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【社説】

週のはじめに考える 日本人の『自分探し』

2009年5月10日

 経済不況、新型インフルエンザ、不透明な政局。閉塞(へいそく)感が強い日本列島で、多くの人々が、どんな生き方をしたらいいのか「自分探し」に懸命です。

 毎年実施される内閣府の「社会意識に関する世論調査」(二〇〇九年版)を見ていて、おやっと思ったことがあります。日本の現状は、景気や雇用・労働条件などで「悪い方向に向かっている」と見る人が過半数を占める一方で「国・社会志向」か「個人生活重視」かの質問には「国民は国や社会にもっと目を向けるべきだ」との意見が56%(個人重視は33%)と、一九七一年の調査開始以来、最高を記録したことです。

◆民意反映されない政治

 また八一年から調査項目に加わった「個人の利益」か「国民全体の利益」かでも「国民全体の利益を大切にすべきだ」が同じく56%(個人の利益重視は27%)と、これまた最高になっています。

 愛国心など他の調査項目ではそれほど大きな変化が見られないのに、「国・社会」重視派が五、六年前から右肩上がりに増え続け、今年初めの調査で最高になったのは、なぜなのでしょうか。

 昨年後半からの急激な景気悪化で失業、派遣切りなどに遭い、生活防衛に必死な国民が多いはずなのに「個人」より「国や社会が大事」とは、あまりにも物分かりが良すぎはしませんか。

 新聞記者の悪い癖で、この調査結果を見て素直に「国民の愛国心や社会性が向上した」と喜ぶ気になれません。有効回答数は全国六千人弱ですから、世論調査としては相当精度が高いといえます。

 もう少し調査結果を精査してみましょう。「国の政策に国民の考えや意見がどの程度反映されていると思うか」という設問があります。その回答は「反映されていない」が80%、「反映されている」が16%。「反映されていない」は四年前から増加傾向で、これまた調査開始以来の最高スコアです。

◆行動型民主主義への芽

 このあたりに疑問を解く鍵があるようです。一時は熱狂的な支持を得た小泉構造改革への揺り戻しとして、どうも自分たちの声が政治に届いていない、それならば政府や自治体任せでなく自分たち自身が国や社会にもっと目を向け行動しなければならないのではないか。「観客民主主義」から「行動型民主主義」への転換。その意識が「国・社会」重視派を増やしている背景ではないでしょうか。

 もしそうだとすれば、この傾向は歓迎すべきです。同調査でも約七割の人が「何か社会のために役立ちたい」と回答しており、「自然・環境保護活動」(41%)「地域活動」(36%)「社会福祉活動」(35%)などを挙げています。まさに生活の中での「自分探し」をしているのです。

 だが行動の前に立ちはだかる壁もあります。付和雷同しやすい日本人の伝統的な特性や「寄らば大樹」志向が根強いことです。

 作家の橋本治氏は、バブル経済後の日本の特徴として「どうしたらいいか分からない」状態が広がり「だからこそ『勝ち組』という例外的なものが登場して、そこにみんながぶら下がらざるをえなくなった」と分析しています(「乱世を生きる 市場原理は嘘(うそ)かもしれない」集英社新書)。

 リクルート社の調査によると、来春卒業予定の大学生の間では就職志望企業としてJR東海、JR東日本、三菱東京UFJ銀行など運輸、金融関係が上位を独占し、昨年は六位のトヨタ自動車が九十六位、同八位のソニーが二十九位に急落。堅調な企業に人気が集まるのも分からないではありませんが、若者意識の変化も極端ではありませんか。

 今年は文豪・永井荷風の没後五十年にあたり、戦前の軍国主義の中でも個性的な生活態度を貫いた彼の生き方を見直す企画が随所で行われています。

 「日本人には理想なく強きものに従ひ其日(そのひ)々々を気楽に送ることを第一となす」(原文のまま)

 荷風は太平洋戦争が始まる半年前の日記にこう記しています。

 父の援助で渡米し銀行に勤務するものの、文学をやりたいと五年後には帰国して作家生活に入った荷風。名作「ぼく東(ぼくとう)綺譚(きだん)」などで描いたのは、一貫して「心の自由」を求める市井の人の姿でした。

 「強欲資本主義ウォール街の自爆」(文春新書)を書いた神谷秀樹氏は、金融資本主義の反省として、今こそ自分たちがどこから来て、どこへ行きたいのかを正直に問い直す時だといいます。

◆何をどうしたらいいか

 現代日本人は、自ら「社会のために」ひと肌脱ごうとの意識に目覚めつつも、まだ何をどうしたら自分らしい社会貢献ができるのかに迷いつつ「自分探し」をしているのが現状かもしれません。

 

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