キリストは釈迦の弟子
図説 千利休―その人と芸術 (ふくろうの本) 価格:¥ 1,890(税込) 発売日:1999-03 |
「ところで、キリストは釈迦の弟子だと思う」と、突然なんだが、その神父さんが言うわけだ。なんでも、キリストの生涯というのは、10代半ばから30歳までの経歴がまったく不明なのだそうで、その間、インドに赴いて、ヒマラヤの山奥で仏教の修行をしていたという、まぁ、にわかには信じがたい話なんだが。
ユダヤ教徒だったイエスは、12歳から30歳までの18年間の記録が空白だが、インドで修行していた事が判明している。こちらのサイトでも、そんな事が書いてあるんだが、ちなみにクムラン宗団というのは菜食主義で瞑想に耽る連中らしい。そして、30歳にしてようやく歴史に登場するんだが、3年間の布教活動ののちに、処刑されます。
北インドのラマ寺院に伝わる「聖イッサ伝」によると、イッサ(イエス)は14歳の時にインドに到着し、ジャイナ教徒から歓迎された。
その後、バラモン教で6年間の修行をしたが、バラモン教のカースト制度を批判し、ヒマラヤに移って仏教を学んだ。
28歳でヒマラヤを下山したイッサは、ペルシアでゾロアスター教を学び、30歳の時にパレスチナに戻ってきた。
そして、ユダヤ教エッセネ派のクムラン宗団で、「義の教師」と呼ばれる指導者になったらしい。
この話のキーポイントは「聖イッサ伝」なんだが、聖イッサ伝というのは、チベットの寺院で発見された写本だそうで、なんでも聖イッサというのがイエス・キリストの事であって、聖書の記述とも重複する部分があるそうだ。
確かに、聖書にはイエス誕生から幼年期(12歳)までと、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けて(30際)てから磔刑になる(33歳)までの3年間の「公生活」以外については何も書かれておらず、空白の17年間がありますね。で、マニア(何のマニアだ?)の間では有名な話だそうで、コチラのサイトでも詳しく解説しているので興味のある方は読んでいただきたいんだが、さて、このエピソードをどう解釈したらいいのか? まぁ、いつの時代のモノか判らない写本ひとつで話を信用するほどおいら、お人好しでもないので、ある種、合理的な理屈を考えてみよう。
そして、この期間に貿易の隊商に混じってインド、ネパール、チベットを訪問し滞在したということです。
インドと言えば、ベツレヘムやエルサレムからは遠いのですが、当時、交易ルートも存在し、陸路、海路を使えばいけない場所ではありませんので、一概に否定はできません。
で、このヒマラヤの聖人の話を裏付けるような発見がチベットの寺院でありました。
1887年、ニコラス・ノートヴィッチというロシアのジャーナリストがヒミスの大僧院で「聖イッサ」について書かれた写本を見て、それを通訳を通して書き写しました。 この「聖イッサ」というのがイエスのことなのだそうです。
日本にも、本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)というのがありまして、「日本の八百万の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現(ごんげん)であるとする考え」なんだが、神道と仏教を止揚しようという考え方なんだが、八幡神が八幡大菩薩だったり、天照大神が大日如来だったりするわけだ。コレは、日本において神道と仏教の争いを避ける知恵として発明されたモノだと思うんだが、たとえばヒンズー教でもブッダというのは神様の一人だったりする。宗教というのは、そうして「隣接」する他の神様を取り込んで成長するという側面があって、なので、キリスト教の隆盛を知ったチベット仏教の偉い坊さんが、「キリストも実は釈迦の弟子」という理論を作ったと、そう考えられない事もない。当然、キリストの事は知っているわけで、聖書の記述と合致していても不思議でも何でもないわけだ。もちろん、本当にイエス・キリストがチベットで修行したという可能性もないわけじゃないんだが、昔のことなので、おいらも見てないので判りません。
千利休は朝鮮人だという説があったような・・・イエズス会なんかの工作もあったり・・・日本人を半島へ出兵させて半島人を連れて帰ってくる・・・日本の歴史はこの繰り返しじゃないんでしょうか・・・
投稿 武浪人愚 | 2009/05/07 05:10
出口王仁三郎は光秀が実は利休だったと言っている。
利休と光秀でぐぐってみると色々でてきます。
天海は明智の血筋らしい。茶飲み話には格好ですな。ゆんゆん!
投稿 えー、 | 2009/05/07 05:14
なるほど、利休=工作員というのは面白い視点ですね。
本質的に、利休は秀吉の政策秘書だったのだと思います。大名や有力商人が直接に秀頼とやりとりするのは難しいし、いろいろと問題もある。利休はお茶の会を通して、その取り次ぎをしていたみたい。実際、大名が秀吉の不興をかったときなど、まずお金やお宝を持って、利休のところに挨拶へ行く。そうするとあら不思議、太閤殿下の怒りがとけてしまう(w いまも昔もあまり変わりないのかも知れません。
なお茶室というのは面白いシステムで、建前上は茶の席では身分の上下は無いという形になります。直接同席できない者同士も問題なく一緒に居て話すことができる、これまたいろいろと便利な訳です。茶席は文化であると同時に、政治的に便利なシステムだった訳で。
結局、秀吉のやり方に利休が着いていけなくなったのだと思います。政策秘書といっても綺麗な話よりそうでないことが多く、おそらく、女の世話から何からやらねばならなかったことも十分ありえる。女好きの秀吉は大名の奥方に横恋慕して寝取ったり、娘を妾に差し出させたり、そんなことばかりしてましたから。そういえば利休の養女も秀吉の妾に。これも決裂の原因のひとつと言われているみたい。
キリストが釈迦の弟子・・・、またすごい発想ですね。
そういえばキリスト教に聖フランチェスコという人がいて、仏教の良寬さんと考え方やら生き方が似ていたのだとか。そのことを論じた本があったと思います、名前忘れたけど。
投稿 ゆ | 2009/05/07 05:56
> その間、インドに赴いて、ヒマラヤの山奥で仏教の修行をしていたという、
で、カリアッパ師にであって弟子入り、修行、後に成功本かいて大ヒットしたんですね、わかりますww
投稿 量産型 | 2009/05/07 06:14
茶室の入り口はとても狭いので、刀をもって入れない。茶室の中は武器フリー。武器を持たない武人は赤子のごとし、駆け引きは劇的に茶坊主に有利w
投稿 fさ | 2009/05/07 06:39
次は日本の神代文字の古文書が発見され無いかな。
琉球に修行に来たって言う伝記で、名前はイッサっていうんだけどね。
投稿 俺はカトリック系の幼稚園に通ってたよ。お世話になった。 | 2009/05/07 06:47
昴の谷村新司もニッポン放送のラジオ番組でゆんゆん話をしてました。
八幡様(やはたの神)はYHWH(ヤハウェの神)なのだそうです。
あと、千円札の湖面に映る富士山はアララト山だとかも・・・
投稿 海坊主 | 2009/05/07 06:51
新手の神仏習合ですか?
チベット仏教の起死回生の世界戦略になったりしてw
投稿 ジジイ | 2009/05/07 06:55
30歳までまったく不明というか
大工だったような。
投稿 55 | 2009/05/07 08:20
中村光「聖☆おにいさん」のブッダとイエスしか考えられないw
利休と秀吉も「へうげもの」の絵が真っ先に思い浮かぶ始末。
そういえば昔から歴史の勉強は、漫画や小説のキャラから入ってました・・・
古くは「日出づる処の天子」「ベルばら」、最近じゃ「ヒストリエ」他の岩明均作品とか。
投稿 腹筋強化漫画の | 2009/05/07 08:28
キリストもモハメッドも釈迦も、、、そうです、、、『ああ』さんです。
投稿 FT | 2009/05/07 08:55
はじめまして。
書くのは初めてですが、毎日拝読させていただいています。
で。この説はキリスト教の研究者の間でもかなり昔から指摘する向きはあるようで、研究書も何冊か出ているようです。私がこの説を知ったのはそれらをベースにした一般書『イエスは仏教徒だった?--大いなる仮説と検証』(エルマー・R・グルーバー+ホルガー・ケルスナン著|岩坂彰 訳|市川裕+小堀磐子 監修・解説)です。原著は1994年、翻訳は1999年に出ています。
この本が面白いのは2/3が翻訳、1/3が監修者による原著の検証という構成になっていることです。その結論としては「あり得ない話ではないものの仮説の域は出ない」という極めて真っ当なものだったように記憶します。すでに絶版のようですがアマゾンで中古は買えるようです。
http://www.amazon.co.jp/イエスは仏教徒だった-―大いなる仮説とその検証-エルマー・R-グルーバー/dp/4810425673/ref=sr_1_9?ie=UTF8&s=books&qid=1241653130&sr=1-9
一般の人には「イエスは仏教徒」なんてのは「電波」にしか思われないでしょうが、「宗教となった」仏教と「宗教となった」キリスト教以前、つまり原始キリスト教や原始仏教は宗教というよりむしろ今で言う「哲学」に近いものなので、修行者であったイエスが放浪の結果、仏教に触れて自分の哲学の糧にしたとしても不思議ではありませんし、そのことがキリスト教の価値を貶めることにもならないと思います。
まぁ、そういう意味では「イエスは仏教(という宗教の信)徒だった」というのは厳密には間違いというべきかもしれませんが。
ということで、軽々にデムパとして扱うのは避けたほうがいい……「判断保留(肯定も否定もしない)でおくべき事柄」なのではないかな……というのが個人的な感想であります。
では。(長文失礼いたしました)
投稿 NUE | 2009/05/07 09:06
ま、話としては光秀を誰かが教唆したって方が面白いんですけどね。
でも、実際は陰謀説のどれも証拠が皆無で、トンデモな論理の上にのみ
寄って立ってるモノばかりです。実際は光秀の単独犯説が一番合理的な説明がつくんでしょうが、それではやっぱり面白くないから、秀吉黒幕説やら家康黒幕説、果ては朝廷・南蛮黒幕説なんて根拠の殆ど無い説が面白おかしくメディアを席巻するという、歴史を正しく検証しようとしない異常事態に繋がってるんでしょうな。
投稿 メーテル大王 | 2009/05/07 09:37
そもそも茶道の作法はカトリックの洗礼とそっくりだってNHKで放送してた事があったな。つまり茶の湯と南蛮文化の合作とも言えるわけで、千利休は当時色んな種類の人と交流があって情報通だった。それがゆえに死んでくれとなってしまったのか。
投稿 愛子様の弟 | 2009/05/07 10:13
108歳で遷化したという天海が、じつは光秀その人だった、という説もあります。たしかに天海の前半生の活動時期は未解明部分があるので…。
19世紀のラスト・クウォーターは帝国主義華やかなりし時代なんだけど、精神世界の動きから見るとブラバッキーおばさん(神智学)みたいな東西融合型の主張が出てくるわけです。
植民地の抑圧的支配がひきおこした政治的緊張を、将来的に宗教融合でガス抜きしようという下心がひとつ。もうひとつは、当時AA地域で植民地をもち帝国を建設しつつあったヨーロッパ土人どもの源郷さがしの側面も見る必要がある。そのころインドヨーロッパ語族の源郷についていろいろな説が立てられ、インド山奥のチベットも有力候補だった。これにはイギリスと南進策をとるロシアの利害もからんでいて、…。
ま、なんですヨ。宗教とヨーロッパ土人とチベットの三題噺ってーのは、いつも眉にツバ塗って聞きましょうね。
あ。ブラバッキー夫人は、日露戦争のころのウィッテ首相のイトコでした。
投稿 odinn | 2009/05/07 10:23
×→主が唯一の神であること
×→偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
×→神の名を徒らに取り上げてはならないこと
×→安息日を守ること
×→父母を敬うこと
×→隣人の家をむさぼってはいけないこと
不殺生(ふせっしょう)→殺人をしてはいけないこと
不偸盗(ふちゅうとう)→盗んではいけないこと
不邪淫(ふじゃいん)→姦淫をしてはいけないこと
不妄語(ふもうご)→偽証してはいけないこと
不飲酒(ふおんじゅ)→×
不塗飾香鬘→×
不歌舞観聴→×
不坐高広大牀→×
不非時食→×
不蓄金銀宝→×
http://ja.wikipedia.org/wiki/十戒_(仏教)
http://ja.wikipedia.org/wiki/モーセの十戒
なるほど、40%程重なっている、と言う事ですか?
投稿 素人 | 2009/05/07 10:37
京都の吉田神社に行くと、その八百万の神様方が一同に会していてとてもマーヴェラスです。建築的に見ても面白いし。
投稿 榛 | 2009/05/07 10:38
イエスは普通の人だったのではないかと思っています。
しかし突然なんらかの力が発現したのではないか?と勝手に思ってます。
で、神を便利使いして図に乗り、最後はハシゴを外されたから磷付の間際「神は私をなぜ?」みたいな事を言ったのでは?
と、聖書を読んだ事の無い私は勝手に妄想しています。
信長を殺したのは秀吉と考えるのが一番理解し易いと私は思っています。
投稿 naoki0217 | 2009/05/07 11:04
確か「幸福の科学」もこの説を
教えていたような・・・
投稿 ヘルタースケルター | 2009/05/07 11:23
かのフランスの碩学といわれる神話学者、ジョルジュ・デュメジルの三機能説を今回のテーマを扱う機会に検索してみては如何でしょうか?
印欧神話と日本神話の面白い相似形というか同一形というかが指摘されていてとても面白いと思います。
仏教にしても、ヒンズー神話(印欧神話の一派)の神々が入って、それが日本の神々と機能に合わせてみごと習合されています。
プロトタイプ=ご先祖様を探すことにはとてもロマンがあります。
仏陀とイエスの今回のお話し、いろいろな話の形がありますが、われわれはその形を通じて人ならぬ神のココロを知らねばなりません。
ひとわざを こえたるかみの みこころを かた(形)にしるべし ひのもとのひと
合掌
投稿 関西ヤッターマン | 2009/05/07 11:37
>近所に、グノーシス派の神父さんがやってる喫茶店があって、たまに行くんだが、連休はヒマだったらしくて話し込んでしまった。
我が国にグノーシス派の教会が存在したのですか?
投稿 ウイルス性胃腸園 | 2009/05/07 11:44
教会はないけど、神父はいる。
ヨーロッパに長くいた人で、大学教授やっていた。
グノーシス派は、組織を持ってないみたいだね。
投稿 野次馬 | 2009/05/07 12:20
なんとなく竹内文書じみてきたな…。
投稿 かぼちゃ | 2009/05/07 12:21
宝瓶宮福音書に書いてあったけど、真贋定かならず。。
面白い話だけどね。
投稿 wtr | 2009/05/07 13:18
>キリストの生涯というのは、10代半ばから30歳までの経歴がまったく不
>明なのだそうで、その間、インドに赴いて、ヒマラヤの山奥で仏教の修
>行をしていたという・・・
あれっ、この頃ってキリストは青森県に来て、ど~たらこ~たら・・・って話をト学会系の本で昔読んだ覚えがあるんだけど、あれは処刑後のことだったかも?・・・ま、青森にまで来るんだから、途中でヒマラヤに寄り道しても可笑しくないよね。w・・・ところで、
>近所に、グノーシス派の神父さんがやってる喫茶店があって・・・
>ヨーロッパに長くいた人で、大学教授やっていた。
う~ん、元大学教授で喫茶店やってるグノーシス派の神父さん、ってのも味わい深いですねィ。キリストに負けずミステリアスなお方ですナ・・・w
投稿 メタ坊 | 2009/05/07 13:35
本地垂迹は「ほんじすいじゃく」ですよー。
投稿 21 | 2009/05/07 13:39
確かにキリスト教にはインドを連想させるもんが多いですね。水の上を歩く(仏教)、石の上にも水の中にも神はいる・・でしたっけ?(パニシャッド)などなど。グノーシス神父さんに新約成立以前のプロト・マニの可能性を伺ってみては。
投稿 タイ在住 | 2009/05/07 13:56
>近所に、グノーシス派の神父さんがやってる喫茶店があって
え~どんな喫茶店なの?教会テイストとか?
なんか熱く語るのいいよね~ゆんゆん萌えww
ウチの旦那がゆんゆん野郎だから、私もいつの間にか
洗脳されてしまったよ。
ゆんゆん旅行とかしたいもん。
酒井勝軍の日本ピラミッドの旅とかww
ヒヒイロカネみいつけた~ってね♪
ちなみに私、「ひふみ神示」の岡本天明と一緒の誕生日なの。
だから何って?まあね~。
投稿 椿姫 | 2009/05/07 15:15
>グノーシス派
だいぶん昔だけど、親がコプト織を買いとった時の売り主がグノーシス派云々いってたなぁ。
あんな小汚くてわずかな織物があんな高価で取引されるなんて、餓鬼のおいらには理解できなかったが。。。
いまでもどうせ同じ金を払うんなら、別のものを買いたいんだが。。。
投稿 aa | 2009/05/07 15:55
昔、井上靖原作「千利休 本覺坊遺文」映画を観て以来、茶道や連歌が陰謀の巣窟に思えて困ってますw
投稿 ビックリマンアニメなどを海外で映画化したらエライことになるのでしょうか(笑) | 2009/05/07 16:52
イスラム教の聖人の一人になぜか仏陀がいるんで、逆にそこから作り上げられたトンデモ話でしょうね。
投稿 まー坊 | 2009/05/07 16:58
私もNUEさんの意見に同意です。
>キリストの生涯というのは、10代半ばから30歳までの経歴がまったく不
>明なのだそうで、その間、インドに赴いて、ヒマラヤの山奥で仏教の修
>行をしていたという・・・
知りえた限りでは(仏教を含む)チベット密教を学んでいたそうです。
恐らく地球上に存在する(した)宗教は全て研究したのではないでしょうか。
残念ながらイエス(←本当の名前はイマヌエルだそうです)の教えは宗教者に利用されてしまいました。
チベットには常人には理解し得ないとんでもない秘密が隠されてるとか・・・・。
中国のチベット弾圧にも関係があるとかないとか・・・ゆんゆん。
閑話休題
先月のNYでのエアフォースワンの件について面白いHPがありました。
ダメリカ国内では水面下でいろいろ動きがあるようですね。
http://www1.odn.ne.jp/cam22440/obama.htm
投稿 れいんぼーまん | 2009/05/07 16:58
古代から、日本は半島へ出兵、そうしたら、当然、半島から捕虜を連行する。
で、彼らは職が無いから、当然、彼らに土木工事などの公共事業とかやらせる。
そうすると、彼らは、そこに定着してしまい、原住民と揉め事を起こす。
これの繰り返し。
ちなみに、日本が一番最初に朝鮮半島に出兵しようとしたのは(結局は実現しなかったが)、西暦240年代の邪馬台国の時代。
その時に、中国の魏王朝が、倭国の大夫の難升米(梨津臣命?孝元天皇~崇神天皇の時代くらいの中臣氏の先祖)に、率善中郎という官位を与えているんだよね。
この官位って、中国公認の軍事指揮者の官位。この官位があると、外国が中国の領内に軍を入れても、それは中国傘下の軍と認識され、侵略軍とは見なされない。つまり、倭国軍が、中国傘下の朝鮮半島に出兵しても、その倭国軍は、中国傘下の軍隊として入ることが出来る。
ちょうど、この時、朝鮮半島にあった帯方郡で、三韓人が中国人に対して反乱を起こしていて、帯方郡の太守が殺される事件が勃発している。(その後、この反乱は直ぐに鎮圧されたが)
中国の魏志倭人伝では、邪馬台国(大和国)が、九州の伊都国に一大率を設置していて、諸国を監視していたと登場する。このことを、中国人は非常に重視しており、倭国の軍事的支援を要請していたのでは?
しかし、倭国軍は援軍としては訪問せず、その間に、この朝鮮半島での中国への反乱は鎮圧された。
そして、中国から張政という使者が倭国に訪れて、いろいろ倭国の情勢を聞いたら、倭国では、いろいろ内乱(狗奴国の乱)があったことを聞かされたり、また、その後、女王卑弥呼(ヤマトトトヒモモソ媛命?孝霊天皇の皇女、崇神天皇の父方の大叔母)が死んだりと、ごたごたがあったことを知るわけで。ある意味、中国が「なぜ、倭国は援軍として来てくれなかったのか?」と問い詰めて、それに対して倭国側は言い訳をしたように思える。
投稿 maya | 2009/05/07 17:43
>知りえた限りでは(仏教を含む)チベット密教を学んでいたそうです。
この記述のソースを教えてください。
先に申しますが、そもそも歴史上のキリストがチベット密教を学ぶことは不可能です。チベットに仏教が入ったのがソンツェン・ガンポ王の7世紀前半のことですから。
喧しいことを言うようで心苦しいのですが、「ゆんゆん」は可能性が0.1パーセントでもあれば許される虚実皮膜の間の芸です。貴殿のお話は、残念ながらこの1センテンスが入ったために完全なダボラになってしまいました。これでは申し訳ないが楽しめません。
投稿 odinn | 2009/05/07 20:15
ケン・ジョセフ氏の著作を読むと、聖徳太子くらいの時代にシルクロードを通じて日本にやってきた原始キリスト教(景教)が、後に日本の仏教の内容に影響を与えたとあります。
それとこれとを併せて考えると、時代を超えた不思議なねじれがあって面白いでつね!
http://www.amazon.co.jp/dp/4199060243/
投稿 もぱぱ | 2009/05/07 21:40
朝日、毎日、読売がインターネット・サイトからさっそく削除するとは、さすがマスゴミです。
週刊現代が逆転勝訴 公明党幹部の「メモ」持ち去り報道(朝日新聞)
http://www.asahi.com/national/update/0327/TKY200903270439.html
矢野絢也氏:「手帳持ち去り」で逆転勝訴…東京高裁判決(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20090328k0000m040153000c.html
矢野氏側が逆転勝訴、「手帳持ち去り」認める…東京高裁(読売新聞)
http://news.www.infoseek.co.jp/yomiuri/society/story/20090328_yol_oyt1t00159/
投稿 いりふね | 2009/05/07 21:59
面白いお話ですね
日本に伝わってきた仏教とキリスト教という視点でも、面白い本がいろいろありますhttp://www.amazon.co.jp/%E9%9A%A0%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%8D%81%E5%AD%97%E6%9E%B6%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%83%BB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E2%80%95%E9%80%86%E8%AA%AC%E3%81%AE%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%8F%B2-%E3%82%B1%E3%83%B3-%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%82%A2-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%BB%E3%83%95/dp/4198612870/ref=sr_1_10?ie=UTF8&s=books&qid=1241702130&sr=1-10
話半分でも興味深い
投稿 N | 2009/05/07 22:23
そうかそうか、釈迦まで来たか。
じゃあけんさくまでもう少しだ。
投稿 にしな | 2009/05/08 00:18
キリストが仏教徒だったというけど、その割には、
キリスト教は仏教に比べて血生臭くて料簡が狭い気がする。
投稿 ほんとに影響受けてんですかね? | 2009/05/08 01:11