社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

社説:水俣病救済法案 全容解明せず幕引くな

 水俣病が公式に確認されてから53年が経過した。国会には自民・公明両党と民主党がそれぞれ被害者救済法案を提出している。与党は3年、民主党は5年をめどに救済申請を終了することとされている。

 早期に広く救済を進めることは当然だが、ともに水俣病問題に終止符を打つことが意図されているとみられてもやむを得ない内容だ。水俣病の全容はいまだに解明されていない。原因企業のチッソが責任を全うしたとも言えない。チッソの排水垂れ流しに適切な対策を取らなかった行政の責任の取り方も不十分なままだ。両救済法案は有機水銀中毒の症候がひとつでもあれば、一時金や医療費を支給の対象にするというものだ。しかし、新法以前に公害健康被害補償法がある。それに基づいた認定申請者は熊本、新潟合計で6000人以上いる。

 関西訴訟判決は二つ以上の症候でなければ認定しない認定基準の見直しそのものを求めていたはずだ。本当に被害者の救済を第一に考えるのであれば、認定基準の見直しを行うことだ。あるいは、環境省の水俣病問題懇談会が06年に提起したように、最高裁判決をもとにした包括的な救済が可能な新しい枠組み作りに取り組むことだ。

 民主党案は最終解決までの期間が自民・公明案より長い上、一時金額も高くなっている。被害調査の実施も盛り込まれている。与党案にあるチッソを救済のための会社と本業を行う会社に分ける案も民主党案には入っていない。

 このうち、被害調査は行政が最重要課題として早急に取り組まなければならない事項である。日本の高度成長の典型的公害と言いながらも、実態の全体把握がいまだにできていないことは、不作為と言わざるを得ない。こうした調査を実施するのであれば、救済の年限を5年に限ることはもともと困難なはずだ。

 与党の救済法案が提出された段階で、被害者団体の中に撤回を求める声が上がっているのも、認定基準問題や被害の全容解明に踏み込んでいないからだ。

 95年に政治解決が図られたものの、新たな認定申請や損害賠償請求を行う被害者が出ているところに、水俣病の難しさがある。現行の認定基準に手が付けられなければ、認定申請者の多くは棄却されてしまう。気の毒だから一時金を支払い、決着をはかろうというのでは、解決にならない。政治決着の限界である。

 自民・公明両党と民主党の間で法案の修正ができたとしても、裁判に訴えている被害者が納得できる状況は生まれにくい。公害問題の解決は被害の実態把握なしには不可能だ。

毎日新聞 2009年5月8日 東京朝刊

社説 アーカイブ一覧

 

特集企画

おすすめ情報