DNA鑑定の「象徴」とされる事件の根底が大きく揺らいだ。90年に女児が殺害された栃木県の「足利事件」で東京高裁は8日、遺留物と菅家利和受刑者(62)=無期懲役確定=のDNA型が一致しないとの鑑定書を検察と弁護団に渡した。最高裁が鑑定の信用性を認めてから約9年。弁護団は「今日が新たなスタート」と決意をにじませた。【安高晋】
鑑定書を受け取り記者会見に臨んだ佐藤博史弁護士の目に涙が光る。「予想をはるかに超える結果。当時の鑑定を批判した二つの鑑定書からは科学者としての憤りや良心を感じた」。千葉刑務所で弁護団から鑑定書を見せられた菅家受刑者は「じーんときて涙が出た。一日も早く再審を開始してもらい、両親の墓参りがしたい」と語ったという。佐藤弁護士は「無実を訴える人のために、常に再鑑定できる仕組みを保障してもらいたい」と声を震わせた。
佐藤弁護士らが日本大医学部の押田茂実教授(法医学)を訪ね、再鑑定を依頼したのは97年。同教授は当初、「結果は同じ。やめたほうがいい」と固辞したが、弁護団から鑑定の画像を見せられ思い直した。元々精度が低い測定方法なのに、読み間違いが起きそうな部分の画像が不鮮明だった。
「やってみる価値はある」
刑務所で服役している菅家受刑者の毛髪を封筒に入れて郵送させ鑑定した。結果は4本とも科学警察研究所の結果と異なるものだった。
弁護団は、上告審の補充証拠として、さらに02年の宇都宮地裁への再審請求で、この押田鑑定を証拠提出したが、いずれも実質的に検討されることはなかった。押田教授は「裁判所が早く再鑑定していれば、公訴時効(足利事件は05年)前に真犯人を見つけ出せたかもしれない」と憤る。
佐藤弁護士は「(被害者である女児の)執念かもしれないが、真犯人のDNAにまで到達できた。真実を追求する検察や警察はどう動くのか」と話した。
「DNA型不一致」の再鑑定結果を受け、当時、菅家受刑者の取り調べをした栃木県警の元捜査員は「(DNA鑑定は)始まったばかりで、逮捕の決め手にしようとは思わなかった」と振り返る。そのうえで「逮捕は総合的な判断に基づくもので、犯人か犯人でないかは裁判が決めること。個人的な考えはない」と話した。また、女児が通っていた保育園の園長は「結果がどう出ようと、子供の命が誰かに奪われたことに違いはない。今でも怒りを持っている」と述べた。【古賀三男】
鑑定を実施した科警研を抱える警察庁では「鑑定結果の内容を詳しく検討してみないと何とも言えない」との声が大勢を占めたが、当時の鑑定精度の限界に言及する幹部もいた。ある幹部は「当時のDNA鑑定としてはベストを尽くした結果だったが……。精度がまったく異なる現在の状況に与える影響はないと思う」と言葉少なに話した。
毎日新聞 2009年5月8日 22時29分(最終更新 5月8日 23時35分)