泣ける話を書こう!
感動のショートショートを貼り付ければ
幼女スレの奴等は俺に尊敬の念を抱くに違いない!
ツクラー高校生アルシェス(仮名)は
まごうことなき気違いだった。
毎度毎度空気を読まずにオナニー駄文を幼女スレに貼り付けては、
『低質化した文学に俺が一矢報いてやる』だとか
わけの分からないことをほざいていた。
敵のパラメータ設定するのめんどくせー
マップ作るのめんどくせー
というめんどうくさがりやの彼は
ツクール作品など一つも完成させることなく、
脳内妄想丸出しのプロットや
誰も読みもしないショートショートを書き連ねていた。
その作業は彼にとっては楽しいもので、
それはまるで、記憶の消しゴムのように、
彼の頭の中から大学受験勉強のことを
忘却させていた。
アルシェスが感動作を書こうと思ったのは、
『私の頭の中の消しゴム』という映画を見たのがきっかけだった。
その題材は、お涙頂戴ストーリーによく見られる記憶喪失ネタだった。
ま、韓国産映画だし、どうせレベルはせかちゅーと同じようなもんだろ。
と嘗めていたのだが、その油断は彼に一層大きな衝撃を与えることとなった。
次第に物忘れが激しくなっていくヒロインに彼は情が遷っていき、
彼女が若年性アルツハイマーと診断された場面以降の悲しみの連続に、
アルシェスは思わずほろほろと涙を流してしまったのだった。
クリスマスシーズンで恋人達が集まる映画館の中で
一人泣いているキモヲタの姿は、周りから見てとても痛いものだったろう。
さて彼は感動系の話を読み漁り、
人を感動させるという手段を勉強し、
ついにプロットを完成させるに至った。
それは彼の自信の溢れる渾身作で、
これを読めば国会議員さえ泣いてしまうだろうとまで思っていた。
「とにかく可哀想な話を書けばいいんだろ?
悲惨な境遇に置かれてる一家の話にでもすればいいか。
簡単だな、こんなの」
アルシェスは梗概を一本の小説に書き直す作業に移る。
大晦日の話だ。
北国に降り注ぐ雪は留まる事を知らず、
空き地に住みつく野良猫たちを容赦なく凍えさせる。
街は白銀の中に埋まり、夜の闇を雪の光が跳ね返していた。
こんな大雪の中じゃ客足はさっぱりだ。
まだ閉店時間じゃないけど、そろそろのれんをしまうか。
曙VSボビーの試合を家族と一緒に見たいしな。
そばを打ち続け30年のベテラン店長が
今年最後の営業を終えるために表へ出る。
氷点下の風が店内にびゅうと吹き込み、
店長は思わず身震いしてしまう。
今年は特別にしばれるねぇ。
さっさとのれんを降ろして居間に戻ろう。
そう思っていた矢先、みずぼらしい三人が雪の中を歩いてくるのが見えた。
父親と二人の娘。もう閉めてしまうんですか? 父親が店長に聞く。
いえ、まだ開いてますよ。どうぞどうぞ。
玄関で雪を落として三人の親子を招き入れる。
顔が凍ってしまったかのように表情を曇らせている。
さ、座って座って。
店長にとって、この来客は嬉しいものだった。
大晦日ということで年越しそばをたくさん仕入れたものの、
この大雪で大量に売れ残っていたのだ。
注文は何にいたしましょう?
かけそばを一杯、お願いできますでしょうか?
一杯? それも、かけそばなんかを?
店主は耳を疑った。
こんな豪雪の中親子三人で来たというのに、
かけそばをたった一杯だって?
今日は大晦日。
少しくらい奮発して天麩羅そばを三人分頼めばいいじゃないか。
もしかしたらこの親子、大晦日でもそばを一杯しか食べられないほど、
貧乏で苦労しているんじゃないだろうか。
そう思うと店長はこの親子が可哀想でたまらなくなって、
本来は一玉だけ茹でるのだが、
こっそり二杯分のそばを茹でて椀に盛りつけた。
父親はそばには少しも口をつけず、
一個の椀に入ったそばを二人の娘に順番に食べさせた。
「おそば、おいしいね」
「うんっ」
二人の小さな女の子にそばを褒めてもらえて、
店長はこれまで一度も経験したことのないほどに感激した。
彼の目から水分が溢れ出てきて、眼鏡を外して手で涙を拭き取った。
「ねぇとうちゃん、とうちゃんは、おそばたべないの?」
「とうちゃんもたべてよっ。すごくおいしいよ」
普段ろくにご飯を食べられなくて、
この二人の娘もお腹が空いているだろう。
それなのに二人は父親にそばを勧めた。
父親は首を振る。
とうちゃんはな、おそばなんて食べる資格はないんだよ。
お前たちを貧乏な暮らしに巻き込んでいるのも、
父ちゃんのせいなんだからな。
とうちゃんは本当に駄目な奴なんだ。
ごめんな、娘たちよ。
おれが高校時代に創作活動なんてうつつぬかしてないで
しっかりと受験勉強していればなぁ、
立派な大学に入れて、立派な会社に就職できて、
お前たちにも苦労をかけないで暮らしていけただろうに。
妻のヒルダはとっくにおれに愛想つかして出ていっちまった。
おれは妻をとても愛していたのに。
だがしかし、どれもこれもおれが悪いんだ。
ああ、無駄にした高校生活の時間が惜しい。
ツクールや2ちゃんねるなんてやってないで
真面目に勉強していれば……。
ショートショートなんて
わけのわからないものを書いてる暇があったら
資格でもなんでも取っておけばよかった……。
父親は涙ながらに二人の娘に頭を下げた。
そして三人の親子はかけそばの代金180円を支払い、
雪の中に姿を消していった。
こんな屑にならないように、
ツクールもいいけど勉強もしっかりしようね!
おしまい。
来年もよろしこ。