ストーリーの原案を考えていただいた>>754氏に感謝する。
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木の背丈ほどもある巨大なモンスター・コボルトが街で暴れ周り
逃げようとする人間の一人を手で掴み取る。
それがヘレンでなければ
僕も大勢の町人と同様に逃げていただろう。
僕は踵を返してコボルトの元に走る。
自分が無力であることは知っている。
しかしへレンが捕まったとなれば、
何とかしなければならなかったのだ。
そのとき背後で悲鳴が上がる。
なんと今度は棍棒を持ったゴブリンが現れた。
奴は僕に立ち向かってくる。もうだめだ、
と死を覚悟しながらも身構える。
「君は下がってなさい」とゴブリンは僕に言う。
「え?」僕は混乱する。
ゴブリンは僕には何もせずにコボルトの方へと向かう。
「おいコボルト、いい話があるんだ。
その女を放して、俺の話を聞いてくれないか?」
「ん、なんだゴブリン、うまいもんでも見つけたのか?」
コボルトはヘレンを放り投げる。
地面に叩きつけられてどすんという音がした。
僕は急いでヘレンの元へ駆け寄る。
そのとき背後で声がした。
「騙したなゴブリンめ!」
振り向くと、ゴブリンの姿が光に包まれていて、
やがて一人の人間に変化した。
そいつは杖と剣を持っていて、コボルトに剣で斬りかかる。
「ぐぎゃあ!」
鼻がぱっかり二つに割れるコボルト。血が噴出する。
「変化の杖を使っていたのか! 許さ……ぎゃあああ!」
男は剣を真横に振り、
その道筋通りにコボルトの体が刻まれる。
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町人も僕も、この男には見覚えがあった。
アルシェスという名の旅人だ。
彼は2年ほど前にこの街を訪れ、
森に棲むモンスターを退治してくれた。
アルシェスは彼の道連れである
ヒルダとグロリアという女の子とともに、
英雄として街で歓迎された。
町人たちは年に一度の祭り以上に喚起に湧き上がり、
アルシェスたちにごちそうを振舞い、
町の美人たちが伝統の踊りで彼らを楽しませた。
僕は町人の態度に怒りを覚えた。
彼らはアルシェスを歓迎することに気を奪われ、
コボルトに投げ飛ばされて怪我を負ったヘレンを
誰も心配しないのだ。
僕はヘレンの家で彼女の世話をしていたが、
どうも様子が変だった。
「アルシェス様のおかげで私はこうして救われました。
なんて素敵な方なんでしょう。
このベッドから抜け出してお礼を言いたい。
できることなら、身も心もアルシェス様に捧げてしまいたい」
ヘレンに心を寄せていた僕はアルシェスにひどく嫉妬した。
自分の中で激しい炎が
心臓を焼け尽くさんとばかりに燃えているのを感じた。
僕が自分の危険も省みずに彼女を助けようとしたことを、
ヘレンは忘れていた。
僕はあのとき自分の命さえ投げ出しても
彼女を救おうとしていたのに。
へレンがアルシェスに奪われたような気がした。
彼への殺意が芽生え始めた。
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アルシェスは僕の両親が経営する宿屋に宿泊した。
三部屋しかなかったので、
アルシェス、ヒルダ、グロリアに一つずつ部屋を分け与えられ、
それまで泊まっていた人間は追い出されて
別の宿に泊まることを余儀なくされた。
アルシェスはその日の夜、
彼らをもてなすダンスを踊っていた美人三人を呼び出し、
自分の部屋に連れ込んだ。
もちろん僕も知っている人たちだった。
彼女たちにはちゃんと恋人や夫がいるはずなのに……。
翌朝この宿屋で祝宴が開かれた。
アルシェスが用を足しにいっているとき、
ヒルダとグロリアは
アルシェスが無類の女好きだということを打ち明けた。
しかし彼はヒルダとグロリア自身には
手を出していないらしい。
共に旅をする相手と肉体関係を結ぶと面倒なことになる、
という彼の主義があったのだ。
彼らに食べ物を運ぶ役目の僕は
そのことを自分の記憶に留めておいた。
アルシェスが戻ってくると、
僕は彼の振る舞いに我慢できなくなった。
アルシェスの前に、わざとガチャンと音を立てて皿を置いた。
後にそれを両親にこっぴどくしかられた。
僕とアルシェスの違いは一体何なんだ。
何故彼らがこんなにも、もてはやされるんだ。
僕とアルシェスの間に大きな能力差があるとは思えなかった。
奴はコボルトを斬った自分の剣を自慢していた。
由緒正しい剣らしかった。
それがあるからアルシェスはあんなに強いに違いない。
僕があの剣を持っていれば
アルシェスと同様の力を得られるはずだ。
あんな奴殺してしまって剣を奪い、僕が旅に出る。
僕の方が勇者に相応しい。
アルシェスなんかにヘレンは決して渡さない。
ヘレンの心を射止めて、
彼女をこの腐った街から連れ出してあげるんだ。
僕はアルシェスを倒す作戦を練り上げた。
それは、グロリアを利用する方法だった。
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グロリアはこの町の出身なのでよく知っている。
彼女は昔から魔法使いに憧れ、
日々魔法の訓練に明け暮れていた。
建物をがたがたと揺らす激しい嵐が過ぎ去って
空に虹がかかるとき、 彼女は家で寝込んでいた。
それはグロリアが嵐の中、外で修行をしていて
風邪をひいてしまったことを意味していた。
体を切り裂くような雨風の中外に出ていたら
倒れこんでしまうのは当然だ。
けれど彼女の言い分によると、
修行はどんな天候でも
毎日欠かさずやらなければ効果がないらしい。
それくらい彼女の修行への入れ込みようは異常だった。
グロリアには心に決まった男性がいた。
今はこの街で議員を務めているロージーという男だ。
彼はグロリアと一緒に剣の修行をしていた。
しかし雷に打たれ重傷を負い、
彼の目指していた剣士への道は絶たれてしまった。
思えばグロリアが病気以外の理由で修行を休んだのは、
ロージーの看病をしている間だけだった。
本来ならロージーとグロリアは
二人で旅をするはずだったが、
ロージーが重い剣を振るえなくなったことから
断念せざるをえなかった。
グロリアは旅を諦めていたが、
ロージーはそれを許さなかったらしい。
「君一人だけでも旅に出てほしい。
そしてその旅路であったことを、
僕に土産話として聞かせて欲しいんだ」
グロリアがアルシェスと旅立った後も、
彼女とロージーは見えない絆で結ばれていた。
僕はこのことを踏まえて計画を練り、
アルシェスたちの二泊目の夜中に、
それを実行に移した――。
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☆☆☆
僕には一つ、秘策があった。
それは変化の杖を使うというものだった。
杖を持ってグロリアの部屋まで音を立てないように歩く。
木の床がみしりと軋む音が僕の不安を駆り立てる。
大丈夫。必ずうまくいくはずだ。 自分に言い聞かせる。
扉の前で深呼吸をし、指を腕にあてて脈拍を測る。
血液は正常な早さで波打っている。
落ち着け。落ち着け。
僕はついに決行の判断を下す。
部屋の前でロージーの姿を思い浮かべながら杖を振り、
自分の外見を彼のものに変える。
杖を壁にかけておいて、
グロリアの部屋の扉を開ける。
ん? 部屋には誰もいないみたいだ。
僕は落胆しながら奥に踏み入る。
その瞬間、扉の裏から誰かが現れた。
不意をつかれ、僕がその誰かの方向に向きを替えた途端、
腹に激痛を覚える。
「ぐあ……」
僕は腹を刃物で刺されたのだ。
血が勢いよく床に飛び散る。
僕は力尽きて倒れ込む。
「お前は……一体……」
僕を刺したのは若い男で、
口元を不気味にほころばせていた。
どこかで、見たことがある顔のような、
気がしたが、思い出せなかった……。
彼は、僕の体を踏まないように、廊下に出る……。
そして杖を、こちらに向けて、振り、
僕の姿を、彼と同様に変えてしまう。
次に奴は……もう一度杖を使い、
自分を僕の姿に変化させる。
つまり、僕と彼の外見を、入れ替えたのだ。
そこで意識が途絶え、
僕は絶命した……………………………………。
☆☆☆
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事件はあっという間に街中に知れ渡った。
それは宿屋の息子が遺書を遺して自害したという事件だった。
遺書に記されていたのは『自分は命の恩人であるアルシェス様に
気分を害すようなことをしてしまったのでそれを謝罪するために
自分の命を絶つことにした』ということだった。
もちろん宿屋の息子とは僕のことで、
遺書を書いたのも僕だ。
アルシェスは共に旅をする女性と
肉体関係を持つことを自分で禁じていた。
パーティを保つためには
私的な感情を排除する必要があったからだ。
一人の女性と交際していたら
残りの女性が気まずくなるに違いない。
しかし無類の女好きでしかも一緒に旅をしているとなれば
彼もグロリアやヒルダに対して性的な感情を持っていただろう。
そこで彼は変化の杖を使って自分の姿をロージーに変え、
自分をアルシェスだと悟られずに
グロリアと行為に及ぼうとしたのだ。
僕はそのことを予測して、
あらかじめロージーの家にグロリアを呼び出しておき、
自分はグロリアの部屋でナイフを持ってアルシェスを待ち構えていた。
アルシェスを殺害した後、
変化の杖で奴を僕の姿に変え、
僕自身をアルシェスの姿に変えた。
僕が自害したことにして、
僕はアルシェスと入れ替わった。
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僕がアルシェスとして旅立つ日。
グロリアとヒルダと出発をする前に、ヘレンの家に行った。
ヘレンの怪我は大したことがなかったらしく、
もう自由に歩けるようだった。そこで僕はヘレンを旅に誘った。
彼女は喜んで承諾した。
ヘレンは旅支度をしながら、宿屋での事件について話した。
「あの宿屋の息子、以前から私に付き纏っていて、
気持ち悪かったのよね。 こうして死んでくれてほっとしたわ」
へレンが化粧をしている間、
僕は彼女をどうしてやろうかと考えていた。