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クローズアップ2009:足利事件、再審の公算大 自白・状況証拠、焦点に

 <世の中ナビ NEWS NAVIGATOR>

 「足利事件」の再審請求を巡り8日、菅家利和受刑者(62)と証拠物のDNA型が一致しない結果が出た。2人の鑑定医の結論が一致した事実は重く、再審に向け一歩踏み出した。東京高裁の審理のポイントは捜査段階の自白など他の証拠の信用性に移る。一方、無罪を訴えながら同時期の鑑定を有力な証拠に死刑が確定し、執行されたケースもある。米国のように証拠は冷凍保存されておらず検証は不可能であり、保存方法を巡る論議も起こりそうだ。【安高晋、伊藤直孝、伊藤一郎、千代崎聖史】

 ◇検察「DNAだけでない」

 「かなり詳細な鑑定書。内容を読み込んでから対応する」。東京高検の渡辺恵一次席検事は8日夕、記者団に繰り返した。確定判決を揺るがす再鑑定結果で、今後は検察側の対応が焦点になる。渡辺次席検事は「いたずらに引き延ばすつもりはない」とも語った。

 75年の最高裁決定(白鳥決定)は再審開始について、新たに発見され(新規性)、確定判決の事実認定に合理的疑いを抱かせる(明白性)証拠が必要で、他の証拠と総合的に評価すべきだとの考え方を示している。弁護団は「明らかに再審開始の条件を満たす新証拠」と強調した。

 一方、検察内部には「すぐに再審開始にはつながらない」との受け止め方が根強い。問題にしているのが、鑑定対象となった着衣の体液が本当に犯人のものかどうか。検察幹部は「鑑定書をよく読んで、確かめなければならない」と語った。

 また、当時の鑑定について別の検察幹部は「確率が低く、証拠価値も相対的に今より低かった」と話す。菅家受刑者は、1審の途中まで自白していた。確定判決は自白や状況証拠なども考慮していることから「DNA鑑定だけが決め手ではない」との見方だ。弁護側もこの点は認識し、「間違ったDNA鑑定の結果を突きつけられて自白した」と反論する方針。

 東京高裁はこれらを踏まえて再審を開始するかを判断する。開始決定の場合、検察側は5日以内に最高裁に特別抗告できる。死刑か無期懲役が確定した事件での再審開始は、静岡地裁で無罪が確定した「島田事件」(87年再審開始確定)が最後。昨年7月には東京高裁が「布川事件」の2人に再審開始決定をしているが、検察側が特別抗告し最高裁で審理中だ。

 ◇当時の手法で170件実施

 91年に実施された足利事件の鑑定は、科警研が開発した「MCT118型」。特定の染色体にある16個の塩基配列の繰り返し回数が人によって異なることを利用する。同じ118型だが、94年に手法を変えるまで約170件実施された。

 この鑑定の信用性が争われたのが、92年に福岡県飯塚市で小学1年の女児2人が殺害された「飯塚事件」。一貫して無罪を訴えた久間三千年(くまみちとし)元死刑囚の死刑が確定し、昨年10月に執行された。

 飯塚事件の公判に証人として出廷した石山〓夫(いくお)・帝京大名誉教授(法医学)は「科警研鑑定は精度が低かった。こうした問題が起きると危惧(きぐ)していた」と語る。村井敏邦・龍谷大法科大学院教授(刑事法)も「当時はDNAさえ一致すればいいという『信仰』があった」と指摘した。今回の鑑定でも、鈴木広一・大阪医科大教授は「当時、刑事司法に適用する科学技術としては標準化されていなかった」としている。飯塚事件の弁護団は、今回の結果を根拠に、当時の鑑定は信用性が低いとして再審請求する方針だ。

 今回は証拠の資料が残っており、再鑑定が実施できた。しかし、飯塚事件では鑑定で資料がなくなり再検証は不可能だ。

 米国の冤罪(えんざい)事情に詳しい伊藤和子弁護士によると、米国では90年ごろから有罪確定後の鑑定で無実が判明するケースが相次ぎ、ニューヨークのNPOの統計では238人の冤罪が明らかになった。04年に懲役刑の確定者が申し出れば鑑定を認める規定が連邦法に盛り込まれ、再鑑定を不可能にしてしまう証拠資料の破壊(全量消費)をした場合は罰則もあり、原則的に冷凍保存しているという。

 ◇最新の鑑定、個人をほぼ識別

 警察庁によると、科学警察研究所(科警研)のDNA型鑑定は89年に始まった。92年以降、全国に拡大、現在は全警察本部の科学捜査研究所(科捜研)で実施されている。鑑定の精度の変遷は大きく分けて4段階。最新の鑑定で別人が一致する確率は「4兆7000億人に1人」と、個人をほぼ識別できる。

 しかし、初期の精度は低かった。第1段階は、DNAの一部位を増幅させて塩基配列の繰り返し数を分析する検査手法がメーン。別人で一致する可能性は「1000人に1・2人」。足利事件の鑑定はこの時期に含まれる。

 第2段階は、傷みが激しい資料からも鑑定できるようになり、精度は6万6000人に1人に上がる。第3段階は、より微量でかつ古い資料が鑑定可能な「フラグメントアナライザー」と呼ばれる鑑定装置が導入され、1100万人に1人という精度に達した。

 06年11月からの第4段階は、検査手法は変わらないものの、DNAの中の鑑定部位を増やしたことが特徴で、個人識別精度が飛躍的に向上した。比例するように、鑑定の実施事件数も増えており、92年は51事件だったのが、昨年は3万74事件。

 また、警察庁はDNA型データベースの整備も進めている。今年3月末時点で、容疑者データベース4万6949件、遺留物データベースは1万6380件。DNA型データベースを活用し、容疑者が確認されたケースは3906人に上っている。

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 ■DNA型鑑定の精度の変遷

   時期     別人で一致する確率

(1)89~96年 1000人に1.2人

(2)97~02年 6万6000人に1人

(3)03~06年 1100万人に1人

(4)06~現在  4兆7000億人に1人

毎日新聞 2009年5月9日 東京朝刊

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