東京・新宿の東京韓国学校には、日本に住む韓国人の小中高生約千人が通う。「学内紛争は、一部のニューカマーによる“在日”追い出し劇だった」。学校にほど近い喫茶店で、在日韓国人二世の元理事(65)は灰皿にたばこを押しつけながら苦々しげに振り返った。
学校は、朝鮮戦争(一九五〇―五三年)終結後の混乱で祖国に帰国できなかった在日韓国人の有志が五四年に設立。当初は在日生徒がほとんどだったが、八〇年以降に来日した「ニューカマー」が逆転し、在日は現在約5%にすぎない。
授業を日本語、韓国語で受ける在日組と、韓国語だけで学ぶニューカマー組との摩擦が二年前にある紛争を生んだ。
二〇〇六年十二月一日。中高等部校舎一階の理事会室前に突然、ハングルで書かれたプラカードを手にニューカマーのPTA役員ら十数人が現れた。「民族教育をねじ曲げるな」「(在日が中心の)理事会は解散しろ」。声を張り上げる保護者らの周りに「何事か」と生徒たちが押し寄せた。
「韓国政府からの支援金が約20%入っている韓国の学校。授業はすべて韓国語で行うべきで、在日のために設けられたクラスは中止すべきだ」
韓国から派遣された校長やニューカマー組の保護者はこう主張した。理事会側は「日本のカリキュラムに則した在日クラスを残さないと日本の大学進学に不利になる」と譲らな
かった。
校長が方針を撤回し、理事会が交代する〇七年七月まで、ニューカマー組による役員室占拠、理事会による校長罷免要求など混乱は続く。在日生徒の転校も相次いだ。
在日の最大組織「在日本大韓民国民団」(民団、公称約四十万人)と新宿を拠点とするニューカマーの団体「韓人会」。イベントのたびに幹部が相互に出席、花や祝辞を贈っていた両団体の交流はめっきり減り、関係が冷え込んだ。
「デモをしたニューカマーは在日が苦しい時代を経て基盤を築いた民族学校だということが分かっていない」と元理事。
韓人会の李承/ミン/(イ・スンミン)事務総長(43)は年配の在日男性から「君たちの多くは日本語もできないのになぜ日本に来るのか」と真顔で尋ねられたことが忘れられない。一部の不法就労者や、武装すり団のような犯罪を目的に来日する韓国人に話が及ぶと「われわれは日本に定住しようとしているのに、同じ目で見られることすらある」とこぼす。
入管難民法の改正により、〇七年から日本に入国する外国人に指紋採取と顔写真撮影が義務化された。ニューカマーは対象になったが、民団関係者は「(特別永住者として除外された)在日側から反対運動が盛り上がらなかった」と明かす。
今年二月七日、在日の若者ら約百人と韓国人留学生約五十人が都内で集会を開いた。在日三世の金朋中(キム・プンアン)さん(34)が「在日には八十年代、指紋押なつ拒否運動で制度を撤回させた誇るべき歴史がある。今回の法改正を撤回させよう」と呼び掛け、大きな拍手を浴びた。
「ニューカマーにも二世が誕生し、かつて在日がたどった歴史、課題に直面していく」と金さん。新世代との共生、高齢化による数の減少…。在日韓国人社会が迎えている転換期は、日本社会の写し絵のようでもある。(伊藤元修共同通信記者)