皆さんもご存知の通り、
個人及び数人の非法人団体により製作された漫画やゲームを販売し、
その収入で生活している人間がごく小数ながら存在している。
ツクール界でその名を知らしめているヒルダも
その一人であった。
「ふわぁ。まだ眠いわね……。
でもそろそろ起きて作業しないと、
また作品の発売日が延期になるわ。
私のゲームを楽しみにしてくれる人が全国に大勢いるから
その期待に答えなくちゃね。
……って、目が覚めたらもう午後六時?
陽が沈んでるじゃない……。
ここんとこ毎日ショタ画像探しとネトゲのせいで、
昼夜逆転しちゃってる……。
まぁいいか〜。この生活を続けられるのも、
私が素敵な作品を提供しているからだもんね。
さて、新作の開発を始める前に、前作のDL数を見ておくか。
……わぁ、
こんなにたくさんの人がゲームをプレイしてくれるなんて。
シェアウェアの中ではトップクラスのDL数ね!
まぁ私のゲームがプレイできて一本1500円なんだから、
買わない方が損よね。
あ! でもこれはまずいことになったわね……。
こんなにゲームが売れてしまったら
また税金の心配しなくちゃいけないわ!
同人界で所得税を払ってるなんて一握りなんでしょうけど、
これほど売れてるなら仕方ないもんね。
プロのゲーム製作者の年収よりも稼いでるからね。
売れすぎるのも困りものねぇ」
そんなヒルダだったが、
PCゲーム雑誌のある記事を見て仰天した。
「何これ……。
『期待の新星・サークル"ドラゴンナイト"が送る
話題のRPG』ですって?
そんなマイナーサークル聞いたこともないわよ。
ええっと、
『一本1000円のシェアウェアとしてDL販売を開始した当ソフトは
DL数――』……え、何? 私の前作のDL数はいくつだっけ……
(サイトで確認する)、げ、負けてるじゃない。
で、でもまぁ売り上げで言えば私の方が上よね。
単価が違うもの。これは1000円の価値しかないでしょうし……。
――けど悔しいわね。
どうせ糞ゲーなんでしょうけど遊んでみるか。
こんなのに1000円出すのは惜しいけど、しょうがないわ。
(プレイ中)……何よ、ただのキャラゲーじゃない。
しかもゲームとは別に、
公式サイトにキャラの設定集とか載せてるし。
血液型とか誕生日とか3サイズとか嫌いな食べ物とか
趣味とか好きな体位とか、
そんなのゲーム本編に全然関係ないじゃない!
ラフ画なんて見たい人がいると思うの? 痛すぎ。
た、確かに3DCGを使ってるのは凄いかもしれないけど、
敵が弱すぎるし、レベル上げしなくてもシナリオ進んじゃうし、
次の街に着いた途端ほとんどの武器防具を買えちゃうし。
RPGってものの良さを分かってないわ。
立ち絵が出てきて会話が表示されるって、
これじゃあエロゲーじゃない。ただの紙芝居だわ。酷い。
設定も吸血鬼だとかドラゴンの血を引いてるだとか
金髪ツンデレだとか、どこかで聞いたことあるものばかりだし。
ゲームオーバー時の『その後、
彼らの行方を知る者はいない』ってモロパクリでしょ!
こんなのプレイするユーザーも見る目がないわね!
サイトの見た目に騙されて買った人も
損したと思ってることでしょう!!!
……しかし、むしゃくしゃするわね。
そうだ、もうすぐ発表しようと思ってた体験版、
少しだけいじるか……。
私が総監督だから他のスタッフには文句言わせないわ。
……うん、これでいいわね」
「何これ……」
サークル・ドラゴンナイトのプランナー、
グロリアは仰天した。
長い間ツクール界のトップを担っていた
サークル・アルファムーンの最新作、
その体験版のラスボスの名前が『ドラゴンナイト』、
つまりグロリアのサークル名と一緒なのだ。
このゲームのドラゴンナイトは、
邪悪な力を使って罪もない人々を虐殺する悪役で、
製品版でもこいつがラスボスであるかのような展開を匂わせていた。
「これって明らかに嫌がらせですよね……。
私たちのサークルの名前を知っていたら、
この悪役の名前を変えるはずだし……。
しかも何なの、この作品紹介は。
『近頃のゲームはCGばかり綺麗でゲーム性が損なわれています。
しかも個性だけを強調して内面は薄っぺらなキャラの出るRPGは
ゲームとしての面白さの美的感覚が失われた駄作ばかりです。
シナリオに面白さを追求するなら
名作小説を読んでいた方がずっといい。
私が反旗を翻し、ゲームとしての面白さを取り戻します』。
どう見ても私のゲームへの批判にしか見えませんね……。
こんなのが同人ゲーム界にいるなんて、
一ゲームクリエイターとして嘆かわしいです……。
仕方がありませんね、この勘違い厨房ツクラー君に
格の違いを見せてあげるしかありません」
ヒルダは下手糞な鼻歌を歌いながら、
ファンからのメールに返事を書いていた。
>体験版すごく面白かったです!
>ボスがすごく強かったから
>ザコキャラと戦いまくってレベル上げて
>何度も挑戦しないと勝てなかったけど、
>勝ったときはすごくうれしかった。
>あと、ドラゴンナイトって、
>あの有名なゲーム製作サークルの名前と同じですよね?
>なんで同じにしたんですか?
>あとリンクしてください。
感想ありがとうございます。
あなたの意見は製品版を作るにあたって参考にさせて頂きます。
ドラゴンナイトという名前ですが、ドラゴンはCRPG以前から
最強の敵として恐るべき存在でした。
その力を使う剣士として最後の敵にしたんです。
ドラゴンナイトっていう名前のサークルがあるんですか?
知りませんでした。個人サイトを巡回するほど暇じゃないので。
リンクについては、そちらからリンクするのは結構ですが、
相互リンクは受け付けていません。ご了承ください。
ご機嫌なヒルダだったが、
ドラゴンナイトのサイトを見て仰天した。
「何これ……」
『市販ゲームに負けないクオリティ!
個人ゲームの壁を越えた最高の美麗CGがあなたを魅了する!』。
このゲームの体験版は後にCD付き雑誌にも収録され、
インタビューでは「私たちはユーザーの求めるゲームを提供します。
勝手に自分のゲーム論を語って他人に意見を押し付けて
自己陶酔してる自称ゲームデザイナー君とは違い、
私たちはユーザーの生の声を聞いて
ゲームに反映させています」と書かれていた。
これにはヒルダの堪忍袋の緒が切れた。
「FUCK YOU……ぶち殺すぞ小娘が……!
ちょっと雑誌に載ったからって調子に乗っちゃって!
もう、むかつく! この機知外に粛正を加えてやりたい!」
「ようやくアルファムーンのゲームの売り上げも
ランク外になりましたね。
つまらないゲームを売りつけるような人間は
淘汰されて当然です」
もちろんグロリアはアルファムーンをライバル視していたが、
以前まで高評価を受けていたアルファムーンの最新作を
プレイしないわけにはいかなかった。
プレイヤーが望むゲームの形を調べることが、
彼女の作るゲームがプレイヤーに受け入れられている
秘訣であるからだ。
しかしこのゲームがこれほどまでに驚くべき内容だったとは
少しも想像しておらず、グロリアは仰天した。
「何これ……。嘘、ですよね……?
だってまさか、主人公が製作者の名前で、
悪役が私のハンドルネームだなんて、
ありえないし……。これ、販売してるんですよね……?
そんな作品で私怨を晴らすなんて道徳から、
社会通念から逸してますよね……」
「何これ……」
インターネット掲示板を見たヒルダは仰天した。
ヒルダを中傷する旨のショートショートが書き込まれていたのだ。
タイトルは『ショートショート7』で、
ヒルダとグロリアの二人の視点が交互に切り替わる小説だった。
「私が駄目な人間であるかのような内容じゃない!
ショタ画像探しって何よ!
勝手に他人の生活を想像して書き込まないでよ!
私はちゃんと昼までには起床してるし、
最近はショタ画像を探すことも少なくなったし!
自分のゲームにドラゴンナイトの名前を入れたのは
私怨なんかじゃないわ。
粛正よ。正義は私の方にあるんだわ。
糞ショートショートを何度もべたべた貼り付けて
恥晒ししてるのはあの馬鹿だったのね。
とにかく、私の擁護レスを書かなきゃ……。
よし、書き込み完了。
……え、作者乙? なんで分かるのよ!」
「何これ……」
そのショートショートを見て仰天したのは
ヒルダだけではなかった。
「私がアルファムーンと対立している様子が
書かれているわね……。
確かにそれは本当で、雑誌のインタビューで嫌味を言ったり、
厨房を装ってメールを送ったりはしたけど……。
この書き込みもアルファムーンの嫌がらせかしら?
でもそうだとしたら変ね。
私よりあっちの方が悪く書かれているし。
一体どういうこと……?」
グロリアはしばし考えを巡らせる。
そしてアルファムーンへの憎しみが頂点へと達したとき、
答えは出た。
「やっぱりこれはアルファムーンの仕業ね。
自分が落ち目にあるということを自覚して、
私と共倒れさせようという魂胆に違いないわ!
なんて卑劣なの!
こうなったらサイトに田代砲撃ってやる!」
「うまくいったね、エステルちゃん」
「ドロシーさんの思惑通りになりましたね。
ほら、アルファムーンもドラゴンナイトも
2ちゃんねるで叩かれてから売り上げがめっきり減って、
今では誰もサイトに足を踏み入れないようなサークルに
落ちぶれちゃってます」
「最終的には私たちが両サークルを破滅に導いたわけだけど、
これは自業自得よね。
ヒルダの奴、勝手にゲームの内容変えて、
私怨を晴らすための道具にしちゃってるんだもん。
そんなサークルなんかに在籍してられないわよ」
「同感です。グロリアさんなんか製作をサボって、
『ユーザーが求めるゲームを研究するためだ』とか
口実をこじつけてゲームばかりやってるんですよ?
納期守らないし。
あんなサークルもうこりごりです」
「でもまぁ、こうやって二つの大手サークルが潰れたことで、
私たちの新しいサークルが漸く大舞台に立てるわね。
アルファムーンのプログラマーである私と、
ドラゴンナイトのCGデザイナーであるエステルちゃん。
この二人が揃えば怖いもの無しよ!」
「はいっ。これからは私たちの時代です!」
ヒルダもグロリアも相手を中傷することに躍起になり、
新作ゲームは完成の目を見ることはなかった。
スタッフは去っていき、ユーザーの評判が悪くなり、
二人のゲームの売り上げも軒並み落ちていった。
『その後、彼らの行方を知る者はいない』