最近の雇用不安に対応して、企業の側では雇用を多様化する動きが出ています。日本経団連も、雇用のポートフォリオとして、「長期雇用従業員」と「有期雇用従業員」をそれぞれ「非定型的業務」と「定型的業務」に割り当てる方針を示しています。しかしこのポートフォリオには、致命的な欠陥があります。
通常のポートフォリオ理論では、資産の組み合わせが図1のように「ローリスク・ローリターン」の預金と「ハイリスク・ハイリターン」の株式を組み合わせた線形結合としてあらわされ、期待値(リターン)は分散(リスク)の増加関数になっているのが普通です。投資家もリターンが高ければハイリスクの資産を保有するので、図のように効用関数(無差別曲線)との接点で最適なポートフォリオが決まります(*)。図の左上(ローリスク・ハイリターン)ほど効用は高くなるが、可能なポートフォリオは直線の下に限られるからです。

スライド1

図1

ところが日本では強い解雇規制によって、リスクが最小の正社員のリターンが最大で、リスクが最大の契約社員のリターンが最低なので、リターンがリスクの減少関数になっています。このため図2のようにポートフォリオの収益が右下がりの直線になり、全員がローリスク・ハイリターンの正社員を望むコーナー解になってしまう。それを企業が割り当てるから、ハイリスク・ローリターンの非正社員の不満が大きくなるのです。

スライド2

図2

実際には、定型業務の中だけにかぎると、通常のポートフォリオに近い状態が実現しています。派遣労働者のコストは、派遣業者のマージンなどを加えると直接雇用より高い。それは必要に応じて解雇できるというオプション価値があるからです。供給側(派遣労働者の賃金+マージン)からみると、契約を解除されるリスクが高いぶんリターンも高いわけです。派遣業者のマージンを「ピンハネ」として非難するのは、リスクプレミアムの概念を知らない人々です。ピンハネがけしからんというのなら、労働組合が無償で派遣業務をやってみればよい。

ただし非定型業務の場合には、企業戦略や研究開発などの中核業務については長期雇用が必要になるので、右下がりの直線になる可能性があります。逆にいうと、このような長期雇用は企業経営からみて必要なので、解雇規制を撤廃しても存続するでしょう。また取締役については、本来は2年ぐらいの有期契約になっているのが普通なので、非定型業務も全体としてみれば、ハイリスク・ハイリターンになっているわけです。社会全体では、ハイリスク・ハイリターンの極には芸能人やスポーツ選手がいます。

労働市場が競争的になれば、ローリスクの単純労働の供給が(中国からの輸入代替を含めて)増えて賃金が下がり、高度な熟練労働者や経営者はハイリターンを求めて企業を渡り歩く、外資系企業に近い状態が実現するでしょう。企業にとっても多様なポートフォリオの中から業務に応じた賃金と雇用契約の組み合わせを選ぶことができるので自由度が広がり、正社員と非正社員の格差も固定的でなくなることが期待できます。

だから「解雇規制を撤廃したら格差が拡大する」などという話は逆で、労働市場が柔軟になれば、新卒で就職できなかった人が一生を棒に振るような絶対的な格差はなくなるのです。もちろん結果としての所得格差はあるでしょう。しかし問題は結果の平等ではなく、機会の平等です。すべての人に――年齢・性別・学歴の区別なく――等しくチャンスが与えられていれば、結果としてリターンが低くなっても人々は納得します。それは「私の株が下がったのは資本主義の生んだ格差だ」と怒る人がいないのと同じです。

(*)この図の曲線は効用関数ですが、通常の資産選択理論で描かれるのは危険資産の分布で、これは効用関数とは独立に決まります。指摘を受けたので、訂正しました。