シャンパーニの塔

RPGツクールでいつかRPG作れるといいな

昔書いたやつ

2006-01-29 02:18:46 | ショートショート
 その頃の僕はといえば
自分に与えられた安定という名の幸福に満足することもできず、
泥沼のような日常に深く沈んでいた。
あるいは幸というものは現在という時間軸では実感することができず、
過去を振り返ることによって
初めてその時間は幸せだったと思えるのかもしれない。
 僕は住み慣れた家に帰るとヒルダが荷物をまとめていた。
室内は綺麗に片付いていて、それが僕に殺風景な印象を与えた。
「やれやれ、またか」
 彼女が家を出ようとすることは数ヶ月に一回ある。
その前兆として、彼女の作る味噌汁の味が濃くなったり、
トイレに篭っている時間が長くなったり、
部屋が急に清潔になったりする。
それで僕は、そろそろ彼女が行動に出るだろうと予想はしていた。
「あなたが私を必要としてくれないなら、
私はここにいるべきではないのよ」
 彼女は少しもこちらに視線をくれようとはせず、
淡々とバッグに着替えやら小難しそうな本やらを詰めていた。
「この生活に、嫌気が差したの」
 こんなことを言っていても
彼女の本心は僕に引き止めてほしいのだ。
僕が日常に辟易していると、
彼女は退屈な日々に非日常的な出来事を起こして
刺激を補おうとする。
ヒステリックになり、
私のことなんかどうでもいいんでしょう、と喚き散らす。
僕はそんな彼女をなだめ、今でも君の事を愛しているよ、
とお決まりの台詞を吐く。
そうして元の生活に戻る。いつものパターンだ。
しかし彼女が何度もこんな行動を繰り返し起こしていると、
この非日常的出来事さえも日常的出来事の範疇に含まれてしまい、
それはやがて僕にも彼女にも刺激を与えなくなった。
 やれやれ、どうしたらいいっていうんだ。
 僕は半ばやけになって言った。
「家を出たいなら出て行けばいいさ」
 ヒルダは驚いてこちらを向く。
今日、彼女と視線を合わせたのは始めてだった。
「ただし、その時は僕も着いて行く。
僕もこんな生活うんざりだ。
どこか遠くへ、僕らがいつしか失くしてしまったものを探しに行こう」
 彼女はしばらくこちらを見ていた。
暗い目の奥に蝋燭の火ほどの小さな光が灯るのを感じた。
しばし考えた後、決心したように言った。
「そうね、それがいいのかもしれない」
 こうして僕とヒルダは二度と戻らない旅に出た。

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