩と下がる.「寝ていたんじゃないのか,アリエール!? いつから起きてた,どこから聞いてた!?」レノアは着替えたらしく,新しいきれいな服を着ている.そして,なぜか右の頬がはれていて,左目には青あざができていた.レノアの隣には,びっくり顔のエマールとレノアのお母さん.そして三人を取り囲むように,邸の使用人たちがずらりと勢ぞろいしていた.
――何,この状況は?本気で,わけ分からない.
一人,狼狽するレノアに,「しゃきっとしなさい!」レノアのお母さんがレノアの背中をばんっと叩くと,メイドたちがくすくすと笑い出す.「もっときっちりとした形で,告白させようと思っていたのに.」エマールが,ため息を吐く.「けれどこれで,めでたしめでたしですね.」と一人のコックらしい男性が言い,「良かったですね.」「えぇ,本当に.」使用人たちは笑いながら,ぞろぞろと去っていく.
私一人,意味が分からない.「これ以上,姉を泣かしたり,姉に恥をかかせたりしたら,」エマールが,偉そうにレノアにすごむ.「次は容赦しませんからね.本気で殴りますよ.」エマールの言葉に,ちょっと感動.「うちの愚息が,本当にごめんなさいね.」とレノアのお母さんが,私に向かって丁寧にお辞儀をする.「体調を崩したレディの部屋に勝手に忍び込むなんて,なんて根性のひねくれ曲がった息子なのかしら.」何も言い返せないレノアの足を,私からは見えないように,――でもしっかりと見えてる,ぐりぐりと踏んづけている.そして潮が引くように,あっという間に皆居なくなり,私はレノアと二人だけで廊下に残された.
「……聞こえただろ? 俺の気持ち.」皆が居なくなってから,レノアが真っ赤な顔を背けながら聞いてきた.「何も聞こえなかったよ.」私は正直に答える.「う,嘘,言え! 聞こえたに決まってんだろ!」あんなに大声でしゃべっていたんだからだの,それともとぼけているのかだの,まさか俺に同情しているのかだの,レノアは延々とつばを飛ばしながら,私の言葉を否定し続ける.いい加減,たまりかねて,「うるさ〜い! 聞いてないものは聞いてないのよ!」思わず怒鳴り返してしまう.あぁ,もぉ,やっぱりむかつく,この男!「何を言っていたのか,さっさとここで素直に白状しなさい!」レノアの胸倉を掴んで揺さぶれば,レノアは戸惑った表情のままで三度目のキスをした。
男宝
Category:精力剤、媚薬 | BlogTownTheme:指定なし
Posted by chinaseiryoku at 20:01
| Comment(0) | Trackback(0)
Page Top ▲
April 9th, 2009
「あー足りない。いー足りない。うー足りない。えー足りない」 外で降る大雨の音をバックに、目の前でモサモサ髪に眼鏡をかけた委員長が机の上に置いた紙を見ながら唸っている。 「1年A組 平林 大。彼は前部長の弟だから確定、と。で同じく1年A組。村野 曜子・・・って女の子だよね。珍しいなぁ、続くのかな? で2年のボクに、隣りのクラスの山岸と平根。・・・5人。あぁ〜何度数えても5人。足りない、あ〜足りないっ!」 そう言うと今度はそのモサモサの髪を勢いよくガシガシと掻き毟りだした。 「ちょっと、止めてくださいよ。なんか、飛んできそうです」 流石に「フケが」とはっきりとは言えず、そこら辺を誤魔化しながら私は言った。 「それに早く報告書を書くのを済ませましょうよ。先生が除湿機なんて入れたから、室温も高くなってきましたし」 うちのクラスの教室は他のクラスに比べてどうも湿気やすいようで、こまめに除湿機をかけることになっていた。 コンセントの関係でそれは今、委員長の側にあってそして小さなモーター音を立てながら働いている。
ビビッドビリリティ vivid女性用
「あぁ、すまん、すまん。時に成子(せいこ)さん」 委員長は私のことを『成子さん』と呼ぶ。 なぜなら、私と委員長は同じ苗字だったので、なんとなく呼びにくいというのがその理由だそうだ。 「なんでしょう、委員長」 そう言われると、私もなんだか自分と同じ苗字を呼ぶのが恥ずかしいような気がして、かといってまさか委員長のようには、親しくも無い異性の下の名前を呼ぶようなそんな変ったことは出来ないので(委員長は全てにおいて変っているからもう何をしても誰も何も言わないんだけど)私は『委員長』と呼んでいた。 彼は、クラス委員長。 で、私は副委員長。 「成子さんは、クラブは何に入っていますか?」 「・・・合唱ですが・・・」 なにやら嫌な電波を感じつつもそう答えた。
「合唱の練習日はいつですか?」 「毎日ですが」 「毎日ですか?」 「毎日です。この『委員会の報告書』が書き終わったら今日もこれから行きますよ」 「あぁ、そういった融通のきくクラブなんですね。じゃあ、週に1度くらいは休んでもいいですよね」 「よくないです」 「いいですよ」 「よくないですよ」 「そんなにクラブ活動を頑張ることもないと思いますよ」 「委員長には関係のないことです」 「いえ、あるんですっ!」 バンと机を叩いて委員長が立ち上がる。 「足りないんですっ!」 委員長がまた『足りない』と言い出した。 「・・・何が足りないんですか?」 「部員です」 「・・・委員長って、何部なんですか?」 「『マジック部』です」 「・・・それって、ネタですか?」 「いえ、違います! れっきとしたクラブ活動です」 「・・・おもいっきり怪しいクラブですね」 「そうですか?」 「はい」 そもそも、そんなクラブがあるなんて知らなかったし。 ・・・だから部員が少ないんだなぁ、って思った。
ドイツ女郎.Germany.Girls
「部員が6人にならないとクラブとして成立しないんですよ。5人だと、同好会になってしまうんですよ」 そういえば、そんなことは聞いたことはあったけど、幸運にも合唱部は部員が40人近くいてそんなこととは無縁だったし。 クラブと同好会では予算も違うし、多分部室の有無のモンダイも出てくると思う。 「それは・・・お気の毒ですね」 目の前の紙は、入部申込書なのね。 ってことは。 「委員長は、『部長』でもあるんですね?」 ああいった申込書のたぐいは、全て部長のところに集まるものだから。 「はい。そうなんですよ」 つくづく『長』がつく人なのね、と思った。 「ですから、成子さん。うちの部に入りましょう」 「・・・・・・へ」 「そして一緒に、マジックに励みましょう!」 「ま、待ってくださいよ! さっき、『そんなにクラブ活動を頑張ることもないと思いますよ』って言ったのは委員長でしょ? その委員長がクラブ活動に人を勧誘するのっておかしいですよ!」 「はて? 言いましたっけ? そんなこと」 委員長は涼しい顔で(でも髪はボサボサ)とぼけた顔して誤魔化している。
「入りません」 「面白いですよ」 「興味ないです」 「面白さを知らないだけですよ」 「・・・だって。あんな、マジックなんて、いんちきじゃないですか。本当はあるのに、さも目の前にないかのようにしたり。本当はないのに、あるようにしてみせたり。隠したり。トリックがあったり。私は、『ある』か『ない』か、はっきりとしたことが好きなんです。目に見えるものしか信じないんです」 「目に見えるものねぇ・・・」 そう言うとモシャモシャの髪に手を入れて、そのままのポーズで委員長が固まってしまった。 噂には聞いてたけど・・・・。 今回初めて同じクラスになったけど・・・。 やっぱり、委員長って不思議君かも。 「わかりました。成子さん。ではこうしましょう。もし、ボクが成子さんに、目に見えないものを一瞬で目に見えるものとして見せることが出来たら、成子さんはうちのクラブに入るっていうのはどうですか? 」 「・・・目に見えないもの?」 「はい」 目にネェ・・・。
セックスドロップ?ドイツ SEX DROPS小情人
「今、見えないの?」 「そうですよ」 「今、ここの場所にあるのに私には見えない何かを一瞬で見せてくれるっていうんですか?」 「そうですよ」 見えないものを見せる。 「・・・ギャグとかじゃダメですからね」 「勿論」 「マジックも不可ですよ」 「はいはい」 「・・・じゃぁ」 そんなのってあるわけないし、ギャグでもないって言うし・・・。 「・・・いいですよ」 「わぁ、そうですか!」 「・・・あっ。やっぱり、止めようかな」 「いやいや、何を仰いますやら」 なんかお互いアハハハハなんて乾いた笑い声を上げていた。 「じゃぁ、いいですか?」 「えっ。あ・・・はい」 「では、これからボクは、成子さんの周りにあるのに、成子さんの目に見えなかったものをお見せしましょう」 そう言うと、委員長は少し屈んでそして机の上にドンと水の入ったプラスチックの入れ物を置いた。
「それは、これです」 「・・・これってもしかして」 そう言いながら私は委員長が屈んだ先に置いてあるものを見た。 ―――除湿機。 「ええと、これは・・・」 「これは、成子さんの周りの空気の中にあった水分です。空気中にある見えない水分がこうして除湿機のこのタンクに溜まって、こうして目に見える水分になっています」 「・・・空気。・・・水分」 やられた!と思った。 そんな私を見て委員長がにやりと笑った。 「これでクラブになりました! 成子さん感謝! 感謝!」 そう言いながら委員長は私の手をとって「握手、握手」なんて言っている。 あぁ・・・。 私はなんてことを言ってしまったんだろう。 「成子さん。『大切なことは目に見えない』って言いますよね」 「・・・それって確か『星の王子様』の中に出てきなような・・・」 「ええ、そうですね。そして、その言葉はマジックの世界にも通じる言葉なんですよ」 そう言って、委員長は笑った。 それも、さっきのとは違ったとびっきりの優しい笑顔で。 「つまり、その言葉を知っているっていう時点で成子さんは立派な『マジック部員』ですよ」 そんな委員長の笑顔に少しだけときめいてしまった私は。 既に、委員長のマジックの中に嵌っているのかもしれない・・・。
繊之素カプセル せんのもと(2代)
Category:None | BlogTownTheme:指定なし
Posted by chinaseiryoku at 03:23
| Comment(0) | Trackback(0)
Page Top ▲
March 30th, 2009
黄昏時の駅はけっこうな混み方で、その雑踏の絶え間なさが、ぼろぼろのスゥの心を一層ささくれだたせる。オフィス街から30分の好位置にあるこの綾野町駅周辺は最近ロータリーが整備され、洒落たカフェテラスなどもできて、バスの乗り継ぎもよく、隣の町からもよく人が来るようになった。改札を吐き出された時、頬にかかる涼しい風のおかげでやっと俯いていた惨めな顔を上げる事ができた。春の終わりのよく晴れた日。祝福を受けるならこんな日がふさわしいと言うような。スゥこと、草壁すみれ 23歳。―――人生最悪の日。芸術系短大を経て入社した文房具、いや、今風に言えばステーショナリー中心のデザイン会社。7歳年上のその人は、企画部のリーダーのひとりで、スゥの最も尊敬する先輩であり、目標であり、3年間一途に想い続けた片思いの相手でもあった。斬新な企画をどんどん提案するタイプではなかったが、思慮深く、物事を客観的に冷静に判断する能力に優れ、人当たりがよいため、上層部にも信頼され、勿論後輩達からの人望も厚い。穏やかな微笑みは自分だけのものではないとは知っていた。でも、たまに残業のお詫びに夕食をご馳走になったときのやさしい心遣いは、もしかして?と恋愛に慣れないスゥに期待を抱かすのには充分であった。なのに―――。
天天素
「我等が頼もしい兄貴、藤原保氏は、総務部の中野喜美子さんとこの度、華燭の典を上げられることになりました〜!」5月の半ばの水曜日。、企画部の朝礼で、進行役の大岡という先輩が連絡事項の後に突然宣言した時、スゥは文字通り、凍りついてしまったのだった。藤原は出張で明日からの出社になっていて、主人公のいぬまに、と言うことで今までいろいろ相談されていたらしい1年後輩の大岡が、頃は良し、と企画室の皆に打ち明けたのだった。「ええ〜〜〜!まじ!?」「いや〜ん、私憧れてたのにぃ〜」「いや、めでたいこっちゃ、あの堅物の藤原さんがねぇ。」「中野さんって、可愛いけど大人しいタイプだよね?・・・確か草壁と同期じゃなかった?」突然隣の席の先輩に話しかけられ、茫然自失状態のスゥははっと我に返る。「え!?あっ、ええ、そうです。あまり話したことは無いけど。」「ふーん、ま、総務部じゃねぇ。大体総務って事務仕事でさ、腰掛け程度に考えてる女子社員、多いんだよね。だから結婚も早いって言うか・・・」ま、それは偏見かもしれないが、実際片付いていく女子社員が多いのは、執務や総務と言った事務的な仕事の部署だったのは否めない。
男宝
企画室の中央では大岡を中心に2次会の計画が立ち上がっており、2〜3人が幹事として立候補しているようだった。時々、楽しそうなさざめきが起き、スゥの凍った心にトゲのように突き刺さる。やがて皆三々五々それぞれの仕事に戻り、朝方の華やいだ雰囲気はどこへやら皆デザインのプロとして、パソコンに向かったり、製図台の上に線を引いたりと若い熱気に包まれた。スゥもここ半年取り組んでいる、手の不自由な人のための便利な事務グッズのデザインブックを取り出し、ひっくり返したり、画用鉛筆を削ったりして仕事をしている振りをしては見た。が、後で振り返ってみて、正直、これでは給料泥棒だと自分をあざ笑ったぐらいだから、そのクオリティはたかが知れている。結局、一日中何事にも集中できず、ともすれば泣きそうになる心を封じ込めることに全力を使う羽目になった。
なのに あんな頼まれ事を引き受けてしまうなんて。のろのろとロータリーを右に歩き出す。いつか先輩に告白される日を夢見てきた。仕事で認めてもらえるよう必死でがんばった。残業でも、もしかしたらに夕食に誘ってもらえるかと思うと苦にならなかった。(・・・そんな受け身な恋をしていたからだ・・・身勝手な妄想もいいとこだ)(でも・・・)(大好きだったのにな・・・)はき古した黒レザーのスクエアシューズにごく平凡なパンツにニット、ここのところの忙しさにかまけ、不精して美容院に行っていない髪は、中途半端なシャギーになり果てて肩の下にぶら下がっている。今日は藤原に会えないとわかっていたのでロクに化粧もしていない。ウインドーに映る、冴えない自分の姿にもうんざりし、顔を背けたとたん、歩道の段差によろめき、不毛の思考回路が一旦停止した。「あ・・・行き過ぎちゃった。」ぼんやりしていたせいで目的地に向かう細い道を少し遣り過ごしてしまっていた。ロータリーを4分の1周したところにある、目立たないわき道。そこを入って少し歩いたところに目的地はあった。大好きな場所なのに、今は一番行きたくないところ。
威哥王
「ゴリラの花屋」「・・・あ、草壁さぁん。」落ち込むあまり、そそくさと定時で上がろうとしたスゥを目ざとく見つけ、大岡が声をかける。「はい?」「あのさ、頼まれてくれない?・・・や、実はさ、明日藤原さん帰ってくるだろ?で、皆少し早めに来て『おめでとう』を言って驚かそうってさっき決めたじゃん。」「・・・はぁ。」「それでさ、そん時に花束渡そうって思うんだけど、草壁さん、前に安くてサービスのいい花屋があるって言ってた事思い出してさ。明日の為に花束用意してくれない?2次会の予算で賄おうと思うんだ。」「・・・」そういえばそんな事を言った記憶がある。スゥはデザイン画に花をモチーフとして使う事が多いため、よく花を買う。切花だったりポットだったり様々だが、買う店はおおむね決まっていて、自宅の最寄り駅、綾野町駅の近所にある一軒の小さな花屋だった。
1年ほど前にできたのだが、小さい割りに花の種類が豊富で、取り寄せもしてくれる。蘭や、百合などの高価な花はあまり置かず、名前も知らない、小さな花がびっしり房になっている南方系の珍しい花々を安く提供してくれる店で、スゥはほぼ毎週末にがんばったご褒美として、自分にささやかな花を買っては楽しんでいた。「どうかな?明日なんだけど・・・。」大岡が無邪気にに尋ねる。「ええ・・・いいですよ。おめでたいことだからピンク系の花でまとめたほうがいいですよね?予算は・・・・・ああ、それならステキな花束を用意してくれると思います。」すらすらと上手に応対している自分の声が他人のようだ、とスゥは思った。そのおかげで大好きな人の幸せを祝う花束を買ってくる羽目になったのだ。
蟻力神
店の前はレンガを敷き詰めてあり、たくさんの花篭や、ガーデニング用のポット苗が具合よく置かれていて、ちょっとした花のプロムナードのようになっており、甘い香りを放っている。スゥはその前をすり抜け店内に入った。「・・・いらっしゃい。」いつもの店長の低い、いい声に出迎えられる。スゥは様々な色のバラが置かれているコーナーの前に立った。(あーあ、ついにきちゃったよ・・・お人よしにも程があるな、私のばか。明日は休もうかと思っていたくせに、あんなこと引き受けちゃうなんてさ・・・)それぞれ花活けには小さなポップが添えられ、無骨な文字で花言葉が添えられてあった。白いバラ―――「心からの尊敬」黄色いバラ―――「あなたに恋します」ピンクのバラ―――「美しい少女」そして赤いバラ―――「あなたを愛しています」どれも今のスゥには惨すぎる言葉の羅列だった。
「・・・珍しいですね、今日はバラですか?・・・・・・・・・」いつの間にか後ろに立っていた店長の声が落ちてくる。スゥは自分が泣いていることに気がつかなかった。「・・・珍しいですね、今日はバラですか・・・・・・・・・?」「あ・・・?」いつの間にか滂沱と涙を流していたのだった。美しいバラと花言葉を眺めているうちに、どうしようもなく惨めな自分になっていくのは自覚していたけれど。とれかけのパーマヘアが思い切りつむった瞳を隠してくれてはいたが、頬を流れる涙まではフォローしてくれなかったらしい。「う〜〜〜、うえ、うええええっ」バラたちに塩辛い水がかかるかもしれないと、一瞬しようも無い事が頭をよぎったが、一度泣いている自分に気がつくともう止められなかった。
三便宝
「あの・・・すみません。」しばらくして、スゥはやっと顔を上げる事ができた。ハンカチでゴシゴシ拭いた顔はメイクが落ちて、目も腫れて散々なのに違いなかったが、とにかく迷惑を詫びなければ。・・・と、店長がいない。見ると店の外で、お客に対応している。店先に置かれたポットの苗を買いに来た客らしい。会社帰りらしいOLが二人ほど、笑いさざめきながら店長に育てるコツなどを尋ねているらしく、背の高い店長が膝を折って説明している。しばらくして、お金を受け取ると、お客は店の外に出したままポットを持ってレジに戻り、ビニール袋と厚紙とで丁寧に詰め合わせてお釣りと共にお客に渡しに行った。(私が泣いていたから気を使ってくれているんだ・・・さぞや変に思ったろうに、何も言わないでくれたし・・・・・・。)店長の気遣いにほんの少し癒された気分になった。
しばらくして店長が戻ってくる。スゥは真正面から彼に向き合った。(うわ・・・こんなに大きな人だったんだ・・・)体格のいい人だとは思っていたが、今までレジの大きなテーブルに座ってアレンジメントをしていたり、しゃがんで花の世話をしている事が多く、これほどとは思わなかった。背が高いだけではなく、白いTシャツから伸びている筋肉質の首も腕も、ラグビー選手だと言ってもいいほどで、小さな店内をその存在感で圧倒している。何度も足を運んでいる店なのに、ほとんど花しか見ていなかったのだ。イケメンだな、と軽く思っていたくらいで、じっと顔を見たこともなかった。
五便宝
「・・・決まりました?」深みのある声が落ちてきた。「え?・・・あ、ああ!ごめんなさい、ごめんなさい。変なところ見せちゃって、ご迷惑おかけしました!・・・もう、大丈夫ですから!」一瞬、落ち込みを忘れていた自分に気がつき、すみれは呆れてしまった。(こらぁ、ちょっとイケメン見たらもぅこれかぁ?わたしのばかばかばか!)「・・・お花・・・バラを御入り用ですか?」「あ・・・そう、そうなんです。同僚が今度結婚するんで、皆でお祝いしようって・・・。えと、えと・・・予算はこれぐらいなんですが、花束にしてもらえます?」「・・・長持ちさせるなら、花束よりアレンジメントの方がいいですが?」「あ、そうか。」そういえばそうだ。大岡が花束と言うものだから、ついインプットされてしまったが、お花が長持ちする方がいい。男の人は花瓶の水など取り替えないだろうから、どうせウチに持って帰るんだろうし、そのほうがいいかもしれない。大岡も別に反対はしないだろう。
「じゃ、アレンジメントでお願いします。」即座に決めてスゥはそう言った。「承知しました。お祝い用のラッピングにしますね。」「はい・・・お願いします。」店長はピンクのバラを中心に花々を選んでいく、雄渾な体格に不釣合いに小さく見えるモスグリーンのデニムのエプロンが可愛らしいな、とスゥは思った。「こんな感じでいいですか?」片手に持った大きな花束をスゥに差し出しながら、店長は尋ねた。「わ・・・すごいいっぱい。あ、お願いします。」「カゴはどれにします?」どうでもいいや、とつい考えてしまう情けない自分がいたが、せっかくのお花なんだからキレイに飾った方がいいと思い直し、ざっと見てピンクと相性のいいような茶色い籐の籠を選んだ。
VigRx
パチン、パチン花バサミの音を小気味よく立てながら、店長がオアシスに花を刺してゆく。無骨ともいえる大きな手なのだが、指は長くて美しく、器用に花を盛り上げ、美しくアレンジができてゆく。時折レジにお客が花を持ってやってくるが、スゥに会釈して丁寧に応対し、レジを済ませるとまた作業に向かう。どんどん出来上がってくるアレンジメントと、それを創ってゆく大きな人にいつしか夢中になって見とれているスゥがいた。パチン、パチン。ゆるく縮れた長めの前髪が揺れる。(前からハーフっぽいって思ってたけど・・・これじゃギリシア彫刻じゃない?)色も黒くて、それも日本人が日に焼けたという感じではなく、オリーブがかった美しい肌色で、顔立ちも彫りが深い。唇は官能的に厚くて大きい。ふと、彼が顔を上げた。「え!わ、じょ、上手ですね。」不意を喰らい、ドキンとして、テキトウな言葉で取り繕う。すると、やや下がり気味の黒い瞳が細められ、目じりに皺がよる。彼は笑ったのだった。
巨人倍増
パチン、パチン「・・・・・・あ、あのー・・・さっきは泣いててごめんなさい。」間に耐えられなくなってかどうか、スゥは急に話をしたい気分に陥る。「私、私ね・・・、今日失恋しちゃって・・・実はそのお花も好きだった人が結婚しちゃうお祝いなんです・・・」「・・・そうですか?」視線がスゥを捉えた。「う・・・うん、なのに買いに行く役を頼まれちゃって、断れなくって、我ながらなんて惨めなんだろうって・・・急に情けなくなって、それで・・・」話しているうちにさっきの暗澹たる想いが蘇ってきて、スゥは言葉が続かなくなった。「・・・この花知ってますか?」出し抜けに店長は、オアシスに刺そうとしていたピンクの花をすみれの鼻先で揺らした。「え!?ええ、スイートピー・・・ですよね?」「・・・そう、花言葉は『優しい思い出』、とか『門出』。」「・・・・・・・・・」「・・・大丈夫です。」何が?と聞こうとして口ごもり、スゥは目の前の人を見つめた。前髪の奥で、また瞳が眇められる。
「・・・あ、あのー、あのっ。なんでゴリラの花屋なんですか?このお店、こんなにかわいいのに。」「・・・・・・・・・」(わ!なんちゅーことを!聞くにことかいて!如何に動揺したとはいえ・・・)ドキドキドキ「・・・あだ名だったから。」「え?」「小学校から高校までゴリラって呼ばれてたんですよ、俺。だから。」(ゴリラ?でも、こんなに美男なのに?確かに日本人離れしているけれど)スゥの疑問が顔に出ていたのか、店長は今度は完全に唇を少しあけて笑った。(わ!セクシー!)「俺、祖父がボリビア人で、体もでかくて、苛められてたから。」「ボリビアって確か南米の・・・」「ええ。」「・・・・・・・・・」
絶對高潮
「さぁ、できました。・・・どうですか?」なんと言ったものかスゥが考え込んでいると、花バサミを置いて店長が籠を差し出した。バラ、カスミソウ、スィートピー、アルストロメリア、ストック等、ピンク系の色合いの花を中心に見事にアレンジされている。「・・・すごい・・・きれい。」「ありがとうございます。ラッピングするのでもう少々お待ち下さい。」いいながらセロファンと和紙で包み込み、様々なリボンをはさみでしごいてカールをつけ、瞬く間に美しいフラワーアレンジメントの包みが出来上がった。「カードを入れて置きますので、よければ後でメッセージを。」「あ、・・・はい。」自分も書かなくてはいけないんだろうか?可愛らしい罫線で囲まれたカードを見てまた少し気分が重くなる。
「・・・あ、ちょっと待ってもらえますか?」会計を済ませ、大きな籠を抱えて店の外に出たスゥに店長が声を掛ける。「?」店長はそのまま店内にとって返し、しばらくしてから出てきた。手にリボンをつけた開きかけの赤いバラを持っている。「・・・これを・・・・・・よければどうぞ。」「・・・?・・・私に?」「花言葉は・・・ご存知ですよね?」「えー・・・・・確か・・・」「・・・・・・ダメもとで言うんだけど、俺の気持ちだから・・・」「・・・え?」スゥは目の前に差し出された、赤いバラから大分上の方にある静かな顔を見上げた。「いつも金曜日に来てくれてたでしょう・・・?」「あ・・・そうです。休日にお花見ていたくて。」「ずっと、待ってました。いつも嬉しそうに俺の育てた花に語りかけてくれてた。・・・・・・俺に乗り換えませんか?口は達者じゃありませんが、頑丈さだけは保障しますよ?」「・・・・・・・・」「あ、別に振ってくれてもかまわないけど。・・・今なら。」「・・・・・・」「俺は、間・エステヴァン・丞一郎。ジョーって言うんです。草壁すみれさん。」「・・・・・・・?」「前に地方発送を承った時に名前、知りました。ごめんなさい。」彼が少し頭を下げ、顔が近づく。思わずスゥの背が弓なりになる。
RU486
「・・・あ〜、それはいいんですけど・・・あのー・・・そのぅ・・・それって・・・えーと、もしかして、私を好きだってことですか?」「他にありますか?」「だって・・・だって・・・失恋したばかりなのに・・・。」「だから勇気を出して、やっと言えたんですが。」こりゃ、自分勝手だったかな?と小さく呟くのが聞こえたが、スゥはどう反応していいのかわからなかった。一日のうちに失恋と告白を経験するなんて今までの人生にはなかったことだ。真摯な黒い瞳から逃れるように、スゥは店内を埋めつくす花たちをみた。床に、壁に、天井に、愛情たっぷりに世話をされた花々が飾られ、息を詰めてスゥを見つめている。まるで、私たちのご主人を悲しませないで、というように。花たちのシンパシーをスゥははっきり感じる事ができた。
「あの・・・私はスゥ。すみれのスゥです。」しばらくして心が決まる。「スゥ?」「・・・これからもここにお花に買いに来ます。・・・そんで・・・これから毎日このお店の前を通って通勤します。・・・今はこれだけでもいいですか?」「充分です。ありがとう。」スゥは赤いバラを受け取った。まわりの花々のさざめきが二人を包む。スゥは思わずにっこりしたが、コレが今日始めての笑顔になるとは気がつかなかった。久々に恋のはじまりを書いてみたくて。お約束の展開ですが、実際にはあまり無いような恋のはじまりですね。店長、ジョー君のイメージにはジャンプ連載の「ブリーチ」に出てくる茶渡君(優しい大男)がありますが、ビジュアル的には少し違います。 おまけ!
MaxMan
彼女はいつも金曜日の午後遅くにやってくる。俺がこの店を始めた10ヶ月前からずっと。晩夏の薄暮のこともあれば、すっかり日の落ちた冬の宵の口なこともある。そうして、少しばかりの花を買うためにゆっくり狭い店内を彷徨っている。そう。彷徨っているというのがちょうど具合のいい表現だと思う。まるで妖精のように、ふわふわした髪をして、其処此処に置かれた花たちに挨拶をして回っている。自分では気がついているのか、いないのか、時々小さな声で花に話しかけているときもある。最初は不思議な子だと思っていたが、その内に何を言っているのか聞きたくなり、花の手入れをしている振りをしながら、近づいてみるようになった。「あら?・・・キミは初めて見るね。名は・・・?」「こないだ買ったキミのお友達は私の家で元気にしてるよ。」
等等
彼女は花だけでなく、ごく稀に俺に話しかけてくるときもある。全部花のことだ。「・・・このお花は育てるの難しいんですか?」「あまり水を遣りすぎてもだめなお花もあるんですね?」などと聞きながら視線は俺ではなく、ずっと花を見つめている。本当に花が大好きな子なんだと思っていたら、いつの間にか俺がこの子を好きになっていた。女の人は苦手だと思っていたのに。何人か積極的に付き合いを申し込んでくる女の人はいたが、大抵逃げるようにして断った。いや・・・女性どころか、俺は人間と付き合うのがとことん上手でない。体が大きく色黒なおかげで、小さい頃からゴリラだドジンだとからかわれていてた。大抵は放っておいたが中3の時、こっちが黙っていることをいいことに、少し足の不自由な俺の妹の悪口まで言って来たヤツがいて、あの時は本気で腹が立った。手加減して殴ったつもりだったが、相手はふっとび、肋骨を折る重傷で、結局俺が相手に謝る羽目になった。
夜夜堅
わかってくれたのはほんの2、3の周りの人たちだけで、でも、それでよかった。そいつは二度と俺の前に出てこなくなったから。しかし、そんな事があってから、あまり人とも話さなくなり、勉強は嫌いではなかったが、早く一人立ちしたくて、高3の時も、勧められた大学に受験をしただけで、合格はしたものの、入学金が惜しくて行かずじまいに終った。それからはバイトに明け暮れた。ほとんどは引越し業者や、解体業者などの肉体労働で、キツイこともあったが、あまり話をしなくていいし、なにより金になった。それが何で客商売を始めたかというと、俺は昔から花が大好きで、見るのも育てるのも好きだったからだ。お客相手となら、決まったことだけ話せばいいし、仕入先となる市場や園芸農家の人たちはオッサンばかりで、概ね俺と似たような不器用さをもっている人たちが多かったし(バイトやっててわかった)、地道にやっていく分にはそんなに困らないだろうと考えた。7年必死で働いて、どうにかまとまった金がたまったので、郊外の駅前に小さなテナントを借りる事ができたのをきっかけに商売を始める決心がついた。
曲美
ロータリーから少し離れた、裏通りの店だったが、安く親しみやすい花を中心に置いたおかげで、若い連中が立ち寄ってくれるようになってなんとかテナント料を払って、食っていけるようになった時(それで充分だったが)彼女と出会ってしまった。その日、彼女はいつもより早く、店にやってきた。俺は5時を回った頃からそわそわして、用も無いのに店先の掃除をしたりして駅の方向を伺っていたから彼女がやってくることはすぐに気がついた。慌てて店の中に取って返し、何食わぬ風を装って、昼頃とどいた苗をより分ける作業を始める。彼女が店に入ってきた。
「いらっしゃい。」よかった、普通の声だ・・・よな?ん?いつもなら嬉しそうに花たちの間を見て回るのに、今日はのろのろと薔薇の切花の水差しの方へ・・・・・・おや?様子がおかしい。勿論タマには薔薇をお買い上げになることもあったが、大抵は丈の低い、沢山の花芽がつく種類の物を選んでいくのに。薔薇の前で俯いたきり、顔も上げない。勿論こっちを向いてくれることも無い。俺は思い切って声をかけてみることにした。
「めずらしいですね、今日は薔薇ですか?」そのとたん俺は言葉を失った。大好きな彼女が泣いている・・・!女の人が目の前で泣いているのを見るのは初めてだった。どうしたらいいんだ?こんな時。慰めてあげたいけれど、どう声をかけていいのかわからないし、ヘタに声をかけたら消えてしまいそうなほど彼女は儚げに見える。ダメだ。どうしても言葉が見つからない。しかし、このまま放っては置けない。なんとか・・・そう、何とかしなければ。俺は心に決めた。・・・という訳でおまけです。男の人の視点になって、書くのはオリジでは初めてです。エピソードに使った、妹の悪口を言われて、普段大人しい男の子が怒った話は本当にあったお話。でも、実際には彼は叱られませんでしたが。世の中そんな捨てたモンじゃござんせん。
cialis
Category:None | BlogTownTheme:指定なし
Posted by chinaseiryoku at 23:57
| Comment(0) | Trackback(0)
Page Top ▲
March 25th, 2009
はっきり言って、今度の彼氏は三度目にして初めてのタイプ。何て言ったってまず、彼女歴がこの世に生を受けて唯の一度もないという男。本当にこれはあたしにとったら、物凄く珍しいことなのよ。とはいっても、その新しい彼がダサ男で全く異性から好かれないタイプ……というわけでもないのよね。なのに、今まで彼女を作ったことがないっていうのは付き合い始めて知った事。そんなあたしたちの出会いはライブだった。実はあたしにはバンドを趣味でやっている兄が一人いる。で、結構芸能関係に疎い、というより大して興味がないあたしが唯一足を運ぶのが兄のライブだったりするわけで。だってタダ同然だし、折角だから行くかってノリなんだけど。そして兄は一応ボーカルなんかしてて、まぁ、一応妹からしても上手いと言えるぐらい。思わず聞き惚れることは……そこまではないにしても何度かはある。きっと歌詞がいいからだとは思うけど。そんな感じで地元では、その手の知り合いの中では有名になりつつあるバンドだった。
MaxMan
「ねえ君、あいつの何?」「はあ?」出会いは本当に突拍子のない言葉だった。今思い出しても、絶対同じ台詞を言う自信がある。そのぐらい理解しがたい、なんともフシギな質問だった。よりにもよって、実の兄のオンナと間違われようとは、ねぇ?「伊吹!そいつは俺の妹だから。正真正銘。お袋に聞けば分かるって!!」「……そう、あまり似てないんだ」あたしたちの間に入った光司に対しての、その一言にあたしは理性を失っていた。「だから何っ?!」謝罪の一言が先でしょうが、何をさておき先ず!なのに言うこと欠いてそれなの?!姉とならともかく、兄とはそんなに似ないでしょう普通。……性格はともかくとして。キッと睨みを利かして敵視していると、場に合わないのんびりとした言葉が返ってきた。
「なら話は早いや。俺と付き合って」――そうして現在に至るわけなのだが、もしかしてコレって一生の不覚ってやつ?最近そんなことばかり考えるのは、明らかにあたしだけの責任じゃないと思うのよね。付き合って早々発覚した事実、それが今まで彼女はいないということだった。しかも彼女に似た女友達もいなかった、と。……じゃあ何で、あんな軽いノリであたしは今アンタと付き合ってるの?やっぱり伊吹といると自分がバカみたいに思えてきて仕方が無い。
夜夜堅
「何で、今まで彼女がいなかったの?ていうか、作らなかったの?」「彼女まで格上げする程、皆仲良かったわけじゃないってことだけ」「でも殆ど喋っていたのは男友達、って聞いたけど」あたしは兄貴と言葉を思い出してそう言うと、伊吹が顔を覗き込んできた。その至近距離に、心が人知れず暴れだす。けれどそんなこと、伊吹にも分かってもらえるはずもなく。じぃっと見てくる視線で逃れられないように射すくめられていた。「桜は昔の彼女候補の女の子と、自分とで見比べしたいの?……そう聞こえるけど?」「た、……ただっ、素朴な疑問だったの!!伊吹、モテナイわけじゃないでしょう!だ……からっ」きれいな澄んだ眼に自分の姿が映されていることに、あたしはどうしても耐えられなかった。それが頂点に達しようとしていたとき、無意識に両手を前へ突き出して伊吹を遠ざけていた。
「な、なに?どうしたわけ、桜」当然、伊吹の問いは自然な流れだろう。けれど、このバクバクと大きく波打っている鼓動の音は、暫く抑えられそうに無い。あーもう、やっぱりあたし、バカみたい。きっと伊吹はこんなちょっとした事でドキドキしたり、とかないと思う。なのにどうして、あたしはそうじゃないんだろうか。今までの経験と物語ってきたはずのモノは、伊吹の前ではあまりにも無力だった。女の武器と呼べれるものは彼には通用しない。もっと深いもの――心をすぐに見透かされている気がするから。「ごめんね、何でもない……」「本当に?」「……うん」疑うように問いかけられれば、それは嘘だと言いたくなる。だがその理由を述べるのは、まるで、あたしが初恋のように初な心があるということを言っているようなもンで。
曲美
……って、初恋?!いやいやいやいやいや、有り得ない。有り得るわけ、が、ない。その言葉に当てはまるのは伊吹の方じゃないの!!そうよ、そうに決まっている。「まぁいいや。俺、なんか作ってくる。桜はそこで待ってな」「え?あ、あたしも手伝う――」そう言って立ち上がろうとしたとき、伊吹が無言で手で制した。「アレの時期なんだろ?偶には俺の料理、楽しみにしてて」「……っっ。わ、分かったわよ」周期が分かってしまうのも、やっぱり何ていうか恥ずかしい。それにあたしの場合はそんなに軽い方じゃなくて。無理して明るく接することもしようと思えばできるのだけど、やっぱり後々辛くなってくるわけで。伊吹には仮面というものが、全く効かないのだ。取り繕って対応しても、なぜかすぐに仮面を外される。その中にいた、堂上桜という性格を前に出される。だから、もう無理はしない――否、することができなくなってしまった。もしかしたら、そのせいかもしれない。こんな他愛の無いやりとりだけで、あたしが中学生みたいな反応をしてしまうのは。
cialis
そうして、どのくらい物思いに耽っていただろう。気付けば、できたよ、という言葉とともに何枚ものお皿が目の前に置かれていた。「わ……、美味しそう」率直な感想がつい口から零れ落ちると、伊吹が楽しそうに笑う。「ま、味は保障するから、どうぞ召し上がれ」「うんっ、いただきます」両手を合わせて食べると、伊吹も同じように箸をつけていた。……しかし、いつも思うわけよ。どうしてこんなに美味しいものが作れるのか、って。味付けひとつにしろ、美味しいという漠然とした感想は思いつくが、それがどの調味料をどのくらい使ったらコウなるのかは全く検討もつかない。料理の腕が私のなんかよりさらに上回っているのをいつも実感させられてしまう。
「どう、美味しい?」「……うん、とっても」自分が切なくなりながらも何とかそう答えると、そっか、っていう返事が返ってきた。でもこういう何気ないやり取りがすごく安心感を与えてくれるのも、また事実。けれど……どうしてもあたしには腑に落ちない点がある。それは。「ねぇ、あたしたちってこうやってズルズル付き合っていくのかな」「……今のままじゃ、不安?つーかそれ不満?」「んーだって、どこを好かれているか未だに分からないままだし。少なくともOKしたのは、顔でもないから自慢したいわけでもないし」ありのまま思いついた言葉をそのままぶつける。伊吹は目を丸くしてそれを反芻していたが、ふっとあたしに視線を合わせた。
levitra
「それってさぁ、もしかして褒め言葉?」「……。さあ?」「何ソレ。分からないヤツだな」「それこそ、お互い様」分からないものは、分からない。理解しようとすればする程、余計過去の自分も分からなくなってくる。「じゃあ、あれだ?彼女としての自信がないってわけだ?」「……そう、なのかなあ」「桜はあれでしょ、俺より彼女歴が長いからそれなりの経験もある。だけど俺は今までの彼氏とは違うタイプだから、どう対応していいか分からない。で、考え出すにつれて好きっていう気持ちが不安になってくる」あたしはつい渋面を作り、声を失っていた。そうかもしれない、という思いがあたしの言葉を飲み込んでいく。「じゃあ、そんな桜を救ってみせましょう?」「はあ?どうやって?」疑いの眼を向けると、実に楽しそうに笑う伊吹の顔。
「好きな子がいなかったわけじゃないんだ、今まで。俺が今まで彼女を作らなかった理由はね、彼女にとって最高のパートナーは俺じゃない他の奴なんだろうなって思ってたから。だから告白もしなかったし、そんな素振りは見せなかった。だけど桜は違うんだ。俺が幸せにしたいと思った、初めての女の子なんだよ」どう、これでも自信がない?そう言ってあたしの体を簡単に抱きすくめる、この男、坂元伊吹19歳。あたしは本当の意味での恋に落とされた瞬間だと思う――。きっと、あたしたちにとってこれが恋愛のはじまり。
motivat
Category:None | BlogTownTheme:指定なし
Posted by chinaseiryoku at 02:22
| Comment(0) | Trackback(0)
Page Top ▲
[ Total:8 (2pages) ]
1
2
>