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ああ、無情。
作:みあ



第二十八話


 竜王の間への扉を開く。 
 玉座には、一人の男が座っていた。 
 ローブを着込み、顔はフードで覆われている。 
 あれが竜王なのか? 
 
「不甲斐ないものだな、我が息子よ」 
 
 途轍もない威圧感と共に、しわがれた声がリバストに向かう。 
 
「黙れ! 父の名を騙る魔物め!」 
 
 青年の声に、偽竜王はただ笑うのみ。 
 
「我が生け贄の祭壇へようこそ、勇者殿」 
 
「出来れば、こんな所まで来たくなかったんだけどな」 
 
 俺の返事に、偽竜王は腹を抱えて笑う。 
 
「ふははははっ! 今回の勇者はユーモアのセンスがあるようだ」 
 
 そんなにおかしい事を言ったつもりは無いんだが。 
 それよりも、『今回』? 
 俺以外の勇者に会ったことがあるのか? 
 
「アリシアさま、どうされました?」 
 
 姫の声で、シアちゃんの様子がおかしいことに気付いた。 
 全身は震え、元々白かった顔がさらに白くなっている。 
  
「ま、まさか……?! 何故、奴がここに……?!」 
 
 シアちゃんが声を上げる。 
 偽竜王はそれに気付いたのか、彼女に顔を向けた。 
 それと同時に、彼女が叫ぶ。 
 
「何故、何故貴様がここにいる!? 大魔王ゾーマよ!」 
  
 何……? 
 今、何て……?  
 
「ふははははは! どこかで見た顔だと思えば、勇者と共におった魔法使いではないか」 
 
 シアちゃんの事を知ってる? 
 じゃあ、本当に、勇者ロトの伝説の……? 
 
「我が復活を祝いに来たか? それとも、勇者の敵討ちにでも来たのか?」 
 
「敵討ち……? 何の話じゃ?」 
 
 シアちゃんの返答に、魔王は狂ったように笑い続ける。 
 
「な、なにがおかしい!」 
 
「知らぬのか? 勇者アルスをこの世から消し去ったのが、このわしだという事を」 
 
「な……に?」 
 
 魔王が語った言葉は衝撃をもたらした。  

 
 世界を救った一人の勇者の物語。 
 この世界を覆い尽くした闇を打ち払い、光をもたらした救世主。 
 闇に堕ちたかつての仲間に光を与え、そして姿を消した。 
 彼の名は、アルスと言った。 
 だが、彼の話はここで終わりではなかった。 
 闇は滅びたわけではなかったのだ。 
 
 妻子のもとを、仲間のもとを去った勇者は、闇の復活を知った。 
 どちらが先だったのかは、わからない。 
 闇の復活に気付いたのが先だったのかもしれない。 
 ただ言える事は、彼はたった一人で戦いを挑んだと言う事だ。 
 長きにわたったその戦いは、結局の所、引き分けに終わった。 
 魔王は力を失い、復活までの長き眠りを余儀なくされた。 
 そして、勇者は……。 
 
「奴は、このわしが直々に次元の狭間へと放り込んでやったわ。光も無く、時の流れも無い、永劫の闇へとな!」 
 
 仲間に頼らず、単身魔王に戦いを挑んだ勇者。 
 決して、富や名誉のためではない。 
 家族のために、その選択肢を選んだんだ。 
 俺は、アルスを誇りに思う。 
 そんな男がご先祖さまであることを。 
 
「そんな、そんなこと。わらわは、なにも……」 
 
 シアちゃんは呆然としている。 
 無理も無い。 
 彼女の知っているアルスは、妻子を捨て、他の女の所に行ったはずなのだ。 
 こんなところで、魔王と戦っていたとは考えもしなかったに違いない。 
 俺は、彼女を強く抱きしめる。 
 心がどこかへ行ってしまわないように。 
 
「竜王様は? 竜王様は今どこにおられる?」 
 
 サイモンが、魔王に尋ねる。 
 
「これは、異な事を。目の前におるではないか」 
 
「貴様、まだ父を愚弄するか!」 
 
 リバストの叫びに、魔王はローブを翻す。 
 
「少なくとも、肉体はここにある。魂は、我が糧になってもらったがな」 
 
 言葉と同時に、魔王の身体が闇に包まれる。 
 闇は凝集し、巨大な何かを形成していく。 
 凶悪な爪を生やした手足。 
 醜悪な翼。 
 そして、漆黒の鱗に覆われた巨体。 
 魔王と化した竜王の降臨だった。 

 
「我こそは、全てを滅ぼす者。再びこの世を絶望へと包んでくれよう」 
  
 魔王の言葉が絶望を突きつける。 
 だが、そんな物がどうだというんだ。 
 俺達は、絶対に負けない。 
 
「ならば、俺達はお前を滅ぼす。二度と貴様が復活できないようにな」 
 
 俺の言葉に、仲間達が声を上げる。 
 
「父上の仇!」 「竜王様の仇を!」 
 
「勇者さま、行きましょう」 
 
「あるじ、もう大丈夫じゃ。こんな事ではアルスに笑われてしまうわ」 
 
 笑顔を見せるシアちゃんに、姫に、リバストに、サイモンに声を掛ける。 
 
「俺は勇者だけど、正直言って、何の力も無い。だから、皆の力を貸してほしい」 
 
「何を今更……」 
 
 シアちゃんが呆れたように言う。 
 
「私の力は勇者さまのために」 
 
 姫が、忠誠を誓う騎士のように、剣を掲げる。 
 
「友に力を貸すのは当然のこと」 
 
 リバストがそういって笑う。 
 
「仕方が無い。手伝ってやろう」 
 
 サイモンはどうでもいい。 
 
 最後の戦いが始まる。 

 
 先制攻撃は、魔王からだった。 
 大きく息を吸い込み、灼熱の炎を吐き出す。 
 俺達を包むかと思われた一瞬、リバストの呪文が飛ぶ。 
 
「フバーハ!」 
 
 光の幕に散らされる炎。 
 すかさず、シアちゃんの呪文。 
 
「メラゾーマ!」 
 
 炎が魔王に襲い掛かる。 
 しかし、炎は黒いもやのような物にかき消される。 
 
 姫の剣が一閃する。 
 鱗が数枚はじけ飛ぶ。 
 だが、それだけだった。 
 
「いかづちよ!」 
 
 杖から魔力を放つが、鱗の表面で弾けるだけ。 
 何の痛痒も感じていないようだった。 
 
 サイモンは身を守っている。 
 
 何度か攻撃を繰り返したが、奴にそれほどのダメージを与えることが出来ない。 
 唯一、目に見える効果があったのは、姫の持ったロトの剣だけ。 
 その傷も、見る見るうちに癒えていく。 
 他にわかった事といえば、黒いもやは連続で使用できないことくらいだろうか。 
 
 あの肉体は既に死んでいる。 
 魔王は、それに乗り移っているだけだ。 
 ならば、どうする? 
 周りを見渡した俺は、ある事に気付いた。 
 そういえば、似たような奴がこちらにもいる事に。 
 
 身を守るだけで、攻撃に参加していないサイモンを呼ぶ。 
 そして、望む回答を得た俺は、行動に移すことにした。 
 シアちゃんに杖を渡し、サイモンにバイキルトを掛けてもらう。 
 いぶかしげな表情をしていたが、作戦だと言うと従ってくれる。 
 
「シアちゃんとリバストは奴の気を引いてくれ。姫は、合図と同時に電撃呪文を」 
 
 皆に指示を出し、サイモンに剣を構えさせる。 
 その剣に少し細工をする。 
 姫はというと、目を瞑り両手を掲げ、呪文を唱え始めている。 
 
「シアちゃん! リバスト! 何とか隙を作ってくれ!」 
 
 2人に声を掛けて、俺も呪文を唱え始める。 
 
「いかづちよ!」 
 
 杖から放った魔力が、黒いもやにかき消される。 
 それと同時に、呪文が解放される。 
 
「イオナズン!」 
 
 相変わらず効いた様子は無いが、衝撃にバランスを崩す魔王。 
 そこへリバストが追い討ちを掛ける。 
 
「バギクロス!」 
 
 風の刃が魔王を押し倒す。 
 
 今だ! 
 俺は、サイモンの背中に両手をつき、力ある言葉を解き放つ。 
 
「バシルーラ!」 
 
 サイモンは、剣を構えたまま矢のように飛び出し、魔王の右目に突き刺さった。 
 
「姫!」 
 
 俺の声に、姫は目を開くと両手を振り下ろす。 
 
「ギガデイン!」 
 
 幾条もの電撃が、サイモンを避雷針代わりに集束していく。 
  
「がああああああ!!」 
 
 断末魔の叫びを上げ、魔王は崩れ落ちる。 
 
「よし!」 
 
 思わず拳を握る俺に衝撃が襲い掛かる。 
 頭を殴られたような激痛に、しばし悶える。 
 顔を上げると、何故か激怒しているシアちゃんの姿。 
 杖を振り下ろしている所を見ると、犯人は彼女のようだ。 
 
「よし、では無い! いかに敵であったとはいえ、他人を犠牲にしてまで勝利を得ようとは、見損なったわ!」 
 
 目に涙を溜めたまま、怒っている。 
 どうも、サイモンを攻撃に使ったのが許せないらしい。 
 俺は、シアちゃんを無視して、その背後に声を掛ける。 
 
「良かったな、サイモン。そんなに嫌われてたわけじゃないみたいだぞ」 
 
「うむ。勘違いとはいえ、我の死に涙するとは。やはり、我のことを少なからず想っておるようだな」 
 
 背後から聞こえるサイモンの声に、呆然とするシアちゃん。 
 振り向いて、黒い影がそこにいるのに気付くと、烈火のごとく怒り出す。 
 
「生きておるなら、生きておるとさっさと言わんかーー!」 
 
 声と同時に炎が飛ぶ。 
 
「うおっ、殺す気か?!」 
 
 杖を振り回して影を殴りつけるシアちゃんを、姫が羽交い絞めにして取り押さえる。 
 一応、照れ隠しなんだよな、アレ。 
 しかし、物理攻撃が効くのか、あの影。 
 ふと、頭の痛みが軽くなる。 
 気がつくと、リバストがホイミを掛けてくれている。 
 
「大したものだ。一体、どういう原理なんだ?」 
 
 魔王が倒れた理由を聞きたいらしい。 
 仕方ない。解説するとしよう。 
 
「あいつがどうやってあの身体を動かしているのか、それが疑問だった」 
 
 だから、俺は似たような構造であるサイモンに聞いた。 
 すると、こう答えた。 
 鎧を動かすには、隅々まで自分の身体を詰め込まなければならないと。 
 それは、中ががらんどうだからだ。 
 ならば、それが生物だったときは? 
 生物の身体には、神経や筋肉が詰まっている。 
 どうやって、その肉体を動かすのかを考えた時、ある答えに行き着いた。 
 
「そうか、脳だ」 
 
 リバストが正解に辿りつく。 
 その通り。 
 脳を破壊するために、眼球を狙ったんだ。 
 そして、サイモンを使った理由はというと。 
 一番、いなくなっても痛くなさそうだったからなんだけど、これは黙っておこう。 
 
「そして、電撃で止めをさす。もっとも、まさかギガデインとは思わなかったけど」 
 
 これは、嬉しい誤算だった。 
 ……実は、もう一つ細工してるんだけど。 
 解説が終わった頃に、再び魔王の声が響く。 
 
「くくく、まさか、そのような方法があったとはな。だが、この程度の攻撃でこのわしが倒れると思ったのか?」 
 
 起き上がろうとする魔王に、皆の顔が強張る。 
 
「倒れるさ。その肉体はもう終わりだ」 
 
 俺がそう声をかけると同時に、魔王が操っていた竜王の肉体が崩れ出す。 
 
「何?! 貴様、一体何をした?」 
 
「何って、毒針を仕込んだのさ。サイモンの剣にな」 
 
 急所に打ち込めば、一撃で生物を死に至らしめる武器。 
 脳に毒を打ち込まれては、たとえ竜王であろうと無事で済むはずが無い。 
 グッバイ、俺の980ゴールド。 
 だが、魔王と道連れだ。 
 お前も本望だろう? 
 旅の初めから、冒険を共にしてきた武器に別れを告げる。 
 
「おのれ、おのれおのれ! まさか、このわしが、人間などに倒されようとは! だが、ただでは倒れん!」 
 
 嫌な予感が頭をよぎる。 
 
「シアちゃん! リレミトを!」 
 
 辺りが爆音に包まれた。 












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