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山田祥平のRe:config.sys

複合機のトレンドを模索するHP
〜紙で欲しいもの、いらないもの




 プリンタの主戦場がオールインワンの複合機に移って久しい。単機能のプリンタよりも、コピーやスキャナといった機能を併せ持った製品が各社の主力機となっている。その複合機のトレンドに、別のベクトルを見出そうとしている製品として、Hewlett-Packard(HP)のOfficeJet Proシリーズのコンセプトについて考えてみることにしよう。

●踊り場状態にあるインクジェットプリンタ

 プリンタの出力に不満を持つことはほとんどなくなった。1万円を切るような価格で購入できる複合機でも、その出力がどうしようもないということはありえない。だが、その一方で、インク切れの警告の表示を機に、量販店を訪れ、サプライ用品の売り場でインクの価格の高さに驚くこともしばしばだ。これなら、インクを補充するより、プリンタを買い換えようかと思うユーザーがいても不思議はない。プリンタは、まさに、プリンタつきインクであるということを思い知らされる。まるで、使い捨てカメラならぬ、レンズつきフィルムのようだ。

 手元では、3年も前のプリンタをずっと使い続けてきたし、それでも、その出力結果や挙動、そして基本機能には何の不満もなかった。スキャン速度が遅いことには閉口するが、大量のスキャンはScanSnapのようなページスキャナを使うので、冊子ものを数ページコピーするのに複合機のガラス台スキャンにお世話になる程度だから、あまり不便を感じていなかった。だから、多少古い製品ではあっても新機種に食指が動かなかったのだ。

●ドキュメントプリントのトレンドを提案

 この春に、日本HPが出荷を開始したHP Officejet Proシリーズは、ここ数年の複合機のトレンドに、ちょっとした波紋を起こしそうだ。というのも、そこにこめられたコンセプトと、それを支える技術には、ドキュメントをプリントするという原点に立ち戻るような動きが感じられるからだ。

 プリンタのここ10年のトレンドは、写真高画質の追求だった。各社のフラグシップ機、特にコンシューマ市場向けの製品は、いかに、美しく、そして簡単にデジカメ写真をプリントするか、手元のサービスサイズプリントをいかに美しくコピーするかに注力してきた。そして、それは純正用紙に大量にインクを消費させ、そのエコシステムが、ハードウェアで得られなかった収入を、プリンタベンダーにもたらす結果となっていた。

 でも、出力が劣化するのを知ってか知らずか、詰め替えインクを選び、100円ショップで用紙を買ってプリントし、その出力に満足しているユーザーの存在があるのも事実である。

 一方、オフィス向けのプリンタは、カラーレーザープリンタが主力となり、高速に大量のカラー出力を要する現場では、インクジェットプリンタよりも、カラーレーザーを選びがちだった。でも、そこでも、プリントのコストは大きな問題になりつつあったのだ。

 誤解を怖れずにいえば、仕事柄、テストで写真をプリントしたり、たまたま人に頼まれて出力する以外、自分のために大量の写真をプリントするようなことは、ここのところほとんどなかった。ごくまれに、証明写真用のプリントが必要になって出力することがあるくらいだ。

 手元の環境でのプリントは、やはり、ウェブページのプリントであり、それはこれから訪ねる先の地図だったり、レストランのクーポンだったり、あるいは、旅程の乗り換え案内だったりするわけだ。

 かと思えば、数百ページにわたるドキュメントを一気にプリントしたり、あるいは、数十人を相手のプレゼンテーションのためにスライド資料を、その人数分プリントすることもある。

 どちらかといえば、写真のプリントよりも、これらドキュメントをプリントする機会、そして枚数の方が圧倒的に多い。それでも平均すれば月に100枚に満たないんじゃないかと思う。そういうユーザーは、それなりの厚さの層を構成していると思うが、そのニーズを、現在のコンシューマー/SOHO向け複合機が、きちんと満たしているのかというと、ちょっとした疑問も感じていた。

●4色顔料インクによる基本に立ち戻った潔さ

 HP Officejet Proシリーズの大きな特徴は、まず、全色顔料系インクシステムにより、とにかく普通紙に美しく出力できることを目指している点だ。この思い切りはすごい。4色独立インクカートリッジを採用し、写真高画質を特に謳っていない点も潔い。コンシューマ向けの複合機が6〜8色のインクシステムを採用しているのとは大きく異なる。かといって、写真のプリントが目も当てられないほどひどいということは決してない。一般的な眼には十分すぎるほどの品位だ。

 このシリーズでは、全色に顔料インクを採用することで、にじみのない画質を実現した。肉眼でも文字がくっきり出力できているのがわかるのはうれしい。昨今のドキュメントとしてプリントする機会の多いウェブページは、図版や写真等が含まれることも多いが、それらを出力しても用紙がインクで濡れてボコボコになってしまうことはない。

 インクで濡れるなんてウソだと思ったら、写真を1枚、A4サイズの普通紙に標準画質でいいからプリントしてみてほしい。もし、それが染料インクを使うプリンタなら、紙は波打ち、ちょっと使い物にならないと感じるはずだ。顔料インクでは、それがない。文字を含むドキュメントのプリントには顔料インクが向いていることはわかっていても、黒だけを顔料とするなど、長い間、それをかなえる製品が見あたらなかったのだ。

 今回、試したのは、シリーズのフラグシップである「HP Officejet Pro 8500 Wireless」だ。いわゆる全部入りの複合機で、両面ADF、自動両面印刷、有線LAN、無線LAN、タッチスクリーン、FAXと、考えられる機能はすべて搭載されている。Bluetoothまである。

 個人的には、筐体がちょっと大げさな印象で、両面ADFを省略することで高さを抑制し、もう少しコンパクトに仕上げた下位機種があってもよかったかもしれないと思う。

 このプリンタで、うれしいのは、標準の用紙トレイに普通紙を250枚入れておくことができる点だ。日々、大量にプリントをするわけではないのだが、買ってきた用紙を中途半端に小分けで給紙しなければならないのには閉口する。250枚入りの用紙の封を切り、中身を全部トレイに入れてしまえるというのは実にありがたい。

 困ることがあるとすれば、ごくまれに証明写真など、L版サービスサイズ程度の写真をプリントしたいときで、そのときに、トレイが満載だと、その用紙を全部取り出してから、L版用紙をセットする必要がある。欲をいえば、2L程度の用紙を給紙する別トレイを用意するか、コピー機のようにトレイごと抜き差しできるようにして、交換できるような機構がほしかったところだ。

●デジタルSENDはプリントさせない提案

 初期導入には驚くほど時間がかかる。

 まず、ヘッドとインクカートリッジを装着し、用紙をセットし、LANケーブルと電話線をつないで準備を完了する。USBでPCにつなぐこともできるが、製品の機能を最大限に生かすには、LANに接続し、さらに電話回線を接続しておくのが望ましい。

 最初に電源を入れてから約20分間は何もできない。吐き出されるテストプリントには、この間にソフトウェアをPCにインストールするように指示されている。

 このソフトウェアのインストールにも同様に時間がかかる。とてもプリンタドライバのインストールとは思えない長さだ。でも、それが終われば、あとの設定は、ブラウザを使って簡単にできる。いくら本体側にタッチスクリーンが用意され、操作性が考慮されているとはいえ、やはり、PCの画面に向かっての設定作業はわかりやすく操作性もいい。複合機では、各種の機能を最大限に使いたいから、その詳細設定をPC側からできるというのは大歓迎だ。本機の最大の特徴でもあるデジタルSEND機能の設定では、このブラウザ経由での設定がとても重宝する。

 さて、本機には、スキャン機能とFAX機能が搭載されている。スキャン機能によってスキャンした結果を用紙にプリントすればコピーとなるし、電話回線に出力すればFAXになる。また、スキャン結果は本体のスロットに装着したメモリカードやUSBメモリにPDFやJPEG形式で保存することができる。まあ、このあたりは、複合機としては当たり前といってもいい。

 特筆すべきはデジタルSEND機能だ。これは、受信したFAXやスキャンの結果を、ネットワークを介して電子メールで送信、あるいは、あらかじめ指定したネットワーク共有フォルダに保存するという機能だ。

 ぼく自身の仕事場環境としては、FAXの使用頻度は本当にまれで、ほとんどのコミュニケーションを電子メールに頼っている。多くのSOHOが、そういう環境に移行しつつあるんじゃないだろうか。でも、たまにFAXは着信するし、書類に捺印、署名してFAX送信しなければならないことがあるため、FAXを撤廃するわけにはいかないのが現状だ。

 さすがにFAX専用機は処分してしまい、ずっと、古いノートパソコンをFAX受信専用に使っていたが、本機があれば、その役割を委ねることができる。FAXを着信すると、それを内蔵メモリに保存したり、紙に出力したりというのが、従来の複合機の一般的な仕様だが、本機では、指定した宛先に対して、受信内容を添付ファイルにして電子メール送信できるのだ。

 これはうれしい。これなら、いつでもどこでも、FAXの着信を知ることができる。着信がめったにないからこそありがたい。ぼくの場合、携帯電話にすべてのメールを転送しているので、実用になるかどうかは別としても、携帯電話でだってFAXの内容を見ることができる。

 また、スキャンの結果に関しても、電子メールでの送信と共有フォルダへの保存を指定することができる。スキャン作業は、ウェブブラウザを使ってもできるので、ドライバをインストールしていないPCでもスキャンが可能だ。

 また、FAXの送信に関しては、ドライバのインストール時に、HP Officejet Pro 8500 A909g Seriesというプリンタに加え、HP Officejet Pro 8500 A909g Series faxというプリンタが登録されるので、アプリケーションから、それに対してプリントすれば、宛先などを問い合わせるダイアログが表示され、ペーパーレスでのFAX送信が可能になる。

●WYSIWYGだけがすべてではない

 本機に搭載された各種の機能を見ていくと、イメージングのリーディングカンパニーとしてのHPが、プリントの世界に何らかの変革を起こそうともくろんでいるように思えてならない。以前、HPがプリント2.0で提唱しているのは、ある意味でプリントしない選択もありだということだと、このコラムで考察したことがあるが、今回の製品は、そのコンセプトを、さらに具体的に形にしたものであり、それが、市場にどのように受け止められるかが興味深い。

 HPは写真のプリントサービスとして、snapfishを提供しているが、写真のプリントに関しては、プロフェッショナルやハイアマチュア以外、このサービスに委ね、プリンタはドキュメント指向を高めるという方向性もあるのかもしれない。

 残念ながら、まだ、IE8に対応していないが、ウェブページのプリントに際して、柔軟なレイアウトやページ内要素の切り貼りなどを可能にするHP Web Printingなどの提供も、プリントの新しいスタイルを提案する魅力的な提案だ。

 ただ、HPとしても、一気に、新たなステージへとユーザーをいざなうには、まだ迷いもあるのだろう。だが、インクジェットのテクノロジが写真プリントの世界を一変させたように、ドキュメントプリントの世界も、もうひとつの別のステージへと進む必要がある。WYSIWYGこそがすべてではなく、写真高画質の追求がすべてのユーザーのニーズを満たすわけではない世界もあるということに、誰かが先に気がつけば、プリントの世界は、またひとつ新たなステージに進む。紙との訣別など、ぼくらが生きているうちは無理なのだから。

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