東京ディズニーランド(TDL)は4月15日に25周年を迎えます。この25年間を振り返り、TDLが何を日本社会にもたらしたのか考えてみます。
【ビジネスの成功にはサービスが大切】
TDLが開業した1983年の日本社会は、旧日本国有鉄道に代表されるように「サービス無しが当たり前」が許される社会でした。TDLがもたらした最大の変化はこの常識を覆したことでしょう。
今ではJRの社員も「サービスを考えることが当たり前」になり、利用客もまた「料金にはサービスが含まれる」と考えるようになったことは画期的なことと考えられます。
【TDLは遊園地ではなくテーマパーク】
遊園地とテーマパークの違いがお分かりでしょうか。多くの人々は「あるテーマで統一された場所」をテーマパークと考えているようですが、これは必ずしも正しくありません。この定義では昆虫のテーマパーク、ゲームのテーマパークなど何でもテーマパークになってしまいます。ウォルト・ディズニーが考えたテーマパークは、遊園地とも違う、もっと人間味のあるものなのです。
遊園地とは、乗り物やゲームマシンなどの「機械」が人を楽しませたり、快い気持ちにさせたりする場所です。一方、テーマパークとは、人が人を楽しませたり、快い気持ちにさせたりする場所です。人と人のふれあいにより、喜びを分かち合う「パーティ会場」と言っても良いでしょう。
財政破綻した夕張市は「機械」が主役の遊園地に大金を注ぎ込みました。人が人を楽しませるという発想でレジャーや観光を考えていれば、財政が破綻することなどなかったものと考えられるのです。
【ディズニー・テーマパークの共通理念】
TDLに限らず世界中のディズニー・テーマパークの理念は共通しています。それは「幸福の創造」です。経営する会社も働く一人ひとりの従業員も、この考え方に即し、人をハッピーにする仕事に従事していると言って良いでしょう。
「TDLの仕事は、皆さんの仕事同様に人を幸福にすることです。」このようにTDLの仕事を説明すると、大抵の人はびっくりします。そして気付いていただけます。職業に貴賎はないと言いますが、全ての仕事(例外がないとは言いませんが)は人を幸福にするという尊いものであるということを。
TDLのリピーター率は98%以上と言われます。TDLが人の心を掴んで離さない最大の理由は、全キャスト(従業員)がこの「幸福の創造」という理念に基づき、心からのゲスト(お客様)に最高の「おもてなし」を提供しているからにほかならないのです。
【成功の公式SCSE】
日本社会は「阿吽の呼吸」が通じる社会です。一方、アメリカ生まれのTDLは「阿吽の呼吸」を許さない社会なのです。この違いが成功するか、失敗するかの明暗を分けます。
少しだけ考えてみれば分かります。組織が大きくなればなるほど「阿吽の呼吸」は通用しなくなります。企業がグローバル化すればするほど「阿吽の呼吸」は通用しなくなります。
TDLほどの巨大な組織はとても「阿吽の呼吸」では運営できません。TDLの運営は、蓄積された体系的な理論とノウハウに基づいています。であるからこそ、大きな失敗をせずに25周年を迎えられたのです。
ディズニーの膨大な「知恵」の中でもSCSEは最も素晴らしいものです。
SCSEとはセーフティ(安全性)のS、コーテシー(礼儀正しさ)のC、ショーのS、エフィシェンシー(効率)のEの頭文字を優先順に並べたものです。つまり、安全性を第一に考え、最後に経済効率を考えましょうというものです。
SCSEは公式です。誰でも三角形の面積を求める時には公式を用います。なぜならば、公式によって「正解」を導き出すことができるからです。
TDLのキャストも同じです。キャストも社長も、皆、このSCSEという「公式」を使って、正しい行動や正しい思考を導き出すのです。SCSEという公式に当てはめてみて「正解」を求めるのです。
SCSEに基づいた判断は成功を生み出します。SCSEに基づかないと必ず失敗します。その例がJR福知山線の脱線事故や六本木ヒルズで起きた回転扉死亡事故なのです。安全性より、経済運行や空調の効率性を優先させてしまった、つまりSCSEに即していなかったから事故に結びついてしまったのです。
SCSEは秘密のものではありません。SCSEで検索するとTDLを運営する潟Iリエンタルランドのホームページがトップに表示されます。これは、オ社の「SCSEを使って事故を撲滅して欲しい」「正しい仕事をして欲しい」というメッセージであると考えられます。
【マニュアルは最低限の約束ごと】
TDLの運営にはマニュアルが欠かせませんが、マニュアルは「取扱説明書」のようなものではありません。ディズニー・テーマパークのマニュアルは、「道徳」を含めた教科書の集合体のようなものと考えた方が分かり易いでしょう。
TDLで働くキャストの仕事は「幸福の創造」です。やるべきことは人をハッピーにさせることです。
反対に、してはいけないことは人を悲しませることです。マニュアルには人を悲しませないための「守るべき約束ごと」と、「やってはいけない約束ごと」が書かれていますが、人をハッピーにさせるために「やってはいけないこと」は書かれていません。
キャストはゲストを「とても大切な人」と考え、大切な人のためにできることを惜しみなく行なっているのです。つまり最低限の約束ごとであるマニュアル以上の最高の「おもてなし」をゲストに提供しているのです。
【TDLの道徳教育】
TDLの道徳教育はディズニーフィロソフィ(哲学)に基づいて行なわれていますが、決して難しいことを教えているのではありません。SCSEのCはコーテシー(礼儀正しさ)と説明しました。ディズニー・テーマパークでの英語の場内アナウンスは、必ず「レディース、アンド、ジェントルメン〜」から始まりますが、一人ひとりのキャストもレディ、ジェントルマンとして、礼儀正しく淑女、紳士であるゲストをもてなすよう教育しているのです。
TDLが25周年を盛況のうちに迎えられたのも、キャストたちの「おもてなし」の力なのです。道徳教育というと堅苦しいですが、TDLの道徳教育は、人が誰でも持っている思いやりの心を引き出すことであり、その思いやりの心から最高の「おもてなし」が提供できるよう教えているだけなのです。
【公私の公と公私の私】
科学の「科」とは本来分けるという意味です。TDLも色々なことが分けられていますが、最も明確に分けられているのが「オンステージ(舞台上)」と「バックステージ(舞台裏)」の区別です。ゲストが目にする場所が「オンステージ」です。
反対に、ゲストには決して「バックステージ」を見せない工夫がされています。バックステージを見せない、その理由は簡単です。それは「舞台裏」を見てゲストがハッピーになることはないと考えるからです。「舞台裏」を見せること、これはディズニー・テーマパークでは「してはいけない約束ごと」なのです。一方の「オンステージ」ではディズニーのエンターテイメントが繰り広げられています。
ディズニー・テーマパークでは、この「オンステージ」を「公私の公」の場所と位置づけ、全てのキャストが礼儀正しい行動やゲストの心を暖める言葉遣いなど、公共の場にふさわしい振るまいをしています。
キャストは公私の私の場所である、「舞台裏」では「ぼー」としていても構いませんが、公共の場所である「オンステージ」では、ゲストのおもてなしに集中しなくてはなりません。つまり、休んでいる時と場所、おもてなしに集中している時と場所がはっきり分けられているのです。
これもディズニー・テーマパークと一般のレジャー施設などとの大きな違いの一つなのです。オンステージでは、キャストはおもてなしに全力投球、これが、TDLが人の心を掴んで離さない理由なのです。
【TDLの成功を日本社会に生かす】
荒廃した日本社会をより良い方向に導くためには、ディズニー・テーマパークの良い点を真似ることから始めるべきであると考えます。
いじめの問題もディズニーの道徳教育に基づき、人の「やさしさ」にアプローチしていくべきでしょう。また、プライベートの場所と時間、「公私の公」の場所と時間にはっきりと分け、公共の場所においては「心傷つけ言行」などの「してはいけないこと」を行なわないよう、しっかりと指導していくべきです。
大人の社会も同様にディズニー・テーマパークから学ぶべきことはたくさんあります。最近「品格」という言葉を目にしますが、ディズニーの「品格」とは、おもいやりの心、分かち合いの心、助け合いの心でSCSEを励行することです。SCSEの公式に即して品格ある判断をすることにより、不祥事や事故の発生は劇的に減少するに違いないのです。
【アメリカのDLを超えたTDL】
アメリカのディズニー・テーマパークは、顧客サービス教育、顧客満足教育のMBAクラス(経営管理学修士号)のスクーリングに利用されていますが、東京ディズニーランドで進化させたTDL方式がそこに影響しているのです。
TDL開園時にアメリカから提供されたマニュアルを現在ではアメリカが逆輸入して使用していると言っても良いでしょう。
ディズニー社のトップも「TDLの顧客満足経営及び顧客サービスの水準はロサンゼルスのDLの水準を超えた」と高く評価しています。「セブン・イレブン」と同じです。この日本人の「オリジナルをさらに進化させる力」は世界一なのではないでしょうか。TDL25周年を機に、日本人は自信を取り戻そうではありませんか。