2008年06月26日

事故や不祥事を起こさないための原理・原則

 

本日、府中運転免許試験場に運転免許の更新に行き、ゴールド免許をいただきました。過去5年間の無違反(もちろん無事故)をうれしく思います。


今日は更新時の講習について書きたいと思います。
教官は「イチノセ」さんという女性の方でしたが、講習の上手さに正直、頭が下がりました。

ゴールドですから講習は30分間です。その間に、ICチップ付きの免許に変わったことや、もみじマークなど改定された道路交通法の説明をしなくてはならないのですが、実に的確な説明の仕方でした。


もちろん、「事故を起こして欲しくない」という気持ちも十二分に伝わってきました。本当に素晴らしかったです。たった30分の更新時講習でしたが、なんと終了時には拍手が起きました。


その教官が話されたことに私は思わず「我が意を得たり」と思いました。それは「かもしれない運転」ではなく「だろう運転」が事故を引き起こすというものです。反対に、事故を起こさないためには「かもしれない運転」に徹するしかないということです。


「かもしれない」とは言うまでもなく「予測する」「仮定する」ということです。子どもが飛び出すかもしれない、雨天時にはスリップするかもしれないというように、最悪の状況に陥らないための「勘」を働かせることです。


一方、「だろう運転」の「だろう」とは、「甘く見る」「なめてかかる」ということです。ぶつからないだろう、見つからないだろうというように、事故という最悪の状況を想定しないということです。教官は「最もしてはいけないことは、だろう運転」とまで話されていました。


現在、連日のように大きな事件や事故、偽装などの不祥事が起きています。これらは全て「かもしれない経営」ではなく、「だろう経営」が「根っこ」にあるからです。


「だろう経営」が通じる時代は終わりました。これからの企業は、より知的な「かもしれない経営」をしなくては決して生き残っていくことはできないでしょう。


今日はたった30分の講習でしたが実に多くのことを学ぶことができました。府中運転免許試験場のイチノセ教官に感謝申し上げたいと思います。
ありがとうございました

2008年06月19日

素晴らしい体験と暗いニュース

とても素晴らしいサービスを受けました。その場所はレストラン「デニーズ」です。
知人と待ち合わせ時間を14時と思い込んでいた私は、知人が20分経っても来ないため、待ちあわせ日時を確認するため一度自宅へ戻りました。すると、待ち合わせ時間は14時30分でした。その後、急いで「デニーズ」へ向かい、知人にも合うことができホッとして飲み物をオーダーしました。


スタッフから受けた素晴らしいサービスはここからのことです。
時間を間違えた私は、最初の来店時にフリードリンクのコーヒーをオーダーしており、帰宅時にその清算を済ませていましたが、スタッフの女性はなんと、私が数十分前にフリードリンクの清算を済ませていることに気付いてくれていたのです。


そして、「伝票にはつけていません、先ほどの深煎りコーヒーでよろしいですか」と私に伝えました。


感動とは、快い驚きであるとも言えます。私はいつも「一人ひとりの期待に応えるのが接客の真髄」と申し上げていますが、まさにその通りの感動体験をすることになりました。たった320円のドリンクのことですが、スタッフのホスピタリティ・マインドあふれる接遇により顧客満足度は格段に向上する、そのことを確信する出来事でした。


「素晴らしい」と感じたことをもう一つ記します。それは「幸楽苑」というラーメン店に書かれていたこの言葉です。
「子どもは散らかすことの名人です。散らかされても気になさらないでください。片付けは私どもにお任せいただき、お食事をお楽しみください。」 


たった一言が人の心を傷つけるのです。たった一言が人の心を暖めるのです。このことを忘れないようにしたいものです。


さて、残念ながら今日も気持ちが暗くなることを書かなくてはなりません。それは杉並区で起きた小学6年生の児童が、屋上の天窓から落下し死亡した事故のことです。
六本木ヒルズで起きた回転扉死亡事故やふじみ野市のプール事故同様に、この事故も子どもには問題はありません。全て管理者側に責任があると言っても過言ではないでしょう。


前述したラーメン店風に言えば「子どもはいたずらをする名人です。そして、安全を管理するのは大人にお任せください」ということになります。


子どもは好奇心のかたまりでもあります。大人が興味を持たないものに対しても、子どもは強い興味を示します。
「天窓に好奇心を持ち、天窓に上ったのは子どもの責任、落下させ死亡に至らしめたのは管理者である大人の責任」なのです。


この事故の以前にも同様な死傷事故が発生していたそうです。子ども達を守ることができない大人社会の構造は腐っています。
安全管理の専門家の立場から言わせていただければ、失敗から学ぶ「失敗学」は既に限界に近づいていると言えます。これからは、失敗を事前に予見する「ディズニー方式」でなくては、このような事故は防ぐことはできません。


いつか記事にしたいと思いますが、昨年富士スピードウェイで行なわれた「F1日本グランプリ」というイベントの運営が劣悪であり、精神的等の苦痛を受けた観客106人が、今月16日に慰謝料を求める集団提訴に踏み切ったそうです。
ディズニー・テーマパーク同様な集客施設の運営の悪さが集団訴訟に発展するのは初めてのことであり、レジャー施設など集客施設の今後の運営に大きな影響を与えるに違いありません。


この問題も同じです。失敗を事前に予見する「ディズニー方式」でなくては、このような大失敗は決して防ぐことはできません。そのことに早く気付いていただきたい、そう願ってやみません。


最後に作家のマーク・トェインの警句を再度記しておきます。

「災いを引き起こすのは知らないことではない。知らないのに知っていると思いこんでいることである。」

2008年06月09日

秋葉原通り魔事件の原因を探る

 

犠牲になられた方のご冥福を心からお祈りいたします。誰もが「家族は、友人は含まれていないか」と心配されたことでしょう。それだけ身近で起こった凶悪犯罪だけに、日本社会全体に与えたショックは大きかったものと思われます。


私はこのような事件、事故が発生した場合、なるべく早く反応し、自分の見方をブログに記すようにしています。その理由ですが、それはマスメディアの情報操作が怖いからです。六本木ヒルズ回転扉死亡事故後もそうであったように、なるべく事件の真因にたどり着かせたくないという人たちが水面下で暗躍し、世論を「関係者にとって都合の良い方向」へ誘導していく可能性を否定できないからです。


私は、この問題の真因を「労働者と派遣会社の関係に起因するもの」と捉えています。労使間のコミュニケーションがうまくとれていなかったことが、この青年を追い詰め、犯行に及ばせたものと考えています。


もちろん、犯人を擁護するつもりは全くありません。派遣会社や働いていた工場にこの事件を引き起こした責任があるとも思っていません。
しかし、です。これらの企業がホスピタリティ経営をめざし、労使やステークホルダー間でのWIN―WINの関係が保たれていれば、決してこんなことにはならなかったものと思うのです。


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<秋葉原通り魔>容疑者、解雇と誤解?工場「つなぎがない」と騒ぐ  毎日新聞より引用

派遣社員を6月末で200人から50人に減らす計画があったが、加藤容疑者は、自分が対象ではないことを派遣会社から知らされていたという。

 一方で、加藤容疑者は5日の始業直前の午前6時ごろ「自分のつなぎ(作業着)がない」と大声を出して騒いだため、同僚がリーダーに報告。リーダーが駆けつけたときには、姿を消していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080609-00000011-maiall-soci
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普通に読めば、誤解したとも受け取れますが、パート・アルバイト社員を戦力化してきたプロの見方は全く違います。
「派遣会社からの情報は加藤容疑者には伝わっていなかった」と読み取れるのです。厳しい言い方をすれば、派遣会社の担当者は加藤容疑者に「伝えなかった」と言っても過言ではありません。


私は講演や研修で必ず「伝えると伝わるは180度違う」と話しています。伝えるは「ボールを投げた」だけであり、相手が「ボールを受け取った」ことにより初めて「伝わった」と言えるのです。お分かりでしょう、派遣会社の担当者が加藤容疑者に誤解を与えたということは、正しい情報を「伝えなかった」ということと同じなのです。


マスメディアの記者やレポーターは、警察や関係者の発表を鵜呑みにします。疑ってみる能力も、情報を分析する能力も持ち合わせていません。派遣会社の担当者が、正しい情報が「伝わらなかった」ことが事件にどのように影響を与えたのか、きっと明らかにされることはないでしょう。(加藤容疑者が解雇される150人に含まれていなかったことが真実なのか、否かも明らかにはならないでしょう。)
反対に、誤解したのは労働者側の加藤容疑者の問題として片付けられるに違いありません。私はそのように推察します。


繰り返しますが、私は犯人を擁護するつもりはありません。当たり前ですが、何人(なにびと)にも人を殺める権利などありません。


それでも、このように事件の背景を探っているのは、このままでは同様な事件が再発する可能性があるからです。以前にこのブログで岡山駅の突き落とし事件を取り上げました。栃木の無差別殺傷事件は記憶に新しいところです。偶然なのか、それとも計画的なのかは分かりませんが、今回の事件は、大阪の池田小で起きた無差別殺人事件と同じ日に起きました。


「どうにかしないと」と多くの人々が危惧しているように、このままでは同様の事件は再発します。私は「どうにかする」その答えは、個々の会社のホスピタリティ経営への転換しかないと考えています。


ホスピタリティ経営の要諦は「絶対にやってはいけないこと」を明確化することです。ディズニー・テーマパークの「絶対にやってはいけないこと」は事故や不祥事、「悪い体験」により顧客や従業員、ステークホルダーを不幸にすることであり、不満を持たせることです。同様に、すべての会社の「やってはいけないこと」も顧客や従業員、ステークホルダーを不幸にすることであり、不満を持たせることです。


特に大切なことは、従業員満足の向上です。これも当たり前のことですが、不満を抱えた従業員が「良い仕事」をする訳がありません。顧客や経営者を満足させる仕事をする訳がありません。


今回の事件の真の原因は、労働者であった加藤容疑者の会社や社会への「不満」であると思います。派遣労働者という夢の持てない労働形態が生む若者の「絶望感」が社会を覆っています。老若男女を問わず働き手を大切にする社会への再構築だけが日本経済のダイナミズムを復活させます。そのためには、全ての企業がホスピタリティ経営への転換を図ること、このことが日本社会を安定させる「出発点」であるのです。私はそう信じて疑いません。


7名の尊い命が奪われました。代償が大きすぎますが、この事件が日本社会に希望ある未来を創りだす、一つのきっかけになることを願わざるを得ません。

2008年06月04日

迫り来る世界の食糧問題とエネルギー危機の真因とは

 

2005年12月21日にホスピタリティの根っこと「豊かさマインド」という記事を書きました。

この記事の中で「欠乏マインド」と「豊かさマインド」について記しています。

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「欠乏マインドとは人生を一個のパイと見て、他の人が大きな一切れを取ると、自分の取り分が減ると考える。それは、人生をゼロ・サム・ゲーム(一方のプラスが他方のマイナスになり、両方の得点の総和が必ずゼロになるゲーム)と見るパラダイムである。このパラダイムを持っている人は、すなわち人に与えることは自分の取り分が減ると考えてしまう」


ホスピタリティの概念は、欠乏マインドとは反対のマインドです。


7つの習慣では「豊かさマインド」と称されています。
「豊かさマインドとは、『この世界には、私の夢をかなえるのに十分なだけの天然資源、ヒューマン・リソースがある』、そして、『誰かの成功によって私の分が減ることはない。同様に私の成功が必ずしも他人の失敗を意味するわけではない』という骨身に滲みこんだ信念である」

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報道されているように、このままでは世界中で食糧やエネルギーの争奪戦が始まる恐れがあります。人類史上最大の危機が迫っている、少々オーバーですが私はそのようにこの問題を捉えています。


さて、日本はこれまで、お金で他国から食糧やエネルギーを調達するという政策を続けてきました。お金を払いさえすれば食料やエネルギーの絶対量は確保できるという考え方です。しかしながら、この基本政策が行き詰ることも想定されるようになり、私たち日本社会に暮らす人々を不安に落とし入れています。


この先、不安を解消するにはどうしたら良いのでしょうか。私は一つの解答を持っています。この問題の真因をつかんだ上での自信のある解答です。


その解答とは「パラダイム(ものの見方、考え方)を転換する」というものです。つまり日本人の「意識改革」が日本社会に暮らす人々の不安を払拭するということです。


「改革」とは、過去を否定し、全く新しいものをつくりあげるということです。具体的に言えば、パイを取り合うという「欠乏マインド」的パラダイムから、パイを大きくしていこうとする「豊かさマインド」的パラダイムに「意識改革」するということです。


このパラダイム転換は難しいことではありません。日本社会は近年の「構造改革」の疲れから、競争型社会より共生型社会を目指そうという機運が高まっています。まさに今が意識改革のチャンスなのです。


日本社会全体が競争主義的パラダイムから「豊かさマインド」的パラダイムになれば、おのずとこの国の基本政策も変わってきます。
他国のパイの一部を買ってくるという政策から、自国のパイを大きくするという視点での政策に転換していくに違いありません。なぜならば、日本の食糧やエネルギーの自給率を向上させることは誰もが望んでいることだからです。


そして、「豊かさマインド」へのパラダイム転換後に行なうことはたった一つです。それは、食糧や飼料、そして新エネルギーという分野のパイを大きくする、つまり自給率を高めることに全国民のベクトルを合わせるということです。
日本人には、一度大きな方針が示されれば、その方向に向け一直線に進んでいくという徳性があります。この特性を生かすことができれば、この狭い国土から最大限の食糧や新エネルギーを生み出していくは十分に可能です。


私は、食糧や飼料など生き物のエネルギーとなる農産物と森林や耕作放棄地が生み出す新エネルギーを合わせて「農林エネルギー」と呼んでいます。日本人が本気になれば、日本は世界有数の「農林エネルギー」産出国になることも不可能ではない、私はそう確信しています。


私はこの国に対して、いくつかの提言を示しています。本日の記事内容も含めこの国の指導者に届くことを願ってやみません。


ホスピタリティの根っこと「豊かさマインド」は日本の少子化問題と石油エネルギーの問題について書いたものです。ぜひ、お読みいただきますようお願い致します。